流れ行く日々
◆◆◆◆◆
【2011/04/19】
天城さんを救出した翌日。
まだ天城さんは療養中らしく、その席は空席だった。
まあ、数時間探索するだけでも辛いあの世界に数日もの間居たのだ。無理もない事である。
無理せずにしっかりと休養して、元気になった姿を見せて欲しいものだ。
今日の授業は、八十神高校に来てから初めての体育だ。
体を動かす事は元から大好きだし、結構楽しみである。
◇◇◇◇
昼休み。突然に一条という同級生が教室に飛び込んできた。
その勢いに少し驚いていると、一条は目敏くこちらを発見し、近寄ってくる。
どうやら一条はバスケ部のキャプテンをやっているらしく、その勧誘の様だ。
勧誘されるという事自体に問題は無いのだが。
……一つ根本的に間違っているだろう箇所があるとすれば、そもそもこちらの性別が女性であるという事だろう。
世の中には女子バスケ部というものはちゃんと存在しているし、バスケに打ち込む女性というのはマジョリティーでなくとも存在はしている。
が、しかし。
この八十神高校に女子バスケ部があるとは今の所聞いた覚えが無いし、そもそも勧誘に来ている一条は男だ。
彼の言うバスケ部とは、《男子》バスケ部であって、《男女混合》のバスケ部では無いだろう。
マネージャーとしての勧誘ならばまだ分かるが、一条が言ってるのは、どう聞き間違いを起こしていたのだとしても、『プレイヤー』として、だ。
どう考えても、何かを間違えているとしか思えない。
「誘ってくれるのは嬉しい。
でも、私は女子だけど?
男子バスケ部に誘われてもどうしようもないと思うが……」
「それは分かってるんだけど。
でも噂になってるんだって!!
スッゲー女子が居るって!!
ドリブルもシュートも、スッゲー上手いヤツが居るってさ!!」
そう興奮した様に一条は話す。
……午前の体育の授業は、男女合同でバスケだった。
その中で、ちょっとしたミニゲームも行ったのだ。
普通に真面目に取り組んだのだけれど。
どうやらその結果、非常に面倒な事になっていた様だ……。
「いや……、でも。
別に本格的にバスケした事とか無いし……。
素人の見よう見真似ってヤツだったんだけど」
「寧ろ、やった事ないってんのにそうだったんなら、逆にスッゴい才能だよ!!
是非ともウチに入ってよ!!!」
……こうも必死に頼まれると、何だろう……断り辛い……。
とは言え、勢いに流されて頷くのもどうだと言う話だ。
「いや、だから……。
私は、女子だし、男子バスケ部には入れないんだけど。
公式戦とか、絶対に出られないし。
入った所で、あんまり意味は無いと思うんだけど……」
「ウチ別に『男子』とかって括り無いから!!
もう練習の時に居てくれるだけでも良いから!!」
……何でこんなに必死なんだろう。
練習試合ならともかく、公式戦には出られないというのは、プレイヤーとしては致命的な欠陥だろう。
それを態々勧誘に来てまで引き入れるメリットも必要性も、皆目見当がつかない。
「あ……と、その……。
用事とか入ったりして、行けなくなる日とかあると思うし……」
急な事態と言うのは何時でも起こり得る事で、特に【事件】を追っている状況では、何時事態が動くか分からない。
その時に部活に参加している余裕は恐らくないだろう。
それは、スポーツ系の部活としては歓迎出来ない話ではあろうし……。
「それでもいいから!
たまに……本当にたまにでもいいから!!
ウチの部幽霊部員が多いし勝手に抜ける奴ばっかでマトモに練習すら儘ならない事も多いし、練習試合とかもろくに出来ないんだ!!
公式戦なんて、夢のまた夢で!
経験が無くったって、鳴上みたいに運動出来て、来たら真面目にやってくれそうな奴なら大歓迎だから!!
女子とか男子とか、もう関係無いから!!
マジで、マジでお願いします!!」
どうやら一条も中々に大変らしい。
ここまで必死に頼み込まれて、『否』と突き返すのはかなり心苦しかった。
まあ、その……バスケ自体は別に嫌いとかそういう訳でも無いし、性別の壁さえ無ければ普通に喜んで受けていた話ではあろうから、尚更。
嫌だったりやる気が無いのなら、躊躇なく『嫌』とは言えるが……別段そう言う訳でも無い。
「ま、まぁ……取り敢えずは見学からでも良いか……?
見てから考えてみるから……」
◇◇◇◇◇
どうやら今日が活動日だったらしく、善は急げとばかりに早速見学に、と一条に半ば拉致されて体育館にやって来た。
しかし……一条が言ってた通り、剰りにも他の部員にやる気が無さ過ぎる。
一条は一人真面目にやっているが。……これでは心労が溜まる一方だろう。
しかも、練習が終わるや否や他の部員たちは後片付けする事もなく一条以外は即座に帰ってしまった。
……もしかしなくても、一条は毎回こうやって一人で後片付けまでやっているのだろうか……。
一人きりでやっているのを見かねて、一緒に後片付けを手伝いながら、一条に訊ねてみた。
「あー……うん。何時もこうなんだ……。
誘っておいてなんだけど、やる気なくした?」
「いや……、そうじゃ無いんだけど……。
……そもそも、どうして一条は私を誘ったんだ?
