第4話『天駆ける星』
◇◇◇◇
ベルベットと言う名のタグエルと言う種族であるらしい女性と合流し彼女をエメリナ様の護衛として向かわせ、王城への侵入の手引きをしたものの暗殺は流儀に反するとして投降してきた盗賊のガイアを逆に雇う事で仲間に引き入れ、偶然城内に残っていたフレデリクとも合流しエメリナ様の元へ通じる通路を守らせる為に彼らを向かわせながら、ルフレとクロムは侵入してきた襲撃者達を次々と屠っていった。
ルフレがその特異な力によって襲撃者の位置や武装を把握してくれているから良いものの、こんなにも大量の襲撃者が侵入してきたなど前代未聞だ。
「ルフレ、コイツらはどこの手の者だと思う?」
「ペレジア……だろうけど、ペレジア軍とかじゃないと思う。
ペレジアと言う国としては、ここでエメリナ様を暗殺するよりも、堂々と王都を攻めて陥落させた上で、エメリナ様をペレジアの民の前で公開処刑にしたい筈だし。
それに、この襲撃は事前から相当準備されてたものの筈。
数日前に開戦したばかりの状況で、いきなりやれる様な事じゃない。
あと、近衛兵の配置が明らかに穴だらけな所を見るに、イーリス側に今回の襲撃を手引きした内通者が居ると思う。
それも、近衛兵の配置を動かせる位の相当な高官にね。
今の状況で分かるのはこれ位かな」
走りながらスラスラとそう答えるルフレの見解におかしな所は無い。
これはこの襲撃を凌いだ後で内通者の炙り出しが必要になるな……とクロムは考えた。
何にせよ、今は入り込んだ賊を討伐しなければならない。
大分数は減らせたものの、ルフレ曰くまだ入り込んでいるそうだ。
一人として討ち漏らす訳にはいかないので、念入りに討伐していく。
ふと、横を走るルフレが険しい顔をした。
「どうした?」
「……中庭の方に、親玉らしき奴が居る。
そいつが今回の襲撃を指揮しているみたい……。
それに、何だか、そいつだけは絶対にここで仕留めないといけない気がして……」
姿も見えぬその存在への明確な敵意を示す様に、ルフレは獣の様な唸り声を微かに上げる。
何故ルフレがそこまでの敵意を見せるのかは分からないが、その存在が襲撃の首謀者であるのならばクロムとてそれを見逃す訳にはいかない。
中庭へと駆け出ると、何やら明らかに他の襲撃者とは違う出で立ちの男がそこに佇んでいた。
血色の悪そうな頬、鋭さだけが際立つ眼差し。
見れば見る程、不吉さを漂わせてくる男であった。
男は、クロムを……その手にあるファルシオンへと目を向けてニヤリと嗤い……。
そして、ルフレを見るなり驚いた様に固まったかと思うと、その不吉な面立ちに喜悦の感情を余す事なく浮かべる。
自身に異常な視線を注ぐその男を、ルフレは明確な殺意を込めた眼差しで射抜いた。
その緋色の右目は紅々と輝いている。
「……これはこれは……。
まさか、よりにもよってこんな場所にいるとはな……。
クックック……ああ、分かる……私には分かるぞ。
その身から溢れんばかりのその力……!
永き眠りから目覚め、覚醒の日を待っているその魂が……!
さあ、我らの元へと──」
「煩い」
何かに取り憑かれた様に狂気を帯びた声音で垂れ流されていた意味が分からぬ言葉は、一瞬で男へと距離を詰めたルフレが剣を目にも止まらぬ速さで一閃させて喉を切り裂いた事で止まった。
喉元を抑えて流れ出る血を止めようとする男の足をルフレは払い、倒れ込んだ男の右の大腿を剣で地面に縫い止める。
喉元を深く切られている為に、男は痛みに呻くもののそれはハクハクと喉元から空気が漏れる音にしかならなかった。
「あんたがあたしの事を知ってるのかどうかとか、そんなのはどうでも良い。
あんたは、絶対にここで殺すべきだって、そう思うから」
冷え冷えとした輝きをその右目に宿らせて。
ルフレは魔道書を取り出した。
ルフレの周囲が歪んで見える程の異常な魔力がその身から立ち上るのが、魔法の才に乏しいクロムですらも見えた。
男を跡形もなく消し飛ばす気なのだと気付いて。
何故だか、こんな状態のルフレにそれをさせるべきでは無いと、そう思って。
クロムはルフレと男の間に割り込む様にしてファルシオンを振るい、男の左肩から右の腰までを半ば離断させる様に断ち切った。
その一撃で男は完全に絶命し、クロムが割り込んできた事によって驚いたルフレも攻撃を中断して高めた魔力を霧散させる。
「えっ、ちょっとクロム、危ないじゃない!
