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第9話『天に北辰在りて』

◇◇◇◇




 見渡す限りに広がる荒野に、ペレジア軍とフェリア軍の双方が上げた怒声と鉄を打ち鳴らす音が響き渡る。
 この日の為に兵力を隠して温存してきたフェリア軍が一気に攻勢に出た事で、ペレジア軍は防戦に徹するしかなくなっている。
 そしてそこに更に、今回の戦争に倦厭感を抱き始めていた者達と憎悪に燃え好戦的な者達との間にあった内乱がペレジア軍にとって最悪な方向へと転がっていた。
 倦厭感を抱いていた兵達が、ここに来て次々と戦線を離脱していったのだ。
 それによって前線のペレジア軍は大混乱に陥っていた。

 ギャンレルの居る本陣から、そんな前線を支えようと次々に兵が前線へと送り込まれていく。
 それによって、大量の離反兵を出しつつも、何とかペレジア軍はフェリア軍と拮抗していた。
 が、それは裏を返せば本陣から人が居なくなっている事と同義である。

 しかし、そこで今が好機とばかりに突撃してはギャンレルの思う壺であった。

 ギャンレルはあれでいてかなりの策士である。
 本陣から離れた場所に幾つもの部隊を伏兵を置いていたし。
 ペレジア軍と激突している前線へと送り出した部隊の内幾つかは、クロム達が本陣に接近し次第転身して来る様に指示されてもいる。
 ギャンレルは、自分自身を囮にしてクロム達を誘い出し、袋叩きにするつもりであったのだ。

 が、ルフレはその策を全て読んでいた。
 伏兵を置いているであろう場所まで全て読みきっていたのだ。
 故に、既に伏兵はフェリア軍の別動隊によって全て蹴散らされている。



「皆、行くぞ!
 ここで全ての決着を付ける!!」


 応!と答えた自警団時代からの仲間達の内、フレデリクとソワレとソールが率いる騎馬隊が一気にギャンレルの居る本陣周辺に展開されている部隊へと強襲をかけその戦列を蹴散らして崩してゆく。
 そこに、ロンクーとグレゴが率いる歩兵隊とヴェイグが率いる遊撃歩兵部隊が騎馬隊によって乱れた戦列を抉じ開けて行った。

 ガイアとベルベットは遊撃手として単身でその素早さを活かしてペレジア軍の戦線を乱していき、竜と化したノノが更に彼等を蹴散らしてゆく。
 リズとマリアベルが率いる部隊が蹴散らされて散り散りになった敵兵を追い込み、一所に追い込まれた彼等はドニとリベラとサーリャによって蹴散らされた

 そして、ヴィオールが率いる弓兵部隊は、リヒトとミリエルに率いる魔道部隊と共に遠距離から前線から転身してくる部隊を食い止める為にそちらへと向かう。
 敵兵に近寄られると危険な彼等を守る為に、カラムが率いる部隊がその護衛に当たっていた。

 スミアとティアモが率いる天馬隊は、上空から広く戦場を見渡しながら、上空からペレジア兵を強襲している。

 戦況は概ねルフレの策通りにクロム達に有利に進んでいた。
 やはり、ギャンレルにとっての頼みの綱であった伏兵が既に片付けられていた事が大きかった。
 クロムはルフレと共に背中を預けあう様にして敵陣に切り込み、一気に道を拓いてゆく。
 敵味方入り乱れる戦場の中で、ルフレは指示を飛ばしつつ、魔法で遠方の敵を、剣で近くの敵を一気に片付けていった。

 猛り狂う獣の様な戦いぶりを見せ付けるルフレを前にして、ペレジア兵達は其処に居るのが手負いの状態ですらペレジア軍の全兵力を以てしても捕らえる事が叶わなかったあのイーリスの軍師である事を理解し、そして同時に変わり果てた姿となって発見された追跡部隊の兵達に関する噂話も思い出してしまう。
 その恐怖故にその足並みは乱れ、ルフレへと向かう足取りは鈍くなる。

