朝虹は雨、夕虹は晴れ
■■■■
駄目だ駄目だ駄目だ駄目だ駄目だ駄目だ。
このままじゃ、駄目だ。
熱に浮かされた様に空回りしそうになる頭脳を、どうにか元通りにしようとルフレは足掻く。
だが、頬の熱が引かない。
いや、引く訳などはないのだ。
何故ならその熱はルフレの身体の奥深く、心の内側から湧き出しているのだから。
クロムの目に映し出されている自分を見て。
クロムが自分だけを見詰めている事を認識して。
どうして良いのかルフレ自身にも分からない程に心が荒れ狂うかの様に高鳴ってしまう。
“恋人らしい”事をしようと。
クロムの恋人として、誰に対しても憚る事の無い程になろうとしているのに。
ただ見詰められていると言うそれだけで、触れ合える程近くにクロムが居ると言うただそれだけで。
既にルフレは満たされ切ってしまっていた。
これ以上なんて、望もうとすら思えない程に。
しかしそれでは駄目だ。
それはルフレが満たされているだけに過ぎない。
恋とは、愛とは、与えられるだけでなく与えて初めて成立するものであるのだから。
ルフレはクロムから実に多くのモノを与えられてきた。
クロムが居たからこそ、あの日クロムが拾ってくれたからこそ、今のルフレがある。
だが、ルフレはクロムに何れ程の事を返してあげられているのだろうか。
策を練り戦局を幾度も塗り替えて勝利をクロムに捧げてはきた。
だが、それでは足りない。
彼から与えられたモノには、到底釣り合わない。
言葉では到底伝えきれそうにないこの想いを、幸せを、ルフレはクロムに返したい、伝えたいのだ。
だから。
「あのっですね、……おっお昼にしませんか?
今日はお弁当を作ってきたんです!」
途中でつっかえそうになりながら、ルフレは勇気を振り絞ってそうクロムを誘った。
恋人の手作り弁当。
それは『恋愛必勝法』曰く、恋人に好意を伝えるのにもってこいの品、であるらしい。
相手の好物などをバランス良く入れる事で、より相手からの好感度が高まるのだとか。
その真偽は今確かめるしか無いのだが。
ルフレが差し出した弁当箱を、クロムはまるで宝物を手にしているかの様に大切そうに受け取る。
「そ、そうなのか……。
では、頂こう」
クロムも何処か緊張した面持ちで、ルフレが手渡した弁当箱を開けた。
そして中身を見た瞬間、驚いた様に息を呑んだ。
「これは……」
弁当は、クロムの好物を中心として、色鮮やかに美しく盛り付けられていた。
その何れもに、ルフレの想いが籠められている。
ルフレは頬を赤く染めながらチラチラとクロムの反応を伺った。
クロムの目は弁当に釘付けであり、余程驚いたのか微動だにせずに視線に圧力があるのなら穴が空いているんじゃないだろうかと言う程の熱視線を注いでいる。
反応は上々……いや、想定以上であった。
自分の想いの結晶にクロムがこれ程迄に心を奪われていると言う事が、何よりもルフレにとっては嬉しい事である。
弁当を開けた状態でクロムが固まって暫しの時が経ち、凍り付いた時が緩やかに動き出して、漸く二人は緊張でガチガチに固まりそうになりながらも弁当を食べ始めた。
クロムは恋人の手作り弁当と言う剰りにも眩しすぎる代物に戦きながら。
ルフレは散々味見をしながら作った弁当がちゃんとクロム好みの味になっているか、不安に襲われながら。
恐る恐るおかずを一口食べたクロムは、ハッとなったかの様に目を大きく見開いた。
そして……。
「旨い……!
