第7話『天狼の主』
◆◆◆◆◆
朦朧とした意識の中、それでもたった一つの想いを抱いて、ルフレは馬を走らせ続けていた。
馬を潰さない程度に時々休息させるついでに僅かな休息を取るだけで。
眠る事も、ろくに食べる事もなく、ただただその場所を目指してルフレは北へ北へと進んでいる。
ギャンレルに捕まって、其処から逃げ出した後の記憶はもう曖昧だ。
何かと戦った様な気もするが、果たしてそれが現実であったのかどうかすら怪しい……。
何処かで手に入れた馬と、剣と魔道書だけを持って、ルフレは人里から遠く離れた険しい道を突き進んでいた。
いつの間にか左腕は動く様になっていて、全身が痛くて動くのが億劫な程に辛いのに、今ならば何でも出来てしまう様な気すらしていた。
が、ルフレにはそんな事はどうでも良かった。
(帰らなきゃ……)
ルフレの胸の内にあるのは、たった一つ、たった一人。
そこへ帰る為ならば、どうなっても構わない。
だが、何を差し置いてでもそこにルフレは帰りたかった。
(クロムが、……待っている、から……)
最後にルフレが見たのは、フレデリクの騎馬に乗せられたまま振り返ってルフレに手を伸ばして絶叫するクロムだ。
クロムはルフレの名を呼んでいた。
何度も何度も、行かないでくれ、と、そんな想いを籠めて。
……酷い事をしてしまった。
クロムは、エメリナ様を喪ったばかりだったのだ。
それなのに、クロムの目の前でルフレは消えてしまった。
だからこそ、ルフレは帰らなくてはならない。
それに、そんな事を抜きにしても、ルフレはクロムの傍に居たかった。
理屈なんて無い。理由なんて無い。
ただただ、ルフレはクロムの傍に居たかったのだ。
だからこそ、クロムが求めたからルフレは自警団の軍師となったのだ。
クロム、クロム、クロム、クロム──
ルフレの心を占めるのは、何時だって心を満たすあの鮮やかな深い蒼色だ。
ルフレにとっての暖かな陽だまり、始まりを教えてくれる夜明けの空の輝き……。
何よりも大切な、たった一つ。
『クロムの傍に居たい』
ルフレが抱えている願いは、何時だって突き詰めればたったそれだけであった。
ルフレは基本的に何かに縛られる事は嫌いだ。
多くの人々が求める地位やら名誉やら誇りやらなんて、ルフレからすれば全く欲しいとは思わない。
帰属するべき場所すら無くても構わない。
ルフレは独りでだってきっと何処でも生きていける。
何処かの山の中で殆ど人に関わらずに一生を過ごす事だって、きっと容易い。
そうすれば煩わしい事も無く、縛られる事無く生きていけるだろう。
でも、そこにクロムが居ないのなら。
そんな生き方に意味は無い。
クロムの傍に居る為には様々なモノに縛られなくてはならないのだとしても。
その為ならば迷う事無く、ルフレは全くの自由を捨てられる。
そしてルフレの望みは、その傍に居る事だけではない。
クロムを守り、その力になりたいのだ。
クロムが守りたいモノを守れる様に力を貸したい。
クロムが想い描く理想を、想うがままに描かせてあげたい。
クロムの心が強い感情で歪んでしまわない様に、その心を守っていきたい。
クロムの身を、様々な災厄から守りたい……。
そういった思いだけを胸に。
そしてそんなクロムの所に帰りたくて。
ルフレは只管其処を目指していた。
血が足りないからなのか、ふとした瞬間に既に朦朧とした意識が飛ぶ。
気が付けば周りは雪景色であり、防寒など一切していない身は容赦なく吹き付ける雪風に体温を奪われていく。
もう手足の感覚は喪われつつある。
それでも、構わずに。
止まる事無く、ルフレはただただ其処を目指し続ける。
会いたくて、帰りたくて。
ただ、それだけを──
しかし殆ど飲まず食わず休まず眠らずで数日間を駆け抜け続けていたルフレの身体は、元々重体であった事もあって悲鳴を上げつつあった。
故に、力尽きる様に馬上で倒れ、そのままルフレは雪の中へと振り落とされる。
雪の上に倒れたその身体にも、深々と雪は降り積もってゆくのであった──
