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第8話『星彩よ、迷い人を導け』

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 例えエメリナの救出に失敗したのだろうと、ルフレと言う大きな戦力を喪ったのであろうと、ペレジアとの戦争の只中にあるイーリスは立ち止まる訳にはいかない。
 不幸中の幸いにも、敗走したにも関わらず、犠牲者はルフレ一人であった。
 エメリナ亡き今イーリスの旗印となるべきクロムは、心に負った傷はともかくとして五体満足の状態であるし。
 同じく王族であるリズも、長くイーリス王家に仕えその信も厚いフレデリクも、自警団の実力者達も、皆無事なのである。
 東西のフェリア王が全面的に協力してくれ、既にフェリア軍のペレジアとの戦争の為の編成は進んでいる。

 彼等を率いて、クロムはペレジアへと立ち向かわなければならない。
 それが、エメリナとルフレに守られたクロムの義務である。
 しかし──


「クロム様」


 フレデリクが呼び掛けても、クロムは返事をしない。
 書類に目を通すクロムのその目は何処か虚ろで、そしてあまり眠れていないであろう事を示す様にその目の下には隈が浮かんでいた。
 クロムが毎晩の様に悪夢に魘され、そして慟哭の叫びを上げて起きてしまっているのをフレデリクは知っている。
 何とか手を打ちたくとも、“心”と言う目には見えない領域の問題に関しては如何ともし難い。
 よく眠れる様なお茶などを出したりしても、一向に効果は無かった。

 …………。
 それも、無理も無い話ではあるのかもしれない。
 ペレジアでの出来事は、フレデリクの心にも深い悔恨を残していた。
 主君を守るのが騎士としてのフレデリクの務めであるにも関わらず、エメリナの時には何も出来ず、クロムの危機を救ったのはルフレであり、そのルフレはクロムとフレデリクを逃がす為に命を賭けた。
 自分より年若い前途ある者が命を落とし、自分が生き残っている事に何も感じられない程にフレデリクの心は歪んでいる訳では無い。

 ルフレとも親しかったリズのショックは強く、エメリナを喪った事も合わさってずっと泣き崩れている。
 リズに限らず、ルフレをよく知る自警団の者達の哀しみはとても深かった。
 そして、ルフレの死に誰よりも深く打ちのめされてしまったのが、クロムである。

 自らの行いの代償を“ルフレの命”と言う形で贖う事になって。
 強い自責の念がクロムを苛み、後悔にその心を絡め取られていた。
 打ち拉がれるクロムは、それでも何とか責務を果たすべく、ペレジアとの戦いの準備をしてはいたが。
 果たしてこのままではとてもでは無いが、クロムの身も心も持たないであろう。
 クロムにとって“ルフレ”と言う存在は、フレデリクや自警団の仲間達が思っていた以上に大きなモノであったのだ。
 最愛の姉を無くし、更には続け様にルフレまで喪い。
 それでもこうやって辛うじて何かをしようと動いているのは、ルフレが残した言葉が僅かながらもクロムの身体を動かしているからなのだろう。

 ルフレ亡き今、フレデリクがより一層クロムを支えねばならない。
 だが、ここまで打ち拉がれているクロムをどうすれば支えられるのか、長くその傍に仕えていたフレデリクですらも分からなかった……。

 己の無力にフレデリクが悩んでいると、俄に廊下が騒がしくなった。
 何事かと思い扉に近付こうとすると。


「失礼します!」


 ノックもそこそこに、フェリア兵が部屋へと駆け込んできた。
 余程急いでやって来たのか、フェリア兵は肩で息をしている。


「クロム様のお部屋に何用でしょうか?」


 他国のものとは言え、王族に私室として一時的に与えられた部屋にこうも無遠慮に立ち入ってきたのだ。
 無礼とも取られかねない行動に出たフェリア兵に、フレデリクはそう訊ねる。
 それに居住まいを正したフェリア兵は、敬礼をしながらクロムに答えた。


「バジーリオ様から急ぎの伝令を賜りました……!
 イーリスの軍師ルフレ様が保護された、と!」


 ルフレ、と言う言葉に虚ろだったクロムの目に俄に光が戻る。
 その言葉を信じたいと言う思いと、それが間違いだったらと言う思いに板挟みになりながらも、クロムは何かに縋る様な声を出す。


「なっ、ルフレが……!?」

「はい!
 王都近くの雪原に倒れていた所を、付近を哨戒中だった兵が発見。
 傷も深く長時間雪風に曝されていた為に凍傷になりかけていた事もあって、現在城の医務室で治療中です。
 ルフレ様の意識はありませんが、バジーリオ様が直接確認なさったので、ルフレ様である事には間違いないかと!」


 それを聞くなり、クロムは弾かれた様に立ち上がった。
 その顔には、先程までの迷いなどもう何処にも無い。


「直ぐに医務室へ案内してくれ。
 行くぞ、フレデリク!!」


 伝令のフェリア兵に先導され、クロムはフレデリクを伴って駆け出すのであった。




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