その他の短編
◇◇◇◇◇◇
自分を形作る記憶の殆どが喪われても、自分が“邪竜ギムレー”であると言う認識だけは喪わなかった。
だからこそ、それが自分にとっての唯一の寄る辺であり、それこそが自分の存在証明の全てだ。
“邪竜ギムレー”。
人々から忌まれる、破滅と絶望の竜。
憎悪と悲嘆と復讐にその身を焦がす、力なき人間が縋りし神の如き者。
人間など、ギムレーからすれば虫けらでしかなく。
故に等しく無価値であり、ギムレーのもたらす滅びの前にただただ絶望するしかない無力なる者どもだ。
無力であるからこそ、力ある者に縋り。
愚かであるからこそ、異形を“悪”と断じ排斥する。
そんな虫けらに“神”と崇められ、“邪竜”としての役割を押し付けられた。
人間など虫けら同然であるにも関わらず、そんな虫けらどもの身勝手な願いや欲望に振り回されてきていた。
身勝手な願いによって歪に産み出され。
勝手な都合で封じられ、そして討たれ。
肉体が滅びても尚、人々の欲望は再びギムレーに肉体を与えた。
そして、破壊衝動のままに、人々がそう願ったままに、世界に滅びを与えて。
それなのに、また人々の都合によって封じられて。
なのに、また甦らされた。
故にギムレーは人間を憎み、人間を蔑み、人間を滅ぼすのだ。
決して消えぬ破壊衝動のままに世界を蹂躙して。
全ての人間を滅ぼし、人間の痕跡を全て消し去って。
そこまでしないと、ギムレーが止まる事は出来ないだろう。
そうなった後の、全てが等しく滅びた、平らかなる永遠の静寂の中で、ギムレーが何を感じるのかは未だに未知数であるが。
それが自身の望みである事は、多くの記憶を喪ってしまったギムレーでも覚えていた。
しかし、数多の異界が交差するこのアクス王国と言うこの異界に於いては、ギムレーが奮える力は極めて限られていた。
時空を超えた際に記憶だけではなく、竜の力の多くも喪ったのであろう。
今のギムレーは、器としていた人間の脆弱なる肉体に閉じ込められて。
竜として力を解放してその肉体を取り戻しても、本来の自身の肉体に比べればあまりにも矮小に過ぎた。
一国を滅ぼす程度なら今のギムレーでも成せるかもしれないが、しかしこのアクス王国には数多の異界の英雄達が揃っているのだ。
今の弱ったギムレーで彼らと全面的に事を構えるのは些か分が悪かった。
故に、ギムレーはこの世界は滅ぼさない。
が、この世界は滅ぼさないからと言って、それで人間どもに対する憎悪や嫌悪感が薄れる訳でもなくて。
少しでも人間どもに煩わされる事の無い様に、ギムレーは自身の周囲から徹底的に人間を排除していた。
さっさとこんな世界から解放される為にも、望まれれば多少は力を貸してやるし、懇願されれば愚昧なる人間の英雄どもと同じ戦場に立ってやらぬでも無い。
が、それ以上の事はせぬし、それ以上は関わるな、と。
そう散々警告してやっていたと言うのに…………。
相変わらず臆しもせずにギムレーの自室を訪れては何やらギムレーに話し掛けてくる、召喚師だとか言う小娘へと目をやって、ギムレーは内心で思わず溜め息を溢した。
その召喚師としての力を以てこの世界にギムレーを招いた張本人だと言うこの小娘は、ギムレーが何者なのかを理解した上でやたらとギムレーの周りをうろちょろとするのだ。
一応気が利いてはいるから、戯れに“小間使い”にしてやろうか?と言ったらどうやら満更でも無いような反応を返してきた事すらある。
ギムレーにとって、初めて遭遇するタイプの“人間”。
それが、この召喚師であった。
人間から忌み嫌われる事は、慣れている。
排斥され存在を否定される事も、慣れている。
人間どもに憎悪や復讐や妬みに塗れた願いを勝手に託される事にも、慣れている。
が、しかし。
この召喚師の小娘の様に、“ギムレー自身”を必要とされた事は、ギムレーは未だに経験した事が無かったのだ。
当初こそはギムレーの強大な“竜”の力を目当てにすり寄ってきているのかと思っては居たけれども。
どうやら別段そう言う意図があった訳では無かったらしい。
ギムレーの事をどう想っているのか尋ねても、「頼りにしてる」だのと言った言葉が返ってくるのみで。
ギムレーの“竜”の力で己の望みを叶える事が目的なのだろう?と鎌をかけてみても、「ギムレーに叶えてほしい願いは今のところ無い」とあっけらかんと答えてくる。
なら、一体何がしたいのかと問い質してみたら、「私の呼び掛けに応えてくれたギムレーが、少しでもここで楽に過ごせる様にしたい」と返すのだ。
喉元にギムレーの鋭い爪を突き立てられてもそう返す辺り、それは嘘ではないのだろう。
だからこそ、ギムレーにはこの召喚師を理解する事は出来ない。
何故、この小娘は今までギムレーが見てきた人間どもと違うのだろう?