本当に旨いな、これは……!」
クロムはそう絶賛して、勢い付いた様に弁当を食べ始める。
その様子に、ルフレはホッと胸を撫で下ろした。
どうやら、フレデリク達に試食に付き合って貰ったのは無駄にはならなかった様だ。
当初のルフレの料理の味は、曰く『鋼の味』であったらしく、到底人に勧められる味では無かったのである。
マトモな味に仕上げる事が出来る様になったその陰には、幾人もの尊い犠牲があったのである。熊肉料理を食べて卒倒したフレデリクとか。
自分も弁当を食べつつ、ルフレはそっとクロムの顔を見詰める。
クロムの側に居てこうやって時間を過ごせると言うただそれだけの事が、ルフレを満たしていった。
幸福とはこんな時間の事を言うのでは無いだろうか……、とすら思ってしまう程に。
あの日出会ったその時から、クロムはルフレにとっての世界の全てであった。
記憶も自分を支える何もかもを喪ったルフレにとって、唯一確かなモノが、クロムの存在であったのだ。
自分が誰なのかも分からないのに、クロムの名前だけは覚えていた。
その名前を呼ぶ度に、胸の何処かが締め付けられそうになる様な心の動きも感じていた。
それは、あの日から時折見る断片的な悪夢の所為であったのだろうか。
如何な自分の事とは言えども、そこに関しては分からないが……。
とにもかくにも、クロムこそが、世界と自分とを結ぶ縁であったのである。
ふと、もしクロムを喪ってしまえば自分はどうなってしまうのか、と考えてしまう事がある。
戦場に立つ以上、ルフレがどんなに策を巡らせたとしても、クロムを喪ってしまう可能性は完全には払拭出来ない。
そんな“もしも”を考えてしまう度に、ルフレの身体は恐怖に凍り付き、足元が無限の奈落へと変じてしまったかの様にすら錯覚してしまう。
考えるだけでそれなのだ。
きっと……クロムを本当に喪ってしまったその時は。
ルフレは最早ルフレではいられないだろう。
別の、恐ろしくおぞましい何かに変じてしまうのではないだろうか……。
確たる根拠は無いが、ルフレはそう心の何処かで感じていた。
が、今はペレジアとの戦も終わり、クロム自らが戦場に立つ事は当分の間は無いであろう。
それはルフレにとっては、何よりもの幸いであった。
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駄目だ駄目だ駄目だ駄目だ駄目だ駄目だ。
このままじゃ、駄目だ。
熱に浮かされた様に空回りしそうになる頭脳を、どうにか元通りにしようとルフレは足掻く。
だが、頬の熱が引かない。
いや、引く訳などはないのだ。
何故ならその熱はルフレの身体の奥深く、心の内側から湧き出しているのだから。
クロムの目に映し出されている自分を見て。
クロムが自分だけを見詰めている事を認識して。
どうして良いのかルフレ自身にも分からない程に心が荒れ狂うかの様に高鳴ってしまう。
“恋人らしい”事をしようと。
クロムの恋人として、誰に対しても憚る事の無い程になろうとしているのに。
ただ見詰められていると言うそれだけで、触れ合える程近くにクロムが居ると言うただそれだけで。
既にルフレは満たされ切ってしまっていた。
これ以上なんて、望もうとすら思えない程に。
しかしそれでは駄目だ。
それはルフレが満たされているだけに過ぎない。
恋とは、愛とは、与えられるだけでなく与えて初めて成立するものであるのだから。
ルフレはクロムから実に多くのモノを与えられてきた。
クロムが居たからこそ、あの日クロムが拾ってくれたからこそ、今のルフレがある。
だが、ルフレはクロムに何れ程の事を返してあげられているのだろうか。
策を練り戦局を幾度も塗り替えて勝利をクロムに捧げてはきた。
だが、それでは足りない。
彼から与えられたモノには、到底釣り合わない。
言葉では到底伝えきれそうにないこの想いを、幸せを、ルフレはクロムに返したい、伝えたいのだ。
だから。
「あのっですね、……おっお昼にしませんか?