帰宅部の人でも運動神経良い人なんて、私以外にも沢山居るんじゃ……?」
少なくとも、ある意味女子だろうと大して問題にはならない理由はよく分かる。
これは、試合以前に練習自体が成り立ってないも同然だ。
練習中のミニゲームすら人数的に厳しいとはどういう事だろう。
基礎練もろくにやらないなら、試合なんて言ってる状況ではない。
もう人数合わせでも何でも良いから人手が欲しいのだろう。
が、しかし。
そもそも、勧誘出来そうな帰宅部など幾らでもいるだろう。
運動神経のあるヤツを選んでいっても、それなり以上の人数が居る筈だ。
何故彼らを勧誘しなかったのだろう。
「ウチの部ってこんなんだから、試合に勝つとか以前の問題なんだよな……。
そんで、フツーにある程度やれる奴は入りたがらない訳。
入った奴の大半は、ダラダラやりたいってヤツ。
でもさ、折角やっているんだからどうせなら勝ちたいじゃん?
だからさ、運動出来るらしいし見るからに真面目な鳴上が入ってくれたら皆のやる気も出てくるし、まぁ練習試合位なら出られるだろうから勝率上がるかなぁ……って思ってさ」
そう訊ねてみると、一条は溜め息を吐きながらそう答えてくれた。
成る程。勝つ以前のこの状態なら、誘われた所で、態々入りたいとは思えないかもしれない。
やるからには、頑張りたいし、勿論勝ちたいと感じるだろう。
だが、この手のチーム競技は一人で幾ら頑張った所で、他のメンバーにやる気が無いなら勝てるものも勝てなくなる。
それ故に、他の候補者が首を縦に振らないのだろう。
……ここまで一生懸命に勧誘してくる一条を無下には出来ないし、何とかせめて練習だけでもマトモにやりたいと言う気持ちは理解出来ない訳じゃない。
「……そっか。
……さっきも言った様に、出れない事も結構あるだろうし、それにバスケは素人だから活躍出来る保証は無い。
……それでも、良いか?」
「……マジで!?
ウチは出席とかはかなり緩いし、それでも全然構わないから!
本当にありがとうな!!」
こうして半ば押し切られる様にして、バスケ部に入部する事となった。
顧問の体育教師の近藤先生は、こちらの性別などに関して特には気にする事は無かった。
……適当過ぎやしないだろうか。
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【2011/04/19】
天城さんを救出した翌日。
まだ天城さんは療養中らしく、その席は空席だった。
まあ、数時間探索するだけでも辛いあの世界に数日もの間居たのだ。無理もない事である。
無理せずにしっかりと休養して、元気になった姿を見せて欲しいものだ。
今日の授業は、八十神高校に来てから初めての体育だ。
体を動かす事は元から大好きだし、結構楽しみである。
◇◇◇◇
昼休み。突然に一条という同級生が教室に飛び込んできた。
その勢いに少し驚いていると、一条は目敏くこちらを発見し、近寄ってくる。
どうやら一条はバスケ部のキャプテンをやっているらしく、その勧誘の様だ。
勧誘されるという事自体に問題は無いのだが。
……一つ根本的に間違っているだろう箇所があるとすれば、そもそもこちらの性別が女性であるという事だろう。
世の中には女子バスケ部というものはちゃんと存在しているし、バスケに打ち込む女性というのはマジョリティーでなくとも存在はしている。
が、しかし。
この八十神高校に女子バスケ部があるとは今の所聞いた覚えが無いし、そもそも勧誘に来ている一条は男だ。
彼の言うバスケ部とは、《男子》バスケ部であって、《男女混合》のバスケ部では無いだろう。
マネージャーとしての勧誘ならばまだ分かるが、一条が言ってるのは、どう聞き間違いを起こしていたのだとしても、『プレイヤー』として、だ。
どう考えても、何かを間違えているとしか思えない。
「誘ってくれるのは嬉しい。
でも、私は女子だけど?
男子バスケ部に誘われてもどうしようもないと思うが……」
「それは分かってるんだけど。
でも噂になってるんだって!!
スッゲー女子が居るって!!
ドリブルもシュートも、スッゲー上手いヤツが居るってさ!!」
そう興奮した様に一条は話す。
……午前の体育の授業は、男女合同でバスケだった。
その中で、ちょっとしたミニゲームも行ったのだ。
普通に真面目に取り組んだのだけれど。
どうやらその結果、非常に面倒な事になっていた様だ……。
「いや……、でも。
別に本格的にバスケした事とか無いし……。
素人の見よう見真似ってヤツだったんだけど」
「寧ろ、やった事ないってんのにそうだったんなら、逆にスッゴい才能だよ!!
是非ともウチに入ってよ!!!」
……こうも必死に頼まれると、何だろう……断り辛い……。
とは言え、勢いに流されて頷くのもどうだと言う話だ。
「いや、だから……。
私は、女子だし、男子バスケ部には入れないんだけど。
公式戦とか、絶対に出られないし。
入った所で、あんまり意味は無いと思うんだけど……」
「ウチ別に『男子』とかって括り無いから!!
