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第五話・B『在るがままに愛しき人へ』

◆◆◆◆◆




『覚醒の儀』を、執り行いましょう。


 埃が降り積もったかつての『ルフレおじさま』の執務室で。
 揺るぎ無い決意を、その瞳に灯しながら。
 そう、ロビンは言った。

 ルキナは唐突なその言葉に少々面食らったが、直ぐ様に 「勿論です」と頷く。

 元々、『覚醒の儀』を行う為に。
 その為に必要な『炎の紋章』を手に入れる為に、仲間達はイーリスから旅立って行ったのだ。
 彼等が今何処で何をしているのか。
 それはもう、遠く離れた地への連絡手段が殆ど失われている為に分からないが。
 それでもきっと、仲間達は今も宝玉と台座を捜索している筈なのだから。
 だからこそ、『覚醒の儀』を行う事自体には当然ルキナも否とする訳が無い。

 だが、しかし。
 その儀式の要となる肝心の『炎の紋章』は、ルキナの手元には無いのだ。
 だから、やろうと言われて直ぐ様やれる様なモノでも無い。
 少なくとも仲間達が『炎の紋章』を持ち帰るその時までは。

 そう説明してもロビンは、それは承知しています、と頷くばかりで。
 自分のその意見を変えようとはしなかった。


「ですが、もう、時間が無いのです……。
 今は、一刻も早く『覚醒の儀』を行わなくては……」


 何処か焦る様にそう言葉を連ねるロビンに、ルキナは思わず、何故なのかと訊ねた。
 何故、そう急かすのだろうか……? 
 普段は冷静そのものであるロビンがこうも焦るその理由が気に掛かってしまう。
 少なくともルキナの目から見ては、急に世界の情勢が悪化したなんて事はない。
 相も変わらずに絶望の中で急なれど緩やかに滅びの道を歩んでいるだけだ。

 するとロビンは、一度僅かに目を伏せる。
 そして──


「ここ最近の屍兵の活動の頻度などから、……今は。
『ギムレー』が何らかの理由によって、あまり積極的に活動していない、と思われます……。
 ですが、それも何時まで続くのかは分かりません……。
 きっと、『ギムレー』が活動を再開した時……。
 この国は、世界は……。
 完全に、滅びてしまいます……。
 そして、貴女も……。
 無事では、済まない」


 だからこそ、と。
 ロビンは必死にルキナに訴えた。


「『ギムレー』がまだ動いていない内に、『炎の紋章』を完成させて……『覚醒の儀』を行う必要が、あるのです……」


 屍兵達の行動を誰よりも細かく分析して把握していたロビンの言う事だ。
『ギムレー』が積極的に活動していない、と言うのは恐らくは間違った推測ではないのだろう。
 だけれども。


「ですが、『炎の紋章』が無い以上は……」


 そんなルキナの言葉にロビンは頷き、そして。


「ええ、ですから。
『僕』たちで、『炎の紋章』を完成させに、行きましょう」


 そう、言った。
 その予想外の言葉に、ルキナは瞠目する。


「私達でって……。
 いえ、あの……仲間達が今も宝玉の捜索を行っている筈ですし、私達はこの地を守らねばなりません……。
 それに、宝玉が何処に在るのか分からないのですよ?」


 ルキナも、仲間達と共に宝玉の捜索を行いたいとは幾度も思ってはいたけれども。
 だが、こんなに急に言われても、それに頷く事は出来ない。
 そんなルキナを横目に、ロビンは「借ります」と呟きながら、埃被った『ルフレおじさま』の机の上の本の山の中に埋まっていた地図を引っ張り出した。
 そして──


「大丈夫です、ルキナさん。……『宝玉』と『炎の台座』の在処は、『僕』が知っていますから」


 そう言いながら、ロビンは地図の各地に印を付けていく。
 五つの宝玉と台座の在処が、そこには示されていた。
 何れ程ルキナ達が求めても得られなかった情報が、あっさりと、そこには提示されていて。
 驚きのあまり、ルキナはロビンと地図とを言葉もなく交互に見やるばかりである。
 ロビンは目を伏せたまま、ポツポツと続けた。


