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第1話『星を見付けた日』

◇◇◇◇◇◇




 ペレジアとの国境に近い街や村の視察を終えた、王都への帰路の途中。
 王都よりやや南の方へと外れた街道を、クロムとリズ、そしてその付き人であるフレデリクは歩いていた。
 急ぎの用でも無い為、荷物をフレデリクの馬に預けた徒歩での行程である。
 街道は見渡す限り一面に広がるなだらかな草原を横断する様に設けられていて、商業路としての利用は少ない道である為か、クロム達以外に人影は無かった。

 そんな中、クロムはふと草の海の中に何か奇妙なモノが転がっているのに気付く。
 街道から少しだけ外れた叢の中に、何やら遠目にも黒い影が転がっているのが見えた。
 少しだけその影に近付いてみると、その黒い影から人の足の様なモノが見えたので、クロムは少々急ぎ足にその影に近付く。


 叢の中に転がっていたのは、イーリスでは見掛けない意匠の黒いコートを身に纏った、その見目からしてまだ年若いと思われる少女であった。
 行き倒れているのか何なのかは分からないが、すぅすぅと安らかな寝息も聞こえてくるので恐らく病気か何かで倒れているのでは無いのだろう。
 が、うら若き少女がこんな場所で眠っていては、盗賊などの略奪行為も珍しくは無い昨今、どんな目に遭うか知れたものではない。
 それに、風邪を引いてしまうだろう。

 だから、クロムはその少女に近寄って、優しく声を掛けてみた。
 どうにもクロムは初対面の相手には強面気味な印象を与えてしまいがちなので、努めて優しく微笑みながら。


「こんな所で寝ていると、風邪を引くぞ?」


 そう言葉を掛けると、ピクッと小さく身動ぎした少女は緩やかにその瞳を開き、身体を起こしてから寝起きだからか何処かぼんやりとした眼をクロムへと向ける。
 澄みきった黄金色の左目と、暖かな緋色の右目に、クロムの姿が鮮やかに映し出されて。
 何処か不思議なその色彩に見詰められ、クロムは思わず息を呑んだ。
 が、直ぐ様その少女に手を差し伸べる。


「ほら、立てるか?」


 差し伸べられたその手を少女は迷わずその右手で掴み、その右手を確りと掴み返したクロムは、ぐいっとその手を引っ張って立ち上がらせた。

 癖毛気味なのか所々跳ねている肩辺りまで伸びた髪は、手入れしている様子も無くそのまま無造作に流されていて。
 女としてはそこそこの背丈ではあるが、男の中でもかなり上背があるクロムと比すれば小柄である。
 恐らくその年齢はリズよりは上だろうが、クロムよりは下だろう。
 何よりも目を惹くその金と緋の色違いの瞳は、何故か野に生きる獣の様な印象をクロムに懐かせた。
 旅人の様ではあるが、その身なりは些か草臥れ汚れている。

 少女は草が付いているコートの裾を払う事も無く顔を上げてクロムの顔をジッと見詰め、そしてふわりと、心を許しきっているかの様な微笑みをクロムへと向けた。


「ありがとう、クロム」


 出会った事も無い筈の少女は、何故か確かにクロムの名前を呼んだ。
 だがその理由をクロムが問う前に。
 少女はコテンと首を傾げた。


「あれ……?
 何であたし、あなたの名前を知ってるんだろ……?
 あなた達は、誰?
 それに、ここは……?
 あたしは、どうしてこんな所に……?
 そもそも、あたしは一体、誰……?」


 何処か困惑した様にそんな事を呟きながら、少女はキョロキョロと辺りを見回す。


「えーっ、もしかしてそれって、記憶喪失ってやつ!?」


 クロムの横で少女を心配そうに見ていたリズがそう声を上げる。
 が、それにフレデリクが警戒を露にした。


「俄には信じ難いですね。
 もしあなたが本当に記憶喪失だと言うのならば、何故会った事もないクロム様の名前を?
 そんな都合の良い話、簡単には信用出来ません」

「それは……!
 うっ……まあ、でも、それもそうか……」


 フレデリクの言葉に反論しようとするも、直ぐ様無理からぬ話であると納得して少女は肩を落とす。
 その背中がとても寂しそうで。
 それに、色々と怪しくはあるものの、もし記憶喪失とやらが本当ならば、行く宛も寄る辺とする記憶すらも喪った少女をこんな場所に放逐していく訳にもいかない。
 人々を助ける為に、クロムは自警団を組織したのだから。


