第2話『星舟を漕ぎ行けば』
◇◇◇◇
闘技大会当日。
数年に一度のフェリアの真の王を決める闘技大会である為か、国中からこの勝負を見届ける為に観客が押し寄せてきていた。
参加者に与えられた控え室にまで届いてくる闘技場内の熱気に、闘技大会に参加するフレデリクとソワレは何処か落ち着かなさそうにしている。
戦場に漂う熱気とはまだ異なるそれは、武勇を是とするフェリア独特のモノなのかもしれない。
そんな中でも、戦士として闘技大会に出場するにも関わらず、ルフレは何時も通りに、異様な熱気すらも何処吹く風とでも言いたげに自然体で寛いでいるのであった。
闘技大会の前座である東西両軍の戦士たちによる試合が終わり、会場の熱気は最高潮にまで高まる。
そして、東側代表者としてクロム達が呼ばれた。
闘技会場へと繋がる重厚な大扉が開かれ、クロム達は大歓声に迎えられる。
厳しい寒さを凌ぐ為に地下に設けられた闘技会場ではあるが、天井に数多取り付けられた採光窓から場を清めるかの様に射し込む光によって地上に居る時と遜色無い程に明るい。
クロム達が入場すると、クロム達が入ってきた反対側の大扉が開かれて、西側の代表者達が場内に招かれる。
王と王の威信を賭けた闘いだ。
選ばれる戦士はみな、武の頂に程近い場所に立つ者ばかりである。
西側の代表者もさぞ、歴戦の戦士なのであろう。
そう思って、筋骨隆々の猛者が現れる事を予想していたのだが。
扉の向こうに見えた影は、小柄であり細身であった。
それにクロムら先ず驚き、更には光溢れる場内に進み出たその姿に、更に驚いた。
「お前、確かあの時の……!」
ルフレと出会い、屍兵の襲撃に遭ったあの夜。
何処からともなく現れて、屍兵の掃討に力を貸してくれた仮面の剣士。
古の英雄王と同じく、“マルス”の名を名乗っていた少年。
暗い夜の森の中での邂逅であっただけにあまりその姿をハッキリとは見る事が出来なかったが。
その蝶を模した様な仮面と、イーリス城にあるマルスを描いた絵画から抜け出てきた様なその衣装。
そして、クロム達と協力して容易く屍兵を屠っていったその剣の技量。
それらは、クロムの記憶の中に印象深く残されていた。
周辺の屍兵を掃討し終わったら後に『災いが訪れようとしている』とまるで予言の様な言葉を残し、何処かへと去ってしまってそれっきりだったマルスが、どうして西側の代表者として出てきたのだろうか。
彼はフェリア由縁の者だったのか……?とクロムは思わず考えてしまった。
マルスの方も、仮面に隠されたその表情は伺えないものの、クロムを気にしている様だ。
そして、クロムの傍らに立つルフレへと目を向けて。
何やら、驚いた様な戸惑った様な……そんな動揺を示した。
「……?
何をあんなに驚いているんだろ……」
一応初対面では無い筈なのに、とルフレもまた色違いの瞳を瞬かせて首を傾げる。
万が一マルスがルフレの知り合いだったのならあの夜の内に何らかの反応を示していただろうし、何故二度目の遭遇でああも驚いているのか……それはマルスにしか分からない事であろうが。
何やら動揺していたものの、それでも何とか平静さを取り繕ってマルスは場内の規定された位置に付く。
闘技大会は代表者同士の決戦試合と、各々選ばれた三人の参加者による三対三の集団戦の二つに別れている。
集団戦に決着が付いたら代表者同士の決戦試合になるのだ。
ある意味集団戦は決戦試合の前座の様なモノとも言えるが、ここで如何に武勇を示せるかで後々の王の威信に関わるらしい。
故に代表者のみならず参加者も猛者ばかりが選ばれるのだとか。
東側は代表者としてクロム、そして参加者としてルフレとフレデリクとソワレが自警団の中から選ばれ。
対して西側は、代表者としてマルス、そして剣士と戦士と魔道士が参加者として出ていた。
マルスのみならず、どの参加者も相当な力を持っている事が見てとれる。
そして、合図として大銅鑼が鳴り響き、王を決める代理戦争の幕が開けたのであった。
◇◇
真っ先に突撃してきたのは血気盛んそうな戦士であった。
彼は、剣や槍を構えて迎え撃とうとしたフレデリクやソワレには構わず、パッと見では肉弾戦を得手としている様には見えないルフレへと襲い掛かる。
