第10話『星降る夜に願う事』
◇◇◇◇
ペレジアとの戦争は、イーリス・フェリア連盟側の勝利に終わった。
が、王都に漸く帰還したクロム達を待っていたのは、王都陥落時に見る影も無く破壊された爪痕が色濃く残された街並みと、疲弊しきった人々の姿であった。
この戦争がイーリスにもたらした傷は深く大きい。
イーリス東部は比較的ペレジアの侵攻も緩やかで受けた被害も少なかったが、王都より西側は多くの村や街が大きな被害に遭い、中でも一番大きな被害を受けたのは王都であった。
予め大半の民を避難させていたからまだマシではあったが、それでも王都に残っていた者も少なくはなく、王都陥落時に残った者達にはかなりの死傷者が出てしまっていた。
そして……国の柱でありイーリスと言う国の象徴である聖王エメリナがあの様な形で逝去したのだ。
人々の心に濃く深い不安の影が落ちてしまうのも当然の帰結であった。
民心が荒れると、それと同時に国も荒れる。
荒れた国土には賊がのさばりやすい。
荒れた街や村や国土全体の復興、戦によって減った税収などの調整、国内の治安の回復などなどなどなど……。
クロム達には対処せねばならぬ事が山積みであった。
が、今まで国政に携わる事など殆ど無かったクロムには、先ず何から手を付けるべきなのかすら覚束無くて。
フレデリクやエメリナに仕えてくれていた文官達の力を借りて、何とか政務をこなしていってはいるのだが、元々書類仕事は不得手である事もあって、その処理速度はお世辞にも高いとは言えず更には次から次へと新たな書類が舞い込んでくるのである。
クロム自身が処理せねばならぬもの、そうでも無いものの区別すらクロムでは満足に付かず、結果として執務室には書類の山が築かれクロムはその中で溺れる事となった。
過労で倒れかけたクロムであったが、どうやら神はクロムを見棄ててはいなかったらしかった。
自警団がイーリス軍へと再編された事で自警団軍師からイーリス軍の軍師へと昇格したルフレが、偶然にも軍備に関する予算の要望書を持って登城し、執務室を書類の海にしてしまってそこで果てかけていたクロムを発見してくれたからだ。
予算の要望書の件を一旦脇に置いて、ルフレは即座に執務室を埋め尽くす書類の海を処理し始めた。
そして何と、あれ程無尽蔵に思えた書類の海はその日の夕刻を前にして全て綺麗さっぱりと消え失せたのであった。
ルフレは、どうしてもクロムが処理せねばならぬ最小限の書類だけを残し、残りは全て適切な部署へと振り分けていったのである。
その振り分けの采配も正確無比であり、その処理速度も相俟って神業であった。
元々ルフレが書類仕事も難なくこなせるのは知ってはいたがここまでとは思ってなかったクロムは、その様を見て呆然とし。
書類の海が消え去った執務室で、ルフレに自身の政務の手伝いをしてくれる様にと必死に頼み込んだ。
やや戸惑いながらもルフレはそれを受け入れてくれ、それによってルフレの肩書きに『聖王代理補佐官』が加わったのであった。
こうして何とか有能極まりない人材を確保出来たのであったが、そもそもクロムの半身であるルフレがその時まで政務には一切関わってこなかったのにはそれなりに理由があった。
まず一つはルフレ自身の問題である。
ルフレは基本的に王城の様な、ルフレにとって無意味に感じる規則規律や無意味に煩い場所は大嫌いである。
クロムが呼びでもしない限りは王城には近寄らない。
クロムの執務室を訪れたのだって、それがどうしてもクロムを外せない用件であり、かつフレデリクなどを通せない案件だったからだ。
そうでも無いとルフレは自発的に王城に来る事は無い。
そして、ルフレが政務に携わってこれなかった最大の要因は、城に居る貴族などの高官達にあった。
ルフレは城に出入りする文官や貴族達からは蛇蝎の如く嫌われているのだ。
