第7話『天狼の主』
◆◆◆◆
「確認出来た遺体は、これで全部です」
山中を中隊規模で捜索してやっと見付けたペレジア兵達の遺体を地に敷いた布の上に並べさせながら、あまりにも惨たらしいその死体の状態に込み上げてくる吐き気を何とか抑えつつ、消息不明となった部隊の捜索の指揮を執っていた将は、何故か現場にやって来ていたギャンレルにそう報告する。
逃走したイーリスの軍師の捕縛の命令がペレジア軍に下されてから、既に五日が経過していた。
相当数の部隊がその任務に動員され、必死に軍師を捜索していたにも関わらず。
この五日間で軍師の姿を見掛けた者は一人として居なかった。
そして……それと同時に。
軍師の捜索中に消息不明となり、後にまるで“化け物”にでも襲われたかの様に変わり果てた姿となって全員が発見される部隊がペレジア各所で相次いだ。
その被害が出た場所を繋ぎ合わせていくと、フェリアへの一本道になる。
それ故に、彼等を殺戮したのは、捜索対象である単身逃亡中のイーリスの軍師なのではないのか……?とそうペレジア軍内では囁かれる様になっていったのであった。
今回発見されたこの部隊は、ギャンレルから直々に勅命を受ける程の精鋭中の精鋭であり、部隊の誰もが歴戦の兵であった。
が、彼等の遺体には抵抗らしい抵抗を出来た痕跡も無く。
まるで子供に無邪気に踏み潰された虫けらの様な死に様であった。
彼等が消息不明になったのは軍の方でも把握していたのだが、元々隠密性を求められる任務に就く事も多かった彼等であるだけに、当初は誰もそれをあまり重大な事態であるとは捉えてはおらず。
ペレジア各所で同様に消息を絶った部隊が“何かに”よって全滅している状況が把握されて初めて、この部隊の安否を確認する為の捜索隊が組まれたのであった。
地元の猟師が偶々遺骸の一部を発見してペレジア軍へと通報したからこんなにも早くに見付かったものの、もしそうでもなければ骨になるまで見付からなかったかもしれない……。
死んでから数日経過していた事とここが山の中であった事が災いして、殆どの遺体が山の獣達によって食い荒らされてしまっていて。
それでも、ペレジアの優秀な呪術師と検死官が動員され、彼等の死因を探り当てようとしているのであった。
「どうやら、何かの極めて強い力によって首を折られたり頭をつぶされたのが直接の死因となっている者が殆どです。
他には、明らかに刃物によって頭部を切断されたのが死因となっている者が居ます。
それらの遺体に関する詳しい報告書はこちらにまとめてあります。
そして、部隊長に関しては、首を無理矢理胴体から引き千切られたのが死因と見られています」
「引き千切るだ?
切断じゃなくてか?」
怪訝そうな顔をしたギャンレルに、将軍は頷いて報告書を捲る。
信じ難い事ではあるのだが、事実なのだ。
一体、部隊長は“何”と戦っていたと言うのであろうか。
「ええ、その様です。
傷口に刃物を使用した痕がありませんでしたから……。
四肢を地に拘束した上で頭部に縄を掛け、その縄を馬や牛に引っ張らせれば、部隊長の遺体と比較的似た様な状態にする事が可能だそうです。
ただ、部隊長の場合は、何処かに拘束された様な痕も無く、尋常では無い力で一気に頭部を引っ張られた事で、頭部が胴体から引き千切れてしまったのだろう……と」
こんな事、この山に住むどんな獣でも不可能な殺し方である。
果たして、部隊長を殺したのは“何”であるのか。
それは、今ペレジア軍内部で噂になっているイーリスの軍師の仕業であるのだろうか……。
そうであるにしても、彼女は左腕は全く動かす事も出来ない程の瀕死の重体であった筈だ。
それでいてこの惨状を作り出したのがその軍師であるのするのならば、ペレジア軍は敵に回してはいけない存在の怒りを買ってしまったのではないのだろうか……。
とても、この世のモノがそれを成したとは到底思えない様な他の遺体の有り様も思い返しながら、将軍は思わず身震いした。
「そういや、コイツらの装備の幾つかが見当たらなかったらしいが……」
「幾つかは獣が持ち去った可能性もありますが、魔道書が3冊、剣が1本、そして馬が一頭。
それらが確実に紛失している様です」
砕け散った剣や折れた武器は幾つも見付かっているのだが、どうしてもそれだけは見付からなかったのだ。
そして、恐らくは獣に荒らされたのだろうが、携帯食料の類いも紛失していた。
「馬と武器を掻っ払いやがったな、あの軍師のやつ……。
チッ。ってこったぁ、今頃フェリアまで行っちまってるか」
舌打ちをしながら、ギャンレルは遺体を収容して撤収する事をペレジア兵達に命じる。
その目には、獲物を取り逃した悔しさと、その獲物が自身の想像を遥かに越えた“化け物”であった事への興奮が浮かんでいた。
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「確認出来た遺体は、これで全部です」