「前々から、独自に調べていたのです……。
 もし、何らかの事情でルキナさんの仲間達が宝玉の捜索を完遂出来なかった場合にも、支障が無い様に、と。
 在処を確定させてからも黙っていたのは、謝ります」


 そう言ってロビンは頭を下げたのだが。
 ルキナは慌ててそれには首を横に振った。

 ロビンの事だ、黙っていたのにはきっと色々な考えがあったのだろう。
 それを一々謝る必要なんて無い。
 それに、ロビンと出会った時点で既に、仲間達が旅立ってかなりの時間が経っていたのだ。
 連絡手段が殆ど途絶えた今では、居場所がハッキリとしているルキナに向けて仲間達が知らせを送るのはともかく、何処に入るのかも定かでは無い仲間達に向けてルキナが知らせを送る事は実質不可能である。
 もしロビンに宝玉の在処を知らされていても、ルキナにはそれを仲間達に伝える術なんて無かったのだ。


「今から出発しても、二人だけでなら取れる最速の手段ならば、早ければ二月程度で、何れ程遅くても三月もあれば、全ての宝玉と台座を集めて『炎の紋章』を完成させる事は、可能な筈です。
 道中でルキナさんの仲間と合流出来たら、もっと早く事は済むかもしれない……」


 それに、とロビンは続ける。


「今の屍兵達の活動頻度ならば、三月程度ならば、僕やルキナさんがその場に居なくても、事前に策や布陣を伝えておけば、十分以上に持ち堪えられます。
 …………これが、最期のチャンスかもしれないんです。
 だから──」


 ロビンは真っ直ぐにルキナを見詰めた。
 その紅い瞳に、ルキナは引き込まれる。


「『炎の紋章』を完成させて、『覚醒の儀』を行う為に。
『僕』と、共に。
『宝玉』を探しに行って、くれませんか?」


 ロビンの真剣な眼差しには、強い決意と共に、懇願する様な色も含まれていた。
 ルキナは暫し、熟考する。

 こうして宝玉の正確な在処を知った以上、捜索隊の第二波を送る事にはルキナとて異存は無い。
 そして、道中の困難さを思えば、余程の腕利きで無くてはならないから、現在のイーリスに残された戦力としてはツートップになるロビンとルキナにその白羽の矢を立てるのも、道理には叶っている。
 そしてロビンの言う通り、三ヶ月程度ならば二人が不在でも何とか持ち堪えられるのだろう……。
 だが、しかし……。

 ルキナは国を任された身だ。
 それなのに、ここを離れても良いのだろうか……。


「……本来ならば、『僕』一人で捜索しに行くべき、なのでしょう……。
 ですが、『僕』だけでは……。
 貴女から離れてしまっては、『僕』は、絶対にそれを成し遂げられない。
 無茶なお願いだとは、分かっているんです。
 それでも、お願いです、ルキナさん。
『僕』と一緒に、来て下さい……」


 ロビンはそう言って深く頭を下げる。

 ロビンがこうやって明確にルキナを頼るのは、これが初めてであった。
 何よりもその力になりたい人が、漸くこうやってルキナの助けを求めてくれているのだ。
 それに、ルキナが応えない訳など、何処にも無かった。


「分かりました。
 それで、ロビンさんの力になれるのなら。
 そして、それで世界を救えるのなら。
 私に否はありません。
 行きましょう、ロビンさん!」


 そう答えてロビンの手を取ると。
 ロビンは今にも泣き出しそうな程に、嬉しそうに微笑んだ。


「有り難う、ございます……。
『僕』が、絶対に、貴女を守って見せます。
 必ず、何を、引き換えにしてでも……」


 感極まった様にそう答えるロビンに、ルキナもまた胸の奥が熱くなる。


「私もです、ロビンさん。
 私が、貴方を守ります。
 絶対に、どんな困難があるのだとしても。
 二人なら、きっと──」


 ロビンが居れば。
 ルキナだけの『軍師』が、何よりも大切な『半身』が。
 ルキナと共に在るのであれば。

 何事が待ち受けていようとも、どんな運命が訪れるのだとしても。
 抗い、それに打ち克てる筈だ。
 ルキナは、ロビンとの『絆』を信じているのだから……。




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