第3話『星の川を渡りて』
◇◇◇◇
空から襲い来るペレジア軍の竜騎士をファルシオンで迎え撃ちながら、クロムは拭えぬ後悔に苛まれていた。
神竜の牙であるとされるその刀身は硬い飛竜の鱗を紙を裂く様に断ち切ってゆく。
胴を半ば断たれた飛竜は血を吐きながら墜落し、騎乗していた兵士は地に騎竜ごと叩き付けられ動けなくなっていた所に止めを刺され絶命した。
「クロム、伏せて!」
ルフレの鋭い声に咄嗟に身を伏せると、豪々と唸る風が身を伏せたクロムの頭上で吹き荒れたのを感じて。
それと同時に、身を引き裂かれた飛竜達の悲鳴が幾重にも響く。
風が止んだその直後には、重いモノが墜落しそして何かが潰された嫌な音がそこらかしこに響き渡った。
「取り敢えず今ので近くの竜騎士は一掃出来けど……。
大分不味い状況ね」
駆け寄ってきたルフレはそう言って硬い表情で戦場を見回した。
戦場となっているのは、イーリスとペレジアの国境に跨がる峠だ。
人の身でも通るのは不可能な険しい崖が幾つも行く手を阻み、更にはそこに点在する木々や茂みが見通しを悪くさせている。
主に歩兵と騎兵で構成されている自警団では、どうしても行動範囲に大きな制限が掛かってしまうのだ。
更には崖下に陣取る形となってしまっているのも非常に不味い。
対してペレジア側は崖上から戦場を広く見回す事が出来、何よりも竜騎士が中心となった部隊である為に地形などを無視して上空から襲撃してくるのだ。
地の利にも疎い自警団が苦戦するのは必定であった。
飛竜に対しても絶大な威力を誇るファルシオンを持つクロムと、飛竜の一団を上空で纏めて風魔法で薙ぎ払える程の魔力を持つルフレの二人が、この戦場をどうにか支えていると言っても過言では無い。
「竜騎士でこっちの隊列を撹乱した所に、歩兵をぶつけてくるつもりね……。
全く、何れだけ増援を用意しているんだか。
何が『戦争の意思あり』よ。
最初からここで戦端を開くつもり満々じゃない」
そう吐き捨てながら、ルフレは魔法を放って離れた場所でフレデリク達を強襲しようとしていた竜騎士達を纏めて落とす。
戦端、と言う言葉にクロムの肩は僅かに跳ねた。
……そう、とうとうペレジアとイーリスの間で戦争が始まってしまったのだ。
それも、クロムが直接の引き金となった形で。
マリアベルを捕らえていたギャンレルの元に訪れたエメリナに対してペレジアが要求したのは、イーリスの国宝である“炎の台座”であった。
伝承ではその力を使えばどんな願いでも叶えると言われるそれを何故ギャンレルが求めるのかは分からないが……。
しかし、要求通りにそれを渡す訳にもいかず。
エメリナを囲み襲おうとしていたペレジア兵をクロムが斬ってしまった事で、戦争が始まってしまったのだ。
あそこであのペレジア兵たちを見逃していれば、エメリナに害が及んでいたであろう。
だが、結果としてそれは最悪の方向へと転がってしまったのだ。
エメリナを助けた事には後悔はないが、もっと良い手段は無かったのではないかとも思ってはしまった。
そんなクロムを見て、戦況を見通しながらもルフレは言う。
「確かに、もっと良い方法はあったと思う。
でも、結局向こうは端っからこっちに戦争を仕掛けるつもりだったんだから、ここを乗り切った所で別の所でもっと酷い事をやって戦争を始めるつもりだったでしょうね。
何回でも今回みたいなのは繰り返されただろうし、それを全部防ぐなんて今のイーリスじゃ無理な話。
遅かれ早かれこうなってしまってたのはもうどうしようも無かったんだし、何よりも今更やった事を後悔したって無かった事には出来ないもの。
ならクロムがやるべきは、貴方についてきた皆の為にも、前を向いて指揮する事でしょ」
そう言ってクロムを励ます様に、ルフレはクロムの背中を叩いた。
そして、「大丈夫。こんな戦局、幾らでも引っくり返して見せるから」と力強く笑って駆け出し、崖上から接近しようとしていたペレジア兵を素早く崖を登って奇襲して崖下へと叩き落として行く。
戦端が開かれ急遽戦闘になっても、ルフレは一切取り乱さずに自警団の仲間達へと指示を飛ばし始めていて。
