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第2話『星舟を漕ぎ行けば』

◇◇◇◇




 明日に迫った闘技大会に備え、今日はしっかりと休息を取る様にと闘技大会に参加する全員にクロムは通達を出した。
 それ故に、自警団の皆はフェリアの城下町にくりだしたり、或いは与えられた部屋で時間を過ごしたり、仲間達と語らいあったりと、思い思いの時間を過ごしていた。
 フラヴィアと明日の闘技大会の段取りの打ち合わせや最終確認を終えたクロムは、ふと生まれた自由な時間をどう潰そうかと思案する。
 休む様に言った手前、剣の鍛練に費やすのもどうかと言う話である。
 かと言って、他国の城下町を王族がフラフラふらつくのもあまりよくは無いのである。
 フラヴィアは別段気にしないだろうが、他の者にとってもそうであるとは限らない。
 どうしたものか……、と思いながら廊下を歩いていると、前方の扉から見慣れたコート姿が出てくる。


「あっ、クロム!」


 分厚い本を何冊も抱えたまま、ルフレは嬉しそうに声を上げてクロムに駆け寄ってきた。


「ルフレか。その本はどうしたんだ?」

「これ?
 フェリア城の書庫から借りてきた。
 あっ、ちゃんとフラヴィア様の許可は取ってあるから、大丈夫。
 もう読み終えたから、今から返しに行こうと思ってたところ」


 野生の獣の様に自由気儘で活動的なルフレだが、意外な事に読書家な一面もあった。
 ミリエルの蔵書を借り受けたりして読んでいる姿をクロムも何度か見掛けた事がある。
 フェリア城に滞在中のルフレは、ふらっと城下町を出歩いたり、気紛れに訓練所に顔を出して手合わせをしていたり、クロムの傍をうろうろしたりと、イーリスに居た時の様に自由に行動していた。
 立ち入るべきでは無い場所などの分別は付いてるので、何かあっても呼べば直ぐに来るのでクロムもルフレの自由にさせていたのである。


「成る程な。
 俺も一緒に行っても良いか?」

「別に良いけど?
 あ、書庫はあっちだから」


 何と無くルフレと一緒に時間を過ごしてみようと思い、クロムは共に書庫へと向かう。
 フェリア城の書庫は、イーリス城にあるものと比べても遜色ない程に立派で、その蔵書数も膨大なものであろう事が一歩中に入っただけでクロムにも分かった。
 ルフレは中にいた司書に抱えていた本を返却し、そしてまた新たに幾つかの本を手に取る。
 結構な頻度で書庫に出入りしていたのか、司書にとってもルフレは顔馴染みである様で、本を借りる手続きはあっさりと終わった。


「何の本を読んでいるんだ?」

「色々、かな?
 戦術書とか歴史書とか、風土誌とか、本当に色々。
 ほら、あたし昔の記憶が無いでしょ?
 全部が全部無くなっちゃった訳でもないけど、あたし自身の事に関する記憶は何も無いし……。
 だから、こうやって少しでも知識を蓄え直していけば、何時か何か思い出せるかなって」


 本の表紙を撫でながらルフレはそう言った。
 あまり自身の喪われた記憶に関して気にしてなさそうには見えるし、実際そこまで躍起になって記憶を取り戻そうとしている訳では無いのだろうが、それでもやはり気になるものは気になるのだろう。


「なあ、ルフレ。
 もしも、お前の記憶が戻ったら。
 その時はどうするんだ……?」


 元々、ルフレの記憶が戻るまで……と言う話で行く宛も無いルフレを軍師として迎え入れたのだ。
 最早ルフレは自警団にとって居なくてはならない存在ではあるが、もしその記憶が戻って、その上で帰るべき場所ややりたい事を思い出したその時は。
 ……ルフレを無理に引き留める事は出来ないだろう、とクロムは思っていた。

 クロムにそう訊ねられたルフレはきょとんとした様な顔をして僅かに首を傾げる。


「どうって、別に?
 よっぽどの事情が無い限りは、あたしはクロムの軍師を続けるつもりだけど。
 あ、よっぽどの事情って、それこそあたしがペレジアの王族でしたー位の事よ?
 正直、行き倒れていた時の格好とか持ち物とかから考えてそんな事有り得ないだろうし、記憶が戻ろうと戻るまいと、あたしの出自とか素性が明らかになっても、あたしからクロムの傍を離れるつもりなんて無いけど。
 クロムに要らないとか出て行けって言われない限りは、傍に居るつもり」


 ルフレはそう言って、そして何かに気付いた様にクロムを見上げた。
 その色違いの瞳は、何処か不安そうに揺れている。


「もしかして、あたしの記憶が戻ったら、クロムはあたしに出て行って欲しいの……?」

「まさか。
 ルフレが良いのなら、ずっと自警団の軍師で居て欲しい。
 俺には、お前が必要だ。
 寧ろ、どんな事情があっても、何処にも行かないで欲しいんだ」


 クロムがルフレを追い出すなど、有り得ない。
 寧ろ、逆だ。
 ルフレの方がクロムから離れてしまうのだろうと思っていた。
 王族と言う縛りからは逃れられないクロムには、何処までも自由気儘で何者でも縛れないルフレを引き留め続ける術など何処にも無くて。
 ルフレがそれを望むならば何時か手離さなくてはならないのだろうとすらも思っていたのだ。
 本心からクロムがそう言うと、ルフレは「良かった!」と嬉しそうに笑う。
 その笑顔に、クロムもまた晴れやかな気持ちになるのであった。




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