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断話『葬送の花』

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 邪竜ギムレーは消滅し、世界は救われた。
 死した人々が還る事は無いが、それでも今この瞬間にこの世界に生きる人々は間違いなく救われた。
 命無き荒野と化した大地には緑と実りが甦り、この世の全ての命を再び育み始めた。
 枯れ果てた大地には、地中に残されていたのだろう種から多くの草木が芽生え生い茂り、最早既に絶えていたと思われていた花々も甦った。


 彩りに溢れた花畑を……かつての思い出の花畑と同じ場所に再び作られたそれを眺めて、ルキナはそっと目を伏せる。
 視察として各地を巡っている最中に偶然立ち寄ったその村は、かつての絶望の世界でのあの荒廃しきった芋畑の面影すら無く、美しい色とりどりの花が四季を彩る花畑の姿となっていて。
 それは、間違いなくこの世界が救われた証であると同時に、『彼』との思い出の縁がまた一つ喪われた事と同義であった。
 ……それに、何れ程美しい花畑なのだとしても、これはかつてのあの思い出の花畑でも無い。
 人々の都合で捨てられた花は、再び人々の都合でそこに植え直された。
 それを人の傲慢と言うのは乱暴に過ぎるが、やはり少し心に引っ掻き傷の様な小さな痛みの様な何かを感じてしまう。
 だが、そんな感情を感傷を、表に出せる訳もない。
 ルキナは、『世界を救った英雄』なのだから。
 息苦しさと遣る瀬無さを感じるその称号を、捨てる事はルキナには赦されていない。
 この世で何よりも大切だった存在と……『彼』と引き換えにして得たこの世界に対して、ルキナには負わねばならぬ責任があるのだから。
 背負うものの重たさに押し潰されてしまいそうになった時に支えてくれたあの温かな手は、もうこの世の何処にも無い。
 ……それでも。
 どんなに苦しくても、辛くても、ルキナは生きなければならない。
 それだけが、あの日夕暮れの中に消えてしまった最愛の人へ、ルキナが唯一してやれる事なのだから。


 かつて『彼』と共に見たあの真白の花園は、もう何処にも無い。
 世界が救われて、そしてルキナが心の整理を付けた後に再びあの谷間を訪れた時には、もう『彼』が『不屈の花』と呼んだその花は何処にも残ってはいなくて。
 あの白の思い出を上塗りするかの様に、様々な色とりどりの花々が風に揺れているだけであった。
 その後、博識なロランから聞いた話によると。
『不屈の花』は確かにどんな過酷な環境であっても花を咲かせる事が出来る花ではあるが、逆に他の花々が繁茂する様な環境では次第に数を減らしてしまうのだと言う。
『不屈の花』は、過酷な環境であっても花を咲かせるのではない。
 ……過酷な環境の中でしか花咲く事の出来ぬ、……ある意味ではとても儚い花なのだ。
 世界に恵みが満ちかつての世界に比べても過酷な環境が減ってしまった今、ペレジア国内でも『不屈の花』は数を減らし、もうペレジアとフェリアの一部地域にしか『不屈の花』は咲いていないらしい。
 そして、『不屈の花』がギムレーへの捧げ物として好まれていた花であった事もあって、ギムレーを忌み嫌うイーリスではおろか、崇めていた筈のギムレーによって生き地獄を味わう事になったペレジアの民にとっても、『不屈の花』は忌まれる対象になってしまっていた。
 花をギムレーに捧げていたのは人の勝手な行いであり花に罪は無いと言うのに、それでも人々は花に悪意を向ける。
 それは人の業と言うものなのだろうか? 
 ……それはどうしようもなく哀しい事だと、ルキナは思うのだ。

 あの日一輪だけ手折った花は、今も押し花にしてルキナの手に残されている。
 たったそれだけしか、あの日の縁となるものはこの世には無い。
 今も尚あの日の美しさを残すその白い花弁を眺めていると、不意にどうしようもない程の哀しみと苦みに襲われる。
『不屈の花』が葬送の花でもある事を、『彼』は知っていたのだろうか。
 あの真白の花園を見詰めている時、その心にあったのはどんな感情だったのだろうか。
 あの花園を、どうしてルキナに見せようなどと思ったのか。

 何度胸の中で問い掛けても、答えなど返ってはこない。
 記憶の中にしかもう居ない『彼』が、答えを返せる訳もない。

 それでも、何時か。
『彼』の縁となるこの花を手離さなければ。
 ……例え遠い遠い未来であっても、死者の世界に渡ったルキナの魂が再びこの世に生を受けた先の……そんな遥か遠くの事になるのだとしても。
 また何時か、『彼』に巡り逢える様な、そんな気がして。

 ただ一つ遺されたその縁を、ルキナはそっと優しく抱き締めた。




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