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END【たった一つの、冴えたやり方】

◇◇◇◇◇




『竜の祭壇』から『黒炎』の奪還に成功したルキナ達だが、直ぐ様『虹の降る山』へとは向かわなかった。
『竜の祭壇』での出来事の影響なのか、ロビンが酷く弱ってしまっていた為、『竜の祭壇』から程好く離れた場所にあった、まだ人が住める建物が残されたオアシスの畔の廃村で、暫しの休養を余儀無くされたのだ。

『竜の祭壇』内部に留まっていた時と比べると、遥かに良くはなっているのだが。
 それでもロビンが『何か』に苛まれる事が無くなる事は、無かった。

 ……ロビンを苦しめ苛んでいるモノが『ギムレー』であるのならば。
 彼の邪竜を討たない限り、ロビンがその苦痛から解放される事は無いのだろう。
 根本的な解決の為には、一刻も早く『虹の降る山』で『覚醒の儀』を行う必要がある。
 だが、少なくとも。
 ロビンが満足に動ける様に回復するまでは、ここで休む必要があった。

 砂漠の夜は、寒い。
 その寒さはフェリア程では勿論無いのだけれども。
 熱を地に留めておく草木などが何も無いが故の寒さは、雪と氷に閉ざされたフェリアの凍り付く様な寒さとはまた少し違った辛さがある。

 ロビンに寄り添う様にして、ルキナはここに来て四度目の夜を過ごしていた。

 この廃村に辿り着いた時は今にも倒れてしまいそうだったロビンも、四日も経てばかなり回復してきていて。

「明日の朝には『虹の降る山』へ向けて出立出来そうです」、と。
 ここで足止めさせてしまって申し訳無いとでも言いたそうに、ロビンはそう言った。
 ルキナとしては、もっと休養に当てても良い位なのではあるけれど。
 ロビンを助けるには『覚醒の儀』を行わなければならないので、どの道急いで『虹の降る山』へと向かう必要はあった。

 二人きりで過ごす時間は、本当に穏やかで……。
 とても心地好く、幸せな時間がゆっくりと流れていた。
 だが、こうやって穏やかな時間を過ごせるのは、少なくとも『覚醒の儀』を終えるまでは今夜が最後なのだろう。
 だから、それを少し惜しみながらも……。
 そして、全てを終わらせたら、ロビンとこんな時間を沢山過ごせる筈なのだから、と。
 ルキナは、最後の穏やかな夜を、噛み締める様に過ごす。
 そして……。


「ロビンさんは……」


 これを訊ねるべきなのか、訊ねても良いものなのか。
 そう少し迷いながらも……。
 ルキナは、ずっと訊ねたかった事を、ロビンに訊ねる。


「ロビンさんは、どうして、私を助けてくれるんですか? 
 どうして、ここまでして私の為に……」


『何か』……恐らくは『ギムレー』に苛まれながら、その苦痛に耐えながら。
 どうして、ロビンはここまでしてルキナを助けようとしてくれるのだろうか。

 ロビンが元々は『ギムレー』側の存在である事はもうルキナも知っているし、ロビンもそれは否定はしなかった。
 右手に刻まれていた痣を見てしまったのだと明かした時には、驚いてはいたが。
 それでも、ロビンはルキナの元を去ろうとする素振りは見せなかった。
 それに安堵して。
 だからこそ、ルキナは訊ねずには居られなかった。

 本来は、相容れない筈だったのだ。
 ルキナは神竜ナーガ側の人間で、ロビンは邪竜『ギムレー』側の人間なのだから。
 それなのに、ロビンは『ギムレー』を裏切ってまで、ルキナに尽くしている。
 命懸けで、身も魂も削る様にして。
 泣き言一つ溢す事も、弱音一つ吐く事も無く。
 自分の何もかもを捧げる様に……。
 どうして、そこまでの献身をルキナに捧げてくれるのだろうか、と。
 そう、思わずには居られない。


