天泣過ぎれば
◆◆◆◆◆
目覚めは何時も最悪だった。
記憶にうっすらとしか残らない悪夢の残滓がこびりついた様に離れず、例えようも無い程の絶望感と悲嘆と憎悪がこの胸を焦がしているのだ。
『忘れるな』と何かががなり立てているかの様に、ルフレが悪夢を見ない日は無かった。
最近はそれに加えて、あの日……エメリナ様を救えなかったあの時の夢も見る様になっていて。
しかもどんなに酷い悪夢でも、それで飛び起きる事すら出来ないのだ。
だから……ルフレは眠る事が好きでは無い。
転た寝程度の浅い眠りであってもルフレは何時も悪夢に襲われてしまうのだ、だからこそ眠るのが怖かった。
夜を徹して仕事をしたり本を読んだりしがちなのは、純粋に時間を忘れてしまうと言う事も大いにあるのだけれど、それと同じ位にルフレが眠りを忌避しているからであろう。
……まあ、ずっと眠らずにいる事も出来ないので、どうしても眠ってしまう事はあるのだけれど。
そんな姿を誰かに見られでもしたら、きっと心配させてしまうであろうから。
それは嫌で、ルフレは人前で転た寝程度でも眠った事は一度も無かった。
だから、ベッドはクロムに譲ってルフレ自身は机に伏して寝ようと思っていたのに。
それは駄目だとばかりにクロムにベッドまで引っ張られ、渋々ベッドに横になって誤魔化そうとしたのだけれど。
きっと、慢性的に寝不足の状態が続いていたからだろう。
横になった瞬間、ふっと灯りを吹き消したかの様に、そこから先の記憶は無かった。
辛く苦しい目覚めがまた来るのだと、ぼんやりと覚悟していたのだけれども。
小鳥の囀ずりと隙間から僅かに射し込む陽射しで目を覚ましたルフレは、何時になくスッキリとした目覚めである事に寝惚け眼でありながらも驚いた。
何時もなら目覚めには息が苦しい程の哀しみと絶望感が付きまとうのに。
哀しみどころか、ポカポカとした安心感すら感じている。
何でだろうとぼんやりした頭で考えながら、腕の中のフワフワとした温もりをギュッと抱き締める。
…………?
腕の中の、温もり……?
ぼんやりとした思考の中でも引っ掛かりを覚えたルフレは、腕の中へと視線を落とす。
そして、驚愕の剰りに時間が凍り付いたかの様に思考が静止した。
ルフレの腕の中には、見事な深蒼の毛並みを持った一匹の狼がスヤスヤと眠っていたのだ。
狼?何で?
理解出来ない事態に一瞬混乱したが、直ぐ様昨日クロムの身に降りかかった『呪い』を思い出し、そして昨晩の事を思い出した為に、ここにクロムが居る事は経緯は何とか理解した。
が、確かに同じ天幕で、同じベッドで寝ていたのだとして。
何故、自分はクロムを抱き締めて眠っていたのだろう……??
恐る恐るとクロムから手を放し、ルフレはベッドから起き上がった。
とにかく、ここは一旦顔を洗うなりして一度思考をクリアにしよう、そうしよう。
そう思いベッドから離れようとした瞬間、ウゥッと小さな呻き声を上げてクロムが起き上がった。
そしてルフレを見上げて驚いた様な顔をして、そして自分の身体を見て更に驚いた様な顔をして。
混乱した様に一頻り狼狽えてから、クロムは現状に至る経緯を思い出したのか落ち着きを取り戻した。
が、ルフレをチラチラと見やり何処か気不味そうにしている。
やはり昨夜、自分は何か仕出かしてしまったのか……?
そう思い至ったルフレは、眠気など吹き飛ばす勢いで頭を下げた。
「ごめんクロム……!!
あたし、何をしたのかとか寝惚けてて全然覚えてないんだけど、何かやらかしちゃったのよね……!?」
例え寝惚けていようとも、一国の王子……いや実質既に王であるクロムを抱き締めたまま眠るとか、完全に事案である。
しかも、きっと無理矢理だったのだろう。
気不味そうな先程の態度がそれを物語っている。
完全にパニック状態になったルフレに、クロムはかなり慌てた様に何度も首を横に振った。
そして、ベッドの上に付いたルフレの左手に、肉球の付いた自身の手をポンッと乗せる。
それはまさしく、『気にするな』と、言ってくれている様で。
それに僅かばかり安堵したルフレは、「ありがとう……」と左手に重ねられたクロムの手を、そっと優しく包んだ。
夢心地であったのだろうとは言え無理矢理クロムを抱き締めて寝ていたのは言い訳のしようもないけれど。
でもきっと、今日の目覚めがあんなにも穏やかで心地好くて幸せすら感じられる程だったのは、クロムのお陰だろうから。
きっとクロムなら、幾らルフレが無理矢理に抱き締めていたのだとしても本気で脱け出そうと思えば脱け出せたのだろう。
でもそれをしなかったのは。
もしかしたら、悪夢に魘されているルフレを気遣ってくれたのではないか、と。
そんな事を、思ってしまうのだ。
今まであんなにクロムにはバレたくないと……心配をかけたくないと思っていたのに、いざ(恐らく)それを気遣って貰うと、申し訳無い反面どうしようもなく嬉しかった。
だけれども、『これ以上』を望んではいけない。
それは、自分には赦されていないのだから。
もっとクロムの『想い』が欲しいと、ふと気を抜けばそう望んでしまう自分を戒めつつ、ルフレは精一杯の感謝の想いをこめて、クロムに微笑むのであった。
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目覚めは何時も最悪だった。
