春を告げる
◆◆◆◆
それはヴァルム帝国との戦が始まって半ばが経った頃の事。
何とかフェリアに侵入してきていたヴァルム軍を排除し、周辺海域の制海権を取り戻して程無い時期。
第二波第三波と押し寄せてくるヴァルム帝国への対処を話し合う為にフェリアへと招かれていた時の事。
「これが新節祭なのね……初めて見るわ……」
「ああ、フェリアの伝統的な祭りで、雪解けの始まり……春の訪れを盛大に祝うんだ」
まだヴァルム帝国との争乱は完全に終息した訳では無いとは言え、一先ずの危難は去ったのだ。
民の心を前向きにする為にも、今年の新節祭は例年よりも一層盛大な祭りとなっていた。
王都には所狭しとばかりに屋台が立ち並び、街全体が華やかな飾りに彩られていて。
元より血気盛んな者達が多いフェリアであるが、平時のそれとはまた違った祭事特有の熱気が王都全体を覆っている。
フェリア両王との話し合いも終わり、少しばかり生まれた自由な時間を利用して、クロムはルフレを街へと連れ出していた。
クロムと出会う前は、イーリスとペレジアとの国境付近を転々と旅していたのだと言うルフレは、クロムと出逢うまではフェリアに足を踏み入れた事も無く、それ故にルフレは新節祭の事は風の噂でしか知らないのであった。
クロムとて、こうして直に新節祭を見るのは初めてである。
「素敵なお祭りね。
ルキナとマークにも見せてあげたかったわ」
イーリス城に残してきた幼い娘と産まれたばかりの息子達の事を想い、ルフレは一つ溜め息を吐く。
幼い彼等にはこの時期のフェリアの気候は堪えるであろうとの事で置いて行かざるを得なかったのだ。
ヴァルム帝国との事で軍師としても王妃としても多忙を極めている為にあまりルキナとマークに時間を割いてやれていない事をルフレが悲しんでいる事をよく知っているクロムは、「そうだな」と言う意を込めて軽くその肩を叩いた。
「なに、ヴァルム帝国の事を何とかしたら、幾らでもその時間は作れるさ。
その時は何度だって、二人を連れて新節祭に来よう。
だからその為にも、この局面を乗り越えないとな」
「そうね、クロム。
ルキナとマークの為にも、あたし達が頑張らなきゃ」
気合いを入れるかの様に拳を握ったルフレに、その意気だとクロムは微笑む。
そして。
「ルフレ、手を出してくれないか?」
そう言ってクロムは、少し不思議そうに首を傾げながらも両手を差し出してきたルフレの手に、祭の屋台でこっそり購入した装飾品をのせる。
「これって……」
「新節祭の縁起物をあしらったペンダント……らしい。
この小さな黄色い花は福寿草で、こっちの赤くて丸い実は南天と言う花の実なんだそうだ。
えーっと……どちらも『幸せ』とか『希望』とか、そんな意味がある花だとか」
花言葉の類にはとんと疎いクロムであるので、ルフレへの説明が店主の売り文句をそのままなぞった様なモノになってしまっているが、ルフレはあまり気にした様子も無く、驚いた様に目を丸くしたかと思うとキラキラと目を輝かせる。
「素敵な縁起物ね。
ふふっ、有り難うクロム、とっても嬉しいわ!」
早速そのペンダントを身に付けて、ルフレは嬉しさでキラキラと輝いた笑みを浮かべる。
ここ最近はずっとヴァルム帝国の事に懸かりっきりだったルフレを労う為にと思っていたのだが、クロムが思っていたよりもずっと喜んで貰えた様だ。
「ねっ、クロム。
次は、ルキナとマークも一緒に、四人で来ましょうね」
上機嫌にそう言ったルフレに、クロムは勿論だと頷く。
それは、遠い遠い何処かの未来での。
果たされる事は無かった、『約束』の思い出だ。
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それはヴァルム帝国との戦が始まって半ばが経った頃の事。
