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ルフルキ短編

◇◇◇◇◇




「ルフレさん? 聞いてるんですか?」


 ルフレの腕に身体を密着させる様に迫り、そう宣うルキナの眼は完全に据わっていた。
 その吐息には酒精特有の匂いが漂い、思わずルフレは息を呑んでしまう。
 逃がさないとばかりにルフレの頬を固定する様に掴むその手は、酔っている事を雄弁に示す様に常よりも熱い。
 ルキナの前には、気付けば空になった酒瓶が数個転がっている。
 それらの酒の銘柄を見て、ルキナが何れ程の酒精をその身に取り込んだのかをザッと換算したルフレは冷や汗が止まらない。
 何時も一緒に飲んでいた時は、戦時中で物資に制限があったと言う事もあって、酔う事はない程度の酒量だったのだ。
 故にルフレはルキナの限界を知らないし、酔ったらどうなるのかも知らなかった。

 ルフレ自身は所謂『ザル』だの『ワク』だの『うわばみ』だのと呼ばれる体質であるらしく、何れだけ飲んでもちょっと身体が温まってくる程度で全く酔わないのだ。
 外交の場など酒を飲み飲まされる場に於いては有益ながらも、酒宴が開かれた際は酔い潰れた仲間達の介抱を必然的に行う事になり酔っ払いどもの面倒をみないといけなくなるこの体質は、ルフレとしては痛し痒しである。
 また、その体質故に、一緒に飲んでいる人がルフレのペースに釣られて酒量のセーブを忘れてしまうと言う困った弊害があった。
 ルキナがここまで酒を飲んでしまったのには、ルフレの責任が大いにある……と言うか9割方はルフレの所為だ。
 ルフレの体質による弊害もその原因の一つではあるが、もっと根本的な事を言えば、そもそもこの酒宴がルフレの生還を祝って開かれたものだからである。


 凡そ二年前の事。
 時を越えて再び竜の力を取り戻して世界を滅ぼさんと甦ったギムレーを、ルフレは自らの存在と引き換えに討ち果たした。
 この世から完全に消滅したルフレが生還出来る確率は、何れ程多く見積もっても一割以下……率直に言えば絶望的だったのだけれども。
 それでも、『また会いたい』のだと『皆と生きていたい』と、完全に消え去るその直前まで強く願い続けていたからか、クロム達もまた『会いたい』と『帰ってこい』と願っていてくれたからなのか。
 ルフレはルフレとして、再びこの世界で生きる事を許された。
 それは幾千万の願いと祈りが降り積もって叶った奇跡なのだろう。
 そして、凡そ二年の時を飛び越えて、ルフレは再びクロム達と巡り会えたのだ。

 そして、ルフレの帰還を祝う為の宴が開かれた訳なのだけれども……。
 宴が和気藹々とした雰囲気だったのは当初の内だけで。
 今となっては、酒瓶が乱れ飛ぶは空気だけで酔う人は酔ってしまいそうな程に酒の匂いが漂っているわの酒乱どもの狂宴の場と化していた。
 まあ、寒冷地であるが故に酒豪が勢揃いしているフェリア勢が、フェリア特産の強い酒を大量に振る舞い始めた辺りでこうなるのは目に見えていたのだけれども。
 豪胆な事で知られるフラヴィアとバジーリオの両フェリア王がクロムとロンクーとグレゴを巻き込みながら酒樽を開けて酒豪勝負を繰り広げているのはともかくとして。
 普段は恥ずかしがり屋で所作も淑やかなオリヴィエでさえもケロリとした涼しい顔で次から次へと酒瓶を空にしているのだ。
 その傍には飲み潰れた男どもが死屍累々の有り様で横たわっているのだから、最早ちょっとしたホラーである。

