第6話『挺身の大火』
◇◇◇◇
豪雨に激しく身を打たれながら三人は必死にぬかるんだ道を走り続け、何とか吊り橋の手前まではやって来れた。
橋の下を流れる大きな川は降り続く雨によって水位が常よりも増し、その流れも常よりも激しく、上流の何処かで土砂崩れか何かでも起きていたのか時折木々や大きな岩が流されている。
この吊り橋を渡りさえすれば、バジーリオが手配した馬車に乗り込める……のだが。
足の速い追手達に、三人は追い付かれてしまった。
本隊ではないからまだマシとは言え、三人を取り囲む追手の数はざっと見えるだけでも五十人は下回らない。
圧倒的に不利な状況だ。
しかも、このまま彼等を皆の元まで引っ張ってゆく訳にはいかない。
ここで、彼等を足止めしなくてはならなかった。
「竜騎士を優先にある程度まで減らしたら、橋を落とすわよ!
そうしたら逃げ切る時間を稼げる筈!」
吊り橋を背に、ルフレがそう指示を出すとクロムとフレデリクはそれに頷く。
飛行兵である竜騎士の数は……十騎。
弓兵が十、呪術師が十……残りは戦士を主として剣士やソルジャー……。
遠距離から弓兵や呪術師が牽制し、その隙に戦士達が斬りかかってくる。
何とかルフレが斬り込み道を切り拓こうとはしていても、呪術師や弓兵が泥濘に足を取られ騎馬の機動性を活かしきれないフレデリクやルフレよりは動きが鈍いクロムを優先して狙うので、それを迎撃する事に気を取られてしまう。
何とか竜騎士達は全騎落とせたが、それでもまだ敵陣を突破するには数が多過ぎる。
それどころか、少しずつ少しずつ増援がやって来てしまっていた。
追跡隊の本隊が恐らく近付いてきているのであろう。
それでも何とかクロム達は持ち堪えてはいるのだが、そう長くは持たない。
その時、大嵐が近付いてきているのか、遠くで落雷が轟き始めた。
それに一瞬気を取られ、クロムの動きが鈍る。
「クロムッッ!!」
その瞬間、クロムは勢いよく泥濘に背後から押し倒された。
クロムは反射的にもがくが、それを赦さないとばかりに力尽くで押さえ込まれる。
しかしその押さえ込む力は、直ぐに緩んだ。
何が、と。
身体を起こしてクロムが振り返った其処には。
「ルフレ……!?」
クロムに覆い被さる様に、ルフレが倒れていた。
その左肩には深々と斧が食い込み。
背には何本もの矢が深く突き立っている。
「良かった……クロム……」
食い込んだ斧や矢をそのままに、ルフレは身体を起こした。
だが、立ち上がったその身体はグラリと揺れる。
それでも何とか身体を立て直し、ルフレは魔道書を構えた。
「大丈夫、まだ戦えるから。
道は、あたしが切り拓くわ……」
僅かにふらつきながらも、意識を集中させる様に、スッと一度目を瞑る。
そして──
「フレデリク! クロムを連れて先に橋を渡って!」
「っ……!
了解です……!」
「待て、フレデリク!」
ルフレの覚悟を決めた凛とした声に弾かれた様にフレデリクは頷き、クロムを自らの騎馬に乗せ抱えて駆け出した。
そして、フレデリク達が駆け出すその前に待ち構えていたペレジア兵達をルフレは豪雷でまとめて吹き飛ばす。
そこをフレデリクは突っ切って、一気に吊り橋を渡り切った。
「フレデリク!
ルフレは傷を負っているんだぞ!
何で俺を……」
「それが、ルフレさんの願いだからです……!」
クロムは吊り橋を振り返る。
降り頻る雨に煙るクロムのその視界の中で。
ルフレは、何時もよりも精彩を欠いたふらふらとした足取りで、吊り橋の中央まで渡る。
そして、そこで立ち止まって振り返り、追い掛けてきたペレジア兵達を迎撃し始めた。
手負いのルフレは、程無くしてペレジア兵囲まれてしまう。
「ルフレ!
何をしているんだ、早くこっちに来い!」
遠ざかっていくルフレのその姿に、クロムは全力で叫んだ。
ルフレはクロムのその声は届いているであろうに、返事をしなかった。
ただ、一瞬だけ振り返ったのがクロムにも遠目に見えた。
この降り頻る雨の中、振り返ったルフレの顔なんて見えないのだけれど。
どうしてだか、ルフレは微笑んだ様な気が、した。
そして──
凄まじい轟音が周囲一帯に轟いた。
自然の落雷ではなく、ルフレが放った雷の魔法だ。
その魔法は吊り橋に直撃し、吊り橋はその上に展開していた大量のペレジア兵をルフレごと巻き込んで崩落していく。
ルフレの小さな影が、崖下へと落ちていくのが。
時間が止まってしまったかの様に、ゆっくりとゆっくりと、クロムの眼に映った。
それは、エメリナのあの姿と重なって──
「ルフレ……。
ルフレぇぇっ!!」
クロムは絶叫し、必死に手を伸ばす。
だが、その影に届く筈など無くて。
「ルフレ──」
クロムは、ルフレを目の前で喪ったのだった。
◇◇◇◇
豪雨に激しく身を打たれながら三人は必死にぬかるんだ道を走り続け、何とか吊り橋の手前まではやって来れた。
橋の下を流れる大きな川は降り続く雨によって水位が常よりも増し、その流れも常よりも激しく、上流の何処かで土砂崩れか何かでも起きていたのか時折木々や大きな岩が流されている。
この吊り橋を渡りさえすれば、バジーリオが手配した馬車に乗り込める……のだが。
足の速い追手達に、三人は追い付かれてしまった。
本隊ではないからまだマシとは言え、三人を取り囲む追手の数はざっと見えるだけでも五十人は下回らない。
圧倒的に不利な状況だ。
しかも、このまま彼等を皆の元まで引っ張ってゆく訳にはいかない。
ここで、彼等を足止めしなくてはならなかった。
「竜騎士を優先にある程度まで減らしたら、橋を落とすわよ!
