第五話・B『在るがままに愛しき人へ』
◇◇◇◇◇
仲間達と別れて程無くして、ルキナ達は押し寄せる砂に埋もれる様に佇む神殿から『炎の台座』を取り返した。
かつて、先々代の聖王であったエメリナが暗殺された際に奪われてしまっていたイーリスの国宝は、今漸くイーリスの民の元へと還ってきたのだ。
『白炎』の奪還をセレナ達に託した今は、残すは『碧炎』と『黒炎』のみ。
後少し、後少しで。
やっとルキナは、自分に託された『希望』を世界の未来へと繋ぐ事が出来るのだ。
『緋炎』と『蒼炎』を納めた『炎の台座』……いや不完全ながらも紛れもない『炎の紋章』を抱き抱えて。
ルキナは、ここまで辿り着いた事に、そしてそこまで自分を導いてくれたロビンに、止め処無い感謝を抱いていた。
ロビンが居なくては、ここまで来れなかった。
ロビンが、ここまで自分を連れてきてくれた。
その事を何度も何度も噛み締めて、ルキナはその度にとても言葉では伝えきれない想いを、ロビンに感じる。
ルキナはロビンを支えられているだろうか?
ロビンの『半身』であれているのだろうか。
ルキナは、何が在ってもロビンの手を離さないと誓った。
ロビンは、何を賭けてでもルキナを守ると誓ってくれた。
ロビンは、その誓いを守ってくれているけれど。
ルキナは、自分の誓いを守れているのだろうか。
確かにルキナはロビンの傍にいる。
そしてロビンと繋いだその手を、絶対に離さないだろう。
だけれども……。
ロビンを苛む『何か』が、日増しに強くなっているのを、ルキナも感じていた。
夜眠るルキナの横で、ロビンは時折『何か』に必死に耐える様な小さな苦悶の声を溢す事がある。
ロビンが胸を押さえて『何か』に必死に抗おうとしている事もある。
一体『何』がロビンを苦しめているのか、苛んでいるのか。
ルキナには、分からない。
何度訊ねても、ロビンは決して話してはくれなかった。
そして、決まってこう言うのだ。
「『僕』は、大丈夫です。
ルキナさんが傍に居てくれるなら、『僕』は絶対に貴女を守ってみせます。
『覚醒の儀』が成功すれば、『全て』終わるんです」……と。
『覚醒の儀』を成し遂げれば、ロビンを苦しめている『何か』から、ロビンを解放出来るのだろうか?
ならば、ロビンを苦しめているモノとは……。
……ルキナは、ロビンを苦しめているその『何か』に対して、ある種の確信を持っていた。
ルキナは、この『宝玉』奪還の旅を始めてから一度だけ。
ロビンが何時如何なる時も決して外さない右手の手袋の下を、見てしまった事があった。
……あれは、『炎の台座』を奪還した時の事だ。
追っ手の屍兵が放った矢からロビンがルキナを庇った時。
放たれた矢が、矢を避けようとしていたロビンの右手の手袋を切り裂いた。
その下に隠されていたモノをルキナが目にしたのはほんの一瞬だけであったが。
そこにあったモノ。
三対の目を模したかの様な……まるで何かの烙印の様な痣。
それは、ルキナの目にハッキリと焼き付いていた。
最早信徒の誰もが邪竜へとその命を生け贄として捧げてしまった為に、既に壊滅してしまったとされるかつてのギムレー教団。
その、象徴とされていた紋章に酷似したそれは。
そしてそれがロビンの右手の甲に刻まれている意味は……。
…………。
だけれども、ルキナはその推測をロビンに話す事が、出来なかった。
その右手に刻まれた痣を、見てしまった事も含めて……。
ロビンを信頼していない訳では、勿論無い。
もし、ロビンの本来の立場が、役割が、ルキナの推測通りであったとしても。
ロビンが今も尚、彼方側の存在であるのだとしたら。
こうやってルキナに『宝玉』を集めさせる筈が無いからだ。
寧ろ、それを全力で妨害しなければならない筈なのだから。
ルキナ達に『覚醒の儀』を行わせようとしているのは、何よりもの背信行為に当たる筈なのだから。
そんな危険を犯してでも、そして自らを擲ってでも。
ルキナを守ろうと全力を尽くしてくれているロビンの誠意と真意を、ルキナは疑えない。
……なのに、そこまでロビンを信じていて尚それを言い出せないのは。
偏にルキナが恐れているからだ。
もしロビンがルキナに頑なに隠し続けてきたモノを、ルキナが無理に暴いてしまったら。
ルキナは、ロビンを喪ってしまうのではないか、と。
……ロビンが裏切るとは欠片も思ってはいない。
だが……。
ロビンが、ルキナの元を去ってしまう可能性を、否定は仕切れなかった。
だからこそ、ルキナは。
ロビンを苦しめているモノが、『ギムレー』なのであろうと。
そして、ロビンが元々は『ギムレー』の手の者であったのだろうと。
そう半ば確信しながらも、口を閉ざしているしかなかった。
そして、だからこそ、と。
『ギムレー』を討ちさえすれば、ロビンは『ギムレー』から解放される筈なのだからと。
そうすれば、もう何の憂いも無く、ルキナとロビンは共に在れる筈なのだと。
そう、固く信じるしかなくて。
「……必ず、『覚醒の儀』を成功させましょう。
そして、『ギムレー』を討つんです。
そうすれば、きっと、全て……」
この絶望も、ロビンを苦しめる『全て』も、きっと終わる筈なのだから、と。
そして、ロビンの『お願い』を、やっと叶えてあげられる筈なのだから、と。
ルキナがそう自分に言い聞かせる様に呟く度に。
ロビンは、「必ず、成功させましょう」と頷くのであった。
◇◇◇◇◇
仲間達と別れて程無くして、ルキナ達は押し寄せる砂に埋もれる様に佇む神殿から『炎の台座』を取り返した。
かつて、先々代の聖王であったエメリナが暗殺された際に奪われてしまっていたイーリスの国宝は、今漸くイーリスの民の元へと還ってきたのだ。
『白炎』の奪還をセレナ達に託した今は、残すは『碧炎』と『黒炎』のみ。
後少し、後少しで。
やっとルキナは、自分に託された『希望』を世界の未来へと繋ぐ事が出来るのだ。
『緋炎』と『蒼炎』を納めた『炎の台座』……いや不完全ながらも紛れもない『炎の紋章』を抱き抱えて。
ルキナは、ここまで辿り着いた事に、そしてそこまで自分を導いてくれたロビンに、止め処無い感謝を抱いていた。
ロビンが居なくては、ここまで来れなかった。
ロビンが、ここまで自分を連れてきてくれた。
その事を何度も何度も噛み締めて、ルキナはその度にとても言葉では伝えきれない想いを、ロビンに感じる。
ルキナはロビンを支えられているだろうか?
