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断話『葬送の花』

◇◇◇◇◇




 あの変わり果てた思い出の花畑を訪れてから、数日が経ったある日。
 付近に巣食う屍兵を掃討する為にここ数日はあの花畑の村の近くへと逗留していたルキナ達であったが、もう目ぼしい屍兵の群れは一掃し終わった為明日にでもこの地を離れてまた別の地域へと出立する予定であった。
 今回の作戦でこの一帯の屍兵を概ね片付ける事が出来たとは言え、屍兵達はそう時を置かずして何処からともなく現れては人々を襲い始めるだろう。
 何れ程ルキナ達が手を尽くしても、屍兵達を本当の意味で討滅する事は不可能であった。
 屍兵達の被害を完全に無くす為には、奴等を産み出し続ける呪いを世界にバラ撒いたギムレーそれそのものを討たねばならない。
 しかし、焼け石に水程度の効果にしかならないのだとしても、今この瞬間に屍兵の被害に苦しむ人々にとっては確かな救いではある。
 現に今回の屍兵討伐でも、ルキナ達は村人達から多くの感謝の念を向けられていた。

 そして、ルキナ達が出立の為の準備を始めている時の事。


「あの、ルキナさん。
 少しお時間を頂いても宜しいでしょうか?」


 手早く自分の荷物を纏め終え、軍の備品などの梱包作業を手伝っていたルキナをそう呼び止めたのはロビンであった。


「ええ、構いませんよ。何か問題でもありましたか?」


 手にしていた荷物を手近な所に置いて、ルキナはロビンへと向き直る。
 確か今日明日は出撃する予定もなく、明日の行軍路はもう話し合われていたが……何かあったのだろうか? 
 ロビンはゆるりと首を横に振った。


「いえ、特には問題は起きていません。
 予定通り、明日にはここを発てるでしょう。
 少し、ルキナさんにお見せしたいものを見付けたんです」


 見せたいものと言われ、一体何なのだろうと考えるが、特には思い当たるものは無い。
 こちらです、と歩き出したロビンに付いていく様にしてルキナはその後を追う。
 畑の奥に広がっていた立ち枯れた木々が目立つ林を越え、山へと入っていく。
 日がそろそろ傾き始めつつある事を考えると、あまり遠出は出来ないのだが……。
 思いの外遠くまで来てしまったルキナは、一体ロビンが何を見せようとしているのか気になった。


「結構歩きましたが、見せたいものって一体何なのですか?」

「それは……。いえ、もう直ぐそこなので」


 答えようとして僅かに言い淀んだロビンは、そのまま枯れ藪を掻き分けるようにして奥へと進む。
 その様子が気にかかりつつもロビンの後を追って藪を進んだそこには。


 なだらかな谷間一面に真っ白な花が一面に咲き誇った光景が、ルキナの視界一杯に広がっていた。


「これは──」

「……偶然、見付けたんです。
 ルキナさんの思い出の中にある花畑には遠く及ばないかも知れませんが……。
 どうしても、貴女にこれを見せたくて……」


 思いもよらぬその光景に言葉も忘れて見入っていると、ロビンは何故か少し目を伏せながらそう言う。
 しかしそんなロビンの様子も意識の外に置いてしまう程に、ルキナはその光景に目を奪われていた。
 この絶望の世界で、こんな光景を目に出来るとは欠片も思っていなくて。
 花なんて、もう目に出来ないものとすら思っていたのだ。
 それがこんな、視界の全てを埋める程の花畑を成しているなんて。
 西日に照らされた真白の花園は、何処か夢の中世界の光景である様にすら思える程に幻想的であった。
 視界一杯に広がる花は何れも同じものである様で、しかしルキナが見た事も無い花だ。
 何にも汚れていない、まさに降り積もった白雪の如しその花には、この世のものとは思えない程の美しさがあった。

 しかしどうして、ここに花が咲いているのだろう。
 もうこの世界には、花なんて咲ける場所も無いだろうに。


「この花は……」

「……正式な名前は、分かりません。
 ですが、ペレジアの荒れ地の様な……他の草花が育たない様な過酷な環境でも咲く事が出来る花だと。
 どんな場所にでも、どんな環境であっても咲く事が出来る事から、『不屈の花』だと……そう呼ばれ、祝い事や神事などに捧げられる事が多い花でした」

「『不屈の花』……」


 過酷な環境でも咲く花だからこそ、こんな滅びが蔓延した様な世界でも絶える事無く咲いていたのだろうか。
 元はペレジアの様な地域に咲く花がどうしてこんな所で群生しているのかは分からないが、そんな細かい事はどうでも良くなる程に、この花畑は美しかった。
『不屈の花』……。
 まさに、この絶望の世界に足掻き生きる全ての人々に贈るに相応しい花だ。
 どんなに荒れ果て死に絶えた様な大地でも、こうして芽吹き花咲く命があると言う事は、確かな希望になる。
 これからの世界を、絶望の源を絶ったとしても尚闇の中を進まねばならないであろうこの世界を、そしてそこに生きる全ての命を、祝福してくれているかの様であった。
 咲き誇る花々を見詰めている内に、胸が詰まる程の様々な想いに、知らぬ内に涙が溢れてくる。
 それを見たロビンは途端に狼狽えた。


「えっ、あの……何か、辛い事でも、思い出させてしまいましたか……?」

「いえ、そうではないんです。
 ただ嬉しくて……、言葉に出来ない位に、色んな感情が押し寄せてきて……。
 この気持ちを、どう言えば良いのか……」


 嬉し涙、とは少し違う……もっと尊い気持ちから溢れ落ちた結晶である気がする。
 ただ、それをどう言えばロビンに伝わるのかは分からない。

 偶然見付けたのだとロビンは言っていたが、こんな所に偶然ロビンが足を運ぶ訳もない。
 恐らくは、ルキナの想像が外れていないのであれば、ロビンはきっと花を探してここまで来たのだろう。
 それはきっと、ルキナが『花』へと強い感傷を懐いている事に、気付いていたから……。
 それはルキナの為であったのだと、もし自惚れなのだとしても……そう思っても良いのだろうか? 

 ロビンの気持ちが、そしてそれを自分唯一人の為だけにしてくれた事なのだと言う思いが、そしてこの奇跡の様な光景が、そしてこの奇跡の光景をロビンと二人で見る事が出来た事が。
 そのどれもが強い感情のうねりを生み出して、ルキナから言葉を奪っていた。
 ただ、この気持ちを十全に伝えられる言葉なんて無いのだとしても。
 どうしても伝えたい、伝えなくてはならない言葉はある。



「有り難うございます、ロビンさん」



 この先何があっても、どんなに時が過ぎても。
 この気持ちは、この思い出は、絶対に忘れたりしない。

 涙に視界を滲ませながら微笑んだルキナは、ロビンがこの時どんな顔をしていたのか……、それを知る事はなかった。




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