それは、この小娘もまた全く異なる世界から招かれた異邦人であるからなのか?
しかし、異界の英雄達を見ている限りではギムレーが知る人間達とそう差違がある訳でもないので、世界が違うからと言っても『人間』と言う存在の在り方自体はそう大きくは変わらないのであろう。
だからこそ、一層に不可解なのだ。
理解し難い存在ではあれども、何故だかそれは不快ではない。
他の人間どもと同様に突き放すのは、不思議と惜しい様に思えて。
だからこそ、ギムレーはこの召喚師だけは自らの周りに存在することを許している。
あまりにも未知なる存在であるからこそ、ある種の興味をこの召喚師に抱いているのだろう。
好奇心にも似たそれは、記憶を喪い目的を見失い、邪竜としての自身の本懐を遂げる事も出来ぬ今のギムレーにとっては、最高の暇潰しになるのだから。
何時か、ギムレーがこの召喚師の事を理解出来る時が来るのだろうか?
そして、その時に召喚師に対して何を感じるのだろうか。
それは、ギムレーにとっても全くの未知であるのであった……。
◇◇◇◇◇◇
自分を形作る記憶の殆どが喪われても、自分が“邪竜ギムレー”であると言う認識だけは喪わなかった。
だからこそ、それが自分にとっての唯一の寄る辺であり、それこそが自分の存在証明の全てだ。
“邪竜ギムレー”。
人々から忌まれる、破滅と絶望の竜。
憎悪と悲嘆と復讐にその身を焦がす、力なき人間が縋りし神の如き者。
人間など、ギムレーからすれば虫けらでしかなく。
故に等しく無価値であり、ギムレーのもたらす滅びの前にただただ絶望するしかない無力なる者どもだ。
無力であるからこそ、力ある者に縋り。
愚かであるからこそ、異形を“悪”と断じ排斥する。
そんな虫けらに“神”と崇められ、“邪竜”としての役割を押し付けられた。
人間など虫けら同然であるにも関わらず、そんな虫けらどもの身勝手な願いや欲望に振り回されてきていた。
身勝手な願いによって歪に産み出され。
勝手な都合で封じられ、そして討たれ。
肉体が滅びても尚、人々の欲望は再びギムレーに肉体を与えた。
そして、破壊衝動のままに、人々がそう願ったままに、世界に滅びを与えて。
それなのに、また人々の都合によって封じられて。
なのに、また甦らされた。
故にギムレーは人間を憎み、人間を蔑み、人間を滅ぼすのだ。
決して消えぬ破壊衝動のままに世界を蹂躙して。
全ての人間を滅ぼし、人間の痕跡を全て消し去って。
そこまでしないと、ギムレーが止まる事は出来ないだろう。
そうなった後の、全てが等しく滅びた、平らかなる永遠の静寂の中で、ギムレーが何を感じるのかは未だに未知数であるが。
それが自身の望みである事は、多くの記憶を喪ってしまったギムレーでも覚えていた。
しかし、数多の異界が交差するこのアクス王国と言うこの異界に於いては、ギムレーが奮える力は極めて限られていた。
時空を超えた際に記憶だけではなく、竜の力の多くも喪ったのであろう。
今のギムレーは、器としていた人間の脆弱なる肉体に閉じ込められて。
竜として力を解放してその肉体を取り戻しても、本来の自身の肉体に比べればあまりにも矮小に過ぎた。
一国を滅ぼす程度なら今のギムレーでも成せるかもしれないが、しかしこのアクス王国には数多の異界の英雄達が揃っているのだ。
今の弱ったギムレーで彼らと全面的に事を構えるのは些か分が悪かった。
故に、ギムレーはこの世界は滅ぼさない。
が、この世界は滅ぼさないからと言って、それで人間どもに対する憎悪や嫌悪感が薄れる訳でもなくて。
