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END【たった一つの、冴えたやり方】

◇◇◇◇◇




「なに、を……」


 言葉が、続かない。
 ロビンが何を言っているのか、何故そう願うのか。
 理解出来ないし、それを頭が拒否する。

 そんなルキナに、ロビンは。
 哀しそうに、微笑んだ。


「『僕』は、ルキナさんに『ギムレー』の手の者であるのか、と言われた時に、否定はしませんでした。
 …………でも、それは正しくは、無かったんです。
『僕』、は……。
 ……僕こそが、『ギムレー』、なんですから……」


 そう言って、「黙っていて、ごめんなさい」と。
 頭を、下げる。


「そんな、何で……、だって……」


 何が言いたいのか、何を言うべきなのか。
 ルキナ自身にも、もう分からなかった。
 ただただ。
 ロビンの言葉を理解出来なくて、理解したくなくて。
 ロビンが「冗談ですよ」と言ってくれる事を、期待して。
 でも、ロビンの眼差しは、真剣そのもので。
 そして、心の何処かでは。
 ロビンの言葉を静かに聞いてしまっている自分が居る事に、ルキナは気付いてしまった。



「『僕』は『ギムレー』です。
『僕』が、貴女から沢山の『幸せ』を奪ってしまった……。
『僕』が、貴女の大切な父親を、クロムさんを殺しました。
『僕』が、貴女の大切な人であったルフレを殺しました。
『僕』が、貴女の大切な人達を、殺しました。
『僕』が、貴女の仲間達の大切な人を、殺しました。
『僕』が、貴女が守るべき世界を、絶望に陥れました。
『僕』が、貴女を戦いの運命へと引き摺り込みました。
『僕』の、所為で……。
 貴女は、傷付き苦しみ、重荷に潰されそうになって。
 それでも立ち止まる事も出来ずに、戦い続けなくては、ならなくなったんです」


 苦しそうに、哀しそうに。
 ロビンは、そう吐き出す。
 その顔は今にも泣き出しそうな程に哀しみに沈んでいた。


「『僕』の、所為です。
 全て、何もかも……『僕』の所為なんです。
『僕』が、『僕』の存在こそが……! 
 貴女を、何よりも傷付け、苦しめてしまっていた……」


 心から悔いる様に、ロビンは慟哭する。
 魂を傷付け吐き出している様なその叫びに。
 ルキナも胸を締め付けられた。


「ロビンさんが、『ギムレー』だと言うのなら……! 
 どうして、どうして……! 
 私に『宝玉』を集めさせたりなんかしたんですか……! 
『覚醒の儀』を行わなければ、『ギムレー』を傷付け得る手段なんて、何処にも存在しないのに……」


 そうだ、ロビンが『ギムレー』であると言うのなら、そんな事をする筈が無いのだ。
 有り得ない、有り得ないのだ。
 だから、ロビンは、『ギムレー』なんかではなくて。
『ギムレー』に操られて、ルキナの心を傷付ける為だけに、そう言わされてるだけなのだろう……。
 だって、これでは。
 ロビンが『ギムレー』であると言うのなら。
 これまでのロビンの行動は……それは……。
『ギムレー』が、自ら死のうとしているみたいでは──


「だからこそ、ですよ」


 ロビンは哀しそうに俯いた。
 そして、両手で顔を覆って、その心の全てを絞り出す様な声で自らの想いを吐露する。


「『僕』が『僕』である内に。
 貴女を愛しいと『想う心』が、『ギムレー』としての本性を抑え込めている内に。
『僕』は、『僕』を止める必要が、有りました。
 ……『僕』の意志だけで、『ギムレー』を殺せるのなら……。
 貴女を傷付けると分かっているこんな方法を取る必要も、無かった……」


 だけれど、と。
 苦しそうに、ロビンは続ける。


「『ギムレー』の中の人格の一欠片に過ぎない『僕』では。
『僕』がどんなに本来の『ギムレー』から乖離してしまっているのだとしても……。
『ギムレー』を殺しきれない、消滅させられない。
 そして、このまま『ギムレー』に侵食されて『僕』が消えてしまえば……、きっと、『ギムレー』は貴女を……」


 その先は言葉にはならず、微かにその唇を震わせただけであった。
 そして「ごめんなさい」と、ロビンは力なく呟く。


「『僕』が『僕』である内に、ナーガの力が完全に解放されたファルシオンで『僕』を殺せば。
『ギムレー』は完全に消滅します。
 もう、二度と、復活する事も有り得ない。
 ……全て、終わらせる事が、出来るんです。
 そして、その機会は、もうこれが最後なんです……」


