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第四話・A『世界と貴方を秤に掛けて』

◇◇◇◇◇




 それは、ルキナが仲間達からの知らせを受け取ってほんの少し経ってからの事だ。

 未だ『黒炎』が手に入っていないのか、或いは何かしらの予期せぬ事態が起きているのか。
 仲間達は未だに誰一人としてイーリスに帰還せず、何の音沙汰も無く。
 誰もが気を揉みながら仲間達の帰りを待ち望んでいたその頃。

 ロビンは、物思いに沈む様な顔を見せる事がとても多くなっていた。

 ルキナと二人きりで居る時ですら、その顔には僅かに翳りが浮かんでいて。
 それは本当に些細な変化で、出逢ったばかりの頃のルキナでは決して気付けなかっただろうけれども。
 でも、既にロビンと想いを通じ合わせたルキナには、ハッキリと分かる程の変化であった。

 一体何が彼をここまで悩ませているのだろうか? 
 ……ルキナには、その心当たりが全く無い。
 何故なら、世界には漸く『希望』の光が射し込もうとしている所で。
 彼を思い悩ませる様な事など何も起きてはいない筈なのに。

 例えその理由がルキナには分からないのだとしても。
 ロビンが悩んでいる事に気付いてしまったら、ルキナはそれを見逃せない。
 ロビンは、ルキナの心を救ってくれた、支え続けてくれた。
 ならば、今度はルキナの番なのだ。
 ロビンをここまで思い悩ませる『何』があるのなら、ルキナはそれを解決してあげたかった。
 もしそれが叶わないのだとしても、その時はせめて共に背負いたかったのだ。
 だから、ルキナは。

 闇夜の帳が降り、皆が寝静まったその夜に。
 戦場を巡る生活続き故に久方振りに帰還したイーリスの城の自室で。
 ロビンと二人きりになったその時に。
 思い切って訊ねたのだ。


「ロビンさん……。
 最近の貴方は、『何か』にとても悩んでいますよね? 
 もし良かったら、私だけにでも、その理由を話してくれませんか?」


 貴方の力になりたいのだ、と。
 貴方を支えたいのだ、と。
 そう言外に訴えたルキナに、ロビンは酷く迷う様に一度視線をルキナから逸らす。


「それ、は……」


 どう言うべきなのか、話すべきなのか、そう悩んでいる事が滲み出ているロビンその態度に。


「私は、ロビンさんが『何』に悩んでいるのだとしても、貴方の力になりたい。
 貴方のその悩みを、共に解決したい。
 だから、話して頂けませんか?」


 と、ルキナは再び訴える。
 すると、ロビンは観念した様に一つ息を吐き、静かにその目を閉じた。
 ──そして。

 ゆっくりと再び開けたその目からは、『迷い』の色の一切が消え去っていた。
 そして、静かに切り出す。


「では、そうですね。
『もしも』の話を、しようとしましょう」


『もしも』の話だと、ロビンはそう前置きをしたが。
 ルキナを見詰めるその深い深い紅の眼差しは、ルキナの全てを見通している様な、意識を全て呑み込まれてしまいそうな。
 そんな、不思議な力が宿っていた。


「ルキナさんの前に、二つの選択肢があるとします。
 一つは、『自分が今まで背負ってきたモノ』を選ぶ道。
 もう一つは、『自分が望んだモノ』を選ぶ道。
 貴女は、どちらかを選ぶ事は出来るけれど、それと同時に、選ばなかった方を喪うでしょう……」


 まるでルキナの一挙一動を視線で射抜くかの様に、ロビンは痛い程に真っ直ぐにルキナを見詰める。
 そして、「もしそうならば」、とルキナに尋ねた。


「ルキナさん。
 貴女は、どちらを選びますか?」


 ロビンの紅く輝く瞳が、ルキナを何処までも真っ直ぐに見据える。
 その瞳の輝きに囚われてしまったかの様に、ルキナは身動き一つ取れない。
 鼓動が次第に早くなって行くのを感じた。

 一度、二度。
 浅く深く息を吸って、ルキナは何とか瞬きは出来る様にはなった。
 それでも、早鐘を打ち鳴らす鼓動は、ルキナを急き立て続ける。

 ロビンは、ルキナの答えを静かに待ち続けていた。
 その眼には冗談の色など一欠片も存在していなくて。
 だからこそ、ルキナはここで間違えてはいけないのだ、と気付いた。

 暫しの沈黙がその場を支配する。
 ルキナも、ロビンも。
 身動ぎ一つしない中で先に動いたのはルキナだった。

 一度深く深く息を吸って、心と鼓動を整える。
 自分が背負わねばならぬもの、自分が望むもの。
 そのどちらもを選ぶ事が叶わないのだとすれば。
 それらが相反するものとなってしまうのならば。
 そして……そのどちらかを、ルキナ自身の意志で選ばねばならないのだとしたら……。
 ルキナはその二つを秤に掛け、迷いながらも考え抜いた。

 自分の背負わねばならぬもの……人々から託された希望、父から受け継いだもの、そして何時かはルキナもまた、後を継ぐ誰かに託しゆかねばならぬもの。
 それはルキナにとっては自らの生き方そのものであり、ルキナと言う存在の根幹を成すものである。
 それから背を背けて逃げる事など出来ぬものであるし、況してやそれを選ばないなど……捨てる事など、赦されて良い筈もない。
 それは、ルキナに託した人々への……連綿と続く自らの血への、裏切りに他ならない。
 だけれども……。


 自分が望むもの、欲するもの。
 それは、聖王家の末裔としてではなく、『最後の希望』としてのものでもなく。
 ただ一人の、ルキナと言う名の人間として、こんな絶望しかない様な世界でやっと見つけた『願い』を、何よりも大切な『想い』を。
 それを切り捨てる事など、ルキナには出来ない。
 ルキナ個人としての『願い』が、人々の『希望』とは相容れないものであるのだとしても。
 それを選んでしまえば、ルキナはもう今までの自分ではいられなくなるのだとしても。
 その『願い』は、ルキナにとっては何よりも大切で。
 だからこそ……。

 どちらも選べない様な選択を。
 何を選んでもそこに悔いが残るであろうそれを。
 ルキナは迷い悩み……そして一つの結論を下す。

 そして、重々しい口を開いてルキナは答えた。


「私、は──」




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