第9話『天に北辰在りて』
◇◇◇◇
死闘の後の熱気が、荒野を吹き渡る風によって浚われていく。
あれ程までに憎悪していた相手であるにも関わらず、この手で討った事によって晴れやかな気持ちになるなんて事は無く。
それどころか、何処か苦く虚しい気持ちにすらなる。
それでも、この胸に抱えた憎悪に、一つの決着を付けてやれたのは確かである。
だからクロムは一度何処までも広がる蒼天を見上げ、そして再び前を向いた。
「ギャンレルは倒れた!!
これ以上の戦闘は無意味だ!!
イーリス軍はペレジア軍に降伏を要求するっ!」
クロムが声を張り上げて宣言したその言葉は、細波の様にペレジア軍や未だ交戦中のイーリス軍へ、そして最前線で戦うフェリア軍とペレジア軍にも伝わって行く。
やがて、ペレジア軍が白旗を揚げて全面降伏の意思を示した。
それを見たイーリス軍、フェリア軍の両軍も戦闘を停止し各々の陣地へと引き揚げる。
直に停戦の使者が訪れるのであろう。
イーリスは勝ったのだ。
だが、その犠牲は決して少なくは無い。
聖王たるエメリナを喪い、王都陥落の際には天馬騎士団や城に残っていた高官達が多く殺された。
それだけでなく、この戦闘によって少なくは無い犠牲者が出ている。
幸い、自警団時代から共に戦ってきた者達の多くは無事であったが、フェリア軍と共に前線でペレジア軍と戦っていた貴族達の私兵達にはそこそこの犠牲が出てしまっていた。
苦い勝利、とでも言えば良いのだろうか……。
戦争が起きた以上は何らかの犠牲は避けられない。
ルフレは犠牲を極力抑えようと常に苦心してくれてはいるが、それでも全くのゼロとは出来ないのが現実であった。
そして、戦争に勝ったと言う事は、負けた側があると言う事で。
此度の戦争で最も大きな被害を出したのは、仕掛けた側であったペレジアである。
多くの将兵を喪い、そして王は討たれた。
フェリアとの取り決めによって、ペレジアには相当な賠償金が課せられるのであろう。
幾らペレジアが商業により金銭的に豊かな国であるとは言え、今後数年は多少なりとも困窮するのは避けられそうには無い。
それよりも懸念すべきは、次の王が誰になるのかと言う問題か……。
クロムはペレジアの内情に詳しくないしそもそも他国が無理に干渉出来る事でも無いのだが、次に立った王がギャンレルの様な者だと同じ様な争いが繰り返されるやも知れないし、そうでなくとも大きな混乱は避けられない可能性が高い。
が、……ペレジアがどうなるにせよ、クロムにはそれに関わっている暇が無いのだ。
荒れたイーリスの復興、戦死者や傷病兵や退役兵への補填、今後クロムが国政を行うに当たっての高官達との折衝……。
やらなければならない事は山積みであった。
全く、悩ましい事だ……とクロムは嘆息する。
が、そうやって悩む事が出来るのも、“生きている”からこそでろう。
そして、課題は山積みであるのだとしても、クロムは独りではない。
ルフレが居る、フレデリクが居る、リズが居る、仲間達が居てくれる。
ならば、どんな事だってきっと乗り越えていける。
エメリナの様にはなれなくとも。
それでも大切な仲間達が居てくれるのならば、少しでもイーリスと言う国を良くしてやれると、そうクロムは信じていたい。
クロムは、傍らに寄り添う様に立つルフレに向き合った。
「これから忙しくなるな……。
……なあ、ルフレ。
俺はまだまだ半人前だ。
きっと俺一人では、イーリスを支えきれないだろう。
だから、どうか俺の傍で、共に支えてくれないか?」
「勿論よ、クロム。
だってあたしはクロムの“半身”だから。
クロムがそう望むのならば、あたしは自分に出来る全てを賭けてでもクロムが守りたいモノを一緒に守ってみせる」
そして、ルフレは右手の小指をクロムに差し出してくる。
一体どうしたのだろう、とクロムが首を傾げていると。
「リズから聞いたんだけど、大切な約束をする時は、えっと……“指切り”?って儀式をするらしいの」
真面目な顔でそんな事を言い出したルフレに、クロムは思わず小さく噴き出した。
すると、ルフレはきょとんとした顔でクロムに首を傾げる。
「えっ? 何か間違ってる?
おかしいな……、リズから聞いたんだし、作法は間違ってないと思うんだけど……」
「いいや、違わないさ」
くつくつと笑いながら、クロムもまた小指を差し出す。
多くは子供の頃にしかやらない様なこの風習を、リズがどんな意図でルフレに教えたのかはクロムには分からないが。
それをこうしてルフレが真面目な顔で“指切り”をしようとするのが、何だかとても面白かった。
ルフレと小指を絡ませると、昔はよくこうやってエメリナやリズと約束を交わしたんだったな……とそんな事にも想い馳せてしまう。
指切りをするとルフレは満足そうに笑い、そしてクロムの手を取った。
「さあ、クロム。
皆の所に帰らなきゃね。
今夜は宴会だっ!ってバジーリオ様達が騒いでたし、主役がいなきゃ話にならないもの」
そう言って駆け出したルフレに手を引かれ、クロムもまた駆け出す。
多くの犠牲を払いながらも戦は終わったのだ。
ならば、今暫しはこの勝利を仲間達と共に噛み締めようと、クロムは心に決めたのだった……。
◇◇◇◇
死闘の後の熱気が、荒野を吹き渡る風によって浚われていく。
あれ程までに憎悪していた相手であるにも関わらず、この手で討った事によって晴れやかな気持ちになるなんて事は無く。
それどころか、何処か苦く虚しい気持ちにすらなる。
それでも、この胸に抱えた憎悪に、一つの決着を付けてやれたのは確かである。
だからクロムは一度何処までも広がる蒼天を見上げ、そして再び前を向いた。
「ギャンレルは倒れた!!
