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天泣過ぎれば

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 ルフレの天幕に身を寄せる事になったのは、色々と思う所はあったが事情が事情だけに仕方がない。
 が、しかし。
 女性の個人的な生活空間にこうもずけずけと立ち入るのは、王族としての女性へのマナーをみっちり仕込まれてきたクロムにとってはかなり落ち着かないのだ。
 しかもそれが一方的に想っている相手ともなれば、最早目の毒であると言っても差し支えが無いであろう。
 支給された天幕であるとは言え、ずっと使っていればやはり生活感と言うのは染み込んでくるもので。
 天幕内のありとあらゆるモノが、ルフレの姿を想起させてくる。
 更には、ルフレは厚意でベッドの上をクロムの為に割いてくれたのだが、これが良くなかった。
 狼にされてから鼻が物凄く利く様になった為、人であったのなら気付けない程微かにシーツや枕に残っているルフレの残り香が、本能的な部分をダイレクトに揺さぶってくるのだ。
 何と言うのか、物凄く居堪れない。
 平常心平常心と心の中で唱え続けていても、中々落ち着けない。
 無心に剣を振っていれば雑念を追い出せるのかもしれないが、残念ながら今は剣を手に取る事すら出来ないのだ。
 そうやってソワソワしていると、その様子が気になったのか、書類と格闘していた筈のルフレが近付いてきて。
 そして、ふわりと頭を撫でてくる。

 唐突なそれとルフレの顔との近さにクロムが驚き固まっていると。


「必ず、あたしが元に戻すから。
 絶対に、クロムの『呪い』を解く方法を見付けるから……」


 優しく頭を撫でながら、ルフレは柔らかく微笑む。
 久しく見られなかった翳りの無いその微笑みに、そして不思議な熱を孕んだその眼差しに。
 きっと人のままだったなら、顔まで真っ赤にしてクロムは狼狽えるしかなかっただろう。

(顔が近い顔が近い顔が近い顔が近い…………!!)

 とにかくルフレと顔を合わせていられず、逃げる様に顔を隠すしか無かったのだが、隠す為に顔を埋めた枕から強くルフレの匂いを感じて益々堪れなくなってしまった。
 クロムの気持ちが理解出来なかったのだろうルフレが、クロムのその行動に不思議そうに首を傾げていたのがいっそ残酷ですらある。

 人に戻れない限り何時までもこんな心臓に悪い生活が続くのか、とクロムは愕然とし、小さく呻き声を上げるしかなかったのであった。





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