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春を告げる

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 ギムレーと共に消滅したルフレがクロムの元へと帰還して数ヶ月程が経った頃。
 クロムとルフレはフェリアの新節祭へと招かれた。
 ルフレが帰還した時にフェリアの両王はイーリスに態々訪ねに来てくれていたのだが、改めてフェリアでそのお祝いをしたいとの事である。
 元よりフェリアは友好国であるのだし、クロムの代になってからの結び付きは非常に強い。
 ギムレーを相手に共に戦った仲間でもある。
 だからこそ、クロム達は快くそれを了承し、フェリアへと旅立ったのであった。

 春を告げる祭である新節祭ではあるが、雪と氷の大地であるフェリアの完全な雪解けはもう暫し先の事であり、二人が招かれたフェリアは相変わらず雪がそこらかしこに降り積もっている状態であった。
 それでも、雪の下に埋もれた若芽は少しずつ綻ぶその時を今か今かと待ち侘び、厳しい寒さも少しずつ和らいでいるのも確かである。
 数日間にも渡る新節祭は国を挙げてのお祭り騒ぎになるらしく、二人が滞在する事になる東のフェリア王都も街中がお祭りの飾付け一色に染まっていた。

 フェリアの新節祭の事は話には聞いていたが、実際に目にするのは初めてであるクロムも物珍しい景色に目を見張る。
 そして、クロムと出逢ったあの日よりも前の記憶を全て喪い、未だそれは戻らぬままであるルフレにとっては、見聞きするのも初めての光景であったが故に、窓の外からフェリアの街並みを眺めるその目はキラキラと好奇心の輝きに煌めいていた。


「そんなに新節祭が気になるのなら、明日は街中をお忍びで歩いてみるか?」

「良いの、クロム!?
 うん、なら是非とも! 行きましょ!
 それなら、折角だしルキナとマークとも一緒に行っても良いかしら?」


 人々の笑顔が溢れるお祭り事が大好きなこの最愛の妻は、クロムの申し出にそれはもう喜びに満ち溢れた顔で何度も頷く。
 そして、今宵の宴に共に招かれている、“未来”よりやって来た子供達の名前も出した。
 “大きな”ルキナにしろマークにしろ、ルフレが彼女らと共に過ごせたのは基本的に戦時中であり、こう言ったお祭りの様に楽しい催し事を共に子供たちと経験する事はルフレには未だ出来ていなかったのだ。
 それをルフレが寂しく思っていた事はクロムも知っているので、「勿論だ」と頷く。


「ふふっ、イーリス以外の国でのお祭りは初めてね。
 四人で屋台とか沢山巡るわよ……!
 熊肉の干し肉とかがあったら、フレデリクへのお土産にでもしてしまおうかしら……」


 楽しそうにお祭りを巡る計画を立てるルフレが可愛くて、クロムは思わずその頭をくしゃくしゃと撫でた。
 それによって少しルフレの髪が乱れるが、そんな事に構わずにルフレは幸せそうに微笑みクロムを見上げる。
 愛しいこの人が奇跡を起こして消滅の定めを覆し、自分の元へと還ってきてくれた事がクロムには堪らなく幸せな事であった。

 ルフレを喪ったあの日。
 覚悟を決め、その運命を受け入れ、それでも一縷の望みを賭けながらルフレは自ら邪竜を討った。
 それを止めきれなかった事をクロムは誰よりも後悔し、少しずつ解ける様に世界から消えていくその姿を目の当たりにして、そしてそれを自分ではどうする事も出来ぬ現実に直面して、置いて逝かれるのだと絶望に沈みそうになってしまって。

 だが、それでも。

 “また逢いたい”と、そう言って泣きそうな顔をしながらも何処か凜としたその眼差しに。
 “待っていて欲しい”と言外に伝えてきたその微笑みに。
 クロムは、ルフレが還ってくるその日を待ち続ける事を決めた。

 ルフレの居ない日々が何れ程苦痛に満ちた虚しい毎日であったのだとしても。
 誰にも埋める事など出来ない空虚さが常に心を苛んでいても。
 誰よりも愛しい筈なのに、少しずつ少しずつその声やその微笑んだ時の表情を思い出せなくなっていく事が、ルフレが“過去”へと変わっていってしまう事が耐え難い程に恐ろしくても。

 それでもクロムは、ルフレを信じ、ルフレの姿を探しながらも待ち続けた。

 ルフレが還ってくるのに要した時間が、長いモノであったのか将又短いモノであったのかは分からない。
 一度完全に世界から消滅し、それで戻ってきた存在の前例などクロムは知らないのだから比較する対象も居ないのだが。
 …………何にせよ。
 一日一日が永遠の様に長く感じられる日々をクロムが過ごしていたのだとしても。
 ルフレは、確かに還ってきてくれたのだ。
 記憶を喪うなどの代償も無く、時間だけを対価にして戻ってこれたのならばそれに越した事は無いのだろう。
 ならば、クロムにとってはそれだけで充分であった。