何とかフェリアに侵入してきていたヴァルム軍を排除し、周辺海域の制海権を取り戻して程無い時期。
第二波第三波と押し寄せてくるヴァルム帝国への対処を話し合う為にフェリアへと招かれていた時の事。
「これが新節祭なのね……初めて見るわ……」
「ああ、フェリアの伝統的な祭りで、雪解けの始まり……春の訪れを盛大に祝うんだ」
まだヴァルム帝国との争乱は完全に終息した訳では無いとは言え、一先ずの危難は去ったのだ。
民の心を前向きにする為にも、今年の新節祭は例年よりも一層盛大な祭りとなっていた。
王都には所狭しとばかりに屋台が立ち並び、街全体が華やかな飾りに彩られていて。
元より血気盛んな者達が多いフェリアであるが、平時のそれとはまた違った祭事特有の熱気が王都全体を覆っている。
フェリア両王との話し合いも終わり、少しばかり生まれた自由な時間を利用して、クロムはルフレを街へと連れ出していた。
クロムと出会う前は、イーリスとペレジアとの国境付近を転々と旅していたのだと言うルフレは、クロムと出逢うまではフェリアに足を踏み入れた事も無く、それ故にルフレは新節祭の事は風の噂でしか知らないのであった。
クロムとて、こうして直に新節祭を見るのは初めてである。
「素敵なお祭りね。
ルキナとマークにも見せてあげたかったわ」
イーリス城に残してきた幼い娘と産まれたばかりの息子達の事を想い、ルフレは一つ溜め息を吐く。
幼い彼等にはこの時期のフェリアの気候は堪えるであろうとの事で置いて行かざるを得なかったのだ。
ヴァルム帝国との事で軍師としても王妃としても多忙を極めている為にあまりルキナとマークに時間を割いてやれていない事をルフレが悲しんでいる事をよく知っているクロムは、「そうだな」と言う意を込めて軽くその肩を叩いた。
「なに、ヴァルム帝国の事を何とかしたら、幾らでもその時間は作れるさ。
その時は何度だって、二人を連れて新節祭に来よう。
だからその為にも、この局面を乗り越えないとな」
「そうね、クロム。
ルキナとマークの為にも、あたし達が頑張らなきゃ」
気合いを入れるかの様に拳を握ったルフレに、その意気だとクロムは微笑む。
そして。
「ルフレ、手を出してくれないか?」
そう言ってクロムは、少し不思議そうに首を傾げながらも両手を差し出してきたルフレの手に、祭の屋台でこっそり購入した装飾品をのせる。
「これって……」
「新節祭の縁起物をあしらったペンダント……らしい。
この小さな黄色い花は福寿草で、こっちの赤くて丸い実は南天と言う花の実なんだそうだ。
えーっと……どちらも『幸せ』とか『希望』とか、そんな意味がある花だとか」
花言葉の類にはとんと疎いクロムであるので、ルフレへの説明が店主の売り文句をそのままなぞった様なモノになってしまっているが、ルフレはあまり気にした様子も無く、驚いた様に目を丸くしたかと思うとキラキラと目を輝かせる。
「素敵な縁起物ね。
ふふっ、有り難うクロム、とっても嬉しいわ!」
早速そのペンダントを身に付けて、ルフレは嬉しさでキラキラと輝いた笑みを浮かべる。
ここ最近はずっとヴァルム帝国の事に懸かりっきりだったルフレを労う為にと思っていたのだが、クロムが思っていたよりもずっと喜んで貰えた様だ。
「ねっ、クロム。
次は、ルキナとマークも一緒に、四人で来ましょうね」
上機嫌にそう言ったルフレに、クロムは勿論だと頷く。
それは、遠い遠い何処かの未来での。
果たされる事は無かった、『約束』の思い出だ。
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