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断話『葬送の花』

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 この世界を絶望に堕としたのは、他ならぬ『僕』……『ギムレー』だ。
 それは、分かっている。誰よりも分かっている。
 ……それなのに。
 ルキナが苦しんでいる姿を見る事が、何よりも辛い。
 もう取り戻せぬ過去に想いを馳せる度に残酷な現実がその心を傷付けていく様を見てしまう度に、どうしようもなく苦しくなる。
 ……ルキナのその苦しみも絶望も、全ては『僕』の所為であると言うのに。
 それでも……。
 ギムレーとしては狂ってしまっている『僕』は。
 ……最早『ギムレー』ですらない『僕』は。
 ルキナのその苦しみを、絶望を、どうにか取り除いてやりたいと、心から思うのだ。
 だが、その苦しみを生む要因となる、ルキナにとっての『幸せだった日々』の記憶を奪う様な短絡的な手段は取れない。
 それは当然だ。
『僕』は既にもうこれ以上に無い程にルキナから多くを奪い尽くしてしまっているのに、その上更にルキナにとって唯一残された……誰にも汚されていない『宝物』を奪う事が出来ようか。
 最早、『僕』が何をしても、ルキナのその苦しみを晴らしてやる事は出来ないのだ。
『僕』は剰りにも無力であった。
『僕』の命を、『僕』が捧げられる全てを捧げたとしても、ルキナが喪ってしまったものを返してやる事は何一つとして出来ないのだ。
 それ処か、贖罪にすらならないのだとしてもせめてもの償いとしてこの命を捧げる事すら、『ギムレー』の欠片でしかない『僕』には出来ない。

『ギムレー』が死ねば、そしてその魂ごと完全なる消滅を果たす事が出来るのならば。
 この世界がこれ以上滅びの道を進む事はない。
 死ぬ間際に持てる限りの『竜の力』を捧げれば、この滅び果てた大地にも少しは命を養う力を与えてやれるだろう。
 そうすればルキナの苦しみも少しは癒してやれるだろうに。
 …………それすら、『僕』には叶わない。
『僕』が何れ程『死』を、『消滅』を渇望していても。
『僕』は所詮はギムレーの中の一欠片、ただの人格の仮面の一つ、紛い物の心だ。
 ギムレーと言う全てを、『僕』が願う程度で殺せる筈も無かった。
 それどころか、ギムレーとしての本質から乖離してしまったばかりに、『僕』と言う人格……紛い物の『心』は、ギムレーの本性からの浸食を受けて消滅しつつある。
 ギムレーとしての本性……破壊を望み世界を滅ぼそうとする衝動に抗って、この世界の空を覆い光を閉ざしてしまっている雲を払ってやる事すら、もう叶わない程に。
 今の『僕』には、新たに屍兵を生み出す事を抑えるだけで精一杯であった。
 だからこそ、神竜の力を得たルキナに殺される日を待ち望みながら……そしてその瞬間まで『僕』が『僕』としてギムレーの本性を抑え込みルキナを守れる事を願いながら、『僕』はルキナの傍にいる。





 かつては『花畑』だったと言うその痩せた畑を見ても、それ自体には『僕』は何も感じなかった。
 もしかつての『花畑』が目の前に広がっていたとしても、やはり『僕』には何も感じられなかっただろう。
 綺麗だとか美しいだとか、ヒトがそう感じるらしいものが『僕』には分からない。
 ……それはやはり『僕』がギムレーだからなのだろう。
 だが、ルキナがその『花畑』に心を動かしているのを見ると、『僕』の心にもやはり漣の様に波紋が広がっていく。
 ルキナにとっては、かつてここにあった『花畑』は大切なものであったのだ。
 花自体がその主体ではなく、そこにあった『思い出』こそがルキナにとっての『宝物』であったのだろうけれど。
 いや、だからこそ。
 その『思い出』の場所が……かつての『幸せ』の縁であったそれが、こうも変わり果ててしまっていた事に、ルキナは深く傷付いていた。
 その『思い出の場所』を奪ってしまったのは、やはりギムレーで。
 そしてこの場所どころか、『花』にまつわるルキナの『宝物』の尽くも、ギムレーは奪ってしまっていたのだ。
 それはもう苦しい程に理解していたけど、それを……そしてその事に苦しむルキナの姿を目にすると、償う事も叶わないその罪深さが一層重く圧し掛かる。
 …………だからこそ、それは何の償いにもならないと分かっていながらも、『僕』は……。





