第五話・B『在るがままに愛しき人へ』
◇◇◇◇◇
凍り付いた地に、人影は何処にも見当たらず。
屍兵の上げる呻き声すらも、吹き荒ぶ雪風に浚われてゆく。
そんな最果ての様な地にひっそりと取り残された様に佇むその神殿に、『緋炎』は隠されていた。
騎乗していた飛竜を、屍兵に見付からぬ様に注意しつつ、雪風を凌げる様に近場の洞窟へと隠す。
そして、足を呑み込んでしまいそうな程に積もった雪を掻き分けながら、ルキナとロビンは廃墟と化している神殿へと辿り着いた。
ギムレーが甦った時にはもう既に廃墟であったとされているその神殿跡は、かつて……それこそ英雄王達の時代では、竜の力を祀るモノであった…………らしい。
そうルキナに説明しながら、ロビンは神殿跡の周囲を隈無く調べる。
朽ち果てつつあるその神殿跡は、それでも尚何処か厳かな雰囲気を留めていて。
在りし日の威容を静かにルキナへと伝えていた。
「どうやら誰かが侵入した形跡も無さそうですし……。
恐らく、ルキナさんの仲間達と行き違いにはなっていないのでしょう。
…………中には屍兵が配置されている様ですが、問題はありません。
このまま『緋炎』を奪還してしまいましょう」
ロビンはそう言いながら、神殿の朽ちかけた扉を開く。
所々で崩落しながらも、冷えきった石畳の床はまだどうにか往時の姿を留めていて。
光も射し込まぬ深い闇に閉ざされたその中を、カンテラの灯りだけを頼りにルキナとロビンは進む。
ルキナよりも夜目が利くのか、ロビンはそんな薄明かりの中でも迷う事無く進んでいて。
そして、ルキナを導く様に、その右手をルキナの左手と繋いでいた。
ロビンは時折立ち止まっては、カンテラの灯りを落としたり、音を立てない様にとルキナにそっと合図を送る。
その度に、闇の向こうを何かが蠢いている音がし、それはゆっくりとこちらに近付いてこうとするのだが。
ロビンがその紅い瞳で油断無く闇の向こうを睨み付けていると、次第にその気配は遠ざかっていくのだ。
そうやって何れ程の時間を歩いていたのだろうか。
突き当たりにあった大扉を開くと、そこは広間の様な空間であった。
ロビンが掲げたカンテラの光が闇をゆっくりと払い除けて。
そして、部屋の最奥、まるで祭壇の様に整えられた場所に。
カンテラの光に緋く輝きを返すモノが安置されていた。
「あれが、『緋炎』……」
思わずルキナの口から、そう言葉が溢れてしまうのも致し方無いだろう。
長い間探し求めたモノが、遂に目の前に現れたのだから。
暗がりからの奇襲を警戒しながらも、ルキナとロビンは『緋炎』に近寄る。
そして、ルキナが思わず『緋炎』へと手を伸ばそうとしたのをロビンは片手で制した。
ルキナを制したまま、ロビンは近くにあった『緋炎』と同じ位の大きさの瓦礫を拾い上げ、祭壇に安置された『緋炎』とその瓦礫を素早く入れ換える。
暫しの沈黙の後に、何も起きなかった事を確認してロビンは、ゆっくりと一つ息を吐き、そして手にしていた『緋炎』を恭しくルキナへと手渡した。
「良かった……。
この祭壇には、重さを感知して発動する罠が仕掛けられている様でした。
あのまま『緋炎』を取り上げていれば、罠に掛かっていた事でしょう」
ロビンが罠がある事を見抜いてくれて事無きを得た様だ。
あのまま『緋炎』に手を伸ばしていたらどうなっていたのやら……。
ルキナはそれを想像して、思わず身震いした。
そんなルキナの手を取ってロビンは再び来た道を引き返す。
「恐らくそう時を置かずして、『緋炎』を奪われた事を察知されるでしょう。
この神殿に潜む屍兵達の追撃が予想されます。
その前に、早くここを出ましょう」
暗い道をそれでも迷う事無く足早に行くロビンに導かれ、ルキナもまた駆け足で神殿跡の中を駆け抜けた。
走り去るその背後から、夥しい程の悍ましい気配が蠢き迫り来ようとしているのを肌で感じてしまう。
こんな暗闇の中で戦いになってしまえば、夜目が利かないルキナ達に圧倒的に不利だ。
だからこそ、その追撃者達の手から逃れようと、ルキナはロビンの手を固く握り返して、その導きに従った。
何れ程走っていたのだろう。
暗闇の中、そして追われていると言う状況では、その時間は何時間にも及んでいた気がする。
そんな引き延ばされた時間の逃走の果てに、漸く、外の光が見えてきた。
そして、そこでロビンは掴んでいたルキナの手を離し、後ろへと振り返る。
「ルキナさんはこのまま外へと走って下さい。
『僕』は、ここで一度追っ手の数を減らします!」
ロビンは魔導書を取り出して、暗がりに蠢く夥しい数の屍兵達の影に手を向けて、魔法を発動させる準備を行った。
「そんな、ロビンさんを置いてなんて!」
そんなルキナに、ロビンは安心させる様に微笑んだ。
「大丈夫ですよ。
一撃、特大のモノをぶちかますだけですから。
それに、『僕』が居ないとあの飛竜は言う事を聞きませんからね。
ルキナさんを置いてなんて、絶対に行きませんから。
巻き込むと危険なので、ルキナさんは先に行って下さい」
そう言われては、ルキナもロビンを信じるしか無い。
だからルキナは外へと全力で走った。
神殿跡の外は、相変わらず雪風が吹雪いていて、来た道すら見失ってしまいそうだ。
そして、ルキナが神殿跡から脱出したのとほぼ同時に。
その背後で、凄まじい雷鳴が鳴り響いた。
幾千もの雷が一度に落ちたかの様なその音は、廃墟と化していた神殿跡に響き渡り、そして何処かで崩落が進んだ様な音もルキナの耳に届く。
思わずルキナが神殿跡を振り返ると。
ロビンが急いでこちらに駆け寄って来ているのが見えた。
「ロビンさん!」
「追っ手の屍兵の数はかなり減らせました!
