断話『葬送の花』
◆◆◆◆◆
この絶望の世界では、誰もがその日その日を生きる事に必死であった。
何もかもが崩れ、壊れ果てたこの世界では、多くのものが切り捨てられ喪われてしまった。
『花』も、喪われてしまったものの一つだ。
かつては人々の生活に彩りを添え、そして見る人の心に豊かさを与えていた花達は、世界が絶望に沈んでから真っ先に消えてしまった。
陽の光すら十分に行き届かず、そして大地はかつての肥沃さの面影など何処にも無い程に枯れ果て荒地となって。
野に咲く名も知れぬ様な小さな花々は瞬く間に枯れ落ちてしまっていった。
僅かに残った木々も、次第に痩せ衰え最早花を咲かせる程の活力はなく、若木でさえも枯死寸前の老木と大差無い様な有り様であった。
人々がかつては肥料を与え手塩を掛けながら丹念に育てていた花達も、こんな人々が日々を凌ぐ為の食料にすら困窮するこの絶望の世界であっては食料にもならないただの鑑賞用の花を育てる様な余裕など誰にもなくて。
かつては花畑が広がっていたそこには、痩せた麦の穂が風に揺れている。
かつては鑑賞用としてあれ程持て囃され贈り物として重宝されていた薔薇などは、最早この世界には一株たりとも残ってはいないだろう。
祝い事や祭りなどこんな終末の世界では既に絶えて久しく、新たな命の誕生でさえ言祝がれる事なく、寧ろただ苦しむだけの生を与えられた事を嘆く声が響くのみ。
その生を祝福されない程度ならまだマシで、この困窮した世界では赤子を養う余裕は無いとばかりに打ち捨てられ、屍兵に貪り喰われる命すらあった。
それならば子供など作らなければ良いと言う話になるのだけれど、こんな『希望』も喜びも絶えた世界では、唯一この現実から逃避する為の手段がそれしか残されていない者は剰りにも多い。
それを止める手立てなど、無いに等しかった。
そして失われたのは祝い事だけでなく、葬儀と言う習慣も、世界が絶望に沈んでから数年経った今ではもう既に喪われていた。
死体が出たら屍兵に変貌する事を防ぐ為に速やかに荼毘に付さねばならないので、故人との別れを惜しむ様な儀式をやっている余裕など無く、故に葬儀など余程の事がなければ行われない。
そして、死者に花を手向けるなどと言う風習も肝心の花がもう存在しない為廃れ、当然の事ではあるのだが、墓前に花を供えると言う事も無い。
イーリス王都の一画に存在する歴代の聖王家の者達の墓にすら、最後に花が手向けられたのは何時の事だったか……。
父母の墓前には、今や申し訳程度の造花が供えられているだけであった。
……何時か二人の墓前に……そしてこの絶望の世界で喪われた全ての者の墓前に、両手一杯の花を手向ける事が、ルキナにとって密かな目標であった。
……その為にも、先ずはこの絶望の世界を生み出した邪竜を討たねばならないのだけれども。
かつてはイーリス国内でも有数の花畑が広がり四季に応じて色とりどりの花達が人々の目を楽しませてきた筈の……しかし今となっては痩せた地の所々に芋の苗が植えられているだけとなった場所を、ルキナは静かな感傷と共に見詰める。
幼きあの日にたった一度だけ、父母に連れられて訪れた思い出の花畑は、今や見る影もなく変わり果てていた。
それを、その変化を、仕形の無い事なのだと、人々が生きる為、その糧を得る為なのだからと。
そう理解はしているのだけれども。
それでも心の何処かは膿んだ様な痛みを訴える。
人々から不要として切り捨てられてしまったその花達が、まるで幼いあの日の思い出その物である様な気がして。
緩やかな風に微かに葉を揺らす芋の苗の影に混じって、踏み潰された花達の幻影が過る様な……そんな錯覚すら感じてしまう。
余計な感傷だとは分かっているけれども、ルキナはそれを切り捨てられない。
「ルキナさん、どうかしましたか?」
ふと声を掛けられて振り返ったそこには、ロビンが気遣わしそうな目でルキナと、ルキナが視線を向けていた畑を見詰めていた。
「いえ……大した事ではないのですが……。
かつてここには花畑が一面に広がっていたんです。