 眼前に一面広がる白い花の光景に『僕』は、果たして本当にこれで良かったのかと、幾度目とも知れぬ自問自答を繰り返した。
 ルキナが喪ってしまったかつての思い出の『花畑』とは、きっと似ても似つかぬその光景。
 ルキナの記憶の中では彩りに溢れていたと言うそれとは違い、白だけしか無い『花畑』の紛い物。
 寧ろ、下手に『花畑』と言う形を準えてしまっては、余計にルキナを傷付けてしまうのではないかとも、思う。
 だが、もうこの地域一帯に残っていた花は、『不屈の花』だけしかなかったのだ。

『不屈の花』と呼ばれていたその花は、神事の際などによくギムレーに捧げられてきた花だった。
 いや、神事だけではない。
 祝い事の時にも、そして葬儀の時にも『不屈の花』はペレジアの人々の傍らにあった。
 死後はギムレーの御許へと魂が還る、と言う宗教的死生観を持っていたペレジアの人々は、死者を『不屈の花』と共に送り出すのだ。
 ギムレーに捧げる花としての側面があった花など、ルキナにとっては忌々しいだけのものであるのかもしれない。
 幾ら絶大なるギムレーの力とは言えども、無から有を生み出す事は叶わず、何かを元手として増やす事は可能だが、無から作り出す事は出来なくて。
 結局、何れ程探し回っても枯れかけた一輪の『不屈の花』だけしか見付からず、それを何とか増やして、ここまでの『花畑』にしたのだけれども。
『不屈の花』の花畑が、ルキナの心を慰められる様なものなのかは『僕』には分からなかった。
 それに、そもそもルキナが望んでいるのは、思い出の中にしかもう存在しない花畑であって、こんなまやかしで出来た紛い物ではない。
 ……そして、例えこの『花畑』が一時でもルキナの心を慰める事が出来たとしても、それで『僕』の行いが赦される訳では何一つとしてないのだ。
 それでも、こうして『花畑』を作ってしまったのは、本当の意味ではルキナの望みを何一叶えてやれない事実からの逃避なのか、或いは無意味と知りつつも贖罪を求める衝動が故なのか。
 それはもう、『僕』自身にも分からない事であった。

 後ろめたさと罪悪感と後悔と……そんな感情に苛まれつつも、結局『僕』はルキナを『花畑』へと連れてきてしまった。
『花畑』を見たルキナが、ボロボロと涙を溢してしまった事には驚き焦ったけれど、それは負の感情からの涙ではなかった様であった。
 しかし、ルキナが喜べば喜ぶ程、苦い痛みがこの胸に走る。
 有り難うなどと、ルキナから感謝される資格など『僕』にある筈は無いのに……。
 だがそれをルキナに言う事は出来なかった。


 思い出の縁にと、ルキナは『花畑』の中から一輪だけ花を選んで摘んだ。
 一輪とは言わずここにある花は全てルキナの為のものであるのだけれど、こうして芽吹き懸命に花咲く命を無闇に摘み取りたくないのだと、ルキナは言う。

 ……それはギムレーには持ち得ぬ感覚であったが、今の『僕』なら少しだけ分かる様な気がした。
 たった一輪の花を愛し気に胸に抱くルキナの姿が、『僕』にとってはこの世で何よりも尊いものに思えるから。

 ……しかし、『僕』がこのままギムレーに浸食され消えてしまえば、今この瞬間に感じているこの想いも、やはり消えてしまうのだろう。
 ギムレーは、『僕』にとっての大切なものを、愛しい存在を、踏み躙る事に何の躊躇いも持たないだろうから。
 ……そうなってしまう前に、どうか──



 そっと願った祈りが叶うその時を、この花が『僕』にとっての葬送の花となるその日を……『僕』はずっと待っている。




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