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朦朧とした意識の中、それでもたった一つの想いを抱いて、ルフレは馬を走らせ続けていた。
馬を潰さない程度に時々休息させるついでに僅かな休息を取るだけで。
眠る事も、ろくに食べる事もなく、ただただその場所を目指してルフレは北へ北へと進んでいる。
ギャンレルに捕まって、其処から逃げ出した後の記憶はもう曖昧だ。
何かと戦った様な気もするが、果たしてそれが現実であったのかどうかすら怪しい……。
何処かで手に入れた馬と、剣と魔道書だけを持って、ルフレは人里から遠く離れた険しい道を突き進んでいた。
いつの間にか左腕は動く様になっていて、全身が痛くて動くのが億劫な程に辛いのに、今ならば何でも出来てしまう様な気すらしていた。
が、ルフレにはそんな事はどうでも良かった。
(帰らなきゃ……)
ルフレの胸の内にあるのは、たった一つ、たった一人。
そこへ帰る為ならば、どうなっても構わない。
だが、何を差し置いてでもそこにルフレは帰りたかった。
(クロムが、……待っている、から……)
最後にルフレが見たのは、フレデリクの騎馬に乗せられたまま振り返ってルフレに手を伸ばして絶叫するクロムだ。
クロムはルフレの名を呼んでいた。
何度も何度も、行かないでくれ、と、そんな想いを籠めて。
……酷い事をしてしまった。
クロムは、エメリナ様を喪ったばかりだったのだ。
それなのに、クロムの目の前でルフレは消えてしまった。
だからこそ、ルフレは帰らなくてはならない。
それに、そんな事を抜きにしても、ルフレはクロムの傍に居たかった。
理屈なんて無い。理由なんて無い。
ただただ、ルフレはクロムの傍に居たかったのだ。
だからこそ、クロムが求めたからルフレは自警団の軍師となったのだ。
クロム、クロム、クロム、クロム──
ルフレの心を占めるのは、何時だって心を満たすあの鮮やかな深い蒼色だ。
ルフレにとっての暖かな陽だまり、始まりを教えてくれる夜明けの空の輝き……。
何よりも大切な、たった一つ。
『クロムの傍に居たい』
ルフレが抱えている願いは、何時だって突き詰めればたったそれだけであった。
ルフレは基本的に何かに縛られる事は嫌いだ。
多くの人々が求める地位やら名誉やら誇りやらなんて、ルフレからすれば全く欲しいとは思わない。
帰属するべき場所すら無くても構わない。
ルフレは独りでだってきっと何処でも生きていける。
何処かの山の中で殆ど人に関わらずに一生を過ごす事だって、きっと容易い。
そうすれば煩わしい事も無く、縛られる事無く生きていけるだろう。
でも、そこにクロムが居ないのなら。
そんな生き方に意味は無い。
クロムの傍に居る為には様々なモノに縛られなくてはならないのだとしても。
その為ならば迷う事無く、ルフレは全くの自由を捨てられる。
そしてルフレの望みは、その傍に居る事だけではない。
クロムを守り、その力になりたいのだ。
クロムが守りたいモノを守れる様に力を貸したい。
クロムが想い描く理想を、想うがままに描かせてあげたい。
クロムの心が強い感情で歪んでしまわない様に、その心を守っていきたい。
クロムの身を、様々な災厄から守りたい……。
そういった思いだけを胸に。
そしてそんなクロムの所に帰りたくて。
ルフレは只管其処を目指していた。
血が足りないからなのか、ふとした瞬間に既に朦朧とした意識が飛ぶ。
気が付けば周りは雪景色であり、防寒など一切していない身は容赦なく吹き付ける雪風に体温を奪われていく。
もう手足の感覚は喪われつつある。
それでも、構わずに。
止まる事無く、ルフレはただただ其処を目指し続ける。
会いたくて、帰りたくて。
ただ、それだけを──
しかし殆ど飲まず食わず休まず眠らずで数日間を駆け抜け続けていたルフレの身体は、元々重体であった事もあって悲鳴を上げつつあった。
故に、力尽きる様に馬上で倒れ、そのままルフレは雪の中へと振り落とされる。
雪の上に倒れたその身体にも、深々と雪は降り積もってゆくのであった──
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