今では、芋の畑になってしまっていますが……」
「花畑、ですか……」
ロビンは微かに首を傾げる。
ロビンは元々はイーリスの民ではなかった為、幾らイーリス国内では有名であったとしても、ここに花畑があった事を知らなかったのだろう。
そんなロビンに、ルキナはかつての思い出を掘り起こす様にして思い出しながら、説明していく。
「ええ。イーリスでも有数の花畑として有名だったんです。
季節ごとに違う花々が色鮮やかに咲き誇る……そんな花畑でした。
王都に卸される花の多くがここで育てられているものであったと、聞いた事があります」
「ルキナさんは、その花畑を見た事があったんですか?」
「一度だけですが……。
父と母と、そして父の臣下達と……。
両親と共に城の外に出られる機会はあまりありませんでしたから、とても嬉しかったのを今でもよく覚えています」
ルキナにとっては『幸せ』な時間ではあったけれど、当時も戦争の動乱の中の日々で。
父母共に城に居ない時間も多かったし、親子で何処かに出掛けられる機会など殆ど無かった。
それ故に、その貴重な時間はルキナにとっては何よりもの『宝物』であったのだ。
大好きな父が居て、母が居て。
そしてそこには大好きだった『ルフレおじさま』が居た。
彼等と過ごす時間はあまりにも楽しくて幸せで、だから帰り際にはまだここに居たいなどと、子供らしい我が儘まで言ってしまった。
その我が儘に、父も母も、そして『彼』も笑って。
『また皆で来よう』と、そう約束してくれた。
幸せな……もう二度と戻れない幸せな時間、もう二度と叶わない……幸せな約束だった。
あの日見た花の名前はもう思い出せないけれど、そこにあった『幸せ』は今でも忘れずに覚えている。
「……そう、だったんですね……」
ロビンは僅かに痛みを湛えた目でかつての花畑を見回した。
そこに思い出のあの景色は何処にも残ってはいない。
豊かな花畑は、痩せ衰えた芋の畑になってしまっている。
肥料を与える余裕も無い土地は痩せ衰えるばかりで、そんな土地で育てられるのは痩せた地でも育つ芋位しか無いが芋は土地を更に痩せさせてしまう。
それを補う為には土地を休ませたり肥料を与えなければならないのだが、人々が少しでも飢えを凌ぐ為には痩せ衰えた地で芋を育て続けるしかないのだ。
その結果土地は更に荒れ果て、肝心の作物も痩せ細って収穫数も減っていく。
自らの首を真綿で絞める様なその行為を、人はそうと知りながらも止める事が出来ない。
確実な破滅を誰もが予期しながらもそれを回避する術もなく、ただその日を生きる為だけにその緩やかな自滅への道を歩んでいく。
それを愚かと嗤う事は容易いが、その行為を一体誰が責められると言うのだろう。
明日の死を回避する為に今日死ぬだなんて、本末転倒にも程がある。
結局の所、ギムレーを討ちこの絶望の世界を終わらせるしか……。
再び陽の光を取り戻し、大地に実りを取り戻させるしか、人間の滅びを逃れる術はない。
今のままでは数年もしない内に完全に食糧が尽きて、屍兵やギムレーの手によらずとも人間は飢餓の中で滅び去る。
痩せた芋の畑は、その事実をまざまざとルキナに見せ付けた。
食糧事情の困窮は日々ルキナ達の生活に大きく影響を与えているからその深刻さは分かっていたつもりであったが、やはりルキナ達が身を置くのは戦場やその拠点である王都であり、それは食糧を供給される側の立場の人間である。
実際の生産の場の悲惨さを、こうして突き付けられる様に認識する機会などそうは無い。
ここで育てられた痩せた芋も、そのかなりの部分はこの地の人々の腹にではなく、ルキナ達の腹へと消えてしまうものであろう。
餓えた人々は、僅かな食糧が自分達ではない見も知らぬ誰かの腹に消えるのを、どんな目で見送っているのだろう。
必ずやギムレーを討ち、この世に『希望』をもたらしてくれと……そう『期待』する眼差しなのだろうか。
それとも或いは、諦めと絶望に支配された虚ろな眼差しなのか。
それをルキナが知る事はない、出来ない。