一応戦闘準備はしていたものの、まさか戦争が始まってしまうとは想定していなかった仲間たちは皆浮き足立ってしまっていたが、そんなルフレの指示によって何とか隊列を組みペレジア兵の迎撃に当たる事が出来ていた。
しかし、屍兵や賊などとは違い相手はれっきとした正規の訓練を積んできたペレジア兵だ。
そう簡単には切り崩せず、どうしても苦戦を余儀無くされていた。
エメリナに随伴してきていた天馬騎士団は、エメリナの身の安全を確保する事に精一杯で、それ以上は手が回っていない。
そんな中、本来ならば登り降りなど出来ないだろう崖でも構わずひょいひょいと登ったり飛び降りたりしつつルフレは縦横無尽に戦場を駆け回り、仲間達を空から襲う竜騎士達を率先して落としながら、その間を縫う様に歩兵達の首を断ち切っていっていた。
まるで制御の効かない猛獣の様な暴れっぷりを見せるルフレは必然的に敵に狙われる事になり、ルフレの元に敵が優先的に突撃して行きルフレはあわや取り囲まれそうになってしまうが。
だが、押し寄せる敵兵達に臆する事なくルフレは剣や魔法で正確に彼らを削っていき、ルフレが駆け抜けたその場には敵兵の屍が塁々と積み上がってゆく。
そして、ペレジア兵を指揮していた隊長格の竜騎士をルフレとクロムの二人が落とした事で、何とかその場の戦闘を切り抜ける事に成功するのであった。
だが、今回の戦闘で対峙したのは所詮はペレジア軍の一部隊にしか過ぎず、戦争が始まってしまった以上、ペレジア軍本隊がそう間を置かずしてイーリスに攻め込んできてしまうのは明白である。
イーリスにはそれを阻める軍備などは無い。
最早本格的な戦闘にまで何れ程の猶予があるのかは分からないが、取り急ぎ王都に戻る必要があった。
戦闘の疲れも抜けきらぬままに、クロム達は急ぎ王都を目指す。
暗雲が立ち込め始めたその先に、何が起こるのか。
クロム達はまだ誰もそれを知らなかった……。
◇◇◇◇
空から襲い来るペレジア軍の竜騎士をファルシオンで迎え撃ちながら、クロムは拭えぬ後悔に苛まれていた。
神竜の牙であるとされるその刀身は硬い飛竜の鱗を紙を裂く様に断ち切ってゆく。
胴を半ば断たれた飛竜は血を吐きながら墜落し、騎乗していた兵士は地に騎竜ごと叩き付けられ動けなくなっていた所に止めを刺され絶命した。
「クロム、伏せて!」
ルフレの鋭い声に咄嗟に身を伏せると、豪々と唸る風が身を伏せたクロムの頭上で吹き荒れたのを感じて。
それと同時に、身を引き裂かれた飛竜達の悲鳴が幾重にも響く。
風が止んだその直後には、重いモノが墜落しそして何かが潰された嫌な音がそこらかしこに響き渡った。
「取り敢えず今ので近くの竜騎士は一掃出来けど……。
大分不味い状況ね」
駆け寄ってきたルフレはそう言って硬い表情で戦場を見回した。
戦場となっているのは、イーリスとペレジアの国境に跨がる峠だ。
人の身でも通るのは不可能な険しい崖が幾つも行く手を阻み、更にはそこに点在する木々や茂みが見通しを悪くさせている。
主に歩兵と騎兵で構成されている自警団では、どうしても行動範囲に大きな制限が掛かってしまうのだ。
更には崖下に陣取る形となってしまっているのも非常に不味い。
対してペレジア側は崖上から戦場を広く見回す事が出来、何よりも竜騎士が中心となった部隊である為に地形などを無視して上空から襲撃してくるのだ。
地の利にも疎い自警団が苦戦するのは必定であった。
飛竜に対しても絶大な威力を誇るファルシオンを持つクロムと、飛竜の一団を上空で纏めて風魔法で薙ぎ払える程の魔力を持つルフレの二人が、この戦場をどうにか支えていると言っても過言では無い。
「竜騎士でこっちの隊列を撹乱した所に、歩兵をぶつけてくるつもりね……。
全く、何れだけ増援を用意しているんだか。
何が『戦争の意思あり』よ。
最初からここで戦端を開くつもり満々じゃない」
そう吐き捨てながら、ルフレは魔法を放って離れた場所でフレデリク達を強襲しようとしていた竜騎士達を纏めて落とす。
