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第2話『星舟を漕ぎ行けば』

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 ルフレを拾ったあの日の夜を境に散発的に出没する様になった異形は、“屍兵”と呼称される様になった。
 まるで人の屍が蠢いているかの様な異様なその姿は実際の脅威以上の恐怖感と嫌悪感を煽り、直ぐ様イーリス国内では大きな問題となる。
 本来ならば軍がその対処に当たるべきなのではあるが、軍を放棄したイーリスには、王都防衛を主な役目とする天馬騎士団と王城警備を役目とする近衛兵団、そしてクロムが組織した……対外的にはクロムの私兵組織となっているクロム自警団位しか、組織だった軍備と呼べるものは無い。
 各地の貴族は各々にそれなりの私兵を抱えてはいるものの、その程度の規模の組織では、とてもでは無いが手が回らない状況であった。

 天馬騎士団や近衛兵団が王都や王城を離れる訳にはいかず、結果として屍兵への対応は自警団が中心となって行う事になっている。
 が、メンバーの練度には問題は無いものの、イーリス全土の屍兵に対応するとなると如何せんその絶対数が足りない。
 ルフレを軍師として迎え入れた自警団は以前にも増して戦果を上げていたのだが、こうも連日の様に屍兵の討伐依頼が舞い込んでは、イーリスに流入してきている賊の討伐などの仕事に支障を来してしまう。

 ここ最近はエメリナを始めとして高官達が、屍兵への何らかの対策を取る為に日夜会議を開き、その方針を纏めている所であった。
 恐らくは、フェリアの力を借りる事になるのであろう……とクロムは睨んでいる。
 同盟などを結びフェリア軍の兵を借り受けるのか、それとも傭兵達を融通して貰うのか。
 その辺りがどうなるのかに関しては分からないが、屍兵に対処出来る者をイーリスが十分な数を急に自前で用意する事は不可能なのだから、恐らくはそうなるのだろう。
 が、他国の力を借りると言うのは、一朝一夕に出来る事でもない。
 利害関係の調整やら国内及び国外への根回しなど、やらなくてはならない事が山積みであり、それ故にどうしてもその腰は重くなってしまうのだ。
 そうこうしている内にも屍兵の被害は拡がる一方で。
 せめて屍兵の脅威に晒された目の前の人々を救うべく、クロム達は日夜駆け回っているのであった。




 そんな屍兵討伐や賊討伐に明け暮れる日々の中で、自警団にとって欠かせない存在となったのが、ルフレである。

 ルフレを拾ったその翌日。
 王都に帰って来た直後、直ぐ様自警団の仲間たちに紹介しようとしたクロムに対し、流石に一旦は汚れを落とさないと提言したとリズの手によって風呂場に叩き込まれたルフレは。
 埃やら塵やらを綺麗さっぱり洗い落としてやると、黙って大人しくしていればその見目だけは良い所の令嬢にも見える様になっていた。
 そしてそんな状態のルフレを自警団の仲間達に紹介すると、それはもう熱烈な大感激を受けたのだった。

 自警団の仲間たちは基本的に皆気の良い連中である。
 ルフレと同じく新たに自警団に身を寄せる事となった、流離いの弓使いヴィオールも同様に問題なく受け入れられた。
 元々女性も多く在籍しているだけに、別段ルフレの性別が問題になる事もなく。
 大分年若いと言ってもリズやマリアベルそれにリヒトよりは歳上であろうからやはり問題にはならない。
 が、それでもルフレの存在は非常に注目されたのだった。
 前々から軍師の必要性が訴えられていたものの中々埋まらなかったその席に、態々クロムが連れてきた者なのだからそれも当然ではあるが。

 自警団の新たな仲間として歓迎されたルフレは、その後の屍兵や賊の討伐などで見せたその才能によって、直ぐ様軍師としても歓迎される事となる。
 ルフレの策や指示が無かった時と比べると、その戦闘での損耗率や戦果に歴然とした差が生まれていたのだから然もありなん。
 が、しかし。
 軍師及び戦士としてはこの上なく有能だと皆に信頼されるのと同時に、ルフレがクロム以外では手に負えない程に自由気儘である事もまた広く認識されていったのであった……。

 戦闘中や作戦立案時以外ではフラフラと彼方此方を気儘に散策し、誰かと話していたかと思えばふと気が付けばまた別の場所をウロウロしていたり、フラッと森に入っては鹿やら熊やらを狩って帰ってくる。
 クロムが呼べば直ぐにやって来るが、リズやフレデリクならまだしも、他の仲間たちだとルフレがその気でもない限りは基本的に捕まえられないらしい。
 それ故に、ルフレに何か用事がある時は先ずクロムを探せ、と言うのが自警団内での暗黙の了解と化しているそうだ。
 そんな感じに自由気儘な野生の獣の様に振る舞うルフレではあるが、それでいて軍師としての能力は疑いようも無い程に高く、与えられた仕事は早く正確にきっちりこなしているので誰も文句は言わなかった。
 まるで猫か何かを相手にしているかの様に、「ルフレだしな」の一言で誰もが納得するのである。
 まあ元々、他の仲間たちも皆個性の塊の様な者達ばかりであるのだから、今更目くじらを立てて問題視する程でもないのだろう。
 そんな感じにルフレは自警団に馴染んでいったのだ。

 リズとフレデリクには最初に出会ったからなのかかなり気を許しているらしく、よくリズと一緒にお菓子を食べていたり、フレデリクによるマナー矯正からは逃げ出しつつもそれとなくその仕事をよく手伝っていて。
 元々お人好しなソールとは、美味しい食べ物について語り合っていたり。
 存在感が薄い事を気にしているカラムを見付けては逆に驚かす事を楽しんで。
 ヴェイグには彼の生まれである貧民街を案内して貰っていて。
 ソワレとは何やら特訓や手合わせをしょっちゅうやっている。
 ヴィオールとは何かの盤上遊戯で対戦していたり。
 研究熱心なミリエルには研究対象として追い掛けられたり、時に何やら学術的な事を議論しているし。
 やや人見知りの気があるマリアベルとも打ち解けた様で、彼女からマナー矯正の為に虎視眈々と狙われて追いかけ回されている。
 最近志願して入団してきたドニとは、効率的な罠猟の方法をとても熱心に話し合っていて。

 そして、何よりも、クロムには一際気を許していた。

 クロムが名を呼べば何処にいても直ぐ様飛んで来るし、クロムが仕事を任せれば何でもやるし、クロムだけは他の人には絶対に触れさせないその頭を撫でたりも出来る。
 最早獣が懐いているとしか表現出来ない程のその気の許しっぷりには、何故ここまで懐いているのかクロム自身その理由が皆目見当も付かず思わず困惑してしまう程だ。
 記憶喪失の状態で目覚めて一番初めに見た人間がクロムだったから、より深くその存在が刷り込まれているのだろうか?
 それとも、また何か別の理由があるのだろうか?
 何にしろ、ここまで気を許されていて悪い気はしないので構わないのではあるが。
 しかしどうにも、その野生の獣の様な雰囲気と言い、そしてクロムに向ける犬猫の様なその懐き方と言い、どうにもルフレを何かの獣の様に感じてしまう。
 勿論、ルフレは間違いなく人間であるし、獣扱いなど絶対にしない。
 あくまでも印象の話である。

 そんなこんなで、『何処か獣っぽい変わり者だけど、とても優秀で気の良い軍師』と言う認識で、ルフレは受け入れられていったのであった。




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