天泣過ぎれば
◇◇◇◇◇
色々と問題はあったが夕食も済ませ、そうこうしている内に辺りはすっかり夜の帳に覆われ、不寝番以外は皆眠りに就く様な時間になった。
夜を徹して本を読んだり策を練ったりする事も多いルフレだが、同じ天幕で寝る事になるクロムに気を遣ったのか、今夜は素直に寝ようとしていて。
が、あろう事かルフレは机に突っ伏して寝るつもりであった様で、それは止めろと抗議の為に小さく吠えると、「ベッドはクロムが使って」と返してきたのだ。
最初からクロムにベッドを譲り、自分は机で寝るつもりだったらしい。
何人も雑魚寝出来る程大きなベッドではないが、そんな事をせずとも、狼になって身体は縮んでるクロムとなら問題なく一緒に眠れる広さはある。
一緒のベッドで寝るのが憚られると言うのなら、逆にクロムが適当な場所で眠ればいいのだ。
どうせ今のこの身は狼なのだから、気にしなければ何処ででも寝られるだろう。
そんな意図を込めて抗議する様に服の裾を引っ張ってベッドまでルフレを連れていくと、流石にその意図を察したのだろう。
戸惑った様な顔をしたが、ルフレも大人しくベッドに横たわった。
すると余程疲れていたのか、途端に眠りに落ちたらしくルフレは静かに寝息を立て始める。
その瞬く様にあまりにも早い入眠に、クロムも唖然としてしまった。
まあ、ルフレは寝不足がちな事も多いし、恒常的に疲れが溜まっているのかもしれない……。
だから、眠れる時には直ぐ様眠る様に、身体が慣れているのだろう。
深く眠るルフレから出来るだけ身体を離す様にして、クロムもまた眠りに就くのであった。
◇◇
ふと、名前を呼ばれた様な気がして、クロムは目が覚めた。
外はまだまだ深い夜の闇に覆われ、天幕の外で人が動く気配などは無い。
はて気の所為か、とクロムが思っていると。
「クロム……」
と、再び自分を呼ぶ声が聞こえる。
その声を辿る様に振り返ったそこにあった光景に、クロムは思わず息を呑んだ。
この姿になってから、クロムは驚く程に夜目が利く様になったらしい。
天幕の入り口のほんの僅かな隙間から射し込んだ幽かな月明かりの中ですら、天幕の中がハッキリと見えてしまった。
魘されながら眠るルフレの目から、光る雫が後から後から零れ落ちてしまっているその様子も。
後悔と絶望に苛まれる様に悲痛な声で謝り続けるルフレのその寝顔が、哀しみに歪んでいるその様も。
ルフレが誰にも悟られぬ様に夜の帳の中に隠してきたであろうそれらを、クロムの眼は暴いてしまった。
だが、暴いた所で今のクロムが何をしてやれると言うのだろう。
安心させようと呼び掛けようとも、この喉から言葉は出ない。
誰かを求める様に震えるその手を、この獣の前足では優しく握ってやる事も出来ない。
悪夢の中で後悔と哀しみに沈むルフレを、優しく抱き締めてやる事も出来やしないのだ。
「クロム……、ごめん……ごめん、なさい……。
あたしの、せいで……。
こんな、どうして……なんで……。
クロム……クロム……。
いっしょに、いきたかった、のに……。
あたしが、…………だったなら……。
クロムと、いっしょ、に……いきられ……」
一体どんな悪夢を見ているのだろう。
それは、夢の中までは覗けないから分からないが。
クロムの胸を締め付ける様なルフレのその声に、クロムは居ても立っても居られず、眠るルフレに寄り添い、その手にすり寄る様にしてそっと鼻先を触れさせる。
『ルフレ』、と囁く様に呼び掛けたその言葉は相変わらず人の言葉にはならなかったけれど。
クロムが上げた小さな鳴き声に、哀しみに沈んでいたルフレの寝顔が僅かに和らいだ。
それにクロムが安堵した次の瞬間。
ルフレの手が身体に回されたかと思うと、ギュッと力強く抱き寄せられ、突然の密着にクロムの思考は停止する。
例えるならば、幼子がお気に入りのぬいぐるみを抱き締めているかの様な抱き締め方に、驚き焦ったクロムは、ついさっきまで泣きながら眠るルフレを慰めようとしていた事すら頭からすっ飛んで、何とかルフレの腕の中から逃げ出そうとした。
しかしルフレの抱き方は苦しくは無いが逃げ出せない絶妙なモノで、しかも幾ら抵抗してもルフレが起きる気配は無い。
暫し格闘していたものの終には諦めたクロムは、このまま今夜は大人しくルフレの抱き枕になる事を甘受する事にした。
ルフレの寝顔が近いとか、何かとても柔らかいものが当たってるとか、考えてはいけない。
心を『無』にするのだ、と。
雑念を振り払おうとしている内に、気が付けばクロムもまた深い眠りの淵に沈んでいったのであった……。
◆◆◆◆◆
