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第3話『星の川を渡りて』

◇◇◇◇




 屍兵や賊の討伐が続く日々は平穏とは呼べないものの、それはクロム達には最早日常であり、それ故に合間合間の時間には皆が各々休息を取る時間は十分にあった。
 クロムの場合は、暇な時間は剣の腕を磨くか昼寝をしている事が多い。
 その日も、屍兵討伐を当初の予定よりも早目に終えた為に、たっぷりと自由な時間が生まれたのだった。

 今日は天気も良いし昼寝でもするか、と昼寝に最適な場所を探してクロムが野営地の付近を彷徨いていると、丁度良さそうな木陰を見付けたのだが、そこには既に先客が居た。
 そこには見慣れた黒いコートを纏ったルフレが、気持ち良さそうに眠っていて。
 ルフレならば構わないだろう、とクロムはそこに近寄る。
 そしてふと、自警団内に最近拡がっているらしいジンクスを思い出した。


『ルフレが眠っている姿を見掛ける事が出来たら、その日は良い事が起きる』


 いつの間にか、そんな謎のジンクスが生まれては自警団内に急速に拡がっているらしい。
 何でまたそんな謎のジンクスが出回るのか、クロムには不思議でならないが。
 どうやら、自警団の誰もがルフレが眠っている姿を見掛けた事が無い為であるらしい。
 かなり遠目になら木陰などで昼寝をしている姿を確認出来るらしいのだが、そこから少しでも近付こうものなら、常に周囲を警戒する野生の獣の如く直ぐ様飛び起きてしまうのだそうだ。

 が、しかし。
 そう仲間達から説明されても、クロムには全くピンとはこなかった。

 確かにルフレには野生の獣の様な部分があるが、昼寝をしている所に近付こうがその傍に座ろうが、ルフレは起きないのである。
 近付いても起きないどころか、態々昼寝をしているクロムの近くにやって来てルフレも寝始める事もかなり多い。
 時々、クロムのマントを毛布代わりにしている事もある程である。
 ルフレの方が先に昼寝から目覚めている事も多いが、クロムの方が先に目覚める事もそれなりにあって。
 そんな時に、眠るルフレの髪を優しく掻き混ぜたとしても、ルフレは気持ち良さそうに眠るばかりで飛び起きた事なんて一度もない。
 故に、クロムにとっては、ルフレが眠る姿など実に見慣れたモノなのである。

 現に今も、眠るルフレの傍らに座ろうが全く反応を示さない。
 心地好さげにすぅすぅと眠るばかりである。
 流石に名を呼べば起きるかもしれないが、こうも気持ち良さそうにしているのだし、意味もなくそんな事をするつもりはクロムには無い。

 しかしこうして眠っている姿を見ている分には、ルフレは本当に普通の少女にしか見えない。
 策を練り鮮やかに敵を制圧する姿も、戦士として敵を狩りの獲物であるかの如く倒してゆく姿も。
 この寝顔からは程遠い場所にあった。
 実年齢は記憶が無い為不明とは言え、リズ達よりは多少歳上であろう程度の、まだまだ幼いとも若いとも言えるであろう年頃なのだ。
 それも当然なのかもしれない。
 そうであるにも関わらず、何時もルフレには助けられてばかりだな、とクロムは思う。

 最初は、行く宛も寄る辺も無いルフレに手を差し伸べたつもりで軍師として迎え入れたのだ。
 勿論、ルフレの持つ才が魅力的であったのは確かだが、どちらかと言えば帰る場所も無いルフレに居場所を与えようとした意図の方が強かった。
 だが、ルフレに手を差し伸べたつもりであったのに、気付けばクロムはルフレに助けて貰ってばかりである。
 自由気儘で、だけどクロムには全幅の信頼を預けているこの少女は、何時しかクロムにとって無くてはならない者になっていた。

 何とはなしに、クロムは眠るルフレの頭を撫でる。
 自身の身形には全く気を払わないルフレだが、その髪は柔らかく手触りがとても良い。
 例えるならば、最高級品の毛皮の様な手触りである。
 サラサラと指通りが良いのに、撫でるとふわりふわりとした感触が返ってくるのだ。
 クロムがその頭を撫でてやるとルフレが何時も嬉しそうに笑うので、何時しかクロムにはルフレの頭をふとした瞬間に撫でる癖がついてしまった。
 安心しきった様に眠るルフレは、楽しい夢でも見ているのかふふっと小さく笑う。
 そして、獣が親愛の情を示すかの様に、すりすりとその頭を撫で続けているクロムの手に擦り寄せた。
 その仕草はまるで人馴れした猫か犬の様で、クロムは思わず微笑んでしまう。
 そんなルフレを眺めている内に、クロムもうとうとと眠たくなってきてしまった。
 木陰に程好く遮られた陽射しは心地好い暖かさで、眠りの淵に立つクロムを穏やかな眠りへと優しく誘う。
 眠るルフレに寄り添う様にして、クロムもまた眠り始めるのであった。


 だが、そんな穏やかな日々は、そう長くは続かなかったのである。





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