ロビンの『半身』であれているのだろうか。
ルキナは、何が在ってもロビンの手を離さないと誓った。
ロビンは、何を賭けてでもルキナを守ると誓ってくれた。
ロビンは、その誓いを守ってくれているけれど。
ルキナは、自分の誓いを守れているのだろうか。
確かにルキナはロビンの傍にいる。
そしてロビンと繋いだその手を、絶対に離さないだろう。
だけれども……。
ロビンを苛む『何か』が、日増しに強くなっているのを、ルキナも感じていた。
夜眠るルキナの横で、ロビンは時折『何か』に必死に耐える様な小さな苦悶の声を溢す事がある。
ロビンが胸を押さえて『何か』に必死に抗おうとしている事もある。
一体『何』がロビンを苦しめているのか、苛んでいるのか。
ルキナには、分からない。
何度訊ねても、ロビンは決して話してはくれなかった。
そして、決まってこう言うのだ。
「『僕』は、大丈夫です。
ルキナさんが傍に居てくれるなら、『僕』は絶対に貴女を守ってみせます。
『覚醒の儀』が成功すれば、『全て』終わるんです」……と。
『覚醒の儀』を成し遂げれば、ロビンを苦しめている『何か』から、ロビンを解放出来るのだろうか?
ならば、ロビンを苦しめているモノとは……。
……ルキナは、ロビンを苦しめているその『何か』に対して、ある種の確信を持っていた。
ルキナは、この『宝玉』奪還の旅を始めてから一度だけ。
ロビンが何時如何なる時も決して外さない右手の手袋の下を、見てしまった事があった。
……あれは、『炎の台座』を奪還した時の事だ。
追っ手の屍兵が放った矢からロビンがルキナを庇った時。
放たれた矢が、矢を避けようとしていたロビンの右手の手袋を切り裂いた。
その下に隠されていたモノをルキナが目にしたのはほんの一瞬だけであったが。
そこにあったモノ。
三対の目を模したかの様な……まるで何かの烙印の様な痣。
それは、ルキナの目にハッキリと焼き付いていた。
最早信徒の誰もが邪竜へとその命を生け贄として捧げてしまった為に、既に壊滅してしまったとされるかつてのギムレー教団。
その、象徴とされていた紋章に酷似したそれは。
そしてそれがロビンの右手の甲に刻まれている意味は……。
…………。
だけれども、ルキナはその推測をロビンに話す事が、出来なかった。
その右手に刻まれた痣を、見てしまった事も含めて……。
ロビンを信頼していない訳では、勿論無い。
もし、ロビンの本来の立場が、役割が、ルキナの推測通りであったとしても。
ロビンが今も尚、彼方側の存在であるのだとしたら。
こうやってルキナに『宝玉』を集めさせる筈が無いからだ。
寧ろ、それを全力で妨害しなければならない筈なのだから。
ルキナ達に『覚醒の儀』を行わせようとしているのは、何よりもの背信行為に当たる筈なのだから。
そんな危険を犯してでも、そして自らを擲ってでも。
ルキナを守ろうと全力を尽くしてくれているロビンの誠意と真意を、ルキナは疑えない。
……なのに、そこまでロビンを信じていて尚それを言い出せないのは。
偏にルキナが恐れているからだ。
もしロビンがルキナに頑なに隠し続けてきたモノを、ルキナが無理に暴いてしまったら。
ルキナは、ロビンを喪ってしまうのではないか、と。
……ロビンが裏切るとは欠片も思ってはいない。
だが……。
ロビンが、ルキナの元を去ってしまう可能性を、否定は仕切れなかった。
だからこそ、ルキナは。
ロビンを苦しめているモノが、『ギムレー』なのであろうと。
そして、ロビンが元々は『ギムレー』の手の者であったのだろうと。
そう半ば確信しながらも、口を閉ざしているしかなかった。
そして、だからこそ、と。
『ギムレー』を討ちさえすれば、ロビンは『ギムレー』から解放される筈なのだからと。
そうすれば、もう何の憂いも無く、ルキナとロビンは共に在れる筈なのだと。
そう、固く信じるしかなくて。
「……必ず、『覚醒の儀』を成功させましょう。
そして、『ギムレー』を討つんです。
そうすれば、きっと、全て……」
この絶望も、ロビンを苦しめる『全て』も、きっと終わる筈なのだから、と。
そして、ロビンの『お願い』を、やっと叶えてあげられる筈なのだから、と。
ルキナがそう自分に言い聞かせる様に呟く度に。
ロビンは、「必ず、成功させましょう」と頷くのであった。
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