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第4話『天駆ける星』

◇◇◇◇





「まあ、確実にその『東の離宮』とやらも内通者の所為で筒抜けだと思う。
 道中に襲撃してくるのか、それとも『東の離宮』に着いてからなのかは分からないけど。
 えっと、その『東の離宮』での警護はフィレインさんや数名の天馬騎士だけで担うんだっけ?
 それじゃあ間違いなくペレジアの襲撃に耐えられないと思うけど。
 ああ、でも。
 道中に襲ってくる可能性も十分に高いんじゃない?
 だって、その場には聖王家の三人が揃い踏みしている訳なんだし」


 自警団のアジトでフェリアへの出立の最後の準備をしていたルフレは、手を止める事もなくそう答えた。

 エメリナ個人への協力を約束した“タグエル”最後の生き残りであるベルベットと、クロムが個人的に(砂糖菓子をその報酬に)雇う事となった腕利きの盗賊であるガイア。
 昨晩の襲撃で新たに仲間に加わった両名は、自警団に身を寄せる事となった。
 二人に関する細々とした事はルフレに一任していたのだが、やはりルフレは問題なくそれをこなしてくれていた様で。
 二人とも、フェリアへ同行する事となったそうだ。
 そんな報告を受けつつ、明け方の会議の内容を掻い摘んで教えるなり、ルフレはバッサリとそう言い切ったのだった。


「そうか……」

「内通者が何を目的として取引したのかは知らないし興味も無いけど、相当な高官みたいなんだし、まあ大方有事の際に王族が逃げ込みそうな場所は既にペレジア側にバラされていると思った方が良いんじゃない?
 ペレジア軍の方にバレてるのかは知らないけど、まあ少なくとも昨晩襲ってきた様な連中はまた来るんじゃないかな。
 それにこんな状況なんだから、保身を引き換えにしてペレジア側と取引してる奴とかはもっといるかもね。
 今頃、内通者がペレジアにエメリナ様の『東の離宮』行きの事を知らせてたりしてもおかしくはないし、そうなってると思っておいたら?
 ま、その場合は高確率で道中に襲撃されるだろうけど」


 淡々とルフレはそう語る。
 もしもルフレがあの場に居たら何と言っていたのだろうか、と。
 もっと良い案を出してくれていたのではないか、と。
 そう思わずにはいられなかった。


「ルフレなら。……ルフレは、どうするべきだと思う?」


 クロムの質問にルフレは「そうね……」と暫し考える。


「エメリナ様の身の安全を確保するって点に於いて一番良いのは、あたし達と一緒にフェリアに行ってそこに居て貰う事。
 その場合も道中に襲撃される可能性は高いけど、それでも何とでもなる……。
 フェリアへの道中で襲撃されそうなポイントは予め全部押さえてあるし、有事の際の策もちゃんと考えてはいるもの。
 フェリアに着きさえすれば、ペレジアも容易には手を出せないしね。
 エメリナ様は国外へ逃れる事に難色を示すだろうけど、エメリナ様が居なくなる事で民心に与える影響より、この戦でエメリナ様をペレジアに確保されて処刑される方がもっと民の心には悪い。
 それを考えれば、何としてでもエメリナ様を説得してフェリアに行くってのがやっぱり一番じゃないかな」


 それは分かっている。
 分かってはいるのだが、エメリナがどうしても首を縦には振らない以上、それは出来ないのだ。

 それはルフレにも分かっている様で、「次善の策としては」、と続けた。


「どうしても国内に居たいって言うエメリナ様の御意志を尊重するなら、王城に留まっている方がまだ安全だと思う。
 近衛兵と天馬騎士団の総員で昼夜を問わず徹底的に身辺警護をしておけば、昨晩の様な襲撃が起こっても、少なくとも成す術もなく……なんて事は無いだろうし。
 内通者が居るであろう事が問題にはなるけれど、まあそれは何処に行こうが付いて回る問題だしね。
 少なくとも、身辺警護も覚束なくなる『東の離宮』に行くよりはまだマシかな。
 後は王都が陥落する前に、あたしたちがフェリアの力を借りてこれるかって問題にはなるけれど」