流石は参加者として選ばれるだけの事はあって、その動きは豪快ながらも素早く正確だ。
あっという間に距離を詰めた戦士は、斧を横薙ぎに振りかぶってルフレを襲う。
が、しかし。
横薙ぎに薙ぎ払われた斧は、ルフレが石畳を蹴って軽々と飛び上がった為に空を切った。
恐ろしい程の跳躍力で軽く戦士の頭よりも高く跳んだルフレは、そのまま勢いよく戦士の頭へと空中で身を捻って回し蹴りを放つ。
虚を突いて放たれたその一撃を躱す事は出来ずに、戦士はそのまま石畳の床に身を叩き付けられた。
しかしそれでも鍛え上げていた肉体に守られてか、フラつきながらも戦士は素早く身を起こそうとして。
そこに追撃として放たれた魔法の風の一撃に吹き飛ばされて昏倒するのであった。
その鮮やかな闘いっぷりに、闘技場内の観客席から大歓声が沸き起こる。
開幕早々に一人が打ち倒された事で、マルス以外の残り二名の西側の参加者たちに動揺が走った。
しかも、鮮やかな手並みで戦士を沈めたルフレは息一つ切らしてはいないのだ。
更にルフレはこの試合に意図的に剣は持ち込んでないのだと知れば、しかもその理由が『殺さない手加減が出来ないかもしれないから』だと知れば、彼らはどう思うのだろうか。
尤も、彼らがそれを知る事は恐らくは無いだろうが。
しかし彼等にも参加者として選ばれたと言う自負があり、己が鍛え上げたきた武勇に誇りを持っている。
ここで臆する事などは有り得なかった。
取り敢えず、迂闊にルフレに近付くのは危険だと判断したらしく、とにかく先ずはルフレを足止めしている内にフレデリクとソワレを倒す方針にしたらしい。
魔道士が牽制の為にルフレに向けて連続してエルファイアーを放ち、ルフレがそれを回避するのを利用してルフレをフレデリクとソワレの近くから引き離す。
そしてそこを、剣士がソワレを強襲した。
ソワレがそれに応戦し、幾合にも渡る打ち合いになる。
フレデリクがソワレに加勢しようとすると、遠距離からだが魔道士の魔法がそれを阻む。
フレデリクは魔法には弱い。
故に、それを回避しようとして中々ソワレには近付けない。
だが、魔道士はフレデリクを足止めする事に躍起になってしまった。
この場で最も警戒しなければならない者を。
早々に戦士を沈めたルフレから、僅かな間ではあるが意識を逸らしてしまったのだ。
そして気付いた時には。
音もなく目の前に迫っていたルフレの拳の一撃によって、顎を強烈に打ち上げられた魔道士は、呆気なく昏倒するのであった。
三対一となってはどうする事も出来ない。
それでも諦めずに剣士は善戦したのだが、ソワレとフレデリクの連携の前に程無くして武器を取り落として降参するのであった。
◇◇
集団戦は東側の圧勝に終わった。
残すは、クロムとマルスの一騎討ちである。
お互いに場内の中央に進み、そしてほぼ同時に剣を構える。
クロムが手にするのは、イーリスの国宝である神剣ファルシオン。
そして、マルスが構えたその剣は──
白銀に輝く曇り無き刀身、特徴的なその外観。
それをクロムが見間違える筈は無い。
イーリス聖王家に代々伝わる、神竜ナーガより賜りしこの世で唯一無二の神剣。
クロムが当代のその担い手として選ばれた剣。
クロムが持つそれと全く同一のモノにしか見えない剣。
──神剣ファルシオン、それがマルスの武器であったのだ。
「その剣は──」
驚愕からクロムは思わず言葉を溢す。
だが、マルスは黙したまま何も語らなかった。
マルスが何者であるのか、そのファルシオンは一体何なのか、どうしてこの場所に現れたのか。
彼に問い質したい事は沢山ある。
だが、クロムは今一人の戦士として、一人の剣士としてここに立っているのだ。
それは、マルスもまた同じ。
なれば、言葉では無く剣で語り合うのが筋と言うものだ。
唯一無二である筈の神剣が相見える。
構える姿は、まるで鏡写しにしたかの様に同じ。
そして。
開始を告げる大銅鑼が鳴り響くの同時に。
クロムは駆け出して、マルスへとファルシオンを振るう。
マルスもまた、それを己のファルシオンで受け止めた。
そのまま幾合にも渡り、打ち合いとなる。
力に秀でたクロムの剣と、速さに秀でたマルスの剣。
得意とする事は異なれど本質的には全く同一に見える二人の剣技が絡み合い、外から見ればまるで剣舞を披露しているかの様にすら見えるだろう。
