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第四話・A『世界と貴方を秤に掛けて』

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 その知らせがルキナの元にもたらされたのは、彼等がルキナの元を発ってから凡そ二年程の月日が過ぎ去った頃の事であった。

 この『絶望の世界』にもたった一つ残された『希望』。
 ギムレーを唯一討ち得るナーガの力を、人の身に得る為の『覚醒の儀』に必要な五つの宝玉。
 その行方を、仲間達が終に探し当てたと言う知らせであった。

 その行方の情報らしい情報も無く世界各地に散らばっていたそれを、仲間達は手分けして草の根を掻き分けてでも探し出し。
 宝玉が眠るその場所が最早人が住める地では無くなった土地であっても、決死の覚悟で侵入して宝玉を人の手に取り戻していたのだ。
 炎の台座と四つの宝玉を取り戻したのが、少し前で。
 残る最後の一つ、『黒炎』も、その行方の手懸かりとなる情報を確かに得られたのだと言う。

 彼等は取り急ぎ知らせだけを先に送ったが、『黒炎』を取り戻し次第、直ぐ様イーリスへと向けて再び彼らは発つそうだ。
 その知らせを受けて、ルキナは不思議な感慨に浸っていた。

 漸く……漸く、全てを終わらせる事が出来るのだと。
 やっとこの世界を覆う『絶望』を打ち払えるのだと。

 最早伝聞の中でしか知らぬ『覚醒の儀』で何が起きるのか……、ルキナは知らない。
 人の身に過ぎたナーガの力を得る為の儀式なのだ。
 命の危険をも伴う可能性もあった。
 それに、『覚醒の儀』を無事に終えたとしても、その先にルキナにはギムレーと対峙しこれを討つ役目が残っている。
 大陸の様に巨大であると言われているその邪竜を、例えナーガの力を得たとは言えども人間でしか無いルキナに、果たして討つ事が可能なのだろうか。

 何一つとして失敗は赦されぬ事であるだけに、不安は尽きないが……。

 だが、ルキナは独りでは無い。
 宝玉を手にイーリスへ帰還する仲間達と、そして──。
 誰よりも信頼し、誰よりもルキナを支えてくれる、ルキナの軍師が……ロビンが居てくれるのだ。

 例え相手が神話の時代より語られる災厄の邪竜なのだとしても、ルキナは決して負ける気がしなかった。
 邪竜さえ討ち滅ぼせれば、きっと世界は救われる。
 そこにあるであろう『平和』がどの様なものなのかは、まだルキナには想像は出来ないけれども。
 でも、無辜の人々が屍兵の恐怖に怯える様な事は、きっと無くなるのだ。

 そして──。

 そんな世界に、いや万が一そこが『平和』とは程遠い世界なのだとしても。
 そこにロビンが居てくれるのなら。
 ルキナはそれだけもう十分な程に『幸せ』なのだ。

 それに、ロビンが傍に居てくれるのならば。
 例えまだ『平和』には遠い世界になるのだとしても。
 きっと人々の幸せの為に、そしてルキナの『願い』の為にも。
 二人で一緒に、世界を少しでも良いものにしようと、共に手を取り合って進んで行ける筈だ。

 全く、寝ても覚めても自分の心にあるのはロビンの事ばかりだ、とルキナは思わず苦笑する。
 愛される事の幸せを、そして愛する事の幸せを。
 その何もかもを教えてくれたロビンが、こんなにも大切で、こんなにも愛しくて。
 傍に居てくれるだけでも既に満たされてしまいそうなのに、その先すらをもロビンは与えてくれるのだ。
 時々、ルキナはロビンが与えてくれたモノと同等のモノを彼に返せているのかと少し心配になってしまうけれど。
 でもそんな憂慮を僅かにでもロビンに悟られてしまう度に。
 ロビンはルキナの不安も何もかもを包み込む様な優しい笑顔で、『ルキナの傍に居られるだけで、もう十分な程に幸せを返して貰っている』のだと語ってくれるのだ。
「無欲なんですね」とルキナが言う度に、ロビンは笑って首を横に振って、「僕は、きっとこの世界の誰よりも強欲ですよ」と言うのだ。
 ロビンが強欲だなんて……そんな事は無いとルキナは思うのだけれど、彼がそう言うのならそうなのかもしれない。
 ……それにきっとルキナも、ロビンに負けない位に強欲なのだろう。

 だって、こんなにもただ一人の事を求めていて、こんなにもその一人に自分の事を見て欲しくて、そして、ずっと傍に居て欲しいと願ってしまうのだ。
 相手の何もかもを自分に縛り付けるかの様なそんな『願い』を、強欲と呼ばずして何と呼ぶのだろうか。
 二人揃って『強欲』だなんて言うのも、何だかお似合いみたいで少し嬉しかった。

 そうだ、とルキナは端と思う。
 仲間達が無事帰還したら、皆にもロビンの事を伝えなくてはならない。
 きっと皆驚くだろうけれど、でも直ぐにロビンの事を受け入れてくれるだろう。
 仲間達がイーリスを発った後でロビンがルキナをずっと支え続けてくれていたのは紛れもない事実だし、何よりその人柄に触れればロビンが信頼に値する人だと直ぐに納得してくれる筈だ。
 何だったらその時に、仲間達にだけはルキナとロビンの関係性を明かしても良いかもしれない。
 益々驚かせてしまうかもしれないけれど、でも、きっと祝福してくれるだろう……。

 そんな事を考えていると、ルキナにはその時が一層待ち遠しくなっていった。


 絶望に疲弊仕切っていた人々も、漸く幽かに見えてきた『希望』に何処か高揚を隠せなくなってきたその頃。


 ロビンの様子に、小さな《変化》が訪れていた……。




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