少しでも人間どもに煩わされる事の無い様に、ギムレーは自身の周囲から徹底的に人間を排除していた。
さっさとこんな世界から解放される為にも、望まれれば多少は力を貸してやるし、懇願されれば愚昧なる人間の英雄どもと同じ戦場に立ってやらぬでも無い。
が、それ以上の事はせぬし、それ以上は関わるな、と。
そう散々警告してやっていたと言うのに…………。
相変わらず臆しもせずにギムレーの自室を訪れては何やらギムレーに話し掛けてくる、召喚師だとか言う小娘へと目をやって、ギムレーは内心で思わず溜め息を溢した。
その召喚師としての力を以てこの世界にギムレーを招いた張本人だと言うこの小娘は、ギムレーが何者なのかを理解した上でやたらとギムレーの周りをうろちょろとするのだ。
一応気が利いてはいるから、戯れに“小間使い”にしてやろうか?と言ったらどうやら満更でも無いような反応を返してきた事すらある。
ギムレーにとって、初めて遭遇するタイプの“人間”。
それが、この召喚師であった。
人間から忌み嫌われる事は、慣れている。
排斥され存在を否定される事も、慣れている。
人間どもに憎悪や復讐や妬みに塗れた願いを勝手に託される事にも、慣れている。
が、しかし。
この召喚師の小娘の様に、“ギムレー自身”を必要とされた事は、ギムレーは未だに経験した事が無かったのだ。
当初こそはギムレーの強大な“竜”の力を目当てにすり寄ってきているのかと思っては居たけれども。
どうやら別段そう言う意図があった訳では無かったらしい。
ギムレーの事をどう想っているのか尋ねても、「頼りにしてる」だのと言った言葉が返ってくるのみで。
ギムレーの“竜”の力で己の望みを叶える事が目的なのだろう?と鎌をかけてみても、「ギムレーに叶えてほしい願いは今のところ無い」とあっけらかんと答えてくる。
なら、一体何がしたいのかと問い質してみたら、「私の呼び掛けに応えてくれたギムレーが、少しでもここで楽に過ごせる様にしたい」と返すのだ。
喉元にギムレーの鋭い爪を突き立てられてもそう返す辺り、それは嘘ではないのだろう。
だからこそ、ギムレーにはこの召喚師を理解する事は出来ない。
何故、この小娘は今までギムレーが見てきた人間どもと違うのだろう?
それは、この小娘もまた全く異なる世界から招かれた異邦人であるからなのか?
しかし、異界の英雄達を見ている限りではギムレーが知る人間達とそう差違がある訳でもないので、世界が違うからと言っても『人間』と言う存在の在り方自体はそう大きくは変わらないのであろう。
だからこそ、一層に不可解なのだ。
理解し難い存在ではあれども、何故だかそれは不快ではない。
他の人間どもと同様に突き放すのは、不思議と惜しい様に思えて。
だからこそ、ギムレーはこの召喚師だけは自らの周りに存在することを許している。
あまりにも未知なる存在であるからこそ、ある種の興味をこの召喚師に抱いているのだろう。
好奇心にも似たそれは、記憶を喪い目的を見失い、邪竜としての自身の本懐を遂げる事も出来ぬ今のギムレーにとっては、最高の暇潰しになるのだから。
何時か、ギムレーがこの召喚師の事を理解出来る時が来るのだろうか?
そして、その時に召喚師に対して何を感じるのだろうか。
それは、ギムレーにとっても全くの未知であるのであった……。
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