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春を告げる

◇◇◇◇





 一通り祭を見て回ったクロム達は、一旦街中の広場にある噴水前で休憩する事にした。
 親子で楽しい時間を過ごせたからか、ルフレもルキナもマークもとても嬉しそうだ。


「……未来では、お母様達とこうやってお祭りを楽しめた事は無かったんです」


 噴水前のベンチに座りながら、ルキナがふと溢す。


「そうだったの?」

「ええ、未来では……ペレジアとの戦争が長引いてしまいましたし、その戦争が終わっても二年と経たない内に今度はヴァルム帝国と……。
 そして、ギムレーが復活してしまってからは、そもそもお祭りなんて無くなってしまいましたからね……。
 だからこうやって、お父様とお母様とお祭りを楽しめて……とても嬉しいんです」


 ルキナの言葉に一度目を伏せたルフレは、ルキナの手を取って真っ直ぐにその目を見詰めた。


「きっと未来のあたしも、こうしてルキナとマークと一緒にお祭りを楽しみたかったんだと思うわ……。
 その代わり……だなんて言えないけど、それでも。
 あたしもルキナとマークと一緒にこの時間を過ごせて、とても嬉しいの。
 ね、ルキナ。
 これからも、何度だって一緒にお祭りに行きましょ。
 お祭りじゃなくったって良い、何気無い時間を、あなたと一緒に過ごしたいわ。
 ……未来のあたしがルキナやマークにしてあげたくても出来なかった事を、少しでもしてあげたいの」


 ルフレも、ルキナがこの時間の“自分”に……クロムとルフレの実の娘であるルキナに遠慮して距離を置こうとしている事に心を痛めていた。
 特に、ルフレにはギムレーがルキナを追って過去に跳んで来た時に、ギムレーへと変じてしまった“未来”の自分の心と記憶が混ざっている。
 だから、この大きなルキナに向ける愛情の一部には、“未来”のルフレの心が混ざっているのかもしれない。

 ……だが、ルフレのその言葉に、ルキナは嬉しそうに微笑みながらもそっと首を横に振る。


「……そのお気持ちだけで、私には十分なんです。
 お母様には、この時間の“ルキナ”が居るでしょう?
 その“ルキナ”に、その時間は使ってあげて下さい」

「ルキナ……」


 ルキナの心を変えられない事に、ルフレは僅かに落ち込む。
 折角のお祭りだったのに、そうやって水を差してしまった事に気不味くなったのだろうか。
 ルキナは立ち上がり、「先に帰っていますね」、とその場を後にした。
 マークはチラチラとルキナが去って行った方向とルフレとを見やり、ルキナを放ってはおけぬと判断した様で、ルキナを追い掛けていく。
 その場には、ルフレとクロムだけが残された。


「あたし、失敗しちゃったのかしら……」


 ポツンと呟いたルフレの頭を、クロムは少し乱暴に撫でてやる。


「そんな事は無いさ。
 ルフレの想いは、確かにルキナに届いている。
 ただ、それでも中々“心”と言うモノは変えられないんだ」


 何かもっと大きな切っ掛けが必要……なのだろう。
 それが何なのかは、クロムにもルフレにも分からないが。

 落ち込んでしまったルフレを何とか励ましてやりたくて、クロムは先程屋台で購入したペンダントをルフレに渡す。
 包みを解いて出て来たペンダントに、ルフレは目を丸くした。


「クロム、これって──」

「さっきの屋台で買っておいたんだ。
 春を告げる縁起物だそうだ。
 えっと、何だったか……『幸せ』とかの花言葉とやらがあるらしい」


 クロムの説明を聞いているのかいないのか、ルフレはジッとそのペンダントを見詰める。
 そしてフラりと一瞬その身体が揺れたかと思うと、急にキョロキョロと辺りを見回し始めた。