鍔迫り合う度に剣花が散る、白刃が煌めく度に高らかな音が打ち響く、お互いに決定打を与えられずに幾度も幾度も斬り結ぶ。
まるでお互いに手の内を全て知り尽くしている様な、何とも言えない奇妙な感覚だ。
次にマルスがどう動くのか、クロムの動きにどう対応しようとするのか。
それが、クロムには分かってしまう。
それはまさしく、“自分ならそうするだろう”と考える動きそれそのままだったからだ。
クロムには膂力で負ける分を速さで補えばそうなるだろうと、そうクロムが思う動きのままにマルスは動く。
クロムは己の剣技を神剣を振るうに能うモノとするべく鍛練を重ねその腕は人後に落ちるモノでは無いと言う自負がある。
だが、マルスの剣技もそれと遜色しない域にまで達していた。
ふと幾度目かの鍔迫り合いの時に、クロムはマルス尋ねる。
「その剣技、一体何処で……」
「……父から」
マルスが語る父とは、誰の事なのだろうか。
一瞬その考えが頭を過るが、問うた所で返事が返ってきそうにも無い。
そして──
クロムのファルシオンがマルスのファルシオンの切っ先を絡め取り、キィンッと高い金属音を響かせながらマルスの手からファルシオンが取り落とされる。
そしてクロムは素早くマルスの喉元に剣を突き付けた。
途端に、地響きの様な大歓声が闘技場を揺るがせる。
ここに闘技大会の勝敗は決した。
クロム達、東側の勝利である。
これで無事にフェリアとの同盟は成るだろう。
大役を果たせた安堵から、クロムは一つ息を吐くのであった。
◇◇◇◇
闘技大会当日。
数年に一度のフェリアの真の王を決める闘技大会である為か、国中からこの勝負を見届ける為に観客が押し寄せてきていた。
参加者に与えられた控え室にまで届いてくる闘技場内の熱気に、闘技大会に参加するフレデリクとソワレは何処か落ち着かなさそうにしている。
戦場に漂う熱気とはまだ異なるそれは、武勇を是とするフェリア独特のモノなのかもしれない。
そんな中でも、戦士として闘技大会に出場するにも関わらず、ルフレは何時も通りに、異様な熱気すらも何処吹く風とでも言いたげに自然体で寛いでいるのであった。
闘技大会の前座である東西両軍の戦士たちによる試合が終わり、会場の熱気は最高潮にまで高まる。
そして、東側代表者としてクロム達が呼ばれた。
闘技会場へと繋がる重厚な大扉が開かれ、クロム達は大歓声に迎えられる。
厳しい寒さを凌ぐ為に地下に設けられた闘技会場ではあるが、天井に数多取り付けられた採光窓から場を清めるかの様に射し込む光によって地上に居る時と遜色無い程に明るい。
クロム達が入場すると、クロム達が入ってきた反対側の大扉が開かれて、西側の代表者達が場内に招かれる。
王と王の威信を賭けた闘いだ。
選ばれる戦士はみな、武の頂に程近い場所に立つ者ばかりである。
西側の代表者もさぞ、歴戦の戦士なのであろう。
そう思って、筋骨隆々の猛者が現れる事を予想していたのだが。
扉の向こうに見えた影は、小柄であり細身であった。
それにクロムら先ず驚き、更には光溢れる場内に進み出たその姿に、更に驚いた。
「お前、確かあの時の……!」
ルフレと出会い、屍兵の襲撃に遭ったあの夜。
何処からともなく現れて、屍兵の掃討に力を貸してくれた仮面の剣士。
古の英雄王と同じく、“マルス”の名を名乗っていた少年。
暗い夜の森の中での邂逅であっただけにあまりその姿をハッキリとは見る事が出来なかったが。
その蝶を模した様な仮面と、イーリス城にあるマルスを描いた絵画から抜け出てきた様なその衣装。
そして、クロム達と協力して容易く屍兵を屠っていったその剣の技量。
それらは、クロムの記憶の中に印象深く残されていた。
周辺の屍兵を掃討し終わったら後に『災いが訪れようとしている』とまるで予言の様な言葉を残し、何処かへと去ってしまってそれっきりだったマルスが、どうして西側の代表者として出てきたのだろうか。
彼はフェリア由縁の者だったのか……?とクロムは思わず考えてしまった。
マルスの方も、仮面に隠されたその表情は伺えないものの、クロムを気にしている様だ。
そして、クロムの傍らに立つルフレへと目を向けて。
何やら、驚いた様な戸惑った様な……そんな動揺を示した。
「……?