記憶にうっすらとしか残らない悪夢の残滓がこびりついた様に離れず、例えようも無い程の絶望感と悲嘆と憎悪がこの胸を焦がしているのだ。
『忘れるな』と何かががなり立てているかの様に、ルフレが悪夢を見ない日は無かった。
最近はそれに加えて、あの日……エメリナ様を救えなかったあの時の夢も見る様になっていて。
しかもどんなに酷い悪夢でも、それで飛び起きる事すら出来ないのだ。
だから……ルフレは眠る事が好きでは無い。
転た寝程度の浅い眠りであってもルフレは何時も悪夢に襲われてしまうのだ、だからこそ眠るのが怖かった。
夜を徹して仕事をしたり本を読んだりしがちなのは、純粋に時間を忘れてしまうと言う事も大いにあるのだけれど、それと同じ位にルフレが眠りを忌避しているからであろう。
……まあ、ずっと眠らずにいる事も出来ないので、どうしても眠ってしまう事はあるのだけれど。
そんな姿を誰かに見られでもしたら、きっと心配させてしまうであろうから。
それは嫌で、ルフレは人前で転た寝程度でも眠った事は一度も無かった。
だから、ベッドはクロムに譲ってルフレ自身は机に伏して寝ようと思っていたのに。
それは駄目だとばかりにクロムにベッドまで引っ張られ、渋々ベッドに横になって誤魔化そうとしたのだけれど。
きっと、慢性的に寝不足の状態が続いていたからだろう。
横になった瞬間、ふっと灯りを吹き消したかの様に、そこから先の記憶は無かった。
辛く苦しい目覚めがまた来るのだと、ぼんやりと覚悟していたのだけれども。
小鳥の囀ずりと隙間から僅かに射し込む陽射しで目を覚ましたルフレは、何時になくスッキリとした目覚めである事に寝惚け眼でありながらも驚いた。
何時もなら目覚めには息が苦しい程の哀しみと絶望感が付きまとうのに。
哀しみどころか、ポカポカとした安心感すら感じている。
何でだろうとぼんやりした頭で考えながら、腕の中のフワフワとした温もりをギュッと抱き締める。
…………?
腕の中の、温もり……?
ぼんやりとした思考の中でも引っ掛かりを覚えたルフレは、腕の中へと視線を落とす。
そして、驚愕の剰りに時間が凍り付いたかの様に思考が静止した。
ルフレの腕の中には、見事な深蒼の毛並みを持った一匹の狼がスヤスヤと眠っていたのだ。
狼?何で?
理解出来ない事態に一瞬混乱したが、直ぐ様昨日クロムの身に降りかかった『呪い』を思い出し、そして昨晩の事を思い出した為に、ここにクロムが居る事は経緯は何とか理解した。
が、確かに同じ天幕で、同じベッドで寝ていたのだとして。
何故、自分はクロムを抱き締めて眠っていたのだろう……??
恐る恐るとクロムから手を放し、ルフレはベッドから起き上がった。
とにかく、ここは一旦顔を洗うなりして一度思考をクリアにしよう、そうしよう。
そう思いベッドから離れようとした瞬間、ウゥッと小さな呻き声を上げてクロムが起き上がった。
そしてルフレを見上げて驚いた様な顔をして、そして自分の身体を見て更に驚いた様な顔をして。
混乱した様に一頻り狼狽えてから、クロムは現状に至る経緯を思い出したのか落ち着きを取り戻した。
が、ルフレをチラチラと見やり何処か気不味そうにしている。
やはり昨夜、自分は何か仕出かしてしまったのか……?
そう思い至ったルフレは、眠気など吹き飛ばす勢いで頭を下げた。
「ごめんクロム……!!
あたし、何をしたのかとか寝惚けてて全然覚えてないんだけど、何かやらかしちゃったのよね……!?」
例え寝惚けていようとも、一国の王子……いや実質既に王であるクロムを抱き締めたまま眠るとか、完全に事案である。
しかも、きっと無理矢理だったのだろう。
気不味そうな先程の態度がそれを物語っている。
完全にパニック状態になったルフレに、クロムはかなり慌てた様に何度も首を横に振った。
そして、ベッドの上に付いたルフレの左手に、肉球の付いた自身の手をポンッと乗せる。
それはまさしく、『気にするな』と、言ってくれている様で。
それに僅かばかり安堵したルフレは、「ありがとう……」と左手に重ねられたクロムの手を、そっと優しく包んだ。
夢心地であったのだろうとは言え無理矢理クロムを抱き締めて寝ていたのは言い訳のしようもないけれど。
でもきっと、今日の目覚めがあんなにも穏やかで心地好くて幸せすら感じられる程だったのは、クロムのお陰だろうから。
きっとクロムなら、幾らルフレが無理矢理に抱き締めていたのだとしても本気で脱け出そうと思えば脱け出せたのだろう。
でもそれをしなかったのは。
もしかしたら、悪夢に魘されているルフレを気遣ってくれたのではないか、と。
そんな事を、思ってしまうのだ。
今まであんなにクロムにはバレたくないと……心配をかけたくないと思っていたのに、いざ(恐らく)それを気遣って貰うと、申し訳無い反面どうしようもなく嬉しかった。
だけれども、『これ以上』を望んではいけない。
それは、自分には赦されていないのだから。
もっとクロムの『想い』が欲しいと、ふと気を抜けばそう望んでしまう自分を戒めつつ、ルフレは精一杯の感謝の想いをこめて、クロムに微笑むのであった。
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