 飲み慣れているガイアはあまり度数が高い酒には手を付けずに、ルフレとしては甘ったる過ぎて想像するだけでも胸焼けしそうになるのだが、甘い砂糖菓子を酒のつまみとしながら果実酒などの甘い酒を程好いペースで飲んでいた。
 酔った勢いで上半身裸になってドニが愛用する鍋を奪って踊り始めたヴェイクは今や酔い潰れて酒瓶を抱きながら眠っていて、それを囃し立てていたドニとリヒトとソールも仲良く眠っている。
 ヴィオールは恐らく酔ってはいないのだろうけれど、彼の場合酔っていても突然倒れる様にして眠るまでは言動はあまり変わらないので実際の所は分からない。
 リベラはやたら神に祈っているが、彼の場合は平常運転が既にそれなので何処まで酔っているのかは分からないのが実情である。
 ヘンリーは只管笑っていたかと思うと、パタリと眠ってしまっているのだが、その寝顔はとても幸せそうであった。
 リズとマリアベルは微酔いながらに女子会トークに花を咲かせていて至って平和であるのだが、その横ではブレディとノワールが泣きながら酒を飲んでいて中々に混沌としている。
 泣きながら何事かを愚痴っているティアモとそれに頷きながら何処からか取り出したペガサスの羽でティアモに羽占いをしてあげているスミアは恐らく完全に酔っ払っていて、更にその横では酔っているセレナに無理やり酒を飲まされたロランが静かに潰れていた。
 ちょっと酔ってきているのか、当初は良い鍛練の方法について意見を交わしていたソワレとデジェルは、いつの間にか料理の話題に花を咲かせているのだが、その材料などの内容はルフレにはどう考えても料理には思えないのが空恐ろしい話である。
 泣きながら愚痴っていたアズールに巻き込まれる様にしてハイペースで酒を飲んでいたジェロームは船を漕いでいて、シャンブレーは潰れる様に眠っている。
 ウードは酔ったシンシアと共に正義の味方としての108の必殺技を編み出さんと騒いでいて、それに巻き込まれた素面のンンが呆れながらも二人に付き合っていた。
 少し離れた場所ではサーリャが一人静かに酒を飲んでいて、更にそこから離れた場所ではミリエルが酔っ払いどもを観察している。
 少し酒を飲んだだけで寝てしまったチキの面倒を見ていたサイリもまた、疲れた様にその横で目を閉じていて。
 実年齢はともかくとして幼いが故に酒の類いは禁止されているノノは、酔っ払いどもと共にはしゃぎつかれて眠っていた。
 喧騒はあまり好きではないベルベットは酔っ払いどもが騒ぎ始める前に宴を抜け出しているのでここには居ない。
 酔ったりなんだりして眠っている者達が部屋の隅へと運ばれて風邪を引かぬ様に毛布まで掛けられているのは、酔った勢いで乱痴気騒ぎを繰り広げている足元不如意な連中に踏まれたりしない様にとセルジュやフレデリクやカラム辺りが気を遣ったのだろう。
 なお、カラムはその疲れからか壁際に凭れ掛かる様にして眠っているのだが、相変わらずに存在感が薄く、その内に誰かが足を引っ掛けそうである。

 そんな酔っ払いどもの狂宴の中、宴の主役でもあるルフレは、当初の内は入れ替わり立ち替わりやって来てはお祝いと称しては酒を飲み交わしていく仲間達に付き合ってかなりの量を飲んでいた。
 そして仲間達が乱痴気騒ぎを繰り広げ始めた辺りからは、恋人であるルキナと二人でのんびりと飲んでいたのである。
 が、ルフレもまた浮かれていたのだろう。
 自分の体質の事をすっかり忘れて、ルキナと飲んでいたのだ。
 ルフレとしては「のんびり」であっても、傍目から見れば強い酒を途切れる事なく飲んでいた様にしか見えなかっただろう。
 そして、そのルフレのペースに釣られてか、ルキナもまた次々に酒を飲んでいて。
 気が付けば、完全に酔っ払った恋人の姿がそこにあったのだ。


「ルフレさんは、酷い人です……。
 私の事を好きだって言ってくれたのに……。
 なのに、何も言わずに、私を置いて行ってしまうなんて……。
 この二年間、どんなにルフレさんが居ない事が辛かったか、寂しかったのか……。
 どうしてあの時、ルフレさんを止められなかったのか……、どんなに私が後悔していたのか……。
 ルフレさんは全然分かってないです!」


