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ルフルキ短編

◇◇◇◇◇




 見上げた空に輝くのは、天の宝石箱が引っくり返されたかの様に色取りどりの煌めきを放つ様々な星々たち。
 そして、その無数の星々の輝きを優しく包み込む様な柔らかな光を月は地に投げ掛けている。

 星が煌めき、月が輝く。

 それは、自分達がよく知る夜空と何も変わらないと言うのに。
 それでも、ここが自分達の世界とは全く異なる『異界』である事を示す様に、夜空を彩る星々の多くは見慣れぬものであり、そこに付けられた名も、準えられた星座も、ルフレにとっては何れもこれも全く聞き覚えのないものであった。
 それもそうか。
 この世界は、辿ってきた歴史からしてルフレ達が生きる世界とは違うのだから。
 歴史が違えば文化や文明、そしてそれらが違えば時に思想や価値観もまた異なる。
 そう思えば、ルフレ達の世界と全く異なる歴史を辿っているこの世界が、文化的な部分にも共通項が多く、文明的にはほぼ同程度であると言うのも中々に不思議な話であるのだろう。
 それは、ルフレ達の世界がナーガやギムレーと言った強大な竜たちの影響を受けていた様に、この世界でも神の如し竜達がその歴史に大きく影響を与えているからだろうか?
 それはルフレにも分からないし、ルフレ達をこの世界に招いた召喚師などは「ある程度似た様な世界と扉を繋いでいるのかもしれない」と言っていたが、それが真実なのかも定かではない。

 しかし、世界が何れ程異なろうとも、見上げた夜空が美しい事には変わらず。
 そして、無数の人々が今この瞬間も、その生を全うすべく日々の営みを続けているのもまた変わらないのだろう。
 ……そして、人の世に争いが絶える事が無いのも、また。


「どうかしましたか? ルフレさん」


 物思いにふけている内に、恐らく無意識にでも溜め息か何かを吐いていてしまったのだろう。
 横を歩くルキナが、僅かに首を傾げながらそう訊ねてきた。

 さらりと肩にかかった僅かに癖が付いた深蒼の髪が揺れ、その身の上の何よりもの証となる瞳の聖痕は月明かりに照らされて薄く瞳とは異なる色を浮かび上がらせている。
 ルフレにとっては、この世の誰よりも美しく、そしてこの世の誰よりも愛しい人であり。
 そんなルキナとこうして共に時間を過ごせるのは、何にも代え難い幸せであり、奇跡であった。

 この世界には、数多の異界、数多の可能性から、異界の同一人物が招かれる事があり、ルフレもルキナもその例に漏れず、異世の自分がこの世界に同時に存在している。
 彼女等も間違いなく『ルキナ』その人であり、それは疑いようもない。
 が、ルフレにとっては、自分にとってのルキナは、目の前に居る唯一人……恋人として想い結ばれた相手なのである。
 それは、幾人の『ルキナ』がこの世界に招かれようとも、絶対に変わる事は無い。

 そんな愛しい恋人の左手の指先に、軽く自身の右手の指先を絡めながら、ルフレは少し微笑んで答えた。


「いや、何でもないよ。
 取り留めの無い考え事さ。気にしなくても良い。
 ……それよりも、こうして二人っきりで出るのは随分と久し振りだね」


 ルフレの言葉に、ルキナも「そうですね」と小さく頷き、ルキナからも指先を絡めてきた。

 ルフレもルキナも、この世界に招かれた数多の『英雄』達の中ではかなりの古株である。
 戦力も戦術眼も、何もかもが足りない特務機関の要となり戦い続けてきた。
 ルフレなど、戦士として戦場を駆ける傍らで、召喚師を交えて日夜戦術の為の議論を異界で軍師として名を馳せた者達と行ってもいた程だ。
 そんな黎明期では、各地の戦場に十分な戦力を送る事さえ難しくて。
 規模が小さい戦闘ならば、ルフレとルキナの二人だけで戦場に立った事すらもある程だ。
 今は戦力も充実しそんなギリギリの状態で戦う必要もなくなった為に、そんな事はほぼ起こらないのだが。

 が、今回は久々に二人だけでの出撃であった。
 と、言っても戦闘になるのかはまだ分からない。
 とある地域周辺で、少し不審な動きをする者が目撃されたとの情報が寄せられ、それの確認に来たのだ。
 今回のルフレ達の目的は、基本的には警邏の延長線上にあり、万が一の場合にも斥候の役目を果たせば良いだけなのだから。

 エンブラ帝国とも一時的にとは言え停戦状態で、ムスペルの侵攻は阻んだばかり。
 それでもこれだけ何かと争いの種が絶える事なく見付かるのは、争いが人の本質に根差すが故の事であるのだろうか。