元々彼等は身分や立場と言ったモノを酷く重視する人種である。
それ故に、ルフレは彼等から聖王代理であるクロムの回りを彷徨く野良猫の様な扱いすらされているのだ。
ルフレが記憶も無く身元すらも不詳である事もその扱いを助長していた。
それなのに、王族であるクロムやリズの周りを不相応な身分であるにも関わらず彷徨き、更にはその信も厚い。
ペレジアとの戦争では、誰もが認めねばならぬ程の多大な功績も上げている。
だからこそ、多くの高官達にとってルフレ疎ましく目障りな存在になってしまったのだ。
ルフレをイーリス軍の軍師に昇格させる時ですら、文官や貴族達からは散々反対され、別な人物を推薦されていたりもした程である。
が、当然の事ながらクロムはそんな意見は押し切ってルフレを軍師へと据えた。
実際に軍務に携わる者達からは諸手を挙げて歓迎されたのだが、如何せん官吏達からの反発は凄いモノであった。
何とか口煩い連中はクロム自らが論破してやったが、彼等のその鬱憤は消える事など無く渦巻いている。
ルフレを軍事面でイーリスの国政に関わらせる事すらこうも反発されるのだ。
況んや内政面でともなれば、その反発は国軍軍師に据えた時の比ではなくなるだろう。
そんな中に好き好んで態々飛び込んで、更に反発を強める様な愚かな真似をルフレがする筈も無かった。
しかし、最早クロムとしてはそんな事に頓着していられない。
使えるのなら猫の手でも犬の手でもルフレの手でも使わなければイーリスの復興が遅れるばかりであるのだから。
ルフレは少し渋ってはいたものの、クロムの懇願に最終的には頷いたのであった。
そんなこんなな経緯で、ルフレは王城に自由に出入りする事となったのだ。
ルフレを補佐に加える事に関してはやはり官吏達からの反発はあったものの、ルフレの仕事の殆どはクロムの元に舞い込む書類の整理であり、ルフレ自身には国政に関する決定権が殆ど無い事もあって、その反発は何とか抑え込む事が出来た。
そして、ルフレがその仕事ぶりを遺憾無く発揮させる事で反対の声も次第に小さくなっていく。
それでも、王城内をルフレが彷徨く事に少なくない官吏達が苦虫を噛み潰した様な顔をするのであるが。
ルフレが手伝ってくれているお陰で執務室に書類が山を作る事すらも無く、ここ最近のクロムは合間合間に休息を取る事すら出来ている。
ルフレが居なかった以前と比べると、執務の速度は桁違いであった。
そうして執務に関しても無くてはならない存在となったルフレであるが、クロムの補佐としての仕事を終わらせると王城を抜け出して軍師としての仕事に取り掛かるか、或いは相変わらずふらふらと自由気儘な時間を過ごす事が多い。
ルフレが自由過ぎる事に関して官吏達が苦言を呈してくる事はあるものの、クロムがそれらに取り合う事はない。
そもそもルフレは仕事を疎かになどした事は無いし、求められている事以上の仕事を完璧にこなしているのである。
それで何故ルフレの行動を咎めなければならないと言うのだろうか。
自由な時間を多く取れる程に恐ろしくルフレの事務処理速度が速く正確であると言うだけなのだが……。
身分とかよりもその能力を重視する官吏達はルフレの実務能力を見るや否や何も言わなくなったし、それ所か時にルフレに色々と頼んでいる事もある。
しかし、ルフレのその有能極まりない様が、血筋やら身分やら立場やらに拘る官吏達にとっては却って癇に障るのであろう。
ルフレが才を示してクロムやフレデリクのみならず能力を重視する他の官吏達からの信頼も得ていく毎に、彼等は益々ルフレを排斥しようと躍起になった。
……と言っても、クロム自らがルフレを補佐に任じていた為、何れ程疎もうが排斥する事はそう容易くはないのだが。
やっかみ混じりに疎まれる事も多いルフレだが、ルフレ自身は何処吹く風とばかりに一向に気にした様子は無かった。