この分なら、何とかここを脱出するまでは持ちそうです。
急ぎましょう!」
そして、ルキナよりも大きな歩幅であっと言う間に距離を詰めたロビンは、そのままルキナの手を取って飛竜を休ませている洞窟へと急ぐ。
主が戻ってきたのを察知して既にその場を発てる様な体勢を取っていた飛竜に、ロビンは素早く飛び乗り、そしてそのままルキナを抱き上げてその背に乗せた。
「行きますよ、ルキナさん。
しっかりと掴まっていて下さい!」
そう声を掛けるや否や、ロビンは即座に飛竜を飛び立たせる。
吹き付ける雪風を切り裂きながら、どんどんと地面が遠くなってゆき。
遥か下に屍兵と思われる影が見えたが、最早天高く舞う飛竜に手を出せる筈も無く。
こうして、ルキナ達は『緋炎』の奪還に成功したのであった。
漸く、一つ。
だが確実な成果に、ルキナは漸く手の中にある『希望』を実感するのであった。
◇◇◇◇◇
凍り付いた地に、人影は何処にも見当たらず。
屍兵の上げる呻き声すらも、吹き荒ぶ雪風に浚われてゆく。
そんな最果ての様な地にひっそりと取り残された様に佇むその神殿に、『緋炎』は隠されていた。
騎乗していた飛竜を、屍兵に見付からぬ様に注意しつつ、雪風を凌げる様に近場の洞窟へと隠す。
そして、足を呑み込んでしまいそうな程に積もった雪を掻き分けながら、ルキナとロビンは廃墟と化している神殿へと辿り着いた。
ギムレーが甦った時にはもう既に廃墟であったとされているその神殿跡は、かつて……それこそ英雄王達の時代では、竜の力を祀るモノであった…………らしい。
そうルキナに説明しながら、ロビンは神殿跡の周囲を隈無く調べる。
朽ち果てつつあるその神殿跡は、それでも尚何処か厳かな雰囲気を留めていて。
在りし日の威容を静かにルキナへと伝えていた。
「どうやら誰かが侵入した形跡も無さそうですし……。
恐らく、ルキナさんの仲間達と行き違いにはなっていないのでしょう。
…………中には屍兵が配置されている様ですが、問題はありません。
このまま『緋炎』を奪還してしまいましょう」
ロビンはそう言いながら、神殿の朽ちかけた扉を開く。
所々で崩落しながらも、冷えきった石畳の床はまだどうにか往時の姿を留めていて。
光も射し込まぬ深い闇に閉ざされたその中を、カンテラの灯りだけを頼りにルキナとロビンは進む。
ルキナよりも夜目が利くのか、ロビンはそんな薄明かりの中でも迷う事無く進んでいて。
そして、ルキナを導く様に、その右手をルキナの左手と繋いでいた。
ロビンは時折立ち止まっては、カンテラの灯りを落としたり、音を立てない様にとルキナにそっと合図を送る。
その度に、闇の向こうを何かが蠢いている音がし、それはゆっくりとこちらに近付いてこうとするのだが。
ロビンがその紅い瞳で油断無く闇の向こうを睨み付けていると、次第にその気配は遠ざかっていくのだ。
そうやって何れ程の時間を歩いていたのだろうか。
突き当たりにあった大扉を開くと、そこは広間の様な空間であった。
ロビンが掲げたカンテラの光が闇をゆっくりと払い除けて。
そして、部屋の最奥、まるで祭壇の様に整えられた場所に。
カンテラの光に緋く輝きを返すモノが安置されていた。
「あれが、『緋炎』……」
思わずルキナの口から、そう言葉が溢れてしまうのも致し方無いだろう。
長い間探し求めたモノが、遂に目の前に現れたのだから。
暗がりからの奇襲を警戒しながらも、ルキナとロビンは『緋炎』に近寄る。
そして、ルキナが思わず『緋炎』へと手を伸ばそうとしたのをロビンは片手で制した。
ルキナを制したまま、ロビンは近くにあった『緋炎』と同じ位の大きさの瓦礫を拾い上げ、祭壇に安置された『緋炎』とその瓦礫を素早く入れ換える。