 ルキナの問い掛けに、ロビンは穏やかに目を瞬かせる。
 そして、フワリと。
 優しい優しい笑みを浮かべた。


「ルキナさんの事を、『愛』しているから、ですよ」


 静かに、ロビンはそう答える。
 そこに、嘘偽りは、無くて。


「本来ならば、『僕』には貴女を愛する資格なんて無いのでしょう……。
 それでも、『僕』は、この『想い』に、この『心』に。
 嘘なんて、吐けない。
 この世の何よりも、この世の誰よりも。
 貴女を愛しいと思うこの『心』は、『偽り』なんかではない。
『僕』が『僕』である限りは、何があろうとも、何れ程の時が経っても、この『想い』は絶対に変わらない……」


 触れ合った指先から伝わる柔らかな温もりが、ルキナの心へと沁み渡る。
 ルキナを見詰めるその紅い瞳には、何処までも優しく穏やかな想いが満ちていて。

 貴女を、『愛』しているのだと。
 どんな言葉よりも雄弁に。
 それを向けられたルキナが泣き出してしまいたくなる程に、ロビンの『心』を、その『想い』を。
 何一つ余すことなく、伝えていた。


「『僕』の全てを賭けてでも、『僕』が差し出せる全てと引き換えにしてでも。
 貴女を傷付ける全てから、貴女を守りたくて。
 貴女の意志を心を踏み躙ろうとする全てから、貴女のその『心』を守りたくて。
 貴女には、思うがままに、望むがままに、在るがままに、『幸せ』になって欲しくて……。
 その為ならば、『僕』は。
 何だって、出来るのです……」


『ギムレー』に苛まれる事を承知の上で、『ギムレー』に背いてまでこうやってルキナを助けていたのも。
『覚醒の儀』の為に、『炎の紋章』を完成させようとしてくれているのも。
 全ては、ルキナを想うが故であると。

 そのロビンの言葉に、その想いに。
 ルキナの胸に、苦しくなる程の想いが溢れた。

 大好きで、大切で、愛しくて。
 ルキナのロビンへの想いも、決して偽りではないし軽くもないけれど。
 こんな、ここまで純粋で、ここまで真っ直ぐな想いを。
 ルキナは、ロビンに返せているのであろうか。
 何もかもを捧げる様なこの献身に、ルキナは応えてあげられているのだろうか。


「私も、……私も貴方の事が、大切なんです。
 誰よりも、貴方の事を想っています。
 愛して、います」


 ルキナには、救わねばならない世界がある。
 果たさねばならない、使命がある。
 ルキナはルキナ自身の意志で、それを全うする事を何よりも優先するだろう。
 だけど。


「世界を救った後に、其処に貴方が居なくては、意味がない。
 だからこそ、絶対に。
 私に、『幸せ』になって欲しいと願うのなら。
 何処にも行かないで下さい。
 ずっとずっと、私の傍に……。
 私だけの軍師で、私の『半身』として、ずっと一緒に……。
 この世界で一番、貴方の事を、愛しています」


 ルキナはロビンの右手をそっと両手で取る。
 そして、そこに刻まれた『ギムレー』の烙印を手袋越しに包む様に、その手を繋いだ。

 愛している。
 ロビンを、心から愛しているのだ。

 例えロビンが、『ギムレー』の側の存在であるのだとしても、そんな事はもう関係無い。
 自分が在るべき在り方を全てを投げ捨てて『ギムレー』を裏切ってでも、ロビンはこうしてルキナの傍に居る事を望んでくれるのだから。
 ロビンは『ロビン』としてルキナの傍に居る事を望み選び、そしてルキナもそれを求めたのだ。

 例え誰がロビンの存在を許さないのだとしても。
 ロビンがルキナの傍に在る事を、自分達以外の誰もが糾弾するのだとしても。
 ルキナは、彼を排斥する全てから守り続ける。
 未来永劫、ルキナの『軍師』は、ルキナの『半身』は。
 ロビン、ただ一人だけなのだから。
 愛しい人を奪おうとする全てと、戦う覚悟がルキナにはあった。


 ロビンの優しい眼差しと、ルキナの視線が絡み合う。
 ロビンの左手が、ルキナの頬を優しく撫でて。
 ルキナの右手が、ロビンの身体を抱き締める。
 そして、ゆっくりと。
 この瞬間を永遠のものにするべく互いへ刻み付けようとするかの様に。
 二人の唇が静かに重なりあうのであった……。




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