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第1話『星を見付けた日』

◇◇◇◇◇




 街を救ってくれたお礼にと宿を用意しようとしてくれた街の人々の厚意を丁重に辞退して街を後にして、クロム達は日が暮れた山中で野営を行う。
 夜間行軍と野営の良い訓練だと、良い笑顔で言い切ったフレデリクに反論出来る者などその場には居なかったからである。
 記憶喪失だからなのか何なのか、ルフレは別段夜間行軍も野営も苦だとは思ってはいなさそうで。
 寧ろ森の中に入った途端に妙に嬉しそうであった。
 何と無く、森の中は街中に居る時よりも落ち着くらしい。
 もしかして、ルフレは記憶を喪う前は森の中に住んでいたのだろうか?
 だから、何処か野生の獣を彷彿させる感じに育ったのだろうか?
 その答えは分からないが何にせよ、記憶を喪った直後の夜を山の中で過ごす事を苦にしていないのは幸いである。

 そして、クロムと共に二人で食料調達係に任命されたルフレは、クロムと協力して見事な大熊を仕止めたのであった。
 熊を捌くルフレのその手並みも実に手慣れたモノで。
 益々ルフレが記憶を喪う前の生活が気になるクロムであった。


◇◇


 熊肉と僅かな保存食の夕食を終え、クロム達は交代で火の番をしながら眠りに就く。
 フレデリクとリズには不評であった熊肉は、その多くがルフレとクロムの腹の中に消え。
 腹が満たされたからなのか、火の番をしているクロムに寄り添う様にしてルフレはとても幸せそうに安心しきった寝顔を浮かべている。
 こうして寝顔を見ている分にはあどけない少女にしか見えないのだが……。

 空には星々と月が輝き、静かな森の夜に、焚き火がはぜる音と寝息だけが響く。
 そんな、穏やかな夜であった。
 だが。

 安らかな寝息を立てていたルフレが、突如眠りから覚めた様に身体を起こし、周囲を警戒する様に見回した。
 その様子に、何事かとクロムも周囲を見回すが、警戒すべき異変など何も無く。
 どうかしたのか、とリズやフレデリクを起こさぬ様に静かにルフレに問うと。


「分かんない。
 でも、凄く嫌な感じがする。
 何かが近付いてきている様な……」


 そうとだけ答えて、ルフレ立ち上がって周囲の警戒を続けた。
 その様子にただならぬモノを感じて、クロムもまた無意識の内にファルシオンを何時でも抜ける様に手元に手繰り寄せる。
 クロム達が警戒する様子が伝わってしまったのか、フレデリクやリズも目を覚まし、そしてただならぬルフレの様子に驚いた。


 そして、その瞬間が訪れる。


 まず最初に、激しく世界が揺れた。
 地震なのか、もっと違う何かなのかは分からないが、ともかく立っているのが困難な程の揺れが辺りを襲う。
 何処かで木々が倒れる様な音すらも聞こえてくるが、迂闊に森の中に飛び込んではかえって危険だ。
 それならば、多少は拓けているこの野営地に留まる方がまだ安全である。
 だから、クロムは、パニックを起こしかけているリズに、「この場から動くな!」と指示を出した。
 すると、浮き足立っていたリズはギュッとフレデリクにしがみついて何とか恐怖を堪えようとする。


「クロムっ! 上っ!」


 程無くして揺れは収まったが、そこに間髪入れずに鋭いルフレの声が響き、クロムは咄嗟に頭上を見上げる。
 すると上空に突如謎の光源が出現し、空が割れた様に輝き出した。
 光の向こうは薄い膜に覆われている様にぼやけている為、見上げてもその先を見通す事は出来ない。
 矢継ぎ早に起こる異常な現象にクロムは焦りを隠せず声を上げた。


「今度は何だ!?」

「分かんない、でも、凄く嫌な感じが、どんどん近付いてきてる!
 何か来るみたい!」


 その瞬間、一際眩く空が輝いた。
 余りの眩しさに、クロムは腕で目を覆う。
 光の中、人の様な何かの影が落ちてきていたのだけが見えた。
 そして、最初に落ちた影に続いて、幾つもの影が落ちてくる。
 その内の幾つかは、野営地の直ぐ近くに落ちてきていた。
 そして幾つもの影を吐き出すと、光は跡形もなく消滅し、後には再び夜の闇だけが残される。
 だが、先程までの穏やかな夜とは違い、殺気の様な何かが彼方此方から痛い程肌に突き刺さってきていた。


「クロム、何か来る、気を付けて!
 人……? ううん、何かヒトじゃないけど、色々と武器を持ってるみたい!
 えっと、取り敢えず、二十五はいるみたい。
 それに……何これ……凄く気持ち悪い……」


 ルフレの言っている事はよくは分からないが、とにかく何かがクロム達を襲撃しようとしているのだろうと言う事だけは分かる。


「フレデリク、リズを守れ!
 リズはフレデリクから絶対に離れるな!
 ルフレは俺と一緒にその“何か”とやらを撃退するぞ!」


 そう指示を飛ばすと、各々が頷き指示通りに動き出した。
 ルフレはクロムの傍らで魔道書を構え、リズは槍を構えるフレデリクの傍を離れない。


「っ! 来た……!」


 ルフレはそう言うなり魔法を発動させ、森の木々の陰から躍り出てきた“ソレ”を正確に雷撃で吹き飛ばす。
 吹き飛ばされる直前に瞬間的にだがハッキリと見えた“ソレ”の姿は。
 身体のあちこちを継ぎ接ぎした様な跡も。
 デスマスクをそのまま貼り付けた様な不気味な仮面も。
 虚ろな眼窩に爛々と妖しく灯る鮮血が如き光りも。
 それら全てが、まるで命と言うモノを冒涜しているかの様で……。
 そして、“ソレ”がヒトの様な見目はしていても、決して人間では無い事を雄弁に語っていた。

 ルフレの魔法に吹き飛ばされたその身体は、まるで塵の様に溶けて消えてしまう。
 そして、その煙を吹き散らす様にして、更に三体の“ソレ”が暗がりから襲い掛かってきた。
 クロムと共にそれらを纏めて塵へと還したルフレは、取り敢えず直近の“ソレ”は掃討した事を確認して一つ息を吐く。


「何アレ……、あたしが忘れてただけで、この国にはあんなのが居るの?」


 困惑しながらクロムにそう訊ねてきたルフレに、クロムはまさかと答えた。


「いや、俺もあんなモノは見た事も聞いた事もない……」


 一体、あの“異形”は何なのだろう……。
 あの地震の事と言い、空を覆う光と言い、あの異形と言い……。
 一体、この国に何が起きようとしているのだろうか。


 だが。
 クロムの疑問に答えられる者など、この場には居ないのであった……。






◇◇◇◇◇◇
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