 ルフレはそう言いながら、「まあ、ここであたしが何を言っても、どうしようも無いんだけど」と締める。
 そう、それはその通りだ。
 最早既に『東の離宮』へ向かう事は決定してしまったし、それは余程の事が、行ってはならぬ明確な証拠が無くては覆らない。

 それにそもそも、あの場にルフレが居たとしても。
 ルフレの立場はあくまでもクロムが個人的に雇っている私兵であり軍師だ。
 国の中枢に関われる様な役職など一つも持っていない。
 故に、例えその意見が何れ程正しく筋が通っていようとも。
 それはあの狐狸妖怪な連中の巣窟では意味を成さないだろう。
 ……全く、儘ならぬものだ。


 フェリア行きに同行する自警団の隊列の横に、エメリナが乗っている事を悟られない様に上質ではあるがやや質素な馬車と、エメリナに同行する文官や女官が乗り込む用の馬車、そして護衛の天馬騎士達が合流する。
 後は文官や女官とエメリナを待つだけ……なのではあるが。
 出立準備を見守っていたルフレは、馬車に乗り込もうとしている文官に目を留めて、何かを探る様な眼差しで彼を射抜く。
 そして、傍らに立つクロムを見上げた。


「ねえ、クロム。
 あの人は……」

「ん? ああ、あの人は元はナーガ教の神官でな。
 長年、姉さんの元でイーリスの政務を助けてくれた人だ」

「要するに、相当上の立場って事?」


 ルフレの言葉にクロムは頷いた。
 彼よりも役職や権力的には上の者は居るが、間違いなく彼はイーリスの国政を司る者の中でも高位にある。
 更には、エメリナからの信頼も厚い。


「まあ、そうなるな。
 同じ位の役職の高官は他にも居るが……。
 今回の『東の離宮』行きも、彼が支持して決まった様なモノだな」

「成る程、ね。
 ねえ、クロム。
 あの人、多分内通者よ」


 サラッと。
 あまりにも普通の口振りで、ルフレはそう言った。


「なっ……!」

「現段階では確証は無いけどね。
 でも、調べたら直ぐに何か出てくるんじゃない?
 多分、ここに来る直前にペレジア宛に鳩か何かを飛ばしたんだと思う。
 服の裾の自分では気付き辛い位置に、鳩のモノだと思われる小さな羽と羽毛が付いているし。
 それにキョロキョロと妙に挙動不審だしね。
 自警団の装備とかに目をやってるって事は、やっぱり道中に襲撃させるつもりなのかしら?」


 どうする?と首を傾げて訊ねてきたルフレに、決まっている、とクロムは返す。
 直ぐ様フレデリクとフィレインを呼び事情を説明し、文官を拘束した上で取り調べを行った。
 すると程無くして、彼の服の中からは、ギャンレルからのモノと思われる書状が発見される。
 ……彼は、自らの保身を引き換えとしてエメリナはおろかクロムとリズを含めた聖王家三人全員の命を売っていたのだ。

 ここに来て、『東の離宮』への移動は中止となった。
 当たり前だ。
 ペレジア軍が待ち構えていると分かっていながら向かう程愚かではない。
 結局緊急の会議の末に、エメリナは王都に留まる事になり、クロム達は当初の予定通りに一路フェリアへと向かう事になったのである。

 そして、クロム達の出立間際に。
 エメリナは、クロムへと『炎の台座』を託した。
 その意味が分からない訳ではなくて、だがそれを受け入れられる筈も無い。
 だが、クロムの主張は、想いは。
 エメリナの意志を崩す事は出来なかった。

 だから。
 必ず援軍を連れてくる、と。
 だから諦めずに待っていてくれ、と。
 そう約束して。

 後ろ髪を引かれながら、クロム達はフェリアへと急ぐのであった。




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