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第二話『記憶の彼方の遠い貴方に』

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 あの日、あの廃墟と化した村で出会ったロビンを、ルキナは彼の申し出の通りに彼女の軍師とした。

 …………勿論、迷いが無かった訳では無い。
 ロビンの素性を怪しまなかった訳でも無い。
 だけれども。

 出口の見えない何時明けるとも知れぬ絶望の中を、孤独に足掻き彷徨い続ける苦しさに限界を感じていたルキナは。

 世界を覆う絶望を打ち払わんとする強い意志と誠実さに満ちた、その眼差しを。
 優しくて何処か胸を締め付ける程に懐かしくも感じる、その声を。
 絶望に傷付き今にも砕けそうな程に皹割れたルキナの心をそっと包む様な、その穏やかな微笑みを。

 彼がルキナに向けるそれらを信じようと、そうルキナは決めたのだ。

 軍師としてルキナを支えると宣言した通りに、ロビンは数多の戦局でルキナの為に策を献じた。

 それだけでは無い。

 父より受け継がれし類い稀なる剣技を修めるルキナのそれと遜色無い程の技量の剣技と、比類無き魔導の力を以て、戦場を駆けるルキナの背中を護っていた。
 ロビンとルキナの息は驚く程にピッタリで、言葉を交わす必要すら無く、視線一つで相手にとって最善の動きがお互いに出来る。

 自然とお互いに背を預けて戦う様になったルキナとロビンを、王女とその軍師としてのその関係性もあってか、人々は何時しか、イーリスの英雄の再来だと讃える様になっていた。
 ……だが、最早伝聞の中でしかその姿を知らぬ父と軍師ルフレの在りし日の姿に準えられたルキナは、その賛辞を受け取る度に、居心地が悪くなる様な……内心複雑な想いを抱えていた。

 敬愛する今は亡き父と同じ様であると讃えられるのは、決して嫌なだけでは無い。
 ロビンを、父と阿吽の呼吸でお互いを理解し合い常に傍らに立ち続けて支え続けていたとされるルフレと重ねられるのも、嫌なだけでは無い。

 だがしかし。

 父と軍師ルフレは、確かに数多ある英雄譚に語られる英雄達とも引けを取る事が無い程の英雄である。
 だが、二人とも世界が絶望と滅びへと向かう事を止められず……。
 そして。
 まだ幼かったルキナを置いて逝ってしまった。
 必ず帰ってくると、二人ともルキナに約束したのに。
 その約束を果たせなかった。

 そして、残されたまだ幼かったルキナには、人々の『希望』を一手に課される事になったのだ。
 ……母や父の臣下達が生きていた頃はまだ彼等がルキナを護ってくれていたが、彼等は程無くしてその命を戦いの中で散らせ、それも長くは続かなかった。
 ルキナは人々の『希望』に期待に応えようと精一杯の事をしてきた。
 だが、まだ幼かったルキナには力が足りぬ事ばかりであり、その度に。
『クロム様が生きておられれば』と、『クロム様とルフレ様がここに生きておられれば』と。
 そう口さがない大人達の言葉がルキナの耳に届いていた。

 成る程、確かにそれは事実であったのだろう。
 ルキナも幾度父が生きていれば、父とその軍師がここに居れば、と思った事だろうか。
 だけれども既に父とルフレはその命を落とし、世界を救えなかったのだ。
 そして、人々の願いの重責を“今”課されているのはルキナなのだ。

 力不足を感じる度にルキナは奮起して、憧れだった父を目標に鍛練を続けた。
 父の様に皆を守れるようになりたい、と。
 あの背中に追い付きたくて、ずっとルキナは走り続けていた。
 だけれども、父への憧憬やそこに至れぬ己の力不足への呵責とはまた別の所で。
 鬱屈したモノが心の奥底に澱の様に溜まっていた。
 それにルキナは蓋をして、見ない様に気付かない様にとしていたのだけれども。
 終わりが見えない絶望の中で、何時しかその澱がルキナの心をゆっくりと呑み込もうとしていたのを…………ルキナは自覚してしまっていた。

 だからこそルキナは。
 終わりの無い絶望を独り彷徨っていた自分の手を取って導き支えてくれたロビンを、もう顔も思い出せない『ルフレおじさま』と同一視したくはなかったのだ。

 もうこの世に居ない『ルフレおじさま』とは違い、ロビンはルキナの傍に居て支えてくれる。
 約束を破った『ルフレおじさま』とは違い、ロビンはルキナへの誓いを守ってくれる。
 そして、“クロムの軍師”であった『ルフレおじさま』とは違い、ロビンは“ルキナの軍師”だ。

 ロビンは、『ルフレおじさま』ではない。
 だからこそ、ルキナとロビンを指して『クロムとルフレの再来』と言われるのは、ルキナにとって何処か我慢のならぬ事であったのだ。


 胸の内にそんな濁った部分を抱えながら、それでも。
 ルキナは人々の『希望』に応えるべく、ロビンと共に戦場を駆け抜け続けていた。




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