 そこをクロム達が切り払い、ルフレが壊し崩し乱した敵の隊列を更に蹴散らしていった。
 そうしている内に、ギャンレルへと続く道が見え始める。
 そこを一気に騎馬隊が掻き乱し、ルフレが魔法で一気に吹き飛ばす事で道を切り拓いた。
 道が出来た瞬間にクロムとルフレはギャンレルへと突撃し、フレデリク達はクロム達が囲まれない様にペレジア兵達を蹴散らしながら戦線を維持していく。


 クロムとルフレを迎え撃つギャンレルは、ルフレへと含みのある視線を向けた後にクロムへと向き合った。
 そして、自らの武器であるサンダーソードを抜いてクロムへとその切っ先を向けて吼えた。


「来やがったかクロム!
 オレにぶっ殺されになぁっ!
 オレには分かるぜ?
 お綺麗事をぬかしながらも、お前はオレが憎くて憎くてしょうがねぇ!
 オレを斬りたくてしょうがねぇんだろ!?
 オレとお前は……同類だなぁ?
 オレたちは同じだ。
 戦いでしか答えを見つけ出せねぇ、どちらかを滅ぼし尽くすまで殺し合う事でしか生きられねぇんだよ!」

「……そうだな、同じ……なのかもしれん。
 憎むなと、誰も憎まずに逝った姉さんの様には、……俺はなれない。
 お前を憎み、無力だった自分を憎み。
 その想いでここまでやって来た。
 だがそれでも、お前と俺は違う。
 俺には、仲間が居てくれる。
 こんな俺でも……その力になりたいのだと、支えてくれる仲間達が。
 そして、そんな俺が道を誤らぬ様にと手を引き導いてくれるルフレが居る。
 だから俺は、迷いながらでも少しずつでも、前に進めるんだ」


 憎しみを抱き、ギャンレルを前にその焔を燃え立たせているクロムに、ギャンレルの言葉全てを否定する権利など無い。
 奪われた事への憎悪を胸に戦い、そして殺してきた。
 望んで殺したい訳でも戦いたい訳でも無いが、それでも相手が自分の大切なモノを奪おうとするならばそして奪ったのならば……戦わずには殺さずにはいられない。
 故に争いの連鎖は尽きる事が無く。
 こうして今、ギャンレルを殺す為にクロムはここに居るのだ。

 それでも、クロムはギャンレルと同じでは無い。
 そして、きっと今後も同じになる事は無いのだろう。

 クロムには。
 たった一人残された大切な家族が居る。
 どんな時でも支え導いてくれる“半身”であるルフレが居る。
 共に戦ってくれる仲間が居る。
 守りたい沢山のモノがある。
 託された多くのモノがある。
 そんな自分を支えてくれる沢山の人達が居てくれる。

 だから、クロムは。
 エメリナの様にはなれないのだとしても。
 それでも、戦いの中でしか……憎悪の連鎖の中でしか生きられない様な生き方は、しない。
 独りではないからこそ、クロムの心に宿るのは憎しみだけではないのだ。

 だが、そんなクロムの言葉はギャンレルには届かなかった。
 ……ギャンレルには、共に立つ人が、彼を支えようと傍に居てくれる仲間達が居なかったのかもしれない。
 そう想うと、ほんの少しだけだが、ギャンレルを憐れだとも感じた。


「ギャハハハハ!
 仲間だぁ?
 くせぇよ。くさくてヘドが出るぜ!
 仲間なんざゴミだろうが!
 人間は皆自分の事しか考えちゃあいねえ。
 口では何と言ってようと、何れは自分の欲望の為に他人を裏切り利用する!
 それが人間って生き物なんだよ!
 人間はしょせん獣と同じだ!
 獣みてぇに戦って! 殺して! 食うだけなんだよ!
 人間なんてのは争い合うしかねぇんだよ!」