ルキナに出来るのは、一刻も早く『炎の紋章』を完成させ、そしてギムレーを討つ……ただそれだけだ。
「……あの」
変わり果てた地を悲しみと共に見詰め、託されたものの重さを再確認していると。
ロビンが、ふと何かを言い淀みながらルキナに声を掛ける。
「どうかしましたか?」
「……ルキナさんにとって、ここでかつて見た花は……その景色は。
大切なもの、だったんですよね……」
何故か、その手をギュッと固く握り締め微かに俯きながら、ロビンはそう言う。
その様子を少し不思議に思いつつも、ルキナは頷いた。
「ええ……。
正確には、花畑それ自体と言うよりは……お父様達と一緒に過ごせた時間と、その景色が大切なのだと思いますが……。
……どうであっても、私にとっては、この地は……そしてかつてここにあった花畑は、……とても大切なものでした。
……もう、あの花達は何処にも咲いていないのでしょうけれど……」
「そう、ですよね……。
この世界がこうなって、花はもう殆ど何処にも……」
「城の庭師達が丹念に世話をしていた花壇や大庭園でさえも、とうに枯れてしまっていますからね……。
昔はよく城の庭園で花飾りなどを作って遊んだりしたものなのですが、……もうそれは二度と叶いませんね……」
イーリス城の敷地内にある広大な庭園や中庭等と言った至るところに植えられていた花は、もう手入れをする人もなく、いつの間にか枯れ果ててしまっていた。
幼い頃に父と母と共に多くの時間を過ごした思い出の庭も、母やルキナの為にと植えられていた数々の花達と共に荒れ果て、もうかつての面影は殆ど残ってはいない。
思い出の景色が変わり果ててしまった事は寂しく悲しいが、こんなご時世に腹が膨れる訳でも戦いの役に立つでもない花を手間を掛けてまで維持など出来ないのはよく分かっている。
故にそこにあるのは諦めと寂しさだった。
「…………」
ロビンのその静かな眼差しに翳りが揺らめいている事に、ルキナは気付かなかった。
◇◇◇◇◇
この絶望の世界では、誰もがその日その日を生きる事に必死であった。
何もかもが崩れ、壊れ果てたこの世界では、多くのものが切り捨てられ喪われてしまった。
『花』も、喪われてしまったものの一つだ。
かつては人々の生活に彩りを添え、そして見る人の心に豊かさを与えていた花達は、世界が絶望に沈んでから真っ先に消えてしまった。
陽の光すら十分に行き届かず、そして大地はかつての肥沃さの面影など何処にも無い程に枯れ果て荒地となって。
野に咲く名も知れぬ様な小さな花々は瞬く間に枯れ落ちてしまっていった。
僅かに残った木々も、次第に痩せ衰え最早花を咲かせる程の活力はなく、若木でさえも枯死寸前の老木と大差無い様な有り様であった。
人々がかつては肥料を与え手塩を掛けながら丹念に育てていた花達も、こんな人々が日々を凌ぐ為の食料にすら困窮するこの絶望の世界であっては食料にもならないただの鑑賞用の花を育てる様な余裕など誰にもなくて。
かつては花畑が広がっていたそこには、痩せた麦の穂が風に揺れている。
かつては鑑賞用としてあれ程持て囃され贈り物として重宝されていた薔薇などは、最早この世界には一株たりとも残ってはいないだろう。
祝い事や祭りなどこんな終末の世界では既に絶えて久しく、新たな命の誕生でさえ言祝がれる事なく、寧ろただ苦しむだけの生を与えられた事を嘆く声が響くのみ。
その生を祝福されない程度ならまだマシで、この困窮した世界では赤子を養う余裕は無いとばかりに打ち捨てられ、屍兵に貪り喰われる命すらあった。
それならば子供など作らなければ良いと言う話になるのだけれど、こんな『希望』も喜びも絶えた世界では、唯一この現実から逃避する為の手段がそれしか残されていない者は剰りにも多い。
それを止める手立てなど、無いに等しかった。
そして失われたのは祝い事だけでなく、葬儀と言う習慣も、世界が絶望に沈んでから数年経った今ではもう既に喪われていた。
死体が出たら屍兵に変貌する事を防ぐ為に速やかに荼毘に付さねばならないので、故人との別れを惜しむ様な儀式をやっている余裕など無く、故に葬儀など余程の事がなければ行われない。