 平和が一番である筈なのに、どうしてこうも中々上手くはいかないのだろう。
 軍師として戦いの中に身を置き続けてきたルフレにとっても、それはきっと永遠に解決しようが無い疑問である。
 異なる世界、異なる可能性。
 数多の可能性が交差するこの世界でも、恒久的な平和が実現した世界を観測する事は出来てはいない様であった。
 そもそも、『生きる』と言う事と“何かを奪い戦う事”はとても近しい所に存在するのだから、そこに意思を持ち生きる存在が居る限りは真の意味で“争い”が無くなる事はないのだろう。

 きっと、誰もが自分の大切なモノを守りたいだけなのだ。
 ルフレがルキナを守り支えたいと願うのと同じ様に、クロム達の力になりたいと願う様に。
 それでも、『大切なモノ』が各々異なるから、きっと争いは終わらない。
 大切なモノがあるからこそ戦い、大切なモノを喪ったからこそ憎悪に身を焦がして時に狂気へとその魂を堕とす。
 それは、人の業と言うものなのだろうか。

 ……それでもきっと、それこそが争いの種だと知りつつも、人は何かを愛さずには、大切にせずにはいられない生き物なのだろう。
 ルフレが、ルキナが何時か自分を殺すであろう事を見越しつつも、惹かれてしまった様に。
 自らの宿縁を知り、ルキナを想うのなら尚の事結ばれるべきではない運命と知りながらも、ルキナを愛さずにはいられなかった様に。
 生きる事とは……愛する事とは、実に不条理で不合理で、それでいて失い難い価値があるのだと、ルフレは思っている。
 それは、例え世界を跨いだのだとしても、変わる事はない。

 アスク王国を呑み込もうとする戦乱の日々に、未だ終わりは見えず。
 故に、この世界に“英雄”として招かれたルフレ達の戦いもまた終わりは無い。
 それでも、何時かはこの戦乱の世にも夜明けが訪れる事を信じて、その助けとなるべく、この世界に招かれた数多の異界の人々がその力を貸している。
 終らぬ夜なんて無い様に、それが何れだけ長く続いたのだとしても必ず夜明けは来るのだ。

 ……例え、その夜明けの先に自分の生きる場所は無いのだとしても、ルフレはその夜明けを望んでいた。
 ルキナと共にその夜明けを見届けて……、そして元の世界へと帰るルキナを見送ろうと、心に決めている。

 そう、ルフレは、恐らくは元の世界には帰る事が出来ない。
 帰る事が出来たとしても、そこで生きていく事は出来ないのだろう。

 何故ならば。
 元の世界では、邪竜と共に消滅する事をルフレは選んでいて。
 ここにいる自分はきっと、消える間際に見た泡沫の夢の様なものなのだろうと、ルフレは思っている。
 実際、本来の世界では既に死んだ筈の存在ですら、この世界には招かれたりもしているのだ。
 自分もきっとそうなのだろう、とルフレは悟っていた。

 だからこの戦いが終わっても、ルフレはルキナと同じ場所には帰れないのだろう。
 こうして二人で過ごせるのは、数多の可能性が交差するこの世界の中でだけだ。
 ……それでも、構わなかった。
 もう二度と叶わないと覚悟していたのに、例えほんの一時なのだとしても、こうしてまたルキナと出会えて、共に時を過ごせて、同じ空の下に居る事が出来る。
 ……この身には余る程の、十分過ぎる程の“奇跡”であり幸せであった。
 だから──


「ねえ、ルフレさん」


 ルフレの思考を遮る様に、ルキナは囁く様な声でルフレを呼んだ。
 直ぐ様思考の海から浮き上がって、ルフレはどうかしたのか?と思いを込めてルキナを見詰める。


「……もう、私を置いて何処かに行ったりしないで下さいね。
 この世界での戦いが終わったら、今度こそ一緒に……」


 その指先に、僅かに力が籠った。
 そこにあるルキナの不安を読み取って、絡めた指先を一旦解いて、優しく包む様にその手を握り直す。


「大丈夫だよ、ルキナ。
 僕は何処にも行ったりしないさ。
 ずっと傍に居るよ」


 元の世界に帰ってルフレが存在出来なくなったとしても、その魂だけでも。
 それが叶わない嘘だと理解しながらも、ルフレは最後の瞬間までルキナにその嘘を吐き続けるだろう。
 嘘であったとしても言葉にし続ければ、ほんの少しでも叶うような……そんな気がするから。

 ルキナが安心した様にその目元を緩ませた事に、チクりとした胸の痛みを覚えながら。
 ルフレは、優しく微笑むのであった。




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