「例えお前が見てきた人間達が皆そうだったのだとしても。
 俺は、人間を、仲間を、信じている。
 人は独りでは生きていけない。
 支え合う事こそが、人間の本質だ!」


 クロム一人なら何も出来なかったであろう。
 そもそもクロム単独では、エメリナを助けに向かう事すら不可能であった。
 例えその結果があの様なモノになってしまったにせよ、力を貸してくれる仲間達が居たからクロムは彼処に辿り着けた。
 そして、失敗し失意に沈むクロムを仲間達が見捨てなかったからこそ、こうしてギャンレルと対峙する事すら出来ているのだ。

 人は時に他者を利用し裏切る事もある。
 そんな事、ギャンレルに一々言われずともクロムは知っていた。
 これでもクロムは王族だ。
 王として佞臣や奸臣の類いと戦い続けた姉の姿を、クロムはその傍で見てきた。
 彼等の姿が善きモノであるとは到底思えないが、彼等の様な人が少なくは無い事位はクロムとて分かっている。
 だが、だからこそ。
 そんな裏切りや利用し利用されと言った関係を超えた繋がりが、相手を思う心で……絆で結ばれた仲間が、何よりも尊いのだ。


「仲間だの絆だの……。
 鬱陶しいんだよてめえはよぉ!
 んなもんはただの幻想だ!
 ケツの青いガキの戯言に過ぎねぇ!!」


 苛立ちを隠す事も無くギャンレルはサンダーソードを振り抜き、周囲に落雷を呼ぶ。
 だが、クロムを狙ったそれらは悉くルフレの放った雷に呑み込まれ消えてゆく。
 クロムを守るルフレのその姿に益々苛立ったのか、ギャンレルは荒野に響く様な大声でクロムに罵声を浴びせた。


「何よりも苛立つのは、お前みたいな甘ったれたガキにその軍師が付き従っている事だ!
 その女は、お前みたいな奴に扱いきれるシロモノじゃあねぇんだよ!
 俺みてぇな奴の傍でこそ、その本領を発揮させてやれる。
 お前じゃあ宝の持ち腐れも良い所だ!」


 まるでルフレを物の様に扱うその言葉に、不快感からクロムはその眉根を寄せた。
 が、クロムが何かを言う前に、ルフレが凛とした声で言い返す。


「前にも言ったけど、あたしが誰の傍に居るのかはあたし自身が決める事。
 そしてあたしが傍に居たいのはクロムだけ。
 あんたなんて願い下げよ」

「ハッ、言うじゃねぇか!
 なら、この甘ったれクロムをブチ殺して、正々堂々とお前をかっさらってやるよ!」

「……あたしがあんたなんかにクロムを殺させるとでも?」


 ギャンレルのその言葉に、真っ直ぐに奴を射抜くルフレの眼差しに険が宿り、手にした魔道書には異様な程の魔力が集積していく。
 傍に立つクロムの背筋ですらゾクリと粟立ちそうになる程の威圧感がルフレから放たれていた。
 それを真正面からぶつけられているギャンレルは、サンダーソードを構えてはいたが、その腰は何処か引けている。

 が、ここでこのままルフレに決着を付けさせる訳にはいかない。
 この因縁の終止符は、クロム自身で付けねばならないのだから。


「ルフレ、下がっていろ。奴は俺がやる」


 そうクロムが言った瞬間、ルフレは発動直前までいっていた魔力を霧散させ、了解したとばかりに黙って一歩ギャンレルから距離を取った。
 このままクロムとギャンレルに一騎討ちをさせようとしているのであろう。
 ギャンレルの動きを油断無く注視してはいるが、もうルフレには自分からギャンレルを攻撃する意思はなさそうだった。


