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朝虹は雨、夕虹は晴れ

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 眼下に見える王都は先の戦の爪痕も少しずつ薄れ、目に見えて復興が進んでいた。
 街の人々の顔も明るく活気に満ちていて、皆が希望へと歩みだそうとしている。

 イーリスとペレジアの戦が終わってから半年。
 それ程の時間が、過ぎ行こうとしていた。



「あれから半年、なのですね……」


 王城の一画に与えられた執務室から街を見下ろしたルフレは、一人呟く。
 その左手の薬指にはめられた指環を愛し気に見詰め、そして、ふと溜め息を吐いた。

 ギャンレルを討って戦争が終結した半年前。
 ルフレはクロムと正式な婚約を交わした。
 一国の王子……いや聖王代理が、何処ぞの者とも知れぬ軍師を妻とする事に一部の者は難色を示してはいたが。
 ルフレ自身の多大なる功績と、そして何よりクロム自身が深く彼女を愛していた事により大過無く婚約は成立したのであった。
 ルフレがその薬指にはめているのは、婚約した証としてクロムから贈られた指環である。
 国の重鎮達は既に皆クロムとルフレの婚約を知っているが、まだ民達には婚約を発表していない。
 戦争終結時は戦時中に亡くなった先王エメリナの喪に服していたし、何より復興や戦後処理に忙しくてそれ所では無かったからである。
 戦後処理もある程度終わり、国も落ち着き始めるであろう半年後を目処に、大々的に婚約を発表し、その後に結婚式を挙げる予定であった。


 ルフレは、基本的に公私は分ける人間だ。
 それはクロムもそうであり、そして戦後直後は二人とも各々に対応しなければならない案件だらけであった。
 その結果として、日々政務で顔を合わせるにも関わらず、恋人らしい何かは全く無く、ただただ事務的な会話が続くばかり。
 自由な時間は殆ど無く、偶にあるそれもクロムとルフレで全く予定が噛み合わない。

 …………。
 ……そう、恋人同士になり、婚約までしていると言うのに……。


 未だにクロムとルフレは“恋人らしい”何かをした事が無いのだ。


 その事実に気付いた時、思わず愕然としたし、何とかせねばならないとルフレは決意した。
 が、しかし。

 更に根本的な部分に於いて、ルフレは記憶喪失であり、所謂“恋人らしい”行動とか行為とかに関しては何も知らないと言って良い程に疎い。
 その知識を蓄える前に軍略についての知識ばかりを最優先にしてきたのだから然もありなんである。
 クロムの軍師としては軍略に秀でているのは必要な事であるし、その知識を蓄えてきた事をルフレも後悔はしていない。
 が、クロムの恋人としては大問題だ。
 何処に軍略について語り合う恋人などが居ると言うのか、縦しんば居たとしても、流石にそれは無い。
 要するに、恋人が居るのにも関わらず恋愛経験値0なのだ。
 もうすぐ結婚しようかと言う状況なのに、これは不味い、不味過ぎる。

 それからと言うものの、ルフレは空いた時間に仲間内で既に恋人が居る者達から聞き取りを行った。
 勿論、質問した相手が恋人と居る時にどんな行動を取ったのか、どんな行動を取られたのか、その時どういう感じであったのか、その後の進展について等を徹底的に調べたのだ。
 必要なのは確実性かつ身のある情報だからだ。
 恋もまた戦の一つ。
 情報を収集・精査し、計略を巡らせなければならないのには変わらない。
 そう、クロムと“恋人らしい何か”を積み上げていくと言う重要な作戦なのだ。
 軍師として失敗は許されない。

 その考えに至ってる段階で色々と間違っているのだが、悲しい事にルフレは己が間違っているとは気付けていなかった。
 ルフレが下手に色々と優秀であるだけに、周りもまさかこんな感じに拗らせているとは思わず、誰も止めたりしようとはしなかったからだ。
 斯くして些か暴走気味にルフレは情報を集め続け、そして一つの結論に達した。


【二人きりになって、キスをしたり、物を贈ったり、お互いに想いを伝えあったりすれば良いのだ】と。


 聞き取りを行った相手とその恋人達の付き合い方はまさに人各々、カップル毎に違ってはいたが、概ね【二人きりになる】・【キスをする】・【物を贈る】・【好きだと想いを伝える】・【指環を贈る】と言うのは共通していた。
 指環は既にクロムから貰っているので、それ以外をやれば、恐らくは“恋人らしい”何かにはなる筈だ。


「何としてでも、クロムさんと誰もが認める“恋人”になってみせますとも!」


 大雑把に言えば間違ってはいないが、やはり何かを盛大に誤解したまま、ルフレは気合いを入れようと拳を握るのであった……。






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