 どう言う事なのだ? 
 ロビンは何を言っているのだ? 
 どうして、『ギムレー』が自ら死を望んでいる様な事を言っているのだ。
 だって、ロビンは、人間なのに……。

 そう言い掛けたルキナに、ロビンはそっと首を横に振る。


「『僕』は、人間じゃ、ないんです。
『ギムレー』が人間のフリをして、貴女と接している内に、何時の間にか『ギムレー』の中に生まれていた、ただの人格の仮面……、『偽り』の存在……。
 それが、『ロビン』と言う存在の。
 今、貴女と話している『僕』の、正体なんです……」


 違うのだと、自分は人間としては在れないのだ、と。
 ロビンは悲痛な声で話す。


「『僕』は、『ギムレー』だ。
 どんなに貴女を大切に想っていても、どんなに貴女を愛しく想っていても……! 
 それでも、『僕』は、『ギムレー』以外には、なれない……」


 その叫びは、心からのモノで。
 だからこそ、ルキナは問わずにはいられなかった。


「ロビンさんが『ギムレー』なんだとしても……! 
 そして、『ギムレー』の中の人格の一つなのだとして……! 
 ここに居るロビンさんが、それを望むのなら……! 
 共に生きていけるんじゃ、ないんですか……」


 分かっている。
 ルキナだって、本当は、分かっているのだ。

『ギムレー』としての本性がどうであれ。
 ロビンは。
 少なくとも、ルキナをずっと支え導き、共に居てくれた、ルキナの『半身』は。
 ルキナを傷付けた事なんて一度たりとも無かったし、全てを擲ってルキナを守っていた。
 そんなロビンが。
 ルキナをこの上なく傷付ける様な、こんな『お願い』を。
 何の意味も理由も無く、してくる筈がない事位は、分かっている。

 ロビンを苦しめ、苛んでいたモノは。
 それは間違いなく『ギムレー』だったのだろう。
 そう、ロビン自身がその身の内に抱える、『ギムレー』としての本性。
 それが、ロビンを蝕んでいたのだ。


「……そうであれば、どんなに良かったか……。
 だけれど、『僕』は……もう、持たないんです。
『ギムレー』から乖離し過ぎた『僕』は……。
 遠からず『ギムレー』の本性に全て呑み込まれ、完全に消えてしまう……。
 こうして話している間にも、『ギムレー』の本性は、貴女を傷付けようと、『僕』の中で荒れ狂っている……。
 貴女を想う気持ち一つで、何とか『僕』として踏み止まっているだけなんです」


 ルキナの言葉に静かに首を振って。
 泣き笑いの様に、ロビンは顔を歪めた。


「……少しずつ、少しずつ。
 今この瞬間にも。
 貴女と過ごした時間が、消えていっているんです。
 貴女と過ごした時に感じた想いが、欠けていってしまっているんです。
 貴女の事が何よりも大切なのに、何よりも愛しいのに……。
 段々、愛しいと感じるこの『心』ですら、……消えていってしまって……。
 何時か、貴女を想う『心』が完全に喪われれば、『僕』は……『ロビン』と言う人格は、消えます……。
 そして、きっと、その時は……。
『ギムレー』は、貴女を殺そうと、するでしょう。
 その時にはもう、『僕』は貴女を守る事も、出来ない……」


 だからこそ、と。
 ロビンはルキナに嘆願する。

 その表情は苦しみと哀しみに歪んでいるが、その眼差しには何者にも……『ギムレー』にすらも侵されない、強い強い意志の輝きが灯されていた。
『愛』しているからこそ。選ばねばならないのだと。
 その選択は、苦しくて、辛くて、哀しくて、それでも。
 そこに、ルキナを……最愛の人を守る術があるのなら、と。
 ロビンの眼差しは、そんな決意に満たされていた。


「『僕』は、貴女を傷付ける者全てから、貴女を守ります。
『僕』の全てを捧げても、何を引き換えにしても……! 
『僕』が、『僕』である内に。
 貴女を守れる内に……! 
『僕』は……! 
 それが、『僕』が、消えた後なのだとしても……。
『僕』は、ルキナさんを、絶対に殺したくない……っ。
 だからどうかその前に、『僕』を、殺して下さい……」


 殺してくれと、そう心から願うロビンを前にして。
 ルキナは──。

 手に固く握りしめていたファルシオンを、取り落とした。

 そんなの、選べる訳が無い。
 だって、そんな事は……。


「貴方を、この手で殺せと……。
 そう、言うんですか……? 
 私は、貴方を助けたくて、貴方と共に、生きたくて……。
 だから、ここまで……。
 それ、なのに……」


