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ルフルキ短編

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 外には雪が降り積もり、アスク城内も霜が降りそうな程の寒さに包まれていた。
 各々の部屋の暖炉には絶えず火が燃え盛り冬の寒さを和らげようとしているのだが、それでも暖かな部屋から一歩踏み出た廊下の空気の冷たさは思わず身を竦めてしまう程である。

 アスク王国に英雄として招かれた者達の一人であるルキナは、そんな凍える様な冷たさと静けさに満たされた廊下を足早に歩いていた。
 向かう先は、共にこの世界に招かれている恋人のルフレの部屋である。
 父クロムの軍師として、ルキナ達の世界でその才を遺憾なく発揮し続けていた彼は、その穏やかで人好きのする優しい性格とはまた別に、恐ろしい程の智慧と軍師としての才知の持ち主であるのだけれども。
 しかし、この上なく働き者である反面、ルフレは一旦だらけてしまうと普段の姿からは全く想像が出来ない程にだらけてしまう。
 特に、ルフレは寒さは少し苦手な様で、冬季は暖かな部屋に籠りがちになってしまうので、その傾向は更に強くなる。
 それは……本来の世界に居た時からそうだったのだが……。
 このアスク王国に来てから……正確には、『アレ』に出逢ってから、ルフレはまさに『アレ』の虜になってしまったのだ……。

 だらけきったルフレの姿を脳裏に思い描いてしまったルキナは、少し呆れを滲ませた溜め息を吐いて、それを思考から追い払う様に頭を振った。
 そして、ルフレの部屋の扉をノックし、中からのんびりとした返事が返ってきた事を確認してから、部屋の中へと入る。
 部屋の中には、毛布とテーブルが一体になった様な奇妙な物体に身体を飲み込まれる様な感じで寛ぎきっているルフレが居た。
 テーブルの上には、皮の薄いオレンジ(“みかん”と言う品種であるそうだ)が籠に山盛りになっていて、ルフレはそのオレンジの皮を手で向きながらだらけきった様に寛いでいるのだ。

 この毛布とテーブルが一体になった様なオブジェは、『炬燵』と言うらしい。
 数多の異界の英雄達が集うこのアスク王国には、ルキナ達の世界にも神話の中で白夜王国と呼ばれる国から招かれた英雄も居た。
 その白夜王国の人々から伝えられたのが、この『炬燵』だ。
 冬季の暖を取る為に白夜で用いられていると言うこの暖房器具は、瞬く間に寒がりの気があるルフレの心を捕らえてしまっていた。
『炬燵』の魔力に憑り付かれたルフレは、早速それを自室に導入し、暇さえあれば炬燵の温もりに包まれているのだ。
 そのだらけきった姿を見て、イーリスの神軍師であると気付ける人が如何程居るのだろうか……ルキナが思わずそんな疑問を抱いてしまう程には、だらけている。


「いらっしゃい、ルキナ。
 廊下は寒かっただろう?
 折角なんだし、一緒に炬燵で暖まろうよ」


 そんなルキナの心中を知らぬのであろうルフレは、緊張の欠片も無い顔でニコニコと笑いながら手招きをする様にルキナを呼ぶ。
 だらけきっている恋人のその表情を、ルキナは決して嫌いでは無いのだけれども、そう言った姿を見るのに慣れていないのもあって、少しばかりまだ戸惑ってしまう部分はある。
 ルフレに招かれるまま、ルキナもまたルフレの向かい側に座る様に炬燵に入る。
 心地好い温もりに包まれたルキナもまた、無意識にも寛いでしまう。


「ほら、良かったら“みかん”もどうぞ。
 白夜王国の人達から差し入れで貰ったものなんだ。
 とっても美味しいよ」


 ルフレが皮を剥いて差し出してきたその“みかん”を、一粒食べる。
 甘さと少しの酸味を感じる瑞々しい果汁が溢れ、その美味しさにルキナは思わず驚いてしまった。


「美味しいですね……」

「だろ?
 どうやら、白夜王国では冬は『炬燵でみかん』と言うのが伝統らしいんだ。
 確かに、炬燵で温もりながら食べる“みかん”はまた格別だよね」


 思わず同意してしまうルキナに、ルフレは優しく微笑んだ。


「“みかん”も、炬燵も、何時かイーリスの皆に教えてあげたいな……。
 イーリスも、冬の寒さが辛い所は多いから、きっと皆喜ぶよね」

「…………そうですね」


 異界で出会った文化を、元の世界に持ち帰れるのかはルキナには分からない。

 ここに呼ばれてきた英雄の中には、過去と未来の異なる時間から招かれている者も多い。
 それこそ、もしこの世界での経験を元の世界に持ち帰られるのなら、その後の運命が大きく変わってしまう様な者達も……。
 だが、そうはなっていない。
 アスク王国に招かれた“事実”は元の世界では泡沫の夢の様に消えてしまうのか……或いはこのアスク王国に招かれた自分たちは水面の月影の様なものなのか……。

 それを考えても、その答えは誰も分からない。
 だから、ルフレのその細やかな願いが叶う保証は無いのだ。

 そんなルキナの考えは、ルフレにはお見通しだったのだろう。
 優しく僅かに目を細めたルフレは、「心配するな」とでも言わんばかりに、ルキナの頭を優しく撫でた。


「……そうだね……。
 この世界での僕達が、元の世界に帰った時にどうなるのかは分からない。
 でもそれでも、この世界で見た事、聞いた事、感じた事が無駄になる事なんて無いだろう。
 忘れてしまっても、思い出せなくなっても。
 こうやって、ルキナと二人で炬燵で温もった時間は、決して無くなったりはしないんだから」


 でも、出来ればずっと覚えておきたいね。

 そう言って微笑んだルフレに、ルキナは静かに頷くのであった。






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