何をあんなに驚いているんだろ……」
一応初対面では無い筈なのに、とルフレもまた色違いの瞳を瞬かせて首を傾げる。
万が一マルスがルフレの知り合いだったのならあの夜の内に何らかの反応を示していただろうし、何故二度目の遭遇でああも驚いているのか……それはマルスにしか分からない事であろうが。
何やら動揺していたものの、それでも何とか平静さを取り繕ってマルスは場内の規定された位置に付く。
闘技大会は代表者同士の決戦試合と、各々選ばれた三人の参加者による三対三の集団戦の二つに別れている。
集団戦に決着が付いたら代表者同士の決戦試合になるのだ。
ある意味集団戦は決戦試合の前座の様なモノとも言えるが、ここで如何に武勇を示せるかで後々の王の威信に関わるらしい。
故に代表者のみならず参加者も猛者ばかりが選ばれるのだとか。
東側は代表者としてクロム、そして参加者としてルフレとフレデリクとソワレが自警団の中から選ばれ。
対して西側は、代表者としてマルス、そして剣士と戦士と魔道士が参加者として出ていた。
マルスのみならず、どの参加者も相当な力を持っている事が見てとれる。
そして、合図として大銅鑼が鳴り響き、王を決める代理戦争の幕が開けたのであった。
◇◇
真っ先に突撃してきたのは血気盛んそうな戦士であった。
彼は、剣や槍を構えて迎え撃とうとしたフレデリクやソワレには構わず、パッと見では肉弾戦を得手としている様には見えないルフレへと襲い掛かる。
流石は参加者として選ばれるだけの事はあって、その動きは豪快ながらも素早く正確だ。
あっという間に距離を詰めた戦士は、斧を横薙ぎに振りかぶってルフレを襲う。
が、しかし。
横薙ぎに薙ぎ払われた斧は、ルフレが石畳を蹴って軽々と飛び上がった為に空を切った。
恐ろしい程の跳躍力で軽く戦士の頭よりも高く跳んだルフレは、そのまま勢いよく戦士の頭へと空中で身を捻って回し蹴りを放つ。
虚を突いて放たれたその一撃を躱す事は出来ずに、戦士はそのまま石畳の床に身を叩き付けられた。
しかしそれでも鍛え上げていた肉体に守られてか、フラつきながらも戦士は素早く身を起こそうとして。
そこに追撃として放たれた魔法の風の一撃に吹き飛ばされて昏倒するのであった。
その鮮やかな闘いっぷりに、闘技場内の観客席から大歓声が沸き起こる。
開幕早々に一人が打ち倒された事で、マルス以外の残り二名の西側の参加者たちに動揺が走った。
しかも、鮮やかな手並みで戦士を沈めたルフレは息一つ切らしてはいないのだ。
更にルフレはこの試合に意図的に剣は持ち込んでないのだと知れば、しかもその理由が『殺さない手加減が出来ないかもしれないから』だと知れば、彼らはどう思うのだろうか。
尤も、彼らがそれを知る事は恐らくは無いだろうが。
しかし彼等にも参加者として選ばれたと言う自負があり、己が鍛え上げたきた武勇に誇りを持っている。
ここで臆する事などは有り得なかった。
取り敢えず、迂闊にルフレに近付くのは危険だと判断したらしく、とにかく先ずはルフレを足止めしている内にフレデリクとソワレを倒す方針にしたらしい。
魔道士が牽制の為にルフレに向けて連続してエルファイアーを放ち、ルフレがそれを回避するのを利用してルフレをフレデリクとソワレの近くから引き離す。
そしてそこを、剣士がソワレを強襲した。
ソワレがそれに応戦し、幾合にも渡る打ち合いになる。
フレデリクがソワレに加勢しようとすると、遠距離からだが魔道士の魔法がそれを阻む。
フレデリクは魔法には弱い。
故に、それを回避しようとして中々ソワレには近付けない。
だが、魔道士はフレデリクを足止めする事に躍起になってしまった。
この場で最も警戒しなければならない者を。