山中を中隊規模で捜索してやっと見付けたペレジア兵達の遺体を地に敷いた布の上に並べさせながら、あまりにも惨たらしいその死体の状態に込み上げてくる吐き気を何とか抑えつつ、消息不明となった部隊の捜索の指揮を執っていた将は、何故か現場にやって来ていたギャンレルにそう報告する。
逃走したイーリスの軍師の捕縛の命令がペレジア軍に下されてから、既に五日が経過していた。
相当数の部隊がその任務に動員され、必死に軍師を捜索していたにも関わらず。
この五日間で軍師の姿を見掛けた者は一人として居なかった。
そして……それと同時に。
軍師の捜索中に消息不明となり、後にまるで“化け物”にでも襲われたかの様に変わり果てた姿となって全員が発見される部隊がペレジア各所で相次いだ。
その被害が出た場所を繋ぎ合わせていくと、フェリアへの一本道になる。
それ故に、彼等を殺戮したのは、捜索対象である単身逃亡中のイーリスの軍師なのではないのか……?とそうペレジア軍内では囁かれる様になっていったのであった。
今回発見されたこの部隊は、ギャンレルから直々に勅命を受ける程の精鋭中の精鋭であり、部隊の誰もが歴戦の兵であった。
が、彼等の遺体には抵抗らしい抵抗を出来た痕跡も無く。
まるで子供に無邪気に踏み潰された虫けらの様な死に様であった。
彼等が消息不明になったのは軍の方でも把握していたのだが、元々隠密性を求められる任務に就く事も多かった彼等であるだけに、当初は誰もそれをあまり重大な事態であるとは捉えてはおらず。
ペレジア各所で同様に消息を絶った部隊が“何かに”よって全滅している状況が把握されて初めて、この部隊の安否を確認する為の捜索隊が組まれたのであった。
地元の猟師が偶々遺骸の一部を発見してペレジア軍へと通報したからこんなにも早くに見付かったものの、もしそうでもなければ骨になるまで見付からなかったかもしれない……。
死んでから数日経過していた事とここが山の中であった事が災いして、殆どの遺体が山の獣達によって食い荒らされてしまっていて。
それでも、ペレジアの優秀な呪術師と検死官が動員され、彼等の死因を探り当てようとしているのであった。
「どうやら、何かの極めて強い力によって首を折られたり頭をつぶされたのが直接の死因となっている者が殆どです。
他には、明らかに刃物によって頭部を切断されたのが死因となっている者が居ます。
それらの遺体に関する詳しい報告書はこちらにまとめてあります。
そして、部隊長に関しては、首を無理矢理胴体から引き千切られたのが死因と見られています」
「引き千切るだ?
切断じゃなくてか?」
怪訝そうな顔をしたギャンレルに、将軍は頷いて報告書を捲る。
信じ難い事ではあるのだが、事実なのだ。
一体、部隊長は“何”と戦っていたと言うのであろうか。
「ええ、その様です。
傷口に刃物を使用した痕がありませんでしたから……。
四肢を地に拘束した上で頭部に縄を掛け、その縄を馬や牛に引っ張らせれば、部隊長の遺体と比較的似た様な状態にする事が可能だそうです。
ただ、部隊長の場合は、何処かに拘束された様な痕も無く、尋常では無い力で一気に頭部を引っ張られた事で、頭部が胴体から引き千切れてしまったのだろう……と」
こんな事、この山に住むどんな獣でも不可能な殺し方である。
果たして、部隊長を殺したのは“何”であるのか。
それは、今ペレジア軍内部で噂になっているイーリスの軍師の仕業であるのだろうか……。
そうであるにしても、彼女は左腕は全く動かす事も出来ない程の瀕死の重体であった筈だ。
それでいてこの惨状を作り出したのがその軍師であるのするのならば、ペレジア軍は敵に回してはいけない存在の怒りを買ってしまったのではないのだろうか……。
とても、この世のモノがそれを成したとは到底思えない様な他の遺体の有り様も思い返しながら、将軍は思わず身震いした。
「そういや、コイツらの装備の幾つかが見当たらなかったらしいが……」
「幾つかは獣が持ち去った可能性もありますが、魔道書が3冊、剣が1本、そして馬が一頭。
それらが確実に紛失している様です」
砕け散った剣や折れた武器は幾つも見付かっているのだが、どうしてもそれだけは見付からなかったのだ。
そして、恐らくは獣に荒らされたのだろうが、携帯食料の類いも紛失していた。
「馬と武器を掻っ払いやがったな、あの軍師のやつ……。
チッ。ってこったぁ、今頃フェリアまで行っちまってるか」
舌打ちをしながら、ギャンレルは遺体を収容して撤収する事をペレジア兵達に命じる。
その目には、獲物を取り逃した悔しさと、その獲物が自身の想像を遥かに越えた“化け物”であった事への興奮が浮かんでいた。
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