第一話『王女と軍師』
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屍兵を残らず殲滅した事を確認して、ルキナ達は漸く一息つく。
そして、この村唯一の生存者である男は、ルキナに恭しく頭を下げてから、助けて貰った礼を言ったのであった。
男……いやロビンは、元々はイーリスの民では無いそうだが、軍師としての修業の為に各地を巡る旅を続けていて。
そして、自分の軍師としての才を人々の役に立てるべく、人々に残された最後の生存圏であるイーリスを訪れたのだと言う。
軍師……。
その言葉でルキナの胸に去来するのは、最早顔すら思い出せなくなっている、父の半身とすら言われた男の事だった。
ペレジアとの戦も、ヴァルム帝国との戦も。
圧倒的に不利な状況下で、決して少なくない犠牲を出しながらも勝利を収め続けた稀代の名軍師。
クロムと共にイーリスの英雄と謳われた者。
父であるクロムと共に世界の命運を賭けた戦いの中で命を落としたとされている……だが一部では彼が父を裏切ったのだとも言われている男。
その名前は、ルフレ。
ルキナがまだ幼い頃、……父も母も健在で、多くの人から見守られた幸せな時間を過ごせていたあの頃。
彼とは親しくしていた……と、もう今は亡き母や臣下達から幾度と無く聞いている。
だがもう、ルキナは『ルフレおじさま』の事を何も思い出せない。
その顔も、その声も、何も。
彼がどう言う風にルキナに接していたのか、彼がどんな微笑みをルキナに向けていたのか、彼がどんな声でルキナに語り掛けていたのか…………。
何も、何も…………。
きっと、大切な思い出であったのだろうとは思う。
だけれども、この絶望に満ちた世界は優しい思い出を抱えて生きていくには過酷過ぎて。
彼がこの絶望を招いた張本人であるかもしれない、と言う可能性もあってか、ルキナは彼との思い出を記憶の棚奥の、ルキナですら触れられない場所へと押し込めて、忘却と言う名の鍵を掛けてしまっていた。
彼と共に戦った戦友が皆命を落とした今、最早イーリスには彼を知る者は一人も残っていない。
そんな記憶の隅に名前だけ存在している彼と、目の前のロビンが、軍師と言うだけで僅かに重なる。
……まあ、彼とロビンでは歳が離れ過ぎているから、全くの別人ではあるのだけれども。
ルキナは、ロビンにこれからどうするのかを尋ねた。
イーリスに保護を求めるのか、それともまた旅を続けるのか。
すると、ロビンは恭しくルキナに頭を下げた。
「ルキナ王女。
僕は貴女に仕えたい。
貴女の軍師となり、この世界の未来に希望を与えたいのです。
だから、僕を貴女の軍師としてくれませんか?」
そんな唐突な言葉に戸惑うルキナに、ロビンは続けた。
その眼差しは、どこまでも真摯で、こんな絶望の世界では眩しい位の誠実さと意志の力に溢れていて。
そして、何故だか泣き出したい位の優しさに満ちていた。
「僕ならば、貴女の理想を叶えられる。
貴女が望むならば、僕は貴女が救いたいものを、民を、国を、世界を、救ってみせましょう。
貴女一人では手の届かぬ望みを、貴女の手に届かせてみせます。
僕ならば、貴女の傍を離れず、どんな時も貴女の為に在りましょう」
だから、とロビンは言う。
「僕を、貴女の軍師にして下さい」
ロビンの望みに、ルキナは──
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屍兵を残らず殲滅した事を確認して、ルキナ達は漸く一息つく。
そして、この村唯一の生存者である男は、ルキナに恭しく頭を下げてから、助けて貰った礼を言ったのであった。
男……いやロビンは、元々はイーリスの民では無いそうだが、軍師としての修業の為に各地を巡る旅を続けていて。
そして、自分の軍師としての才を人々の役に立てるべく、人々に残された最後の生存圏であるイーリスを訪れたのだと言う。
軍師……。
その言葉でルキナの胸に去来するのは、最早顔すら思い出せなくなっている、父の半身とすら言われた男の事だった。
ペレジアとの戦も、ヴァルム帝国との戦も。
圧倒的に不利な状況下で、決して少なくない犠牲を出しながらも勝利を収め続けた稀代の名軍師。
クロムと共にイーリスの英雄と謳われた者。
父であるクロムと共に世界の命運を賭けた戦いの中で命を落としたとされている……だが一部では彼が父を裏切ったのだとも言われている男。
その名前は、ルフレ。
ルキナがまだ幼い頃、……父も母も健在で、多くの人から見守られた幸せな時間を過ごせていたあの頃。
彼とは親しくしていた……と、もう今は亡き母や臣下達から幾度と無く聞いている。
だがもう、ルキナは『ルフレおじさま』の事を何も思い出せない。
その顔も、その声も、何も。
彼がどう言う風にルキナに接していたのか、彼がどんな微笑みをルキナに向けていたのか、彼がどんな声でルキナに語り掛けていたのか…………。
何も、何も…………。
きっと、大切な思い出であったのだろうとは思う。
だけれども、この絶望に満ちた世界は優しい思い出を抱えて生きていくには過酷過ぎて。
彼がこの絶望を招いた張本人であるかもしれない、と言う可能性もあってか、ルキナは彼との思い出を記憶の棚奥の、ルキナですら触れられない場所へと押し込めて、忘却と言う名の鍵を掛けてしまっていた。
彼と共に戦った戦友が皆命を落とした今、最早イーリスには彼を知る者は一人も残っていない。
そんな記憶の隅に名前だけ存在している彼と、目の前のロビンが、軍師と言うだけで僅かに重なる。
……まあ、彼とロビンでは歳が離れ過ぎているから、全くの別人ではあるのだけれども。
ルキナは、ロビンにこれからどうするのかを尋ねた。
イーリスに保護を求めるのか、それともまた旅を続けるのか。
すると、ロビンは恭しくルキナに頭を下げた。
「ルキナ王女。
僕は貴女に仕えたい。
貴女の軍師となり、この世界の未来に希望を与えたいのです。
だから、僕を貴女の軍師としてくれませんか?」
そんな唐突な言葉に戸惑うルキナに、ロビンは続けた。
その眼差しは、どこまでも真摯で、こんな絶望の世界では眩しい位の誠実さと意志の力に溢れていて。
そして、何故だか泣き出したい位の優しさに満ちていた。
「僕ならば、貴女の理想を叶えられる。
貴女が望むならば、僕は貴女が救いたいものを、民を、国を、世界を、救ってみせましょう。
貴女一人では手の届かぬ望みを、貴女の手に届かせてみせます。
僕ならば、貴女の傍を離れず、どんな時も貴女の為に在りましょう」
だから、とロビンは言う。
「僕を、貴女の軍師にして下さい」
ロビンの望みに、ルキナは──
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