早々に戦士を沈めたルフレから、僅かな間ではあるが意識を逸らしてしまったのだ。
そして気付いた時には。
音もなく目の前に迫っていたルフレの拳の一撃によって、顎を強烈に打ち上げられた魔道士は、呆気なく昏倒するのであった。
三対一となってはどうする事も出来ない。
それでも諦めずに剣士は善戦したのだが、ソワレとフレデリクの連携の前に程無くして武器を取り落として降参するのであった。
◇◇
集団戦は東側の圧勝に終わった。
残すは、クロムとマルスの一騎討ちである。
お互いに場内の中央に進み、そしてほぼ同時に剣を構える。
クロムが手にするのは、イーリスの国宝である神剣ファルシオン。
そして、マルスが構えたその剣は──
白銀に輝く曇り無き刀身、特徴的なその外観。
それをクロムが見間違える筈は無い。
イーリス聖王家に代々伝わる、神竜ナーガより賜りしこの世で唯一無二の神剣。
クロムが当代のその担い手として選ばれた剣。
クロムが持つそれと全く同一のモノにしか見えない剣。
──神剣ファルシオン、それがマルスの武器であったのだ。
「その剣は──」
驚愕からクロムは思わず言葉を溢す。
だが、マルスは黙したまま何も語らなかった。
マルスが何者であるのか、そのファルシオンは一体何なのか、どうしてこの場所に現れたのか。
彼に問い質したい事は沢山ある。
だが、クロムは今一人の戦士として、一人の剣士としてここに立っているのだ。
それは、マルスもまた同じ。
なれば、言葉では無く剣で語り合うのが筋と言うものだ。
唯一無二である筈の神剣が相見える。
構える姿は、まるで鏡写しにしたかの様に同じ。
そして。
開始を告げる大銅鑼が鳴り響くの同時に。
クロムは駆け出して、マルスへとファルシオンを振るう。
マルスもまた、それを己のファルシオンで受け止めた。
そのまま幾合にも渡り、打ち合いとなる。
力に秀でたクロムの剣と、速さに秀でたマルスの剣。
得意とする事は異なれど本質的には全く同一に見える二人の剣技が絡み合い、外から見ればまるで剣舞を披露しているかの様にすら見えるだろう。
鍔迫り合う度に剣花が散る、白刃が煌めく度に高らかな音が打ち響く、お互いに決定打を与えられずに幾度も幾度も斬り結ぶ。
まるでお互いに手の内を全て知り尽くしている様な、何とも言えない奇妙な感覚だ。
次にマルスがどう動くのか、クロムの動きにどう対応しようとするのか。
それが、クロムには分かってしまう。
それはまさしく、“自分ならそうするだろう”と考える動きそれそのままだったからだ。
クロムには膂力で負ける分を速さで補えばそうなるだろうと、そうクロムが思う動きのままにマルスは動く。
クロムは己の剣技を神剣を振るうに能うモノとするべく鍛練を重ねその腕は人後に落ちるモノでは無いと言う自負がある。
だが、マルスの剣技もそれと遜色しない域にまで達していた。
ふと幾度目かの鍔迫り合いの時に、クロムはマルス尋ねる。
「その剣技、一体何処で……」
「……父から」
マルスが語る父とは、誰の事なのだろうか。
一瞬その考えが頭を過るが、問うた所で返事が返ってきそうにも無い。
そして──
クロムのファルシオンがマルスのファルシオンの切っ先を絡め取り、キィンッと高い金属音を響かせながらマルスの手からファルシオンが取り落とされる。
そしてクロムは素早くマルスの喉元に剣を突き付けた。
途端に、地響きの様な大歓声が闘技場を揺るがせる。
ここに闘技大会の勝敗は決した。
クロム達、東側の勝利である。
これで無事にフェリアとの同盟は成るだろう。
大役を果たせた安堵から、クロムは一つ息を吐くのであった。
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