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天泣過ぎれば

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 結論から言えば、クロムの『呪い』はサーリャでさえも直ぐ様解呪する事は出来なかった。
 どうにもかなり強力かつ複雑な『呪い』であるらしく、無理に解呪しようとするとどの様な不具合が出るか分からないらしい。
 何らかの特定の手順や手段を踏めば解呪出来るタイプであるらしいのだが、その手順の手懸かりすら掴めてない現状では下手に解呪するべきではないとも。
 ただ、姿形こそ狼であれどその心は間違いなくクロムのそれそのままであるそうだし、これ以上悪化したりする様な『呪い』ではないのが判明した事はせめて喜ぶべきなのだろう。
 サーリャは、過去の文献などから解呪の手懸かりを探してくれている。
 が、少なくとも今日明日で何とか出来る様なものでも無い。
 当分の間は何とかして誤魔化していくしかないのだろう。

 とにかくリズとフレデリクに説明しなくては、と。
 サーリャの天幕を後にしたルフレは足取りも重く二人の天幕へ向かおうとする。
 が、歩き出そうとしたルフレのその服の裾にクイっと引っ張る力が加わった。
 振り返ると、クロムが服の裾を軽く噛んで引き留めていた。


「クロム、どうかしたの?」


 クロムと目線を合わせる様にルフレがしゃがむと、クロムは小さく鳴く。
 その耳はペタンと伏せられ、尻尾は力無く垂れていた。
 ルフレには今のクロムの言葉は分からないが、「すまない」とかそう言った感じの事を伝えようとしているのだろうか?


「良いのよクロム、こうなったのはあなたの所為じゃないもの。
 寧ろ、クロムだって突然狼にされて混乱しているだろうし恐いだろうに、心配させちゃってゴメンなさい」


 クロムの頭を撫でながらルフレはそう謝った。

 クロムは、ルフレを庇って『呪い』を受けたのだ。
 クロムが突き飛ばしていなければ、獣にされていたのはルフレの方だったのだろう。
 半身たるクロムが呪われてしまった事に、ルフレは強い自責の念に駆られていた。
 聖王代理であるクロムと、クロムの軍師とは言え元々はただの行き倒れでしかないルフレ。
 クロムとルフレでは、立場も何もかもが違い過ぎる。
 獣に変えられても、ルフレなら然して問題は無かっただろうに。
 それなのに、ルフレはクロムに庇わせてしまったのだ。
 どうしてあの呪術師に気付かなかったのか、どうして近くにクロムが居た事にもっと気を払わなかったのか。
 多少なりとも冷静さを取り戻したルフレは、何度も自分を責めていた。

 狼にされてしまったクロムは、当初は歩く事も覚束なかった。
 今までは二本足で歩いていたのに突然四つ足の獣にされたのだ、それも当然であろう。
 言葉を交わす事は出来ず、何かを喋ろうとしてもその喉から出てくるのは狼の鳴き声や吠え声だけ。
 自分が自分の姿でなくなり、当たり前の様に出来ていた事が出来なくなり、そして何時元の姿に戻れるのか分からない。
 物凄く怖いだろうし、強い不安を感じている事だろう。
 クロムをそんな目に遭わせてしまっている事に、ルフレは強く負い目を感じざるを得なかった。

 代わってあげられるのならば迷わずにルフレがその『呪い』を肩代わりするのだが、そんな事は出来ないらしい。
 ……尤も、ルフレが『呪い』の肩代わりを出来ないのかとサーリャに訊いた時は、サーリャがそれの是非を答える前に、クロムは怒った様に吠えていたので、それが出来たとしてもクロムが了承していなかったかもしれないが。

 クロムの『呪い』を解く為ならばルフレは何でもするつもりだし、『呪い』が解けるまで全力でクロムを助けるつもりであった。


「クロム、大丈夫。
 絶対に元に戻れるから」


 希望的観測の様な言葉に聞こえるかもしれないが、それがルフレの本心である。
 ルフレはクロムの為ならば、文字通り『何でも』する覚悟があるからだ。
 方々の呪術師を訪ね回ってでも、クロムの『呪い』を解かせる覚悟があった。

 そんなルフレの覚悟を感じ取ったのだろうか?
 クロムはまた小さく鳴いてフワリと尾を揺らす。

 ……クロムの声が聞けない事が、ルフレには無性に寂しく感じられた。





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