 そう願い進み続けた結末が、これなのか。
 世界で一番愛している相手を。
 たった一人の、何よりも大切な『半身』を。
 この手で、殺す事が。
 ルキナに与えられた、運命だとでも、言うのか。

 もう、涙で前が見えない。

 ロビンの言葉を、想いを。
 分からない訳じゃなかった。
 痛い程に理解してしまったから……。
 だからこそ、ルキナは選べないのだ。

 誰よりも愛しているのに。
 何よりも、大切な人なのに。
 何と引き換えにしても守りたいのに。

 愛しているからこそ。
 守りたいからこそ。

 ルキナがこの手で。
 殺さなければ、ならない。
『ギムレー』を討つ力を持つファルシオンを扱えるのは。
 もうこの世には、ルキナしか……居ないから。


「ルキナさん、お願いです。
 ……『僕』の、たった一つの『お願い』を。
 どうか、叶えて下さい……」


 地に取り落とされたファルシオンを拾い上げて。
 ロビンは、それをそっと優しくルキナに手渡す。
 その仕草の一つ一つに、ルキナへの思い遣りが溢れていて。
 だからこそ、ルキナは言葉すらも無くしてただただ涙を溢す事しか出来ない。

 分かっている。
 分かっているのだ。
 それしか、もう方法が無いのだと。
 それが、最善の道なのだと。
 それを、選ぶべきなのだと。

 ここでルキナが決断しなければ。
『ロビン』は完全に『ギムレー』に呑み込まれて消え、ルキナは『ロビン』を永遠に喪う。
 そして、『ギムレー』は、ルキナを殺そうとするだろう。
 ……ロビンの姿をした『ギムレー』を、ルキナは、きっと。
 それが最早『彼』ではないのだと理解していても、そこに『彼』の面影を見てしまえば、絶対に討てない……。
 そして、ルキナは殺され、世界は滅びてしまうだろう。
 ここでルキナが決断して『ロビン』を殺せば。
『ロビン』がルキナを殺す様な最悪の結末は訪れず、『ギムレー』も完全に消滅するのだ。
 世界だって、救われる。

 選んでも、選ばなくても。
 ルキナが『ロビン』を喪う事だけは、……一番受け入れたくないそれだけは、絶対に変えられない……。
 ならば、どうするべきかなんて、誰に諭されるまでもなく、ルキナだって分かっている。
 だけど…………。


「ルキナさん」


 泣き腫らすルキナの頬を、その涙にそっと指先で触れる様に、ロビンが優しく撫でる。
 頬を零れ落ちる涙を優しく拭い、ロビンは優しく微笑んだ。
 そして、そっとルキナを抱き締める。


「『僕』を殺す事が辛いのなら。
『僕』は貴女から、『僕』との記憶を奪いましょう。
 そうすれば、貴女を苦しめずに済むのなら、『僕』は……」


 それはロビンの優しさが故の提案だったのだろう。
 それは、分かる。
 だけれども、ルキナはそれだけは受け入れられなかった。


「いやです、それだけは、絶対に、嫌です……! 
 私から、貴方との思い出を、貴方への想いを、貴方の存在を、奪わないで……! 
 どれも、大切な、私の宝物なんです。
 貴方と過ごした全ての時間が……。
 その思い出がどんなに苦しくても、どんなに辛い物であっても、その全てが……大切なものなんです……! 
 だから……」


 そう懇願すると、ロビンは驚いた様に目を見開いて。
 哀しそうに微笑んで、申し訳なさそうに頭を下げた。


「すみません、ルキナさん……。
『僕』は貴女をより傷付けてしまう所だったのですね……」


 そして、柔らかく抱き締めたままルキナの背を優しく擦る。
 その手はあまりにも、優しくて。
 この手を喪ってしまう事が、耐えられない。
 なのに、ルキナは……。


「でも、有り難うございます。
『僕』との時間を、宝物だと言ってくれて……。
 これ以上なんて無い……『僕』にとって最高の、餞です。
『僕』も、貴女と過ごした全ての時間が、……もう思い出せない時間も含めて、何よりも愛しい。
 だから……」


 ロビンは、ルキナの唇に触れるだけの優しいキスを落とす。


「『ギムレー』に、これ以上貴女との思い出を、貴女への『想い』を、『僕』の宝物を。
 奪われてしまう前に、『僕』を救って下さい。
 ルキナさんは、『僕』を殺すんじゃない。
『僕』を救う為に、ファルシオンを使うんです……」