戦端、と言う言葉にクロムの肩は僅かに跳ねた。
……そう、とうとうペレジアとイーリスの間で戦争が始まってしまったのだ。
それも、クロムが直接の引き金となった形で。
マリアベルを捕らえていたギャンレルの元に訪れたエメリナに対してペレジアが要求したのは、イーリスの国宝である“炎の台座”であった。
伝承ではその力を使えばどんな願いでも叶えると言われるそれを何故ギャンレルが求めるのかは分からないが……。
しかし、要求通りにそれを渡す訳にもいかず。
エメリナを囲み襲おうとしていたペレジア兵をクロムが斬ってしまった事で、戦争が始まってしまったのだ。
あそこであのペレジア兵たちを見逃していれば、エメリナに害が及んでいたであろう。
だが、結果としてそれは最悪の方向へと転がってしまったのだ。
エメリナを助けた事には後悔はないが、もっと良い手段は無かったのではないかとも思ってはしまった。
そんなクロムを見て、戦況を見通しながらもルフレは言う。
「確かに、もっと良い方法はあったと思う。
でも、結局向こうは端っからこっちに戦争を仕掛けるつもりだったんだから、ここを乗り切った所で別の所でもっと酷い事をやって戦争を始めるつもりだったでしょうね。
何回でも今回みたいなのは繰り返されただろうし、それを全部防ぐなんて今のイーリスじゃ無理な話。
遅かれ早かれこうなってしまってたのはもうどうしようも無かったんだし、何よりも今更やった事を後悔したって無かった事には出来ないもの。
ならクロムがやるべきは、貴方についてきた皆の為にも、前を向いて指揮する事でしょ」
そう言ってクロムを励ます様に、ルフレはクロムの背中を叩いた。
そして、「大丈夫。こんな戦局、幾らでも引っくり返して見せるから」と力強く笑って駆け出し、崖上から接近しようとしていたペレジア兵を素早く崖を登って奇襲して崖下へと叩き落として行く。
戦端が開かれ急遽戦闘になっても、ルフレは一切取り乱さずに自警団の仲間達へと指示を飛ばし始めていて。
一応戦闘準備はしていたものの、まさか戦争が始まってしまうとは想定していなかった仲間たちは皆浮き足立ってしまっていたが、そんなルフレの指示によって何とか隊列を組みペレジア兵の迎撃に当たる事が出来ていた。
しかし、屍兵や賊などとは違い相手はれっきとした正規の訓練を積んできたペレジア兵だ。
そう簡単には切り崩せず、どうしても苦戦を余儀無くされていた。
エメリナに随伴してきていた天馬騎士団は、エメリナの身の安全を確保する事に精一杯で、それ以上は手が回っていない。
そんな中、本来ならば登り降りなど出来ないだろう崖でも構わずひょいひょいと登ったり飛び降りたりしつつルフレは縦横無尽に戦場を駆け回り、仲間達を空から襲う竜騎士達を率先して落としながら、その間を縫う様に歩兵達の首を断ち切っていっていた。
まるで制御の効かない猛獣の様な暴れっぷりを見せるルフレは必然的に敵に狙われる事になり、ルフレの元に敵が優先的に突撃して行きルフレはあわや取り囲まれそうになってしまうが。
だが、押し寄せる敵兵達に臆する事なくルフレは剣や魔法で正確に彼らを削っていき、ルフレが駆け抜けたその場には敵兵の屍が塁々と積み上がってゆく。
そして、ペレジア兵を指揮していた隊長格の竜騎士をルフレとクロムの二人が落とした事で、何とかその場の戦闘を切り抜ける事に成功するのであった。
だが、今回の戦闘で対峙したのは所詮はペレジア軍の一部隊にしか過ぎず、戦争が始まってしまった以上、ペレジア軍本隊がそう間を置かずしてイーリスに攻め込んできてしまうのは明白である。
イーリスにはそれを阻める軍備などは無い。
最早本格的な戦闘にまで何れ程の猶予があるのかは分からないが、取り急ぎ王都に戻る必要があった。
戦闘の疲れも抜けきらぬままに、クロム達は急ぎ王都を目指す。
暗雲が立ち込め始めたその先に、何が起こるのか。
クロム達はまだ誰もそれを知らなかった……。
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