天泣過ぎれば
◇◇◇◇◇
「……と言う訳なの」
ルフレから諸々の事情を説明されたリズとフレデリクは、目の前に居る狼となったクロムを信じられないとばかりに唖然と見詰めている。
「えっと……お兄、ちゃん……なんだよね?」
混乱しつつそう訊ねてきたリズに、『そうだ』とばかりに何度も首を縦に振った。
それを見たリズが、ゴクリと唾を飲み込み緊張した面持ちでそっとクロムの頭へと手をやって恐る恐る撫でるがままに任せていると。
「……正直、まだ信じられないって気持ちの方が大きいけど……。
やっぱり、お兄ちゃんなんだね……」
深く深く溜め息を吐くと共にリズがそう呟く様に言う。
傍に控えるフレデリクもまた、信じられないとばかりにクロムを見詰めているのだが、その身体が常よりも強張り震えているのはきっとクロムの気の所為では無い。
「えっと、あの、大丈夫よ、フレデリク。
確かに今のクロムの見た目は狼だし、喋ったりとかは出来なくなってるけど、中身は変わらずにクロムのままだし、野生の狼みたいに突然襲ってきたりとかはしないから」
「いっ、いえ……それは分かっております。
しかし、その、クロム様に対して騎士としてあるまじき態度であるとは重々承知の上なのですが……。
個人的な事情により、狼などの大型の獣は……苦手なのです……」
…………そう言えば以前、フレデリクは幼少期に山犬に襲われて生死の境を彷徨った事があり、それ以来大型の獣を見るとどうしてもその当時の事を思い出してしまい身体が震えてしまうのだ……と聞いた事があった。
クロムの騎士として少々過保護気味ながらも何でもこなすフレデリクにもその様な弱点があったのか……と思いつつも、幼少期の心の傷は早々癒えるモノでは無いのだな……と感じた事をクロムは今になって思い出す。
……その過去を思えば、こうして狼となったクロムが傍にいると言うのはこの忠実なる従者にとって多大な精神的負荷になるのでは……とクロムは思い至った。
クロムに対してその様な態度を無意識にでも取ってしまう事を酷く気に病むフレデリクに「気にするな」と言ってやりたいのだが、今のクロムでは伝えられないし、第一何かをしようと動く度にフレデリクは可哀想になる位に身体をビクっと震わせるのだ。
このままでは双方にとって良くない、とルフレも判断したのだろう。
何時もなら困る程にクロムに対して過保護気味なフレデリクに、クロムの事は自分に任せて欲しい……と頼んだのだ。
それにはクロムが呪われるのを防げなかった事への負い目もあっただろうし、それ以上にフレデリクの心労を慮っての申し出だったのだろう。
クロムとリズの世話を焼く事が自分の務めだと豪語する程に自負しているフレデリクはルフレその申し出に少し渋ってはいたけれど、クロムもそれを後押しする様に頷いていた事もあって、最終的にはそれを了承した。
そして、クロムが元の姿に戻れるまでどうするのかを三人で話し合い始める。
クロムが呪われて狼にされた事は最重要機密として扱い、ここに居る三人(と一人)とサーリャ以外には決して口外しない事。
クロムが体調を崩し風邪を引いた為大事を取って王都へ急ぎ帰還する……と言う事にして、クロムの不在を誤魔化しつつ王都へ帰る事。
王城へ帰りついたら養生と称してクロムが居ない事を誤魔化す事。
そういった事を急ぎ取り纏め、今後の方針を決めていく。
万が一にもクロムが呪われてこの様な姿になっている事が知られる訳にはいかない。
自警団時代からの仲間達の中でも特に口の固い者ならばまだしも、一般兵に発覚してしまえば如何に口止めをした所で人の口に戸は立てられぬ以上確実に内外に広まってしまう。
そうなれば、どうなってしまうのか想像するだに恐ろしい事になるだろう。
何にせよ、今はサーリャが解呪する方法を見付けるまでは迂闊に動く事も出来ないのであった……。
