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END【たった一つの、冴えたやり方】

◇◇◇◇◇




 山頂に降り立つと、静謐な清涼さを湛えた空気と、厳かに佇む祭壇がルキナを出迎える。
 やっと、ここに辿り着いたのだ、と。
 深い感慨がこの胸の内に湧き起こるが。
 まだ、ここからなのだと。
 ルキナは決意を新たにする。

『覚醒の儀』を行って、それで終わりではない。
『ギムレー』を討たねば、世界を救う事は出来ないし、ロビンを助ける事も出来ないのだ。

 祭壇へと意気込みも新たに進もうとするルキナとは反対に、ロビンの足取りは重い。
 そして、祭壇の入り口の手前で、ロビンは立ち止まった。


「すみません、ルキナさん。
 僕は、ここで待っていても良いですか?」


 何処か辛そうにそう言ったロビンに、少し戸惑いながらもルキナは頷いた。
 …………ここから先は、真に神竜ナーガの領域とも言える場所だ。
 幾らもうそれを裏切っているとは言え、本来は『ギムレー』の側の存在であるロビンには、辛いものがあるのだろうか。
 それに、『覚醒の儀』に人手は不要なのだ。
 だから、ここで待っていたいとロビンが言うのであれば、それに反対する理由も意思も無かった。

 一人祭壇の内部へと足を踏み入れたルキナは、最奥に設けられた祭壇に完成した『炎の紋章』を捧げる。
 そして、代々伝わる誓詞を述べた。


「神竜ナーガよ……我、資格を示す者。
 その火に焼かれ、汝の子となるを望む者なり。
 我が声に耳を傾け、我が祈りに応えたまえ……」


 その誓詞を捧げると共に、激しい焔がルキナの身を包んだ。
 焔に包まれる痛みに耐えルキナは一心に祈りを捧げ続ける。

 どうか、私に『ギムレー』を討つ力を……! 
 私に、ロビンを救う為の力を……! 

 痛みに耐えながら祈りを捧げ続けていると。
 焔が何れ程の時間、己の身を包んでいたのかはルキナには分からないが。
 ふとした瞬間に、その焔は掻き消えた。
 そして──


『【覚醒の儀】を行いし者よ……。
 我が炎に洗われた心に残った願いは、ギムレーを討つ力を欲す──。
 我が炎にも焼き尽くされぬ強きその想い、確かに私に届きました』


 フワリと。
 虚空から、静謐な気配を纏った存在が姿を現した。
 神竜教の教会の絵姿で何度か目にした事があるその姿は、まさしく神竜ナーガそのものであった。


『その願いに応え、力を授けましょう。
 私の加護を受けた貴女は……我が牙……ファルシオンの真なる力を引き出す事が出来ます。
 その剣があれば、私と同じ力を使う事が出来ましょう』


 待ち望んでいたその言葉に、ルキナはやっと一つ成し遂げたのだと打ち震える。
 後は、『ギムレー』を討つだけだ。
 そうすれば、世界は救われ、ロビンを『ギムレー』に蝕まれる苦しみから解放出来る。
 やっと、ロビンを救ってやれる。


「これで、……これで、やっと……。
『ギムレー』を討ち滅ぼす事が……」


 出来るのだ、と。
 やっと、ロビンをこの手で救えるのだ、と。
 そう感極まって呟いたルキナに。
 ナーガは静かに首を横に振った。


『いいえ、ギムレーを滅ぼす事は出来ません』


 全ての前提を覆しかねないその言葉に、ルキナは瞠目する。


「そんな、貴方は神竜ナーガなのでは……。
 力を、授けると……」


 それに、千年前に。
 初代聖王に力を授けて、『ギムレー』を討ったのではないのか、と。

 混乱するルキナに、ナーガは滔々と説明する。

 強大な力こそ持ってはいるが、ナーガは神ではなく、そして万能な万物の創造主でも無い。
 故に、ナーガと同格の存在である『ギムレー』を滅する事は出来ない……正確にはその方法が分からない。
 だけれども、人の身では封じる事も復活を阻止する事も出来ぬ『ギムレー』を、千年封じる事ならば出来るのだ、と。

 そう、ナーガはルキナに述べた……。

『ギムレー』を封じれば、今全てを滅ぼさんとしている絶望から世界を救う事は出来るのだろう。
 千年前に、初代聖王がそうした様に。
 例え千年の後に再び『ギムレー』が甦る事を避けられないのだとしても。
 千年間の平穏を、与えられるのだ。
 そして、千年後の人々が、『ギムレー』に抗えないと決まっている訳ではない。
 だからそれが決して無為な事では無いのは、分かっている。

 だが、ロビンは。
 ロビンは、どうなるのだろうか……。
 封じられていれば、『ギムレー』がロビンを苛む事は無いのだろうか。
『ギムレー』を滅ぼせないのだとしたら。
 ロビンは、ルキナの元を去ってしまうのではないか、と。


「本当に、『ギムレー』を滅ぼす方法は、無いのですか……?」


 僅かな希望を求めて、ルキナはナーガに訊ねた。
 それが何れ程困難な事であるのだとしても、何れ程低い可能性であるのだとしても。
 完全に『ギムレー』を滅する方法が、あるのかもしれないのなら。
 ルキナは、それを選ぶつもりであった。

 だが、ナーガはゆるゆると首を横に振る。


『あるとすれば、それは。
 ギムレー自身が、消滅を望んだ時でしょう……』


 つまりは、自殺。
『ギムレー』の意志がそれを望まない限り、彼の存在を滅ぼす事は出来ない。
 ……『ギムレー』が自ら死を望む事など有り得ないだろう。
 万が一にもそんな事があるのだとしても、それならとっくに『ギムレー』は自ら命を絶っている。
 ルキナ達が何をした所で『ギムレー』に自ら死を選ばせる様な事は不可能であるし、そんな事がもし可能なのだとしても『ギムレー』の心変わりを待つ様な時間は世界には残されていない。
『ギムレー』に死を与える事は不可能だ。
 ……ルキナに残された方法は、『ギムレー』を封じる事だけであった。
 嘆いていても、仕方は無い。
 やれるべき事を、成せる事を。
 ルキナは成さねばならないのだから。

『覚醒の儀』は、終えたのだ。
 外で待っているロビンの為にも一度此処を出る必要がある。
 何よりも、ルキナはロビンの顔を見て安心したかった。

 何をどう話せば良いのかはまだ分からないが。
 もしかしたら、ロビンなら何か良い手を示してくれるかもしれない。
 そうでなくとも、ロビンが傍に居れば、この何処か遣り切れない思いも鎮まってくれるであろうから。



 祭壇を立ち去るルキナをナーガは憂う様な眼差しで見詰めている事に、ルキナが気付ける筈も無かった。




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