色々と問題はあったが夕食も済ませ、そうこうしている内に辺りはすっかり夜の帳に覆われ、不寝番以外は皆眠りに就く様な時間になった。
夜を徹して本を読んだり策を練ったりする事も多いルフレだが、同じ天幕で寝る事になるクロムに気を遣ったのか、今夜は素直に寝ようとしていて。
が、あろう事かルフレは机に突っ伏して寝るつもりであった様で、それは止めろと抗議の為に小さく吠えると、「ベッドはクロムが使って」と返してきたのだ。
最初からクロムにベッドを譲り、自分は机で寝るつもりだったらしい。
何人も雑魚寝出来る程大きなベッドではないが、そんな事をせずとも、狼になって身体は縮んでるクロムとなら問題なく一緒に眠れる広さはある。
一緒のベッドで寝るのが憚られると言うのなら、逆にクロムが適当な場所で眠ればいいのだ。
どうせ今のこの身は狼なのだから、気にしなければ何処ででも寝られるだろう。
そんな意図を込めて抗議する様に服の裾を引っ張ってベッドまでルフレを連れていくと、流石にその意図を察したのだろう。
戸惑った様な顔をしたが、ルフレも大人しくベッドに横たわった。
すると余程疲れていたのか、途端に眠りに落ちたらしくルフレは静かに寝息を立て始める。
その瞬く様にあまりにも早い入眠に、クロムも唖然としてしまった。
まあ、ルフレは寝不足がちな事も多いし、恒常的に疲れが溜まっているのかもしれない……。
だから、眠れる時には直ぐ様眠る様に、身体が慣れているのだろう。
深く眠るルフレから出来るだけ身体を離す様にして、クロムもまた眠りに就くのであった。
◇◇
ふと、名前を呼ばれた様な気がして、クロムは目が覚めた。
外はまだまだ深い夜の闇に覆われ、天幕の外で人が動く気配などは無い。
はて気の所為か、とクロムが思っていると。
「クロム……」
と、再び自分を呼ぶ声が聞こえる。
その声を辿る様に振り返ったそこにあった光景に、クロムは思わず息を呑んだ。
この姿になってから、クロムは驚く程に夜目が利く様になったらしい。
天幕の入り口のほんの僅かな隙間から射し込んだ幽かな月明かりの中ですら、天幕の中がハッキリと見えてしまった。
魘されながら眠るルフレの目から、光る雫が後から後から零れ落ちてしまっているその様子も。
後悔と絶望に苛まれる様に悲痛な声で謝り続けるルフレのその寝顔が、哀しみに歪んでいるその様も。
ルフレが誰にも悟られぬ様に夜の帳の中に隠してきたであろうそれらを、クロムの眼は暴いてしまった。
だが、暴いた所で今のクロムが何をしてやれると言うのだろう。
安心させようと呼び掛けようとも、この喉から言葉は出ない。
誰かを求める様に震えるその手を、この獣の前足では優しく握ってやる事も出来ない。
悪夢の中で後悔と哀しみに沈むルフレを、優しく抱き締めてやる事も出来やしないのだ。
「クロム……、ごめん……ごめん、なさい……。
あたしの、せいで……。
こんな、どうして……なんで……。
クロム……クロム……。
いっしょに、いきたかった、のに……。
あたしが、…………だったなら……。
クロムと、いっしょ、に……いきられ……」
一体どんな悪夢を見ているのだろう。
それは、夢の中までは覗けないから分からないが。
クロムの胸を締め付ける様なルフレのその声に、クロムは居ても立っても居られず、眠るルフレに寄り添い、その手にすり寄る様にしてそっと鼻先を触れさせる。
『ルフレ』、と囁く様に呼び掛けたその言葉は相変わらず人の言葉にはならなかったけれど。
クロムが上げた小さな鳴き声に、哀しみに沈んでいたルフレの寝顔が僅かに和らいだ。
それにクロムが安堵した次の瞬間。
ルフレの手が身体に回されたかと思うと、ギュッと力強く抱き寄せられ、突然の密着にクロムの思考は停止する。
例えるならば、幼子がお気に入りのぬいぐるみを抱き締めているかの様な抱き締め方に、驚き焦ったクロムは、ついさっきまで泣きながら眠るルフレを慰めようとしていた事すら頭からすっ飛んで、何とかルフレの腕の中から逃げ出そうとした。
しかしルフレの抱き方は苦しくは無いが逃げ出せない絶妙なモノで、しかも幾ら抵抗してもルフレが起きる気配は無い。
暫し格闘していたものの終には諦めたクロムは、このまま今夜は大人しくルフレの抱き枕になる事を甘受する事にした。
ルフレの寝顔が近いとか、何かとても柔らかいものが当たってるとか、考えてはいけない。
心を『無』にするのだ、と。
雑念を振り払おうとしている内に、気が付けばクロムもまた深い眠りの淵に沈んでいったのであった……。
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