「えっ、あれっ……。
 ここは……あたしは……、何で……?
 えっ、クロム……?」


 戸惑う様に辺りを見回していたルフレは、傍らに立つクロムに目を向けると、酷く驚いた様に目を見開く。
 そして、今にも泣きそうに顔を歪め、ひしと抱き付いてきた。


「クロム……、クロム……!
 ごめんなさい、あたしは……、あたしの所為で……」

「落ち着けルフレ、一体どうしたんだ……?」


 何処か自分の知るルフレでは無い様に感じるその反応に戸惑いつつも、クロムはルフレを抱き締めて宥めようとする。


「あたしの所為でクロムが……。
 ルキナとマークもあんな目に遭わせて……。
 あたしの…………、いえ、違っ……」


 混乱しているとしか思えないルフレであったが、ふと頭が痛むのか頭を押さえてきつく目を瞑った。
 そして。

 再び目を開けたその姿を見て、クロムは不思議な違和感を感じる。
 限り無くよく似ているのに何かが決定的に違っているかの様で……。


「ルフレ?」

「……“クロム”、今目の前に居るあたしは、あなたの“ルフレ”じゃない……。
 ルキナとマークの母親の方の『ルフレ』……と言えば分かる?」


『ルフレ』はそう言って、クロムから身を離した。
 真っ直ぐにクロムを見詰めてくるその眼差しは、確かにルフレのそれと同じであったが、纏う雰囲気は何処か異なる。


「一体何を……」

「……ルキナを追って過去にやって来た時にこの“ルフレ”と混ざった『ルフレ』の心と記憶。
 ギムレーを消滅させても尚、それは“ルフレ”の中から消える事が無かったの……。
 普段は“ルフレ”の心の奥底の無意識の海の中に沈んでいるけれど、“何か”を切っ掛けに浮かび上がる事がある……。
 それが、今あなたの目の前に居る『あたし』よ」


 そう言いながら、ルフレは手の中にあるペンダントをギュっと握り締めた。


「切っ掛けは、“これ”と、この新節祭と言う場所そのものね……。
 後はルキナとマークの存在も、かしら……」

「……お前がルキナ達の母親の方の……“未来”の『ルフレ』なんだとして。
 なら、俺のルフレはどうなっているんだ?」


 まさかとは思うが、『ルフレ』の存在に上書きされてしまったのだとしたら……。
 そう思うと、身体が凍り付きそうな程の恐怖にクロムは襲われる。
 が、それは無いとでも言いた気に『ルフレ』は首を横に振った。


「大丈夫よ、安心して……。
『あたし』の記憶と心が一時的に強く表に出ているから、“ルフレ”は眠った様な状態になっているだけよ。
『あたし』がこうして出てくるなんてイレギュラー中のイレギュラーなんだし、本当に一時的なモノ。
 どんなに長くても、夕暮れまでには『あたし』は再び“ルフレ”の無意識の海に還るし、そうしたら“ルフレ”はちゃんと戻ってくるから……」


 夕暮れまでと言う事は、この『ルフレ』がこうして居られるのもあと二時間も無いのだろう。
 ルフレが無事であると言う事は喜ばしい事であるのだが、ルフレの無事が保証された途端に、今度はこの『ルフレ』の事が気掛かりになる。


「ルフレが戻ったら、お前はどうなるんだ?」

「無意識の海の中にまた沈むだけよ。
 多分、こうやって『あたし』が表に出る事なんてもう二度と無いだろうから、そこは安心してね。
 ……まさかとは思うけど、『あたし』の事を心配しているの?」

「勿論そうに決まっているだろう。
 例え俺のルフレでは無いのだとしても、それでもお前も【ルフレ】なんだ」


 例え自分が愛しているルフレとは違うのだとしても、遠い未来では“クロム”を殺してギムレーへと成り果ててしまっていたのだとしても、それでも。
 彼女もまた【ルフレ】と言う存在である事には変わらないのだ。
 故にクロムが『ルフレ』の事も案じる事に何の不思議があると言うのだろうか。
 クロムの言葉に『ルフレ』は目を見張り……そして泣き笑いの様な複雑な表情を浮かべた。


「……クロムらしいわね。
 有り難う、『あたし』の“クロム”じゃないのだとしても、そう言って貰えるのは嬉しいわ。
 でもね、『あたし』に気を遣わなくてもいいのよ。
『あたし』はギムレーに完全に呑み込まれ、ギムレーと共に消滅した身……既に死んだ存在よ。
 この『あたし』は、“ルフレ”が見ている泡沫の夢の様なモノだもの」

「ならば、せめて……。
 お前に何かしてやれる事は無いのか?
 俺に出来る事ならば、何だってしてやる」


 後二時間程度ではしてやれる事など限られているだろうが、それでもせめてこの『ルフレ』に何かをしてやりたかった。
 自分の存在を“泡沫の夢”だと言って微笑むその姿には、自分の愛しいルフレではないのだと分かっていても、胸を締め付けられる様な苦しさを覚えてしまう。


「……有り難う、“クロム”。
 なら、一つだけ我が儘を言っても良い?
 ルキナとマークと……話がしたいの。
 ギムレーになって世界を滅ぼした母親となんて、あの子達は話をしたくないかもしれないけれど……」


 どうしても伝えたかった事があるのだと、俯いてそうポツリと溢した『ルフレ』に、クロムは。


「そんな筈は無い……!
 ルキナは……マークも……、何時だってお前の事を想っていた。
 確かに、お前はギムレーとなり世界を滅ぼしたのかもしれない。
 だがそれはお前自身の意志では無かったのだし、何よりも。
 ルキナとマークにとっての“母親”は、お前なんだ。
 俺とルフレはあの子達の“家族”にはなれても、本当の親にはなれないんだ……」


 その手を取ってクロムは『ルフレ』を立ち上がらせた。


「そうと決まればルキナ達の後を追うぞ!
 さあ、行こう!」





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