もう練習の時に居てくれるだけでも良いから!!」
……何でこんなに必死なんだろう。
練習試合ならともかく、公式戦には出られないというのは、プレイヤーとしては致命的な欠陥だろう。
それを態々勧誘に来てまで引き入れるメリットも必要性も、皆目見当がつかない。
「あ……と、その……。
用事とか入ったりして、行けなくなる日とかあると思うし……」
急な事態と言うのは何時でも起こり得る事で、特に【事件】を追っている状況では、何時事態が動くか分からない。
その時に部活に参加している余裕は恐らくないだろう。
それは、スポーツ系の部活としては歓迎出来ない話ではあろうし……。
「それでもいいから!
たまに……本当にたまにでもいいから!!
ウチの部幽霊部員が多いし勝手に抜ける奴ばっかでマトモに練習すら儘ならない事も多いし、練習試合とかもろくに出来ないんだ!!
公式戦なんて、夢のまた夢で!
経験が無くったって、鳴上みたいに運動出来て、来たら真面目にやってくれそうな奴なら大歓迎だから!!
女子とか男子とか、もう関係無いから!!
マジで、マジでお願いします!!」
どうやら一条も中々に大変らしい。
ここまで必死に頼み込まれて、『否』と突き返すのはかなり心苦しかった。
まあ、その……バスケ自体は別に嫌いとかそういう訳でも無いし、性別の壁さえ無ければ普通に喜んで受けていた話ではあろうから、尚更。
嫌だったりやる気が無いのなら、躊躇なく『嫌』とは言えるが……別段そう言う訳でも無い。
「ま、まぁ……取り敢えずは見学からでも良いか……?
見てから考えてみるから……」
◇◇◇◇◇
どうやら今日が活動日だったらしく、善は急げとばかりに早速見学に、と一条に半ば拉致されて体育館にやって来た。
しかし……一条が言ってた通り、剰りにも他の部員にやる気が無さ過ぎる。
一条は一人真面目にやっているが。……これでは心労が溜まる一方だろう。
しかも、練習が終わるや否や他の部員たちは後片付けする事もなく一条以外は即座に帰ってしまった。
……もしかしなくても、一条は毎回こうやって一人で後片付けまでやっているのだろうか……。
一人きりでやっているのを見かねて、一緒に後片付けを手伝いながら、一条に訊ねてみた。
「あー……うん。何時もこうなんだ……。
誘っておいてなんだけど、やる気なくした?」
「いや……、そうじゃ無いんだけど……。
……そもそも、どうして一条は私を誘ったんだ?
帰宅部の人でも運動神経良い人なんて、私以外にも沢山居るんじゃ……?」
少なくとも、ある意味女子だろうと大して問題にはならない理由はよく分かる。
これは、試合以前に練習自体が成り立ってないも同然だ。
練習中のミニゲームすら人数的に厳しいとはどういう事だろう。
基礎練もろくにやらないなら、試合なんて言ってる状況ではない。
もう人数合わせでも何でも良いから人手が欲しいのだろう。
が、しかし。
そもそも、勧誘出来そうな帰宅部など幾らでもいるだろう。
運動神経のあるヤツを選んでいっても、それなり以上の人数が居る筈だ。
何故彼らを勧誘しなかったのだろう。
「ウチの部ってこんなんだから、試合に勝つとか以前の問題なんだよな……。
そんで、フツーにある程度やれる奴は入りたがらない訳。
入った奴の大半は、ダラダラやりたいってヤツ。
でもさ、折角やっているんだからどうせなら勝ちたいじゃん?
だからさ、運動出来るらしいし見るからに真面目な鳴上が入ってくれたら皆のやる気も出てくるし、まぁ練習試合位なら出られるだろうから勝率上がるかなぁ……って思ってさ」
そう訊ねてみると、一条は溜め息を吐きながらそう答えてくれた。
成る程。勝つ以前のこの状態なら、誘われた所で、態々入りたいとは思えないかもしれない。
やるからには、頑張りたいし、勿論勝ちたいと感じるだろう。
だが、この手のチーム競技は一人で幾ら頑張った所で、他のメンバーにやる気が無いなら勝てるものも勝てなくなる。
それ故に、他の候補者が首を縦に振らないのだろう。
……ここまで一生懸命に勧誘してくる一条を無下には出来ないし、何とかせめて練習だけでもマトモにやりたいと言う気持ちは理解出来ない訳じゃない。
「……そっか。
……さっきも言った様に、出れない事も結構あるだろうし、それにバスケは素人だから活躍出来る保証は無い。
……それでも、良いか?」
「……マジで!?
ウチは出席とかはかなり緩いし、それでも全然構わないから!
本当にありがとうな!!」
こうして半ば押し切られる様にして、バスケ部に入部する事となった。
顧問の体育教師の近藤先生は、こちらの性別などに関して特には気にする事は無かった。
……適当過ぎやしないだろうか。
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