 酔ったルキナの言葉は所々呂律が回っていないけれど、それでも間違いなくその言葉はルキナが抱えていた……ルフレの選択が与えてしまった心の傷なのだと、そう誰よりも理解してしまったから。


「ルキナ……僕は……」


 ポツリと溢したその言葉の先が、続く筈も無かった。
 そこまでルフレは厚顔無恥にはなれない。

 ルフレは、ルキナを哀しませてしまったのだと自覚しても尚、自分の選択を後悔している訳ではなかった。
 あの時はあの選択が最善であったと今でも胸を張って言えるし、誰に何を言われようともそれは揺るがない。
 仲間たちを哀しませようとも苦しませようとも……ルフレの選択を止められなかった後悔を抱かせる事になろうとも。
 自覚しているのだからこそ尚の事質が悪いのだと、ルフレ自身分かっているけれど。
 それでも、軍師として一人の人間として、そして……愛する人が居る身であるからこそ。
 自らに絡み付いている世の破滅への因縁を、この手で断ち切れるのなら……それを迷う事は出来なかったのだ。

 だが、例えあの選択が間違いではなかったとそう思っているのだとしても。
 ルフレがルキナを置いて逝ってしまったのは紛れもない事実だ。
 生きて帰れる見込みなど無いに等しい事を分かっていて、それなのにルキナには何も言えなかった。
 死を覚悟していたのなら、せめてルキナの手を離してあげるべきだったのかもしれないけれど。
 それでもルキナの手を自分以外が取る事に我慢出来なくて、それが尚ルキナを苦しめてしまうのを分かっていながらも、ルフレはギムレーを討つその瞬間までルキナの横に居たのだ。
 だからルキナは、ルフレが消えていくその光景を、そして自分がそれに対して何も出来ない無力を、誰よりも近くで味わう事になってしまった。
 それが何れ程ルキナを苦しめてしまったのかと想像するだけで、ルフレも胸が苦しくなる。
 ……だけれども。
 ルキナを苦しめてしまった事に胸を痛めるのと同時に、ルキナのその苦しみが自分への愛の証である様に感じ……仄暗い喜びを感じてしまっている部分もあった。
 それをルキナに言う事は出来ないけれど。


「ルフレさんは私が何れだけルフレさんの事を好きなのか、全然分かってないんです!
 だからあんな事が出来るんです!
 残酷で、薄情で、自分勝手で……!
 だから──」


 ルフレを詰る様に言い募っていたルキナは、そこで唐突に言葉を切った。
 それにどうかしたのかと一瞬訝しんだルフレの後頭部を、躊躇なくルキナは鷲掴んでくる。
 そして、何が起こったのかと固まったルフレの頭を自分に寄せる様にして。
 ルキナはルフレに深い口付けを交わした。

 何一つとして心の準備なんて出来ていなかったが故に、強く情熱的なその口付けは剰りにも苦しくて、ルフレは思わず抵抗しようともがくが、酔ったルキナは父親譲りの腕力を発揮してそんなルフレの抵抗を抑え込んでしまう。
 蹂躙され尽くした果てにやっと解放されたルフレは、思わず咳き込んでしまう程に息を荒げてしまっていた。
 そんなルフレを満足そうに見やったルキナは、再度ルフレの顔を掴む。


「これは酷くて自分勝手なルフレさんへの罰なんです。
 私がどれだけルフレさんの事が大好きなのか、ルフレさんが大事なのか。
 骨身に沁みるまで、分からせてあげます……!」


 そう言って、再びまた口付けを交わす。
 今度は先程の蹂躙する様なものとは違って、何処か優しく……然れどもルフレを逃がさないとばかりに何度も何度も激しくルフレを求めてきた。
 先程とは違って僅かばかりの心の準備が出来ていたルフレは、ルキナが求めるがままにそれに応じる。