◆◆◆◆◆
「……と言う訳なの」
ルフレから諸々の事情を説明されたリズとフレデリクは、目の前に居る狼となったクロムを信じられないとばかりに唖然と見詰めている。
「えっと……お兄、ちゃん……なんだよね?」
混乱しつつそう訊ねてきたリズに、『そうだ』とばかりに何度も首を縦に振った。
それを見たリズが、ゴクリと唾を飲み込み緊張した面持ちでそっとクロムの頭へと手をやって恐る恐る撫でるがままに任せていると。
「……正直、まだ信じられないって気持ちの方が大きいけど……。
やっぱり、お兄ちゃんなんだね……」
深く深く溜め息を吐くと共にリズがそう呟く様に言う。
傍に控えるフレデリクもまた、信じられないとばかりにクロムを見詰めているのだが、その身体が常よりも強張り震えているのはきっとクロムの気の所為では無い。
「えっと、あの、大丈夫よ、フレデリク。
確かに今のクロムの見た目は狼だし、喋ったりとかは出来なくなってるけど、中身は変わらずにクロムのままだし、野生の狼みたいに突然襲ってきたりとかはしないから」
「いっ、いえ……それは分かっております。
しかし、その、クロム様に対して騎士としてあるまじき態度であるとは重々承知の上なのですが……。
個人的な事情により、狼などの大型の獣は……苦手なのです……」
…………そう言えば以前、フレデリクは幼少期に山犬に襲われて生死の境を彷徨った事があり、それ以来大型の獣を見るとどうしてもその当時の事を思い出してしまい身体が震えてしまうのだ……と聞いた事があった。
クロムの騎士として少々過保護気味ながらも何でもこなすフレデリクにもその様な弱点があったのか……と思いつつも、幼少期の心の傷は早々癒えるモノでは無いのだな……と感じた事をクロムは今になって思い出す。
……その過去を思えば、こうして狼となったクロムが傍にいると言うのはこの忠実なる従者にとって多大な精神的負荷になるのでは……とクロムは思い至った。
クロムに対してその様な態度を無意識にでも取ってしまう事を酷く気に病むフレデリクに「気にするな」と言ってやりたいのだが、今のクロムでは伝えられないし、第一何かをしようと動く度にフレデリクは可哀想になる位に身体をビクっと震わせるのだ。
このままでは双方にとって良くない、とルフレも判断したのだろう。
何時もなら困る程にクロムに対して過保護気味なフレデリクに、クロムの事は自分に任せて欲しい……と頼んだのだ。
それにはクロムが呪われるのを防げなかった事への負い目もあっただろうし、それ以上にフレデリクの心労を慮っての申し出だったのだろう。
クロムとリズの世話を焼く事が自分の務めだと豪語する程に自負しているフレデリクはルフレその申し出に少し渋ってはいたけれど、クロムもそれを後押しする様に頷いていた事もあって、最終的にはそれを了承した。
そして、クロムが元の姿に戻れるまでどうするのかを三人で話し合い始める。
クロムが呪われて狼にされた事は最重要機密として扱い、ここに居る三人(と一人)とサーリャ以外には決して口外しない事。
クロムが体調を崩し風邪を引いた為大事を取って王都へ急ぎ帰還する……と言う事にして、クロムの不在を誤魔化しつつ王都へ帰る事。
王城へ帰りついたら養生と称してクロムが居ない事を誤魔化す事。
そういった事を急ぎ取り纏め、今後の方針を決めていく。
万が一にもクロムが呪われてこの様な姿になっている事が知られる訳にはいかない。
自警団時代からの仲間達の中でも特に口の固い者ならばまだしも、一般兵に発覚してしまえば如何に口止めをした所で人の口に戸は立てられぬ以上確実に内外に広まってしまう。
そうなれば、どうなってしまうのか想像するだに恐ろしい事になるだろう。
何にせよ、今はサーリャが解呪する方法を見付けるまでは迂闊に動く事も出来ないのであった……。
◆◆◆◆◆