そして、死者に花を手向けるなどと言う風習も肝心の花がもう存在しない為廃れ、当然の事ではあるのだが、墓前に花を供えると言う事も無い。
イーリス王都の一画に存在する歴代の聖王家の者達の墓にすら、最後に花が手向けられたのは何時の事だったか……。
父母の墓前には、今や申し訳程度の造花が供えられているだけであった。
……何時か二人の墓前に……そしてこの絶望の世界で喪われた全ての者の墓前に、両手一杯の花を手向ける事が、ルキナにとって密かな目標であった。
……その為にも、先ずはこの絶望の世界を生み出した邪竜を討たねばならないのだけれども。
かつてはイーリス国内でも有数の花畑が広がり四季に応じて色とりどりの花達が人々の目を楽しませてきた筈の……しかし今となっては痩せた地の所々に芋の苗が植えられているだけとなった場所を、ルキナは静かな感傷と共に見詰める。
幼きあの日にたった一度だけ、父母に連れられて訪れた思い出の花畑は、今や見る影もなく変わり果てていた。
それを、その変化を、仕形の無い事なのだと、人々が生きる為、その糧を得る為なのだからと。
そう理解はしているのだけれども。
それでも心の何処かは膿んだ様な痛みを訴える。
人々から不要として切り捨てられてしまったその花達が、まるで幼いあの日の思い出その物である様な気がして。
緩やかな風に微かに葉を揺らす芋の苗の影に混じって、踏み潰された花達の幻影が過る様な……そんな錯覚すら感じてしまう。
余計な感傷だとは分かっているけれども、ルキナはそれを切り捨てられない。
「ルキナさん、どうかしましたか?」
ふと声を掛けられて振り返ったそこには、ロビンが気遣わしそうな目でルキナと、ルキナが視線を向けていた畑を見詰めていた。
「いえ……大した事ではないのですが……。
かつてここには花畑が一面に広がっていたんです。
今では、芋の畑になってしまっていますが……」
「花畑、ですか……」
ロビンは微かに首を傾げる。
ロビンは元々はイーリスの民ではなかった為、幾らイーリス国内では有名であったとしても、ここに花畑があった事を知らなかったのだろう。
そんなロビンに、ルキナはかつての思い出を掘り起こす様にして思い出しながら、説明していく。
「ええ。イーリスでも有数の花畑として有名だったんです。
季節ごとに違う花々が色鮮やかに咲き誇る……そんな花畑でした。
王都に卸される花の多くがここで育てられているものであったと、聞いた事があります」
「ルキナさんは、その花畑を見た事があったんですか?」
「一度だけですが……。
父と母と、そして父の臣下達と……。
両親と共に城の外に出られる機会はあまりありませんでしたから、とても嬉しかったのを今でもよく覚えています」
ルキナにとっては『幸せ』な時間ではあったけれど、当時も戦争の動乱の中の日々で。
父母共に城に居ない時間も多かったし、親子で何処かに出掛けられる機会など殆ど無かった。
それ故に、その貴重な時間はルキナにとっては何よりもの『宝物』であったのだ。
大好きな父が居て、母が居て。
そしてそこには大好きだった『ルフレおじさま』が居た。
彼等と過ごす時間はあまりにも楽しくて幸せで、だから帰り際にはまだここに居たいなどと、子供らしい我が儘まで言ってしまった。
その我が儘に、父も母も、そして『彼』も笑って。
『また皆で来よう』と、そう約束してくれた。
幸せな……もう二度と戻れない幸せな時間、もう二度と叶わない……幸せな約束だった。
あの日見た花の名前はもう思い出せないけれど、そこにあった『幸せ』は今でも忘れずに覚えている。
「……そう、だったんですね……」
ロビンは僅かに痛みを湛えた目でかつての花畑を見回した。
そこに思い出のあの景色は何処にも残ってはいない。
豊かな花畑は、痩せ衰えた芋の畑になってしまっている。
肥料を与える余裕も無い土地は痩せ衰えるばかりで、そんな土地で育てられるのは痩せた地でも育つ芋位しか無いが芋は土地を更に痩せさせてしまう。