暫しの沈黙の後に、何も起きなかった事を確認してロビンは、ゆっくりと一つ息を吐き、そして手にしていた『緋炎』を恭しくルキナへと手渡した。
「良かった……。
この祭壇には、重さを感知して発動する罠が仕掛けられている様でした。
あのまま『緋炎』を取り上げていれば、罠に掛かっていた事でしょう」
ロビンが罠がある事を見抜いてくれて事無きを得た様だ。
あのまま『緋炎』に手を伸ばしていたらどうなっていたのやら……。
ルキナはそれを想像して、思わず身震いした。
そんなルキナの手を取ってロビンは再び来た道を引き返す。
「恐らくそう時を置かずして、『緋炎』を奪われた事を察知されるでしょう。
この神殿に潜む屍兵達の追撃が予想されます。
その前に、早くここを出ましょう」
暗い道をそれでも迷う事無く足早に行くロビンに導かれ、ルキナもまた駆け足で神殿跡の中を駆け抜けた。
走り去るその背後から、夥しい程の悍ましい気配が蠢き迫り来ようとしているのを肌で感じてしまう。
こんな暗闇の中で戦いになってしまえば、夜目が利かないルキナ達に圧倒的に不利だ。
だからこそ、その追撃者達の手から逃れようと、ルキナはロビンの手を固く握り返して、その導きに従った。
何れ程走っていたのだろう。
暗闇の中、そして追われていると言う状況では、その時間は何時間にも及んでいた気がする。
そんな引き延ばされた時間の逃走の果てに、漸く、外の光が見えてきた。
そして、そこでロビンは掴んでいたルキナの手を離し、後ろへと振り返る。
「ルキナさんはこのまま外へと走って下さい。
『僕』は、ここで一度追っ手の数を減らします!」
ロビンは魔導書を取り出して、暗がりに蠢く夥しい数の屍兵達の影に手を向けて、魔法を発動させる準備を行った。
「そんな、ロビンさんを置いてなんて!」
そんなルキナに、ロビンは安心させる様に微笑んだ。
「大丈夫ですよ。
一撃、特大のモノをぶちかますだけですから。
それに、『僕』が居ないとあの飛竜は言う事を聞きませんからね。
ルキナさんを置いてなんて、絶対に行きませんから。
巻き込むと危険なので、ルキナさんは先に行って下さい」
そう言われては、ルキナもロビンを信じるしか無い。
だからルキナは外へと全力で走った。
神殿跡の外は、相変わらず雪風が吹雪いていて、来た道すら見失ってしまいそうだ。
そして、ルキナが神殿跡から脱出したのとほぼ同時に。
その背後で、凄まじい雷鳴が鳴り響いた。
幾千もの雷が一度に落ちたかの様なその音は、廃墟と化していた神殿跡に響き渡り、そして何処かで崩落が進んだ様な音もルキナの耳に届く。
思わずルキナが神殿跡を振り返ると。
ロビンが急いでこちらに駆け寄って来ているのが見えた。
「ロビンさん!」
「追っ手の屍兵の数はかなり減らせました!
この分なら、何とかここを脱出するまでは持ちそうです。
急ぎましょう!」
そして、ルキナよりも大きな歩幅であっと言う間に距離を詰めたロビンは、そのままルキナの手を取って飛竜を休ませている洞窟へと急ぐ。
主が戻ってきたのを察知して既にその場を発てる様な体勢を取っていた飛竜に、ロビンは素早く飛び乗り、そしてそのままルキナを抱き上げてその背に乗せた。
「行きますよ、ルキナさん。
しっかりと掴まっていて下さい!」
そう声を掛けるや否や、ロビンは即座に飛竜を飛び立たせる。
吹き付ける雪風を切り裂きながら、どんどんと地面が遠くなってゆき。
遥か下に屍兵と思われる影が見えたが、最早天高く舞う飛竜に手を出せる筈も無く。
こうして、ルキナ達は『緋炎』の奪還に成功したのであった。
漸く、一つ。
だが確実な成果に、ルキナは漸く手の中にある『希望』を実感するのであった。
◇◇◇◇◇