 そして幾度となく及んだ口付けに満足したのかやっとルキナが身を離した事にルフレが安堵した次の瞬間。
 ルキナはルフレにキスの嵐を降らせてくる。
 額に頬に瞼に首筋にと情事の際でも滅多にない程に情熱的なそのキスの乱舞に、ルフレとしては驚きの剰りに思考が停止してされるがままになるしかない。

 酔ったルキナがキス魔になる事を知っていれば、ここまで酔う前に絶対に飲酒を止めていたものを……!とルフレは後悔するしかない。
 しかし今更後悔した所でどうしようもないし、何度も言う様にルキナがこうなっているのはルフレの所為である。
 甘んじてこのキスの嵐を受け入れるしかない。
 ない、のだけれども。

 キスの合間に自分を見詰めてくるルキナの潤んだ瞳が、熱い吐息が、伝わる熱情が、抑えきれぬ感情に震えるルフレを掴むその手が。
 何れもこれも愛しくて、堪らないのだ。
 こんな宴の席でもなければ、即座に押し倒してしまいたくなる位に。

 が、そもそもここは宴の席であり、酔い潰れて寝落ちしている者も多く居るとは言え、人の目があるのだ。
 ここでルフレが理性の箍を緩める訳にはいかない。
 ルフレとしては節度を持ったお付き合いでありたい訳なのだ。
 何よりも、フェリア王達に挟まれて酒を飲まされながらも時々こちらに視線をやるのを忘れないクロムのその無言の圧力を、ルフレとしては無視できない。
 ここでルフレがルキナに流されて無体を働けば、即座にファルシオンが飛んで来るだろう。
 奇跡的に生きて帰って来れたのだ、流石にルフレとて命は惜しむ。


「ずっと、待ってたんです、私、ずっと……ずっと……。
 ルフレさんは、帰ってくるって、私を置いていったり、しないって。
 信じて、探して……。
 だけど、時々、どうしても怖くて、我慢出来なくて……。
 もう、帰ってこないんじゃないかって、そう思ってしまって……。
 そんな事を考えていたから、ルフレさんは、帰ってこないんじゃないかって、もっと怖くなって……」


 遂には浮かべた涙をポロポロと溢し始めたルキナを、ルフレはそっと優しく抱き締めた。


「違うよ、ルキナの所為じゃない。
 ルキナは何一つとして悪くなんてない。
 ……ルキナが僕を望んでくれたからこそ、僕は帰ってこれたんだ。
 君のお陰だよ。
 だからほら、泣かないで……」


 溢れ落ちるその涙をそっと指先で拭う様にして、ルフレはルキナに微笑みかける。
 ルフレが帰還する迄に要した時間が、短いのか長いのかは分からない。
 どちらにせよ奇跡であるのは間違いないけれども、しかしその奇跡が果たされる時までに二年に近い歳月を要したのもまた事実である。
 待つ人にとってその時間は決して短くなんてなくて。
 その分だけ、ルフレはルキナを苦しめ続けてきた。
 ルフレに見切りを付ける事が出来なかったルキナは、帰ってくるかも怪しい待ち人をどんな想いで待っていたのだと言うのだろう。
 そして二年も待たせておいて漸く帰ってきたルフレに、それでも愛していると、そう言ってくれる事が、想ってくれる事が、何れ程の得難い奇跡である事か……。


「ルフレさん……。
 もう二度と、私を置いていったりなんてしないで下さい……。
 何処にも、行かないで下さい……。
 私はもう、貴方を喪う事には、耐えられない……」

「……うん、分かった、約束する。
 ……僕はもう、君を離さない……独りにはさせない。
 ずっと傍にいるよ……」


 涙混じりに訴えるルキナに、ルフレはゆっくりと頷いた。

 何れ“死”が互いを別つのだとしても。
 それでも、せめてその時までは。
 そして、死に引き裂かれるのだとしても、魂だけでもその傍に。

 ルフレの返事に漸く安心したのか、ルキナはルフレを抱き締める様にして目を閉じ、安らかな寝息を立て始める。
 自分に身を預ける様にして眠る愛しい人の額に、ルフレは優しく口付けを落として。
 ルキナを寝かせるべく、そのままルキナを抱き抱える様にして宴の場を後にするのであった。




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