第4話『天駆ける星』
◆◆◆◆
フェリアへと向かうクロム達自警団の行軍速度は、恐ろしく速い。
今は一刻も早くフラヴィアの元へと辿り着かねばならぬのだ。
先に書状を送っているのでイーリスの状況を向こうも把握してはいるのだろうが……。
何はともあれ、少しでも早く、フェリアの援軍を得てイーリス王都に戻らねばならない。
そうこうしている内に、王都は陥落してしまうかもしれないのだ。
そうなれば──
クロムの焦りは、自警団の仲間達に伝播してゆく。
仲間達のその焦りや不安を何とか治めつつ、支障が出ない程度の最大限の行軍速度を維持させるのはルフレの役目であった。
普段ならフレデリクもその役目を担っているのだが、エメリナの危機とあってはさしものフレデリクでも平生の様には居られず。
結果、ルフレの負担が激増していたのである。
それでもルフレはそれをこなしていたのではあった。
だが。
何とかフェリアの国境を抜け、東のフェリア王都まであと少し……と言う所で。
クロム達は最悪の報せを受け取る事となってしまうのであった……。
「クロム様!!」
風を打つ羽ばたきや嘶きと共に。
あちこちに傷を作った女性が天馬に乗って野営地へと降りてきた。
本来ならば美麗さと勇壮さを誇るその装備は見る影もなくボロボロで、鎧には酷い損傷が幾つも見受けられる。
「ティアモ!!」
野営地に降り立ったその女性と天馬を見て、彼女の幼馴染みのスミアが悲鳴の様な声を上げた。
彼女は、天馬騎士団が誇る若き俊英ティアモ。
精鋭揃いの天馬騎士団の中にあっても、“天才”と呼ばれる程の騎士である。
天馬騎士団の他の仲間達と共に王都に残りその防衛の任に着いていた彼女が、こんな状態でここにやって来た……。
それが示すのは、クロム達にとって何よりも残酷な事実だ。
「ペレジア軍により王都が陥落し、……エメリナ様がっ、ペレジアに……!」
立っている事すらも辛そうな程に疲弊したティアモは、そこまでを一息に言った後で力尽きたかの様に倒れこみかける。
そこにスミアが慌てて駆け寄り、ティアモに肩を貸した。
「姉さんが!?
姉さんがどうなったんだ?!」
取り乱すクロムに、ティアモは何とか力を振り絞って報告する。
「ペレジア軍にっ………。
王都に……残った、民を……人質に……されて……。
団ちょ……フィレイン様も、……。
私は、……クロム様……に、この事を……と。
騎士団の……仲間が……」
何とか途切れ途切れにそう述べて、ティアモは気を失う様に倒れた。
幸いにも命に関わる状態では無く、ティアモが倒れたのは極度の疲労からであった。
王都防衛戦で負った傷も癒えぬままに、クロム達を目指して只管飛び続けていたのである。
寧ろよくぞここまで持ったものだ。
ティアモは一先ず医療用の天幕に寝かされ、彼女の愛馬はゆっくりと休ませてある。
ティアモの事はそれで良い。
だが、医療用天幕の外、野営地では大騒動が起きていた。
「今すぐ姉さんを助けに向かうぞ!
急げばまだ間に合う筈だ!
フレデリク、ルフレ!
出立の準備をしろ!」
「はい! 急ぎ準備致しましょう!」
「ダメよフレデリク。
とにかく、クロムもフレデリクも落ち着いて」
急ぎエメリナの救出に向かおうとする完全に冷静さを欠いたクロムと、平素の余裕を無くしてそれに頷くフレデリク、そしてそれを止めるルフレ、と。
その三人が騒ぎの中心となっている。
実際に騒いでいるのはクロムであり、彼とそれに追随するフレデリクとを一人何時もと変わらず冷静なルフレが止めていると言うのが正しくはあるが。
「何を言っているんだ、ルフレ……!
早くしないと、姉さんが……!」
「確かに急ぐ事は大事だけど、今は物事の優先順位を考えてって事よ。
この自警団の戦力だけで、エメリナ様を囚えているペレジア軍に真っ正面からぶつかるつもり?