 ルフレが還ってきてからは、只管ルフレが其処に居る実感を得ようとするかの様に愛し、二度と離してなるものかとばかりに、クロムはルフレと睦み合う日々を過ごしていた。
 その様子を見ていたマークが「そろそろこっちの僕も産まれそうですね!」なんてとんでもない発言をぶちかましたりしつつも、クロムは幸せな日々を送っていた。

 世界を救った英雄と讃えられてきたクロムは、ルフレが戻ってきた事で、漸く世界を救ったその報酬を……幸せな日々を手にしたのだ。


「ルフレ、そのドレス……よく似合っているぞ」

「あら、そう?
 クロムにそう言って貰えると、とても嬉しいわ」


 少し乱してしまったルフレのその髪をそっと整え直しながら、クロムはそうルフレの姿を褒める。
 新節祭の宴に出席する為に、今のルフレは何時ものあのコートは脱いで、ドレス姿になっていた。

 戦場を駆ける軍師としての姿ばかりが印象に残りがちであり、実際にドレスの様な華やかな衣装で自身を飾り立てる事にはトンと執着が無く普段はあの軍師のコート姿で過ごす事の多いルフレではあるが。
 それでも、王妃としてドレス姿になる事は幾度となくあった。
 あまり華美な衣装はルフレはどちらかと言うと嫌がるので、上質ではあるがやや質素なドレスが多くはあるのだが。
 それでも、決して地味さなどは何処にも無く。
 寧ろその質素さがルフレ自身の美しさを際立たせていた。
 基本的に身形に頓着しないのに、それでもそんなルフレがどんな貴婦人よりも美しく感じてしまうのは惚れた欲目と言うヤツなのだろうか。

 何時もは装飾品の類いは殆ど身に着けようとはしない(曰くジャラジャラしているのは性に合わないらしい)ルフレだが、今日は少しだけ違う。
 ルキナから貰ったティアラを、装飾品として身に着けているのだ。

 かつて古の英雄王『マルス』の名を名乗り、言い伝えられているその姿に似せた衣装を身に纏っていたルキナは、戦争も終わりギムレーを討った後で、漸く肩の荷を下ろせたかの様にあの男装を解いていた。
 あまり目立つのはよく無いからと、そうルキナは言っていたし実際にその意図も大いにあったのだろうけれども。
 それでも、普通の少女の様な格好をして街を歩くルキナの姿が何処か軽やかに見えたのはクロムの気の所為では無かったのだろう。
 そして、“マルス”の装いを止めたルキナは、着けていたティアラを還ってきたルフレに託していた。
 それは、幾度もの激戦をルキナと共に潜り抜けてきたそれが、ルフレを守る御守りになると思ったのかもしれないし、或いは……。
 “大きな”ルキナと言う……時を越えてやって来た娘が、確かに其処に居たのだと、そう思う縁として欲しいと思っての行動だったのかもしれない。
 ルキナが、クロムやルフレからの愛情に狂おしい程に餓えながらも、それでもこの時代に既に産まれている……最早自分とは同じ道を歩まないであろう“ルキナ”の事を想って、クロム達から距離を置こうとしている事には、クロムも気付いていた。
 その様な遠慮などせずとも、クロムが大切な家族に向ける愛情が偏る様な事など無いのであるけれども。
『自分は此所に居るべきではない』と、そうルキナが心に抱えている想いは、クロムが幾ら言葉で諭し行動で示しても、中々払拭する事が出来ぬモノであるのであった。
 その点、記憶の多くを喪っているが故に天真爛漫なマークは、目一杯ルフレに甘えているのであるが……。

 何にせよ、ルキナから託されたそれを、ルフレは殊の外大切にしていた。
 物を欲しがる質では無いもののクロムや仲間たちから贈られた物は全て大切にしているルフレであるのだがそれを差し引いても、そのティアラだけは特別に身に着けこそはせずとも肌身離さず持ち歩いているのをクロムは知っている。
 それは、“もう一人の娘”からの贈り物であるからなのだろうか?
 何にせよ、その大切なティアラをルフレが今宵の宴に身に着ける事を選んだのは確かである。
 飾り気が少なく、女性が身に着けるにしては些か素っ気ない程に質素なそのティアラであるが、元より華美さは好まぬルフレには、とてもよく似合っていた。
 クロムの方により似ていると様々な人から言われるとは言え、髪色こそ違うものの、こうして見るとやはりルキナとルフレは親子なのだなと、そう沁々とクロムは感じる。


「さて、そろそろ宴が始まる頃合いだな。
 ルキナとマークも待っているだろう。
 さあ行くぞ、ルフレ」


 そう言ってルフレの手を優しく取り、二人は客室を後にしたのであった……。




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