途中で止められたから良かったものの、一歩間違えたらクロムを攻撃しちゃってたんだから。
もう次からは、途中で割り込んできたりしないでね」
無茶が過ぎるクロムの行動を注意するルフレに、先程までの剣呑な気配は跡形もなく霧散していた。
その右目は何時もの様に緋色の温かな輝きを湛えている。
魔道書を懐にしまったルフレは、「あっ」と小さく声を上げた。
「残ってた襲撃者はフレデリク達が倒したみたい。
うん、これで入り込んだ襲撃者は全て始末出来た様ね。
このまま朝まで廊下とかに転がしておく訳にはいかないし、取り敢えず何処かに襲撃者の遺体を収容する場所が欲しいんだけど……。
何か良い場所ある?」
「そうだな……近衛兵達の詰め所の近くに、今は使われていない物置があった筈だ。
十分な広さがあるし、外から鍵も掛けられる。
一晩程度なら彼処でも十分収容出来る筈だ」
「うん、じゃあエメリナ様に許可を取ったら、フレデリク達にも手伝って貰ってそこに遺体を運んだ方が良い感じね。
取り敢えずその辺りの諸々が終わったら、あたしは自警団のアジトの方に帰るから。
あんまり城内をウロウロしてると、文官達が面倒だし。
はぁ……内通者の炙り出しとかも必要になるけど、王城のこんな奥まで賊に侵入されたとなると大問題になるか……」
頑張って、とクロムを労う様にルフレはその背中をポンポンと叩いた。
そもそも明日にはクロム達はフェリアに向けて出立しなければならないのだ。
不在中の襲撃ではなかったのは幸いではあるが、かと言って文官達との緊急会議に巻き込まれたい訳ではない。
全く、考えるだけで気が重くなる話だ。
ルフレと共にエメリナ部屋の前へと戻ると、扉の前に居たマルスがそっとクロムへと譲る。
其所には、恐らく危急の知らせを受けて駆け付けてきたのであろう、天馬騎士団団長のフィレインがエメリナの側に侍っていた。
マルスやフレデリク、そしてベルベットとガイアの協力もあって、この部屋に襲撃者が押し入る事は無かった様で何よりである。
「無事で何よりだ、姉さん」
「有り難う、クロム。そして皆さんも……」
「クロム様……申し訳ありません。
本来ならばエメリナ様をお守りすべき我々が不甲斐ないばかりに……」
襲撃を防げなかった事、そしてその襲撃者の撃退をクロムに主にさせてしまった事。
それらを気に病んで、普段は凛と誇り高き天馬騎士団団長は、項垂れてしまっていた。
「いや、気にするな。
今夜の襲撃は相当準備されてきたものだったんだろう。
それに、王宮内の警護は近衛兵の仕事だからな。
そう気に病むな。
俺だって、ルフレとマルスが居なければどうにもならなかったんだから」
「マルス……?」
「ああ、襲撃を知らせに来てくれたんだ。
ん? マルスは……」
ふと廊下を見回してもマルスの姿が見えない事に気付く。
すると、マルスと同じく廊下に待機していたルフレがクロムの疑問に答えてくれた。
「ああ、マルスならもうここでの自分の役目が終わったからって、ついさっき帰っていったわ。
一応、クロムがお礼を言いたがるだろうから待っておけば?って言ったんだけど、あんまり長居するべきじゃないって言っててね。
今ならまだ裏庭の辺りに居るんじゃないかな」
ルフレにそう言われ、クロムはマルスがまだ居るであろう裏庭を目指す。
それに付いていこうとしていたルフレだが、エメリナに呼び止められて足を止めた。
どうやら、此度の襲撃を凌いだ事に関してエメリナが直接礼を言うつもりらしい。
ルフレは去っていくクロムの後ろ姿を一度見詰めて、そしてエメリナに招かれたその私室へと足を踏み入れたのであった。
◇◇◇◇
ベルベットと言う名のタグエルと言う種族であるらしい女性と合流し彼女をエメリナ様の護衛として向かわせ、王城への侵入の手引きをしたものの暗殺は流儀に反するとして投降してきた盗賊のガイアを逆に雇う事で仲間に引き入れ、偶然城内に残っていたフレデリクとも合流しエメリナ様の元へ通じる通路を守らせる為に彼らを向かわせながら、ルフレとクロムは侵入してきた襲撃者達を次々と屠っていった。