とにかく、一度深呼吸して落ち着いて」
「これがっ! 落ち着いていられるかっ!
姉さんがペレジアに捕まったんだぞっ!」
「そんな事、ちゃんと分かってる。
でもここであたし達だけで、エメリナ様を助け行っても何も出来ないでしょ。
フェリアに援軍を頼まないと、自警団単独でエメリナ様を助け出すのは不可能よ。
それに、エメリナ様が囚われたからといって直ぐ様処刑される訳じゃない。
一人でも多くのペレジアの人達の前で、公開処刑になる筈。
そう多くは無いけれど、ちゃんと猶予はあるの。
だから、本当にエメリナ様を助けたいなら、何をすべきなのか考えて」
リズはエメリナがペレジアに囚われたそのショックの余り天幕で寝込んでしまっていて、フレデリクも主君の危機とあって普段の冷静さを失っている。
ルフレは何時も通りではあるのだが、クロムが完全に普段の判断能力を喪っているのが不味かった。
「だがこうしている間にも、姉さんが……!」
ルフレが正論で諭しても、それでもクロムの耳には届かない。
ペレジアの囚われの身となったエメリナの事ばかりを考えて、それ以外がすっかり抜け落ちてしまっているのだ。
そんなクロムを見て一つ溜め息を吐き、「痛いだろうから先に謝っておくわ、ごめん」とそう言って。
ルフレの右手がクロムの頬を遠慮無くひっぱたいた。
一応クロムが怪我をしないように気を遣った一撃ではあったが、あまりの威力にクロムは野営地に降り積もる雪の中に倒れ込む。
その光景に、クロムやフレデリクのみならずそれを見守っていた全員が固まった。
そしてルフレは、あまりの事に倒れ込んだまま呆然としているクロムの胸座を遠慮無く両手で掴み上げ、その身体を起こさせる。
「クロムが本気でエメリナ様を助けたいなら、よく聞いて。
エメリナ様を助けたいからこそ、あたし達はフェリアに行って援軍を借り受ける必要がある。
ここであたし達だけでペレジア軍に向かっていっても、皆殺しにされるだけ。
何一つ成せず、ただ殺されるだけなのよ。
自警団とペレジア軍とでは、あたしの策だけで何とか出来る様な戦力差じゃない。
エメリナ様の所に辿り着けるかさえも怪しい位ね。
そうなったら犬死によ。
分かっているの?
クロムは、一時の自己満足の為に、自警団の仲間を全員殺そうとしているのよ?
クロム、あなたはそれで良いの?
自分を信じて付いてきてくれている皆をそうやってむざむざと殺して、本当にそれで良いわけ?
……そんな事、クロムの軍師としても、クロムの仲間としても、あたしは許す事は出来ない。
……クロム、冷静になって。
何をどうすればエメリナ様を助けられるのか、その可能性を少しでも高められるのか、クロムだって本当は分かっている筈」
そこまで言い切ってから、漸くルフレはクロムの胸座から手を離した。
そしてクロムに向き合ったまま、クロムがどうするのかを静かに見守る。
クロムは……。
何かを言おうとして、だが、俯いて固く握り締めた拳を震わせた。
そして──
「俺は………、俺……は……………。
…………そう、だな。
………ルフレの、言う通りだ。
……………済まない……」
絞り出す様にそう答えたクロムに、ルフレは安堵の様な一つ息を吐いた。
そして、柔らかな微笑みを向ける。
「だってあたしはクロムの軍師だもの、だから気にしないで。
……クロムがエメリナ様を思って取り乱したのは、分かっているから。
それが、エメリナ様の家族として当然の事だって事も。
でも、だからこそ。
本当に必要な事を、あたしはクロムに示したいの」
「……そうか。
……有り難う、ルフレ。
お前は、最高の俺の軍師だな……」
顔を上げたクロムの目に、先程までの狂乱染みた迷いはもう無い。
その眼差しは、ハッキリと行くべき道を見据えていた。
◆◆◆◆