「まあ流石にいきなり全部を信用してやるのは無理だが、もしその事情が本当ならばここに放り出していく訳にはいかんな」

「それは、確かにそうですが……。
 しかし、この付近に出没すると言われている賊の一味である可能性も。
 あまり気を許すのは危険かと」


 フレデリクの言葉に、クロムもまた頷いた。
 立場上、フレデリクの意見は全くもって正しい。
 だからこそ、その妥協案として、クロムは少女を捕まえる事を提案する。


「なら、取り敢えず捕まえて、この先の街まで連れて行けば良いんじゃないか?」


 その言葉に「畏まりました」とフレデリクは頷く。
 捕まえると言っても、別段犯罪者に対してやる様なモノでは無い。
 ただちょっと監視するだけである。
 それに街まで行って詳しい事情を聞いたら、その事情の如何によっては拾った責任を取ってちゃんと彼女の面倒を見るつもりでもあった。

 が、捕まえると言う言葉に、少女は外敵を警戒する獣の様にフレデリクから距離を取ろうとする。
 そして、何故か捕まえるのを命じたクロムの方へと、酷く困惑した表情を向けていた。


「心配するな、捕まえると言っても、この先の街でちょっと話を聞くだけだ。
 国に害意が無い事が分かれば直ぐに自由にしてやるし、ある程度までならその後の面倒も見てやる」

「……貴方が、そう言うのなら」


 クロムの言葉に頷いた少女はあっさりと警戒を止め、一切の抵抗無く大人しくフレデリクに捕まる。
 そしてそのまま、クロム達は街まで少女を連行して行くのであった。




「そう言えば、まだちゃんと名乗っていなかったな。
 俺の名はクロム、自警団の団長をやっている。
 そしてこっちのちんまいのは妹のリズだ」


 本当にこの少女が記憶を喪っているのならば、右も左も分からない状態で名も知らぬ者達に拘束されていると言うこの状況は流石に酷と言うものであろう。
 そう思って、クロムは改めてちゃんと名を名乗り、ついでにクロムの横を歩きながら少女を気遣っているリズの名も教える。
 すると、ちんまいと紹介されたのが不服だったのか、リズはぷぅっと頬を膨らませてクロムに抗議した。


「もう、お兄ちゃんってば、ちんまい言うな!
 あっ、わたし、リズね! よろしくね!
 で、こっちはフレデリク!」

「クロム自警団副長の、フレデリクと申します。
 立場上、どうしてもまず疑いの目から入ってしまう事をお許し下さい。
 あなたを全く信用していない訳ではありませんが、必要な事は調べさせて頂きます。
 ですが、無下に扱うつもりなどはございませんので、その点はご安心下さい」


 フレデリクがやや堅苦しく自己紹介をして、これで一通りこちら側の紹介は済んだ。


「クロムとリズ、フレデリク……。
 うん、ちゃんと覚えた。よろしく」


 コクっと頷いた少女は、忘れまいとしているのか、何度かクロム達の名前を小さく呟いて、そして何故か少し嬉しそうに笑う。


「ところで、お前の名前は?
 記憶喪失だとしても、自分の名前位は覚えているんじゃないのか?」

「あたしの、名前……?
 …………多分、“ルフレ”。
 誰かに、そう呼ばれていた事がある様な気がする……」


 消えてしまった記憶の底を探る様に目を閉じて、少女はそう名乗った。
 ルフレ、か。
 イーリスでは聞いた事の無い、珍しい名前だ。
 だが、この少女に似合っている名前だと、クロムは感じた。


「成る程、ルフレか。良い名前だな」

「そうなの? でも、そう言って貰えて嬉しい」


 えへへっと本当に嬉しそうに笑うルフレに、害意などがある様には思えない。
 何故か会った事もないクロムの名を呼んだと言う謎は残るが……。
 しかし、もし記憶喪失が本当なのだとしても、何でまたあんな場所に倒れていたのだろうか。
 考えれば考える程、ルフレは謎に満ちている。

 そんな事を考えていると、ふとルフレが立ち止まった。
 そして、獣が何かを嗅ぎ分けた時の様にスンッと小さく鼻を鳴らし、不思議そうに首を傾げる。


「どうかしたのか?」

「何か、燃えてる……?様な臭いがする。
 それに、煙も上がってるみたい」


 あっちの方、とルフレが指差したのは、今向かっている最中の街の方向だ。
 何かが燃えている臭いなどクロムには分からないが、しかしルフレが指差した方向をよくよく見てみると、遠目にだが、黒煙の様なモノが立ち上っているのが薄く見えた。


「まさか、街に火が!?
 報告に上っていた例の賊か!?
 フレデリク、リズ! 急ぐぞ!」

「……待って、あたしも一緒に行く!」


 二人に声を掛けてからクロムが駆け出すと、何故かルフレも付いてくる。
 記憶喪失の何も分からない状態でそのまま放置するのも酷ではあるので、少々の危険は伴うものの、クロムはそのままルフレも伴って四人で街へと急行するのであった。




◇◇◇◇
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