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第二話『記憶の彼方の遠い貴方に』

◇◇◇◇◇





「? ルキナさん、どうかしましたか?」


 指示を出しているロビンの後ろ姿を、何時もの様にルキナが視線で追い掛けていると。
 その視線に気が付いたロビンが振り返って、少しだけ首を傾げて訊ねてくる。


「あ、いえ……何でもないのですが……」


 用事などが何も無い時も、ふとした拍子にルキナはロビンを目で追い掛けてしまっていて。
 その視線に気付かれてしまった事が少し気恥ずかしくて、ルキナは思わず言い淀んでしまった。

 だが、そんなルキナの様子を見て、ロビンは「フフッ」と小さく笑みを溢し、そして。


「僕も、ルキナさんをつい目で追い掛けてしまってばかりですから、お互い様ですね」


 と言って、まるで慈しむ様な柔らかな眼差しで微笑んだ。

 その微笑みに、ルキナの胸の内でドクンと鼓動が跳ね上がる。
 その優しい眼差しに、胸の奥が疼く。
 カタン、と記憶の棚の鍵が音を立てる。

 ロビンの微笑みに、『誰か』の微笑む姿が僅かに幻影の様に重なって見えた。
 脳裏に、『誰か』の朧気な顔が一瞬だけ過るが、それはその影を掴まえるよりも前に霧散してしまう。
 思い出せない『誰か』のその姿に、何故だか胸を掻き毟られたかの様な苦しさを覚えて。
 制御出来ない感情の奔流がルキナを襲った。


「ルキナさん?
 あの、どうしたんですか?」


 少し慌てた様なロビンの言葉にルキナが我に返ると。
 ルキナの頬を涙が零れ落ちていた。
 戸惑いながらその涙を拭うも、後から後から頬を伝う雫は零れ落ちて行く。

 どうして泣いているのだろう。
 悲しい訳でも無い筈なのに、何故。

 そう困惑するルキナの頬に、ロビンがゆっくりと右手を伸ばした。
 そして──。

 そっと、まるで壊れ物に触れるかの様な優しく慎重な手付きで、ルキナの頬を流れる雫を拭う。

 その手の温もりに、その優しい手付きに。
 何故だかもっと泣きたくなってしまって。
 声を上げて縋り付きたくなる程の懐かしさと愛しさを感じて……。

 止めどなく溢れる涙の所為でボヤけてしまった視界の中で、ロビンが何時に無く狼狽えているのが見えた。
 慌てた様にルキナの頬から離れようとしたその右手を、ルキナは縋り付く様な必死さを抑えながら両手で捕まえる。


「あの、ルキナ、さん?」

「良いんです、このままで。
 どうか、このままで居て下さい……。
 もう、私を……置いていかないで……」


 戸惑い狼狽えるロビンを捕まえたルキナのその声には、何処か懇願するかの様な色が滲んでいた。

 ……ロビンの温かな手が頬から僅かに離れた瞬間にルキナの心に陰が落ちたのだ。
 “喪ってしまう”、と。
 今ここでこの手を離させてしまっては、私はこの温かな手を、喪ってしまう。
 《また》、“喪ってしまう”のだ、と。

 だからこそ、自分でも戸惑いを隠せないままに懇願したのだ。
 《置いていかないで》、と。

 《置いていかないで》……?
 何故、自分はそう思ったのだろう、何故そう懇願したのだろう。
 分からない。
 ルキナ自身にも、その激情の理由が解らない。
 だけど、その感情をルキナは自分でも制御出来なかった。


 そんなルキナの姿を見たロビンは、空いていた左手でルキナの身体を優しく抱き寄せる。
 そして、よしよし、と。
 まるで親が泣きじゃくる子供をあやす様な仕草で、優しく背を擦った。


「大丈夫、大丈夫ですよ、ルキナさん。
 僕は何処にも行きません。
 貴女の傍に居ます。
 貴女が望むなら、ずっと。
 僕は、貴女の軍師。貴女の為だけに、ここに居ますから。
 だから、ほら、もう泣かないで良いんですよ……」


 ロビンの手はあまりにも優しく、その声と言葉はルキナの心を温かく満たす。

 ロビンさん、と呼び掛けた声は震えていた。
 何処にも行かないで、私を置いていかないで、もう二度と、と。

 ルキナは感情のままにロビンに懇願する。
 その懇願に、ロビンは「はい、貴女が望むなら、僕はそう約束しましょう」と優しく答えたのだった…………。





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