ルフレがその特異な力によって襲撃者の位置や武装を把握してくれているから良いものの、こんなにも大量の襲撃者が侵入してきたなど前代未聞だ。
「ルフレ、コイツらはどこの手の者だと思う?」
「ペレジア……だろうけど、ペレジア軍とかじゃないと思う。
ペレジアと言う国としては、ここでエメリナ様を暗殺するよりも、堂々と王都を攻めて陥落させた上で、エメリナ様をペレジアの民の前で公開処刑にしたい筈だし。
それに、この襲撃は事前から相当準備されてたものの筈。
数日前に開戦したばかりの状況で、いきなりやれる様な事じゃない。
あと、近衛兵の配置が明らかに穴だらけな所を見るに、イーリス側に今回の襲撃を手引きした内通者が居ると思う。
それも、近衛兵の配置を動かせる位の相当な高官にね。
今の状況で分かるのはこれ位かな」
走りながらスラスラとそう答えるルフレの見解におかしな所は無い。
これはこの襲撃を凌いだ後で内通者の炙り出しが必要になるな……とクロムは考えた。
何にせよ、今は入り込んだ賊を討伐しなければならない。
大分数は減らせたものの、ルフレ曰くまだ入り込んでいるそうだ。
一人として討ち漏らす訳にはいかないので、念入りに討伐していく。
ふと、横を走るルフレが険しい顔をした。
「どうした?」
「……中庭の方に、親玉らしき奴が居る。
そいつが今回の襲撃を指揮しているみたい……。
それに、何だか、そいつだけは絶対にここで仕留めないといけない気がして……」
姿も見えぬその存在への明確な敵意を示す様に、ルフレは獣の様な唸り声を微かに上げる。
何故ルフレがそこまでの敵意を見せるのかは分からないが、その存在が襲撃の首謀者であるのならばクロムとてそれを見逃す訳にはいかない。
中庭へと駆け出ると、何やら明らかに他の襲撃者とは違う出で立ちの男がそこに佇んでいた。
血色の悪そうな頬、鋭さだけが際立つ眼差し。
見れば見る程、不吉さを漂わせてくる男であった。
男は、クロムを……その手にあるファルシオンへと目を向けてニヤリと嗤い……。
そして、ルフレを見るなり驚いた様に固まったかと思うと、その不吉な面立ちに喜悦の感情を余す事なく浮かべる。
自身に異常な視線を注ぐその男を、ルフレは明確な殺意を込めた眼差しで射抜いた。
その緋色の右目は紅々と輝いている。
「……これはこれは……。
まさか、よりにもよってこんな場所にいるとはな……。
クックック……ああ、分かる……私には分かるぞ。
その身から溢れんばかりのその力……!
永き眠りから目覚め、覚醒の日を待っているその魂が……!
さあ、我らの元へと──」
「煩い」
何かに取り憑かれた様に狂気を帯びた声音で垂れ流されていた意味が分からぬ言葉は、一瞬で男へと距離を詰めたルフレが剣を目にも止まらぬ速さで一閃させて喉を切り裂いた事で止まった。
喉元を抑えて流れ出る血を止めようとする男の足をルフレは払い、倒れ込んだ男の右の大腿を剣で地面に縫い止める。
喉元を深く切られている為に、男は痛みに呻くもののそれはハクハクと喉元から空気が漏れる音にしかならなかった。
「あんたがあたしの事を知ってるのかどうかとか、そんなのはどうでも良い。
あんたは、絶対にここで殺すべきだって、そう思うから」
冷え冷えとした輝きをその右目に宿らせて。
ルフレは魔道書を取り出した。
ルフレの周囲が歪んで見える程の異常な魔力がその身から立ち上るのが、魔法の才に乏しいクロムですらも見えた。
男を跡形もなく消し飛ばす気なのだと気付いて。
何故だか、こんな状態のルフレにそれをさせるべきでは無いと、そう思って。
クロムはルフレと男の間に割り込む様にしてファルシオンを振るい、男の左肩から右の腰までを半ば離断させる様に断ち切った。
その一撃で男は完全に絶命し、クロムが割り込んできた事によって驚いたルフレも攻撃を中断して高めた魔力を霧散させる。
「えっ、ちょっとクロム、危ないじゃない!