そうしたら逃げ切る時間を稼げる筈!」
吊り橋を背に、ルフレがそう指示を出すとクロムとフレデリクはそれに頷く。
飛行兵である竜騎士の数は……十騎。
弓兵が十、呪術師が十……残りは戦士を主として剣士やソルジャー……。
遠距離から弓兵や呪術師が牽制し、その隙に戦士達が斬りかかってくる。
何とかルフレが斬り込み道を切り拓こうとはしていても、呪術師や弓兵が泥濘に足を取られ騎馬の機動性を活かしきれないフレデリクやルフレよりは動きが鈍いクロムを優先して狙うので、それを迎撃する事に気を取られてしまう。
何とか竜騎士達は全騎落とせたが、それでもまだ敵陣を突破するには数が多過ぎる。
それどころか、少しずつ少しずつ増援がやって来てしまっていた。
追跡隊の本隊が恐らく近付いてきているのであろう。
それでも何とかクロム達は持ち堪えてはいるのだが、そう長くは持たない。
その時、大嵐が近付いてきているのか、遠くで落雷が轟き始めた。
それに一瞬気を取られ、クロムの動きが鈍る。
「クロムッッ!!」
その瞬間、クロムは勢いよく泥濘に背後から押し倒された。
クロムは反射的にもがくが、それを赦さないとばかりに力尽くで押さえ込まれる。
しかしその押さえ込む力は、直ぐに緩んだ。
何が、と。
身体を起こしてクロムが振り返った其処には。
「ルフレ……!?」
クロムに覆い被さる様に、ルフレが倒れていた。
その左肩には深々と斧が食い込み。
背には何本もの矢が深く突き立っている。
「良かった……クロム……」
食い込んだ斧や矢をそのままに、ルフレは身体を起こした。
だが、立ち上がったその身体はグラリと揺れる。
それでも何とか身体を立て直し、ルフレは魔道書を構えた。
「大丈夫、まだ戦えるから。
道は、あたしが切り拓くわ……」
僅かにふらつきながらも、意識を集中させる様に、スッと一度目を瞑る。
そして──
「フレデリク! クロムを連れて先に橋を渡って!」
「っ……!
了解です……!」
「待て、フレデリク!」
ルフレの覚悟を決めた凛とした声に弾かれた様にフレデリクは頷き、クロムを自らの騎馬に乗せ抱えて駆け出した。
そして、フレデリク達が駆け出すその前に待ち構えていたペレジア兵達をルフレは豪雷でまとめて吹き飛ばす。
そこをフレデリクは突っ切って、一気に吊り橋を渡り切った。
「フレデリク!
ルフレは傷を負っているんだぞ!
何で俺を……」
「それが、ルフレさんの願いだからです……!」
クロムは吊り橋を振り返る。
降り頻る雨に煙るクロムのその視界の中で。
ルフレは、何時もよりも精彩を欠いたふらふらとした足取りで、吊り橋の中央まで渡る。
そして、そこで立ち止まって振り返り、追い掛けてきたペレジア兵達を迎撃し始めた。
手負いのルフレは、程無くしてペレジア兵囲まれてしまう。
「ルフレ!
何をしているんだ、早くこっちに来い!」
遠ざかっていくルフレのその姿に、クロムは全力で叫んだ。
ルフレはクロムのその声は届いているであろうに、返事をしなかった。
ただ、一瞬だけ振り返ったのがクロムにも遠目に見えた。
この降り頻る雨の中、振り返ったルフレの顔なんて見えないのだけれど。
どうしてだか、ルフレは微笑んだ様な気が、した。
そして──
凄まじい轟音が周囲一帯に轟いた。
自然の落雷ではなく、ルフレが放った雷の魔法だ。
その魔法は吊り橋に直撃し、吊り橋はその上に展開していた大量のペレジア兵をルフレごと巻き込んで崩落していく。
ルフレの小さな影が、崖下へと落ちていくのが。
時間が止まってしまったかの様に、ゆっくりとゆっくりと、クロムの眼に映った。
それは、エメリナのあの姿と重なって──
「ルフレ……。
ルフレぇぇっ!!」
クロムは絶叫し、必死に手を伸ばす。
だが、その影に届く筈など無くて。
「ルフレ──」
クロムは、ルフレを目の前で喪ったのだった。
◇◇◇◇
3/3ページ