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天泣過ぎれば

◇◇◇◇




 サーリャは狼となったクロムを見るなり直ぐ様それがクロムであると気が付いた。
 呪術の心得は無いクロムにはよく分からないが、魂がクロムのそれその物であった為直ぐに分かったそうだ。
 が、クロムの姿を歪めてしまっている呪術に関しては、その場で解呪する事は不可能だと告げられてしまった。
 曰く、身体その物を大きく変化させる様な強力な呪術は、無理に力技で解こうとすると、魂や心にまで傷を付けてしまったり、却って身体を歪めてしまうモノなのだそうだ。
 然るべき時に然るべき手段で正攻法で解呪するのが最善であるのだと、サーリャは説明してくれた。
 人を獣にする様な邪法は古くから存在こそしているものの、それが使われた例は極めて少なく文献もあまり残っていないが為にサーリャにもその解呪方法に関してはまだ分からないが、何とかしてその手懸かりを掴む事を約束してくれた。
 が、そんな中、ルフレがとんでもない事を言い出したのだ。


「クロムに掛けられた『呪い』を、あたしが肩代わりする事って……出来るかしら?」


 突然何を、とクロムもサーリャも驚いてルフレを見ると。
 ルフレは思い詰める様な表情で言葉を続けた。


「『呪い』を解呪するのではなく、別の対象に移す方法があるって……聞いた事があるの。
 身代わりとか肩代わり……とも言うのかもしれないけど。
 ねえ、サーリャ、お願いがあるの。
 クロムに掛けられたこの『呪い』を、あたしに肩代わりさせて」


 迷い無くそう言い切ったルフレに、クロムは思わず反射的に『何を言っているんだ!』と言い返した。
 それは言葉ではなく獣の吼える声にしかならなかったが、それでもこちらの意図は伝わったのだろう。
 ルフレは、驚いた様にクロムを見詰めた。


『呪いの肩代わりなぞ、俺は絶対にそんな事は許さんぞ!
 それで俺がこの呪いから解放されたとしても、今度はお前が獣になるんだぞ!?
 サーリャが首を縦に振ろうが、絶対に俺はそれだけは認めんからなっ!!』


 きっとその詳細な内容は伝わらなかっただろうけれど、クロムの剣幕にルフレはおろおろと狼狽えながら「クロム?」と呟く。
 そんなルフレとクロムを見て、サーリャは一つ深い溜め息を吐いた。


「ルフレの頼みでも、それは無理ね……。
 こんなに複雑に絡み付いた呪いは、下手に誰かに肩代わりさせようとする事の方が危険よ。
 解呪する方法が見付かるまでは現状維持が一番……って所かしら。
 まあ、もし技術的に可能なのだとしても……ここまで相手が拒絶している以上は無理ね」


 現状は打つ手無し、と告げられたルフレは益々思い詰める様な顔になった。
 そしてサーリャへの礼の言葉もそこそこに、そのまま何処かふらふらとした足取りで天幕を後にする。
 そんなルフレを放っておける筈など無くて。
 伝えられる言葉など今のクロムには無いのだとしても、『ルフレの所為ではないのだ』と、そう伝えてやりたくて。
 クロムは、ルフレのコートの裾を軽く噛んで引っ張った。
 その力が伝わった途端、何かを伝えようとしているクロムの意図を察し、ルフレは振り返ってクロムと目線を合わせる様にしゃがんでくれる。


「クロム、どうかしたの?」


 眉間の皺は少し減ったが、それでもまだ自分を追い詰める様な焦燥の色がルフレのその瞳には色濃く映っていて。


『ルフレ、お前の所為じゃない。
 そんなに思い詰めないでくれ』


 だがその想いは言葉にはならず、小さな鳴き声にしかならなかった。
 分かってはいるけれど、それが哀しくて。
 意識とはまた別に、耳はぺたりと折れ、尾は力無く揺れる。

 何の意図を汲み取ったのかは分からないが、クロムの様子にルフレは力無く微笑んだ。
 そして、優しくクロムの頭へと手をやり、そっと撫でてくる。


「良いのよクロム、こうなったのはあなたの所為じゃないもの。
 寧ろ、クロムだって突然狼にされて混乱しているだろうし恐いだろうに、心配させちゃってゴメンなさい」


 そうやって謝ってくるその言葉に、『違う』のだと、そう返せれば良いのに。
 だが、きっとその言葉も伝わらないのだろう。
 思い詰めるルフレを慰める言葉一つも伝えられない事がどうしようもなく哀しいのに、ルフレの手の優しさと温かさに思わず目を細めてしまう。


「クロム、大丈夫。
 絶対に元に戻れるから」


 絶対に戻してみせるから、とそう言外に語るルフレのその眼差しに、『ルフレ』とクロムは小さく呼び掛ける。
 だがその言葉も、やはりルフレには届いていないのであった。




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