「来い、ギャンレルっ!
 ここでこの戦争の全ての決着を付けよう!
 仲間を、絆を信じる事の出来ないお前に俺は負けん!
 仲間や絆が幻想や戯言では無い事を、俺がお前に見せてやる!!」


 ファルシオンを向けてクロムがそう声を上げると、ギャンレルは先手必勝とばかりにサンダーソードを掲げて幾十もの雷を落としてくる。
 だが、クロムはそれに臆する事無くギャンレルへと駆け出して、自分に当たる雷だけを冷静に見極めてファルシオンで振り払い掻き消して行った。
 接近戦は避けられぬと悟ったギャンレルは雷を落とす事に集中するのは諦め、その稲妻を模した独特の刀身でクロムを迎え撃つ。
 サンダーソードは使い手の魔力を糧に真価を発揮する剣だ。
 その刀身は打ち合う事を想定して作られている多くの剣と比べるとか細く弱々しく見えるが、使い手の魔力次第では業物と比べても遜色無い程の鋭さと耐久力を得る。
 ギャンレルの魔力は少なくとも魔法に関してはからっきしなクロムよりは高かった様で、ファルシオンの一撃をギャンレルはサンダーソードで受け止めきれた。
 膂力に優れるクロムの本気の一撃を受けてもその刀身に歪みが生じる事は無く、雷を宿した剣と神竜の牙は互いに幾度も撃ち合わされ激しい剣戟が繰り広げられる。
 打ち合う毎に剣花が舞い、その一撃一撃の凄まじさを物語る。

 が、ギャンレルも決して悪い使い手では無いが、クロムの方が剣士としての技量は遥かに格上であった。
 更には、決して欠ける事も朽ちる事も無い神竜の牙とは違い、限りある魔力を糧に力を得ているサンダーソードでは次第にクロムの一撃に耐えきれなくなっていく。

 そして、クロムの一撃によって体勢を大きく崩されたギャンレルは咄嗟に地を蹴って後ろに下がった。
 手にしたサンダーソードの刀身には、ギャンレルの魔力による強化が足りなくなってきた事を示すかの様に皹が入り始めている。
 それに舌打ちをしたギャンレルが至近距離で雷を降らせようとサンダーソードを構えようとするが、それをクロムが見逃す筈などは無く。
 力強く地を蹴って、クロムは一気にギャンレルとの距離を詰める。
 風をも断ち切る様に唸りを上げて振り下ろされたファルシオンを、ギャンレルは辛うじてサンダーソードで受け止めた。
 がその一撃によって、元々限界が近付いていたサンダーソードの刀身全体に皹が走り、砕け散る。
 最早ギャンレルの身を守るモノは存在しない。


「お前の敗けだ! ギャンレルっ!」


 一気呵成にクロムが再度振るったファルシオンは、過たずギャンレルの身体を捉え、それを一気に絶つ。
 致命傷を受けたギャンレルは、斬られた勢いに負けてゆっくりと後ろに崩れ落ちる様に倒れこみ、その場に血溜まりを作りながら天を仰いだ。
 こんなに血生臭く戦の熱気がこの地を支配しているにも関わらず。
 見上げた其処には、人々の営みなど何の事も無い事だと言わんばかりに何処までも澄み切った蒼穹が広がっている。


「ぐっ……。
 な、仲間……なんざ……まやかし……だ……。
 この世に、裏切らない……人間なんて……。
 ……人間は……結局……独りだ。
 オレ………は……独り…………」


 何かを掴もうとするかの様に、ギャンレルは弱々しく右手を天に伸ばすが、何かを掴める筈など無く。
 その手を掴んでくれる者も居ないまま、ギャンレルは事切れる。
 血溜まりの中に沈んだ空っぽのその手が、ギャンレルの歩んできた道程の答えであるかの様にクロムは感じられた。
 その姿を、自分は決してこうはなってはならぬとばかりにクロムは自戒と共に決して忘れない様に脳裏に刻み付けた。




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