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第5話『星は輝けども地には光届かず』

◇◇◇◇




 とうとう明日が、エメリナの処刑の日だ。
 全ての既に下準備は終わり、既にバジーリオとルフレの手により、作戦完了時の逃走経路も確保されている。
 後はエメリナが厳重に守られた幽閉場所から衆人観衆の前へと引き摺り出された瞬間に救出するのみであった。

 明日の作戦の成否がエメリナの命運を分けるのだと思うと、中々クロムは寝付けなくなってしまい。
 少し気分転換をしようと、天幕の外に出てふらふらと野営地を歩く。
 夜も更けゆく中だ。
 多くの者達は明日に備えて眠りに就いている為に、野営地は自身の吐息の音すらも響いているかの様な静けさに包まれている。
 現在クロム達が野営地を設営しているのは小さなオアシスの畔であり、この灼熱と極寒の砂漠の中でもオアシスの周囲には木々が生い茂っているのであった。
 何とは無しにオアシスの方へと歩いていくと、畔に生えている一際大きな木の上で、何やら黒い人影が月と星の明かりに照らされているのに気付く。
 警戒しながらもその木に近寄ってその人影の正体を確かめてみるとそれは。
 何時もの黒いコートを纏ったルフレであり、彼女は木の枝に腰掛けて静かに夜空を見上げている。


「どうしたんだ、ルフレ。
 お前も眠れないのか?」


 そう声を掛けるや否や、ルフレは木の枝からヒョイッと身軽に飛び降りてきた。
 何時もの様にクロムに駆け寄ってくるのだが、その表情は微かにだが憂いを帯びている。


「うん……。
 少し、気になる事があって。
 クロムも眠れなかったの?
 まあ、リズも割りとさっきまでは眠れなかったみたいだし、フレデリクも落ち着かないみたいだったし……それも当然か……」

「気になる事……?」

「何かがあったって訳じゃないけど。
 でも、何だか落ち着かなくって。
 ザワザワする……って感じかな。
 何か見落としてないか、何か忘れてるんじゃないかって。
 こんな風になるのは初めて……」


 ポツリと、そう言ったルフレの瞳には不安の様なモノが浮かんでいる。
 …………明日の作戦が、全てを決めるのだ。
 失敗は許されないし、あってはならない。
 だから、だろうか。
 常はその瞳に凜とした強い意志の輝きを灯し、自然体ながらも自信に満ちた様に策を繰り出すルフレだが。
 それでも、こうして不安に駆られてしまうのだろうか。


「……ルフレの立てた策は、この状況の中で最大限の最善を尽くす策だ。
 姉さんを救い出す為には、あの策しか無い。
 それは俺のみならず、バジーリオやフラヴィアも認めているんだ。
 実際、今までの所は確実に不足無く成功していっている。
 だから、明日もきっと上手くいくさ。
 いや、俺達で成功させるんだ」


 有りとあらゆる事を調べつくし、その上でルフレが立てた作戦は見事なモノであった。
 少数精鋭でここまで潜入してきたが故に絶対数が足りないクロム達が、エメリナを救出するにはそれしかない。

 今のクロム達が真っ正面からエメリナが幽閉されている場所へと向かっていっても、周りを固めるペレジア軍による厳重な警備に阻まれて、救出は不可能であろう。
 よしんば多大な犠牲を払いつつもエメリナの救出に成功出来たとしても、恐らくは衰弱しているであろうエメリナを抱えてそこから逃走するのは困難を極める為、やはりそれは無理がある。
 処刑場への輸送中もまた同様だ。
 だが、エメリナが処刑台に上った時は。
 其処には、処刑人とエメリナしかいない。
 ならば、処刑人を始末すれば、空からの救援が行える。

 フラヴィアもバジーリオも、そしてクロムも。
 これしかないと、そう判断したのだ。
 ならば後はそれを成功させるだけである。


「……うん、そうね。
 あたし達で、成功させなきゃ……」


 そう言いながらもやはり何かに迷っている様子のルフレの、その頭を。
 クロムはやや乱暴に撫でる。
 唐突なそれに、何時もは嬉しそうに笑うルフレも些か戸惑っていた。


「えっ、急にどうしたの?
 いや、クロムになら別に良いんだけど……。
 ……もしかして、励ましてくれているつもり?
 ふふっ、有り難う、クロム」


 クロムに身を預けて、ルフレは不安を振り払おうとするかの様に目を閉じる。
 そして、ポツリポツリと、呟いた。


「きっと、怖いのは。
 あたしの策が及ばなかった所為でクロムを傷付けてしまう事なんだと思う。
 ……エメリナ様を助けたいのも、本当。
 直接会ったのは二回だけだけど、それでもエメリナ様は身元不詳なあたしにも優しくしてくれたし、何よりも。
 クロムの、家族だから……。
 だけれど、それ以上に。
 あたしは、クロムの力になりたい。
 クロムの軍師として、クロムの願いを叶えたい、クロム一人じゃ届かないモノにその手が届くようにしたい……。
 それが、あたしの望み……」


 だからこそ、クロムの手からエメリナを喪わせてしまうのではないかと、そう思うと。


「怖いのよ、クロム。
 どんなに素晴らしい策を練っても、どんなに万全を期しても。
 計算外の事が起こる可能性は、何時だってどんなにそれが到底起こり得ない事でも必ずある……。
 それに、……あの襲撃があった夜以降の今日に至るまでの流れに、“何か”の思惑があるんじゃないかって……、そんな気がして……」


 ルフレの緋色の右目が、月明かりを受けて何処か寂しく輝いた。


「“何か”の思惑……?」

「……あたしの根拠の無い勘よ。
 でも、何処かに消えてしまった襲撃の首謀者の遺体と言い……どうにも嫌な予感が拭えなくて……。
 だからこそ、どうしても不安になってしまうんだと思う」


 クロムを想うからこそ、ルフレの不安は晴れない。
 それでも最早後戻りなど出来る筈は無くて。
 前に進むしかないのだ。


「大丈夫だ、ルフレ。
 お前の策の予想を越える何かが起こったのだとしても……俺や仲間が居る。
 俺達なら、やれるさ」

「ええ、そうね。
 何かが起きた時に、それを補えるのなら、きっと……」


 そうして気分転換をするかの様に、クロムとルフレは二人寄り添って他愛もない話をしてから、各々の天幕へと戻っていったのであった。




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