フェリアへと向かうクロム達自警団の行軍速度は、恐ろしく速い。
今は一刻も早くフラヴィアの元へと辿り着かねばならぬのだ。
先に書状を送っているのでイーリスの状況を向こうも把握してはいるのだろうが……。
何はともあれ、少しでも早く、フェリアの援軍を得てイーリス王都に戻らねばならない。
そうこうしている内に、王都は陥落してしまうかもしれないのだ。
そうなれば──
クロムの焦りは、自警団の仲間達に伝播してゆく。
仲間達のその焦りや不安を何とか治めつつ、支障が出ない程度の最大限の行軍速度を維持させるのはルフレの役目であった。
普段ならフレデリクもその役目を担っているのだが、エメリナの危機とあってはさしものフレデリクでも平生の様には居られず。
結果、ルフレの負担が激増していたのである。
それでもルフレはそれをこなしていたのではあった。
だが。
何とかフェリアの国境を抜け、東のフェリア王都まであと少し……と言う所で。
クロム達は最悪の報せを受け取る事となってしまうのであった……。
「クロム様!!」
風を打つ羽ばたきや嘶きと共に。
あちこちに傷を作った女性が天馬に乗って野営地へと降りてきた。
本来ならば美麗さと勇壮さを誇るその装備は見る影もなくボロボロで、鎧には酷い損傷が幾つも見受けられる。
「ティアモ!!」
野営地に降り立ったその女性と天馬を見て、彼女の幼馴染みのスミアが悲鳴の様な声を上げた。
彼女は、天馬騎士団が誇る若き俊英ティアモ。
精鋭揃いの天馬騎士団の中にあっても、“天才”と呼ばれる程の騎士である。
天馬騎士団の他の仲間達と共に王都に残りその防衛の任に着いていた彼女が、こんな状態でここにやって来た……。
それが示すのは、クロム達にとって何よりも残酷な事実だ。
「ペレジア軍により王都が陥落し、……エメリナ様がっ、ペレジアに……!」
立っている事すらも辛そうな程に疲弊したティアモは、そこまでを一息に言った後で力尽きたかの様に倒れこみかける。
そこにスミアが慌てて駆け寄り、ティアモに肩を貸した。
「姉さんが!?
姉さんがどうなったんだ?!」
取り乱すクロムに、ティアモは何とか力を振り絞って報告する。
「ペレジア軍にっ………。
王都に……残った、民を……人質に……されて……。
団ちょ……フィレイン様も、……。
私は、……クロム様……に、この事を……と。
騎士団の……仲間が……」
何とか途切れ途切れにそう述べて、ティアモは気を失う様に倒れた。
幸いにも命に関わる状態では無く、ティアモが倒れたのは極度の疲労からであった。
王都防衛戦で負った傷も癒えぬままに、クロム達を目指して只管飛び続けていたのである。
寧ろよくぞここまで持ったものだ。
ティアモは一先ず医療用の天幕に寝かされ、彼女の愛馬はゆっくりと休ませてある。
ティアモの事はそれで良い。
だが、医療用天幕の外、野営地では大騒動が起きていた。
「今すぐ姉さんを助けに向かうぞ!
急げばまだ間に合う筈だ!
フレデリク、ルフレ!
出立の準備をしろ!」
「はい! 急ぎ準備致しましょう!」
「ダメよフレデリク。
とにかく、クロムもフレデリクも落ち着いて」
急ぎエメリナの救出に向かおうとする完全に冷静さを欠いたクロムと、平素の余裕を無くしてそれに頷くフレデリク、そしてそれを止めるルフレ、と。
その三人が騒ぎの中心となっている。
実際に騒いでいるのはクロムであり、彼とそれに追随するフレデリクとを一人何時もと変わらず冷静なルフレが止めていると言うのが正しくはあるが。
「何を言っているんだ、ルフレ……!
早くしないと、姉さんが……!」
「確かに急ぐ事は大事だけど、今は物事の優先順位を考えてって事よ。
この自警団の戦力だけで、エメリナ様を囚えているペレジア軍に真っ正面からぶつかるつもり?