今日はお弁当を作ってきたんです!」
途中でつっかえそうになりながら、ルフレは勇気を振り絞ってそうクロムを誘った。
恋人の手作り弁当。
それは『恋愛必勝法』曰く、恋人に好意を伝えるのにもってこいの品、であるらしい。
相手の好物などをバランス良く入れる事で、より相手からの好感度が高まるのだとか。
その真偽は今確かめるしか無いのだが。
ルフレが差し出した弁当箱を、クロムはまるで宝物を手にしているかの様に大切そうに受け取る。
「そ、そうなのか……。
では、頂こう」
クロムも何処か緊張した面持ちで、ルフレが手渡した弁当箱を開けた。
そして中身を見た瞬間、驚いた様に息を呑んだ。
「これは……」
弁当は、クロムの好物を中心として、色鮮やかに美しく盛り付けられていた。
その何れもに、ルフレの想いが籠められている。
ルフレは頬を赤く染めながらチラチラとクロムの反応を伺った。
クロムの目は弁当に釘付けであり、余程驚いたのか微動だにせずに視線に圧力があるのなら穴が空いているんじゃないだろうかと言う程の熱視線を注いでいる。
反応は上々……いや、想定以上であった。
自分の想いの結晶にクロムがこれ程迄に心を奪われていると言う事が、何よりもルフレにとっては嬉しい事である。
弁当を開けた状態でクロムが固まって暫しの時が経ち、凍り付いた時が緩やかに動き出して、漸く二人は緊張でガチガチに固まりそうになりながらも弁当を食べ始めた。
クロムは恋人の手作り弁当と言う剰りにも眩しすぎる代物に戦きながら。
ルフレは散々味見をしながら作った弁当がちゃんとクロム好みの味になっているか、不安に襲われながら。
恐る恐るおかずを一口食べたクロムは、ハッとなったかの様に目を大きく見開いた。
そして……。
「旨い……!
本当に旨いな、これは……!」
クロムはそう絶賛して、勢い付いた様に弁当を食べ始める。
その様子に、ルフレはホッと胸を撫で下ろした。
どうやら、フレデリク達に試食に付き合って貰ったのは無駄にはならなかった様だ。
当初のルフレの料理の味は、曰く『鋼の味』であったらしく、到底人に勧められる味では無かったのである。
マトモな味に仕上げる事が出来る様になったその陰には、幾人もの尊い犠牲があったのである。熊肉料理を食べて卒倒したフレデリクとか。
自分も弁当を食べつつ、ルフレはそっとクロムの顔を見詰める。
クロムの側に居てこうやって時間を過ごせると言うただそれだけの事が、ルフレを満たしていった。
幸福とはこんな時間の事を言うのでは無いだろうか……、とすら思ってしまう程に。
あの日出会ったその時から、クロムはルフレにとっての世界の全てであった。
記憶も自分を支える何もかもを喪ったルフレにとって、唯一確かなモノが、クロムの存在であったのだ。
自分が誰なのかも分からないのに、クロムの名前だけは覚えていた。
その名前を呼ぶ度に、胸の何処かが締め付けられそうになる様な心の動きも感じていた。
それは、あの日から時折見る断片的な悪夢の所為であったのだろうか。
如何な自分の事とは言えども、そこに関しては分からないが……。
とにもかくにも、クロムこそが、世界と自分とを結ぶ縁であったのである。
ふと、もしクロムを喪ってしまえば自分はどうなってしまうのか、と考えてしまう事がある。
戦場に立つ以上、ルフレがどんなに策を巡らせたとしても、クロムを喪ってしまう可能性は完全には払拭出来ない。
そんな“もしも”を考えてしまう度に、ルフレの身体は恐怖に凍り付き、足元が無限の奈落へと変じてしまったかの様にすら錯覚してしまう。
考えるだけでそれなのだ。
きっと……クロムを本当に喪ってしまったその時は。
ルフレは最早ルフレではいられないだろう。
別の、恐ろしくおぞましい何かに変じてしまうのではないだろうか……。
確たる根拠は無いが、ルフレはそう心の何処かで感じていた。
が、今はペレジアとの戦も終わり、クロム自らが戦場に立つ事は当分の間は無いであろう。
それはルフレにとっては、何よりもの幸いであった。
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