これ以上の戦闘は無意味だ!!
イーリス軍はペレジア軍に降伏を要求するっ!」
クロムが声を張り上げて宣言したその言葉は、細波の様にペレジア軍や未だ交戦中のイーリス軍へ、そして最前線で戦うフェリア軍とペレジア軍にも伝わって行く。
やがて、ペレジア軍が白旗を揚げて全面降伏の意思を示した。
それを見たイーリス軍、フェリア軍の両軍も戦闘を停止し各々の陣地へと引き揚げる。
直に停戦の使者が訪れるのであろう。
イーリスは勝ったのだ。
だが、その犠牲は決して少なくは無い。
聖王たるエメリナを喪い、王都陥落の際には天馬騎士団や城に残っていた高官達が多く殺された。
それだけでなく、この戦闘によって少なくは無い犠牲者が出ている。
幸い、自警団時代から共に戦ってきた者達の多くは無事であったが、フェリア軍と共に前線でペレジア軍と戦っていた貴族達の私兵達にはそこそこの犠牲が出てしまっていた。
苦い勝利、とでも言えば良いのだろうか……。
戦争が起きた以上は何らかの犠牲は避けられない。
ルフレは犠牲を極力抑えようと常に苦心してくれてはいるが、それでも全くのゼロとは出来ないのが現実であった。
そして、戦争に勝ったと言う事は、負けた側があると言う事で。
此度の戦争で最も大きな被害を出したのは、仕掛けた側であったペレジアである。
多くの将兵を喪い、そして王は討たれた。
フェリアとの取り決めによって、ペレジアには相当な賠償金が課せられるのであろう。
幾らペレジアが商業により金銭的に豊かな国であるとは言え、今後数年は多少なりとも困窮するのは避けられそうには無い。
それよりも懸念すべきは、次の王が誰になるのかと言う問題か……。
クロムはペレジアの内情に詳しくないしそもそも他国が無理に干渉出来る事でも無いのだが、次に立った王がギャンレルの様な者だと同じ様な争いが繰り返されるやも知れないし、そうでなくとも大きな混乱は避けられない可能性が高い。
が、……ペレジアがどうなるにせよ、クロムにはそれに関わっている暇が無いのだ。
荒れたイーリスの復興、戦死者や傷病兵や退役兵への補填、今後クロムが国政を行うに当たっての高官達との折衝……。
やらなければならない事は山積みであった。
全く、悩ましい事だ……とクロムは嘆息する。
が、そうやって悩む事が出来るのも、“生きている”からこそでろう。
そして、課題は山積みであるのだとしても、クロムは独りではない。
ルフレが居る、フレデリクが居る、リズが居る、仲間達が居てくれる。
ならば、どんな事だってきっと乗り越えていける。
エメリナの様にはなれなくとも。
それでも大切な仲間達が居てくれるのならば、少しでもイーリスと言う国を良くしてやれると、そうクロムは信じていたい。
クロムは、傍らに寄り添う様に立つルフレに向き合った。
「これから忙しくなるな……。
……なあ、ルフレ。
俺はまだまだ半人前だ。
きっと俺一人では、イーリスを支えきれないだろう。
だから、どうか俺の傍で、共に支えてくれないか?」
「勿論よ、クロム。
だってあたしはクロムの“半身”だから。
クロムがそう望むのならば、あたしは自分に出来る全てを賭けてでもクロムが守りたいモノを一緒に守ってみせる」
そして、ルフレは右手の小指をクロムに差し出してくる。
一体どうしたのだろう、とクロムが首を傾げていると。
「リズから聞いたんだけど、大切な約束をする時は、えっと……“指切り”?って儀式をするらしいの」
真面目な顔でそんな事を言い出したルフレに、クロムは思わず小さく噴き出した。
すると、ルフレはきょとんとした顔でクロムに首を傾げる。
「えっ? 何か間違ってる?
おかしいな……、リズから聞いたんだし、作法は間違ってないと思うんだけど……」
「いいや、違わないさ」
くつくつと笑いながら、クロムもまた小指を差し出す。
多くは子供の頃にしかやらない様なこの風習を、リズがどんな意図でルフレに教えたのかはクロムには分からないが。
それをこうしてルフレが真面目な顔で“指切り”をしようとするのが、何だかとても面白かった。
ルフレと小指を絡ませると、昔はよくこうやってエメリナやリズと約束を交わしたんだったな……とそんな事にも想い馳せてしまう。
指切りをするとルフレは満足そうに笑い、そしてクロムの手を取った。
「さあ、クロム。
皆の所に帰らなきゃね。
今夜は宴会だっ!ってバジーリオ様達が騒いでたし、主役がいなきゃ話にならないもの」
そう言って駆け出したルフレに手を引かれ、クロムもまた駆け出す。
多くの犠牲を払いながらも戦は終わったのだ。
ならば、今暫しはこの勝利を仲間達と共に噛み締めようと、クロムは心に決めたのだった……。
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