それを補う為には土地を休ませたり肥料を与えなければならないのだが、人々が少しでも飢えを凌ぐ為には痩せ衰えた地で芋を育て続けるしかないのだ。
その結果土地は更に荒れ果て、肝心の作物も痩せ細って収穫数も減っていく。
自らの首を真綿で絞める様なその行為を、人はそうと知りながらも止める事が出来ない。
確実な破滅を誰もが予期しながらもそれを回避する術もなく、ただその日を生きる為だけにその緩やかな自滅への道を歩んでいく。
それを愚かと嗤う事は容易いが、その行為を一体誰が責められると言うのだろう。
明日の死を回避する為に今日死ぬだなんて、本末転倒にも程がある。
結局の所、ギムレーを討ちこの絶望の世界を終わらせるしか……。
再び陽の光を取り戻し、大地に実りを取り戻させるしか、人間の滅びを逃れる術はない。
今のままでは数年もしない内に完全に食糧が尽きて、屍兵やギムレーの手によらずとも人間は飢餓の中で滅び去る。
痩せた芋の畑は、その事実をまざまざとルキナに見せ付けた。
食糧事情の困窮は日々ルキナ達の生活に大きく影響を与えているからその深刻さは分かっていたつもりであったが、やはりルキナ達が身を置くのは戦場やその拠点である王都であり、それは食糧を供給される側の立場の人間である。
実際の生産の場の悲惨さを、こうして突き付けられる様に認識する機会などそうは無い。
ここで育てられた痩せた芋も、そのかなりの部分はこの地の人々の腹にではなく、ルキナ達の腹へと消えてしまうものであろう。
餓えた人々は、僅かな食糧が自分達ではない見も知らぬ誰かの腹に消えるのを、どんな目で見送っているのだろう。
必ずやギムレーを討ち、この世に『希望』をもたらしてくれと……そう『期待』する眼差しなのだろうか。
それとも或いは、諦めと絶望に支配された虚ろな眼差しなのか。
それをルキナが知る事はない、出来ない。
ルキナに出来るのは、一刻も早く『炎の紋章』を完成させ、そしてギムレーを討つ……ただそれだけだ。
「……あの」
変わり果てた地を悲しみと共に見詰め、託されたものの重さを再確認していると。
ロビンが、ふと何かを言い淀みながらルキナに声を掛ける。
「どうかしましたか?」
「……ルキナさんにとって、ここでかつて見た花は……その景色は。
大切なもの、だったんですよね……」
何故か、その手をギュッと固く握り締め微かに俯きながら、ロビンはそう言う。
その様子を少し不思議に思いつつも、ルキナは頷いた。
「ええ……。
正確には、花畑それ自体と言うよりは……お父様達と一緒に過ごせた時間と、その景色が大切なのだと思いますが……。
……どうであっても、私にとっては、この地は……そしてかつてここにあった花畑は、……とても大切なものでした。
……もう、あの花達は何処にも咲いていないのでしょうけれど……」
「そう、ですよね……。
この世界がこうなって、花はもう殆ど何処にも……」
「城の庭師達が丹念に世話をしていた花壇や大庭園でさえも、とうに枯れてしまっていますからね……。
昔はよく城の庭園で花飾りなどを作って遊んだりしたものなのですが、……もうそれは二度と叶いませんね……」
イーリス城の敷地内にある広大な庭園や中庭等と言った至るところに植えられていた花は、もう手入れをする人もなく、いつの間にか枯れ果ててしまっていた。
幼い頃に父と母と共に多くの時間を過ごした思い出の庭も、母やルキナの為にと植えられていた数々の花達と共に荒れ果て、もうかつての面影は殆ど残ってはいない。
思い出の景色が変わり果ててしまった事は寂しく悲しいが、こんなご時世に腹が膨れる訳でも戦いの役に立つでもない花を手間を掛けてまで維持など出来ないのはよく分かっている。
故にそこにあるのは諦めと寂しさだった。
「…………」
ロビンのその静かな眼差しに翳りが揺らめいている事に、ルキナは気付かなかった。
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