◇◇◇◇◇
ペレジアとの戦争は、イーリス・フェリア連盟側の勝利に終わった。
が、王都に漸く帰還したクロム達を待っていたのは、王都陥落時に見る影も無く破壊された爪痕が色濃く残された街並みと、疲弊しきった人々の姿であった。
この戦争がイーリスにもたらした傷は深く大きい。
イーリス東部は比較的ペレジアの侵攻も緩やかで受けた被害も少なかったが、王都より西側は多くの村や街が大きな被害に遭い、中でも一番大きな被害を受けたのは王都であった。
予め大半の民を避難させていたからまだマシではあったが、それでも王都に残っていた者も少なくはなく、王都陥落時に残った者達にはかなりの死傷者が出てしまっていた。
そして……国の柱でありイーリスと言う国の象徴である聖王エメリナがあの様な形で逝去したのだ。
人々の心に濃く深い不安の影が落ちてしまうのも当然の帰結であった。
民心が荒れると、それと同時に国も荒れる。
荒れた国土には賊がのさばりやすい。
荒れた街や村や国土全体の復興、戦によって減った税収などの調整、国内の治安の回復などなどなどなど……。
クロム達には対処せねばならぬ事が山積みであった。
が、今まで国政に携わる事など殆ど無かったクロムには、先ず何から手を付けるべきなのかすら覚束無くて。
フレデリクやエメリナに仕えてくれていた文官達の力を借りて、何とか政務をこなしていってはいるのだが、元々書類仕事は不得手である事もあって、その処理速度はお世辞にも高いとは言えず更には次から次へと新たな書類が舞い込んでくるのである。
クロム自身が処理せねばならぬもの、そうでも無いものの区別すらクロムでは満足に付かず、結果として執務室には書類の山が築かれクロムはその中で溺れる事となった。
過労で倒れかけたクロムであったが、どうやら神はクロムを見棄ててはいなかったらしかった。
自警団がイーリス軍へと再編された事で自警団軍師からイーリス軍の軍師へと昇格したルフレが、偶然にも軍備に関する予算の要望書を持って登城し、執務室を書類の海にしてしまってそこで果てかけていたクロムを発見してくれたからだ。
予算の要望書の件を一旦脇に置いて、ルフレは即座に執務室を埋め尽くす書類の海を処理し始めた。
そして何と、あれ程無尽蔵に思えた書類の海はその日の夕刻を前にして全て綺麗さっぱりと消え失せたのであった。
ルフレは、どうしてもクロムが処理せねばならぬ最小限の書類だけを残し、残りは全て適切な部署へと振り分けていったのである。
その振り分けの采配も正確無比であり、その処理速度も相俟って神業であった。
元々ルフレが書類仕事も難なくこなせるのは知ってはいたがここまでとは思ってなかったクロムは、その様を見て呆然とし。
書類の海が消え去った執務室で、ルフレに自身の政務の手伝いをしてくれる様にと必死に頼み込んだ。
やや戸惑いながらもルフレはそれを受け入れてくれ、それによってルフレの肩書きに『聖王代理補佐官』が加わったのであった。
こうして何とか有能極まりない人材を確保出来たのであったが、そもそもクロムの半身であるルフレがその時まで政務には一切関わってこなかったのにはそれなりに理由があった。
まず一つはルフレ自身の問題である。
ルフレは基本的に王城の様な、ルフレにとって無意味に感じる規則規律や無意味に煩い場所は大嫌いである。
クロムが呼びでもしない限りは王城には近寄らない。
クロムの執務室を訪れたのだって、それがどうしてもクロムを外せない用件であり、かつフレデリクなどを通せない案件だったからだ。
そうでも無いとルフレは自発的に王城に来る事は無い。
そして、ルフレが政務に携わってこれなかった最大の要因は、城に居る貴族などの高官達にあった。
ルフレは城に出入りする文官や貴族達からは蛇蝎の如く嫌われているのだ。
元々彼等は身分や立場と言ったモノを酷く重視する人種である。