途中で止められたから良かったものの、一歩間違えたらクロムを攻撃しちゃってたんだから。
もう次からは、途中で割り込んできたりしないでね」
無茶が過ぎるクロムの行動を注意するルフレに、先程までの剣呑な気配は跡形もなく霧散していた。
その右目は何時もの様に緋色の温かな輝きを湛えている。
魔道書を懐にしまったルフレは、「あっ」と小さく声を上げた。
「残ってた襲撃者はフレデリク達が倒したみたい。
うん、これで入り込んだ襲撃者は全て始末出来た様ね。
このまま朝まで廊下とかに転がしておく訳にはいかないし、取り敢えず何処かに襲撃者の遺体を収容する場所が欲しいんだけど……。
何か良い場所ある?」
「そうだな……近衛兵達の詰め所の近くに、今は使われていない物置があった筈だ。
十分な広さがあるし、外から鍵も掛けられる。
一晩程度なら彼処でも十分収容出来る筈だ」
「うん、じゃあエメリナ様に許可を取ったら、フレデリク達にも手伝って貰ってそこに遺体を運んだ方が良い感じね。
取り敢えずその辺りの諸々が終わったら、あたしは自警団のアジトの方に帰るから。
あんまり城内をウロウロしてると、文官達が面倒だし。
はぁ……内通者の炙り出しとかも必要になるけど、王城のこんな奥まで賊に侵入されたとなると大問題になるか……」
頑張って、とクロムを労う様にルフレはその背中をポンポンと叩いた。
そもそも明日にはクロム達はフェリアに向けて出立しなければならないのだ。
不在中の襲撃ではなかったのは幸いではあるが、かと言って文官達との緊急会議に巻き込まれたい訳ではない。
全く、考えるだけで気が重くなる話だ。
ルフレと共にエメリナ部屋の前へと戻ると、扉の前に居たマルスがそっとクロムへと譲る。
其所には、恐らく危急の知らせを受けて駆け付けてきたのであろう、天馬騎士団団長のフィレインがエメリナの側に侍っていた。
マルスやフレデリク、そしてベルベットとガイアの協力もあって、この部屋に襲撃者が押し入る事は無かった様で何よりである。
「無事で何よりだ、姉さん」
「有り難う、クロム。そして皆さんも……」
「クロム様……申し訳ありません。
本来ならばエメリナ様をお守りすべき我々が不甲斐ないばかりに……」
襲撃を防げなかった事、そしてその襲撃者の撃退をクロムに主にさせてしまった事。
それらを気に病んで、普段は凛と誇り高き天馬騎士団団長は、項垂れてしまっていた。
「いや、気にするな。
今夜の襲撃は相当準備されてきたものだったんだろう。
それに、王宮内の警護は近衛兵の仕事だからな。
そう気に病むな。
俺だって、ルフレとマルスが居なければどうにもならなかったんだから」
「マルス……?」
「ああ、襲撃を知らせに来てくれたんだ。
ん? マルスは……」
ふと廊下を見回してもマルスの姿が見えない事に気付く。
すると、マルスと同じく廊下に待機していたルフレがクロムの疑問に答えてくれた。
「ああ、マルスならもうここでの自分の役目が終わったからって、ついさっき帰っていったわ。
一応、クロムがお礼を言いたがるだろうから待っておけば?って言ったんだけど、あんまり長居するべきじゃないって言っててね。
今ならまだ裏庭の辺りに居るんじゃないかな」
ルフレにそう言われ、クロムはマルスがまだ居るであろう裏庭を目指す。
それに付いていこうとしていたルフレだが、エメリナに呼び止められて足を止めた。
どうやら、此度の襲撃を凌いだ事に関してエメリナが直接礼を言うつもりらしい。
ルフレは去っていくクロムの後ろ姿を一度見詰めて、そしてエメリナに招かれたその私室へと足を踏み入れたのであった。
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