とにかく、一度深呼吸して落ち着いて」
「これがっ! 落ち着いていられるかっ!
姉さんがペレジアに捕まったんだぞっ!」
「そんな事、ちゃんと分かってる。
でもここであたし達だけで、エメリナ様を助け行っても何も出来ないでしょ。
フェリアに援軍を頼まないと、自警団単独でエメリナ様を助け出すのは不可能よ。
それに、エメリナ様が囚われたからといって直ぐ様処刑される訳じゃない。
一人でも多くのペレジアの人達の前で、公開処刑になる筈。
そう多くは無いけれど、ちゃんと猶予はあるの。
だから、本当にエメリナ様を助けたいなら、何をすべきなのか考えて」
リズはエメリナがペレジアに囚われたそのショックの余り天幕で寝込んでしまっていて、フレデリクも主君の危機とあって普段の冷静さを失っている。
ルフレは何時も通りではあるのだが、クロムが完全に普段の判断能力を喪っているのが不味かった。
「だがこうしている間にも、姉さんが……!」
ルフレが正論で諭しても、それでもクロムの耳には届かない。
ペレジアの囚われの身となったエメリナの事ばかりを考えて、それ以外がすっかり抜け落ちてしまっているのだ。
そんなクロムを見て一つ溜め息を吐き、「痛いだろうから先に謝っておくわ、ごめん」とそう言って。
ルフレの右手がクロムの頬を遠慮無くひっぱたいた。
一応クロムが怪我をしないように気を遣った一撃ではあったが、あまりの威力にクロムは野営地に降り積もる雪の中に倒れ込む。
その光景に、クロムやフレデリクのみならずそれを見守っていた全員が固まった。
そしてルフレは、あまりの事に倒れ込んだまま呆然としているクロムの胸座を遠慮無く両手で掴み上げ、その身体を起こさせる。
「クロムが本気でエメリナ様を助けたいなら、よく聞いて。
エメリナ様を助けたいからこそ、あたし達はフェリアに行って援軍を借り受ける必要がある。
ここであたし達だけでペレジア軍に向かっていっても、皆殺しにされるだけ。
何一つ成せず、ただ殺されるだけなのよ。
自警団とペレジア軍とでは、あたしの策だけで何とか出来る様な戦力差じゃない。
エメリナ様の所に辿り着けるかさえも怪しい位ね。
そうなったら犬死によ。
分かっているの?
クロムは、一時の自己満足の為に、自警団の仲間を全員殺そうとしているのよ?
クロム、あなたはそれで良いの?
自分を信じて付いてきてくれている皆をそうやってむざむざと殺して、本当にそれで良いわけ?
……そんな事、クロムの軍師としても、クロムの仲間としても、あたしは許す事は出来ない。
……クロム、冷静になって。
何をどうすればエメリナ様を助けられるのか、その可能性を少しでも高められるのか、クロムだって本当は分かっている筈」
そこまで言い切ってから、漸くルフレはクロムの胸座から手を離した。
そしてクロムに向き合ったまま、クロムがどうするのかを静かに見守る。
クロムは……。
何かを言おうとして、だが、俯いて固く握り締めた拳を震わせた。
そして──
「俺は………、俺……は……………。
…………そう、だな。
………ルフレの、言う通りだ。
……………済まない……」
絞り出す様にそう答えたクロムに、ルフレは安堵の様な一つ息を吐いた。
そして、柔らかな微笑みを向ける。
「だってあたしはクロムの軍師だもの、だから気にしないで。
……クロムがエメリナ様を思って取り乱したのは、分かっているから。
それが、エメリナ様の家族として当然の事だって事も。
でも、だからこそ。
本当に必要な事を、あたしはクロムに示したいの」
「……そうか。
……有り難う、ルフレ。
お前は、最高の俺の軍師だな……」
顔を上げたクロムの目に、先程までの狂乱染みた迷いはもう無い。
その眼差しは、ハッキリと行くべき道を見据えていた。
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