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流れ行く日々

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【2011/04/23】


 今日は土曜日だから授業は午前で終わる為、バスケ部に参加しても夕方になる頃にはそれも終わる。
 後片付けをして用事があるらしい一条と別れた後、偶々校舎に残っていた花村と下駄箱で出会い、そのまま何となくの流れでジュネスのフードコートへとやって来た。
 ちょっとしたサイドメニュー位は食べておいた方が、部活後の空きっ腹には丁度良い。

「商店街の方が学校からは近いけど、たまには此処でってのもいいよな。
 金無くても、ここなら多少はサービスしてやれるし。
 ……まあその分、面倒な事も多いんだけどさ」

「面倒事?」

「あ、いたいた、花村!」

 甲高く尖った声がフードコートに響いた。
 そして、苛立った様な形相でこちらにやって来る女性が二人。
 控え目な表現でもケバいと感じる位に派手な女性と、鋭いを通り越して目付きの悪い高圧的な女性だ。

「……こんな風にな」

 はぁ、と溜め息を吐いて花村は席を立った。
 そして、苦々し気な顔を笑顔で誤魔化し、女性達に向き合う。

「お疲れ様っす。今日はどうしたんすか、先輩」

 そう花村が言うなり、待ってましたとばかりに険を含んだキンキン声が響く。
 凄く煩い。思わず僅かに顔を顰めてしまった。

「花村、あのバカチーフに何か言ってよ!
 土日出れないって言ってんのに、人足りねーから入れって煩いし、出ないとクビとか言うんだけど!」

「そういうのって、ナントカ法違反とかじゃないの!?」

 女性達は捲し立てる様に花村に詰め寄っていく。
 内容的に、フードコートみたいな一般客の耳目がある場所で、しかも大声で言うべき様なものでもないだろう。
 あと法律について語るなら、せめてそれの名称位は把握しておくべきだ。
 自ら馬鹿を露呈させている様な行動である。
 しかも、彼女らはバイトの面接時には土日出勤を可としていたらしい。
 本人たち的にはただの採用される為の方便のつもりだった様だが、そんなのはそれを前提として雇った雇用側としては知ったこっちゃない話である。
 ……女性達の馬鹿さ加減に、聞いてるだけのこっちまで頭が痛くなってきそうだ。
 と言うか、例えバイトだとしても対価として賃金が発生する立派な仕事である。
 この女性達は「仕事」というものを舐めくさっているのだろうか?

「……分かった、分かりました。
 俺、ちょっと話してみますよ……。
 けど、先輩らもクビになったら困るっすよね?
 出来れば何日かは出て貰えると俺も交渉しやすいっつーか……」

 花村がそう話すと、女性達は居丈高に言い捨てて去っていった。
 勤務態度が目に余る様ならば、クビにしてしまえば良いのに……とは思うが、そう簡単にはいかないのだろう。
 そして、花村に持ち込まれる厄介事はそれだけでは無かった。

「あら、陽介くん。丁度良かったわ~」

「あー……ども」

 女性達と入れ替わる様に中年女性が花村に声を掛けてくる。
 従業員の人だろうか?

「ちょっと、聞いてちょうだいよ!
 この間のクレームの件なんだけど精肉部長に……」

「あ、はいはいはい。
 その話なら、向こうで聞くんで。
 すまん、鳴上、ちょっと此処で待っててくれ」

 そう言って花村は従業員の話を聞きに行った。
 勤務中での苦情を捲し立てられているらしい。
 戻って来た時には、花村の顔はすっかり疲れ果てている。
 内心辟易としながらでも決してそれを投げ出そうとはしない辺り、花村は本当に真面目なのだろう。

「うあー、疲れた……。俺は苦情係かっつの……」

「何かと頑張ってるんだな。色々と、お疲れ様。
 花村は、偉いよ」

「えっ!? 偉いとか、そんなんじゃねーよ。
 でも、ありがとな。
 そう言って貰えるのは、嬉しいし……」

 花村は少し頬を紅く染めて、照れた様に笑った。
 そして、疲れた様に溜め息を吐いて内心を吐露する。

「ったくさ……みんな俺を店長の息子だからって便利扱いしてるだけなんだよな……。
 ヒマならまだしも、俺らにはやる事あるのに……。
 しょーじき、関わってられないって、マジで思う。
 犯人の事とか、そいつ捕まえた後の事とか……、それ考えてたら、他の事には構ってらんないっつーか……。
 やれる事があんなら、やんなきゃって……」

 そう語る花村を見ていると、何故か無性に不安になってくる。

「……それ自体は良い心掛けだとは思うけど、あまり根を詰め過ぎたら良くないぞ」

 事件を解決する事。
 それは確かにとても大切な事だ。
 クマとの約束もある。
 だけど何も、自分たちは事件を解決する為だけに生きている訳ではないのだ。
 一つの物事を見据えて追い掛ける、という事は大事な事ではあるけれども。脇目も振らずに走り続けては見落としてしまうモノだって出てくる。
 見落としてしまったモノの中に、花村にとって大切なモノが入っていないとも限らない。
 結局は程度の問題なのだけれど、今の花村の様子は何と言うのか……必要な『余裕』というものが見えなかった。
 だから、心配になったのだ。

「根を詰めるなって……、だって俺達が何とかしなきゃいけないんだぜ?
 寧ろ、今ここで頑張らなきゃどうするってんだ。
 立ち止まってるヒマなんてねーし、ムダな事やってる場合じゃねーだろ」

『自分達が』何とかしなきゃ……、か。
 ……それは確かにそうなのだが……。

「……息抜きのつもりだったのに、こんなマジな話するなんて思わなかったな……。
 前は下らねー中身無い話しかしなかったし……それで良いと思ってた。
 こんなマジな話するのって、ホント鳴上にだけだ」

「そうなのか?」

「何でだろうな、鳴上にはウソつかなくて良いって言うか……。
 ……まあ一番みっともねーとこ既に見られてるし、今更無駄に取り繕うのは、ってのもあるんだけど。
 けどさ、鳴上で良かったな……って、そう思ってる。
 ……今更だけど、あの時俺の我儘に付き合って……一緒に来てくれてありがとな」

 そう言うと、花村は照れた様に笑った。
 ……そう言って貰えるのは純粋に嬉しい。

 確かに、最初は花村を放っておけなかったからだった。
 だけど今は、【犯人】を止めたい、もう誰もあの世界のせいで死なせたくはない、と。
 そう強く思っている。

「私も……あの時、花村を助ける事が出来て良かった」

 そうでなくては、今ここで二人で話す事も出来なかっただろう。
 ああ本当に……、心からそう思う。
 あの時に共にあの世界に行ったからこそ、あの世界と【事件】とを結び付ける事が出来た。
【事件】の、《真相》の一端を知る事が出来たのだ。
 知ってしまったからには、何も知らない……見なかった振りをする事は出来ない。
 あの世界の危険性を理解しながらも、それでも……と、そう思ったからこそ、天城さんが被害に遭った時も迷わずに助けに行く事が出来た。
 共に闘う花村や里中さんが居てくれたからこそ、天城さんを助け出す事が出来た。

 だからこそ、花村には感謝しているのだ。





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