『ロビン』を、救う為に……。

 その言葉に、ルキナはファルシオンを握り直した。

 迷いが消えた訳ではない。
 躊躇いはまだ胸の内にある。
 他の方法は無いのかと、心は慟哭を上げている。
 だけれども。

 これが。
 こんな事が。
 こんな事でしか。
『ロビン』を救えないと言うのなら。
『ロビン』が、その救いを望むと言うのなら。

 ルキナが再びファルシオンを握り締めたのを見て、ロビンは抱き締めていた身体を離す。
 そして、それを受け入れる様に。
 優しく微笑みながら、両手を広げた。



「お願いします、ルキナさん……」



 ルキナは、ロビンの顔を見ていられなかった。
 ファルシオンを構えて、慟哭を上げながら、ロビンの胸に飛び込んだ。

 そして──

 ファルシオンの切っ先が、何かを貫いた感触と共に。
 ルキナは優しく抱き締められる。



「有り難う、ございます。
 そして、ごめんなさい……。
 貴女に、こんな辛い役目を、任せてしまって……」


 ファルシオンの切っ先は、過たずロビンの胸を貫いていた。
 ルキナが震えるその手を離しても、ファルシオンはロビンの胸に突き刺さったままで。

 それなのに、ロビンは。
 穏やかで優しい微笑みを、ルキナに向けていて。
 その眼差しは、ただただルキナを気遣っていた。
 優しい手が、震えるルキナの背を慈しむ様に撫でる。

 サラサラと。
 まるで血が零れ落ちる代わりの様に。
 ロビンの身体が端から、砂の様に崩れ落ち始めていて。
 崩れ落ちた端から世界に溶ける様に消えてしまう。
 その崩壊の速さは、徐々に加速する様に進んでいって。
 それなのに、ロビンは幸せそうに微笑んでいる。


「貴女を、守り抜く事が出来て、……良かった。
 だからどうか、泣かないで下さい。
『僕』は、貴女に救われたんですから……。
 だから、どうか……。
『幸せ』に、なって下さい……」


 ロビンの優しい【呪い】の様なその言葉に、ルキナは力無く首を横に振った。


「私に、幸せになってと、望むなら……! 
 どうか、逝かないで下さい……! 
 私の傍に、ずっと、ずっと居てください……! 
『ギムレー』を討ったって、世界が平和になったって……! 
 そこに、あなたがいなかったら、なにも……」


 意味が無いのだと、ルキナはそう続けたいのに。
 そう言ってやりたいのに。
 溢れる涙で、声がもう出ない。
 ただただ嗚咽が溢れるばかりだ。

 そんなルキナを、優しくあやす様にロビンは抱き締めた。
 崩れ落ちるその身体からは次第に温もりが消えていく。


「『僕』も、叶うなら……。
 貴女の傍に、ずっと居たかった。
 貴女の軍師として、貴女の『半身』として、共に。
 同じモノを見て同じ時を過ごして……。
 そして、一緒に歳を重ねて行きたかった……」


 絶対に叶わない夢を、永久に叶わない想いを。
 ロビンは夢を見る様に優しく語る。


「もしも『僕』が『ギムレー』でなければ。
 貴女と共に在れる存在であったなら。
 叶った願い、なんでしょうかね……」


 そうだったら良いのにな、と。
 ロビンは呟いた。


「もしも、また、遠い遠い時の果てで。
 ……そこで貴女とまた出逢う『奇跡』が叶うなら。
 その時は。
 今度こそ、貴女の傍に、ずっと居たいですね……」


 そう溜め息を溢すように、叶わないと知りながらも殺せなかった、願いの様な想いを語るロビンの身体は。
 もう今にも、夕焼け空の中にその全てが溶けて消えてしまいそうだった。



「さようなら、ルキナさん。
 ずっと、ずっと『愛』して、います。
 だからどうか、『幸せ』に──」



 優しいキスをルキナの額に残して。
 ロビンは、消えてしまった。

 ルキナの身体を包んでいた温もりは、もう何処にも無い。
 振り返っても、何れ程名前を呼んでも。
 もう、ロビンは何処にも居ない。

 ロビンが居た場所取り落とされたファルシオンだけが、彼が其処に居た証になっていた。


 夕日が沈み行く山頂には。
 ロビンの温もりが残された身体を抱き締めながら。
 天を仰ぎ慟哭するルキナ独りが、残されたのであった……。




◇◇◇◇◇
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