それ故に、ルフレは彼等から聖王代理であるクロムの回りを彷徨く野良猫の様な扱いすらされているのだ。
ルフレが記憶も無く身元すらも不詳である事もその扱いを助長していた。
それなのに、王族であるクロムやリズの周りを不相応な身分であるにも関わらず彷徨き、更にはその信も厚い。
ペレジアとの戦争では、誰もが認めねばならぬ程の多大な功績も上げている。
だからこそ、多くの高官達にとってルフレ疎ましく目障りな存在になってしまったのだ。
ルフレをイーリス軍の軍師に昇格させる時ですら、文官や貴族達からは散々反対され、別な人物を推薦されていたりもした程である。
が、当然の事ながらクロムはそんな意見は押し切ってルフレを軍師へと据えた。
実際に軍務に携わる者達からは諸手を挙げて歓迎されたのだが、如何せん官吏達からの反発は凄いモノであった。
何とか口煩い連中はクロム自らが論破してやったが、彼等のその鬱憤は消える事など無く渦巻いている。
ルフレを軍事面でイーリスの国政に関わらせる事すらこうも反発されるのだ。
況んや内政面でともなれば、その反発は国軍軍師に据えた時の比ではなくなるだろう。
そんな中に好き好んで態々飛び込んで、更に反発を強める様な愚かな真似をルフレがする筈も無かった。
しかし、最早クロムとしてはそんな事に頓着していられない。
使えるのなら猫の手でも犬の手でもルフレの手でも使わなければイーリスの復興が遅れるばかりであるのだから。
ルフレは少し渋ってはいたものの、クロムの懇願に最終的には頷いたのであった。
そんなこんなな経緯で、ルフレは王城に自由に出入りする事となったのだ。
ルフレを補佐に加える事に関してはやはり官吏達からの反発はあったものの、ルフレの仕事の殆どはクロムの元に舞い込む書類の整理であり、ルフレ自身には国政に関する決定権が殆ど無い事もあって、その反発は何とか抑え込む事が出来た。
そして、ルフレがその仕事ぶりを遺憾無く発揮させる事で反対の声も次第に小さくなっていく。
それでも、王城内をルフレが彷徨く事に少なくない官吏達が苦虫を噛み潰した様な顔をするのであるが。
ルフレが手伝ってくれているお陰で執務室に書類が山を作る事すらも無く、ここ最近のクロムは合間合間に休息を取る事すら出来ている。
ルフレが居なかった以前と比べると、執務の速度は桁違いであった。
そうして執務に関しても無くてはならない存在となったルフレであるが、クロムの補佐としての仕事を終わらせると王城を抜け出して軍師としての仕事に取り掛かるか、或いは相変わらずふらふらと自由気儘な時間を過ごす事が多い。
ルフレが自由過ぎる事に関して官吏達が苦言を呈してくる事はあるものの、クロムがそれらに取り合う事はない。
そもそもルフレは仕事を疎かになどした事は無いし、求められている事以上の仕事を完璧にこなしているのである。
それで何故ルフレの行動を咎めなければならないと言うのだろうか。
自由な時間を多く取れる程に恐ろしくルフレの事務処理速度が速く正確であると言うだけなのだが……。
身分とかよりもその能力を重視する官吏達はルフレの実務能力を見るや否や何も言わなくなったし、それ所か時にルフレに色々と頼んでいる事もある。
しかし、ルフレのその有能極まりない様が、血筋やら身分やら立場やらに拘る官吏達にとっては却って癇に障るのであろう。
ルフレが才を示してクロムやフレデリクのみならず能力を重視する他の官吏達からの信頼も得ていく毎に、彼等は益々ルフレを排斥しようと躍起になった。
……と言っても、クロム自らがルフレを補佐に任じていた為、何れ程疎もうが排斥する事はそう容易くはないのだが。
やっかみ混じりに疎まれる事も多いルフレだが、ルフレ自身は何処吹く風とばかりに一向に気にした様子は無かった。
◇◇◇◇◇
1/4ページ